「私はここにいます。」

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「図書館戦争」第10話雑感。

 久々のアニメ雑感、「図書館戦争」で。
 地域によってはもう最終回を迎えている地域もあるけど、北海道ではつい最近、第10話が放送されたばかり、西日本を中心にまだ第10話まで放送されていない地域もあるので、ネタバレ注意という事で。
 「図書館戦争」の「状況一〇 里帰リ、勃発」を見て思った事をつらつらと。
 簡単にあらすじを説明すると、ある美術作品の展示のために、メディア良化隊に狙われる茨城図書館。
 その警備のために派遣されるタスクフォースだったが、検閲への無抵抗を謳う館長に協力を拒まれ、郁も女子館員からの嫌がらせを受ける。
 ぶっちゃけ結末まで書いちゃうと、協力を拒む館長は稲嶺司令(要するに偉い人)に報告されて退場という事に。
 郁をいじめる女子館員らは、「私をいじめてると、査定に響いて出世できなくなるぞ」と脅されて、以降は協力的に、というか卑屈に媚びへつらうのでした。
 めでたしめでたしで次回の本格的な戦闘に続くのです。
 で、思った事。
 ……いいのかな? それで。
 「図書館戦争」は国家権力を背景にしたメディア良化隊の武力による言論弾圧に対し、図書館の自由を守るために戦うというお話。
 本というのは、一冊一冊がひとつの価値観であり、たくさんの本を集めた図書館や書店は、多種多様な価値観が共存する世界その物、という言い方ができると思います。
 武力を背景に言論弾圧を行なうメディア良化隊は、ただひとつの価値観のみを認め、それ以外の価値観を、武力という強権で排除する存在で、それに対抗して図書館を守る主人公ら図書隊は、自分と違う物を含めて、多種多様な価値観が共存する世界を守っている、と言えます。
 メディア良化隊に対し、武力で対抗するタスクフォースは、無抵抗を謳う館長を組織の力で排除します。
 この時のタスクフォースのやり方は、メディア良化隊のやっている事と何が違うのか?
 自分の意見と違う者がいる不都合を排除するのに、メディア良化隊は国家権力と武力で、タスクフォースは組織の力で、という違いはあるものの、自分と違う意見を強制的に排除しているという点では何も変わりません。
 多種多様な価値観が共存する図書館を守るはずのタスクフォースが、そういう手段を執るというのは如何な物かと思うのですが。
 郁に対するいじめも同様。
 いじめはどんな理由があっても悪い事だけど、だからといってどんな解決手段も許される、という事になってはいけないと思うのですが。

 でわでわ。
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