礎 (ISHIZUE)〜轍 (WADACHI)・アカネの物語 前編〜

〜 第2章 炎のさだめ 〜

 〜 時の輪 〜

私の家 アカネの部屋:アカネ(音声のみ)
(BGM:海鳴り)

 アカネ『あぅぅ・・・・私・・・まだこんな所に居る
     そんなにここがいいの? そんなに ここに居たいの?』

部屋の中に姿を現すアカネ

 アカネ「昨日・・・・あの人に・・・・・私は何を・・・した
     私のせいで・・・・みんなが・・・・」

昨日の商店街:一同(BGM:追想)

 詩子 「あ・・・落ちた・・・・あたしの時はあんなに抵抗したくせに」
 アカネ「お・・・・重い」
 Lim「生ゴミは燃やしてしまいましょう」

 詩子 「リムさん それ何?」
 Lim「火打ち石」
 
カチッ カチッ と火打ち石の火花を私に飛ばすLim

 茜  「それは出かける時にするものです」
 詩子 「茜 そうじゃなくって」
 茜  「厄除けは大切です」
 詩子 「だからぁ そうじゃないんだってば リムさんも火打ち石なんか持ち歩かないの」

 アカネ「重いぃぃ 誰か先輩支えるの手伝って・・・・・」

私を支えに行こうとする詩子の目の前にカチッと火花が飛ぶ

 詩子 「わっ!  リムさん危ない」
 Lim「詩子は里村さんを連れて逃げて トライとアカネちゃんは私が何とかする」
 詩子 「逃げろって・・・・リムさん?」
 Lim「見たくはないモノが・・・見える・・・・」

 詩子 「そう・・・
     茜 厄うつされる前に帰るわよ」
 茜  「え?・・・・詩子?・・・・リムさん?」

アカネの傍によって私を支えるLim

 詩子 「見えてるって・・・手遅れじゃ・・・な・・い・・・の・・・・?」
 茜  「見えてる? 手遅れ? 何?」
 詩子 「何でもない・・・・行こ あかね・・・」
 茜  「・・・はい?・・・」

茜、詩子退場 

 アカネ「リムさん・・・・私・・・」
 Lim「困ったわね トライがノビたタイミングを狙って来るなんて」
 アカネ「あいつら・・・私に”一働きさせる”って言ってた・・・・」
 Lim「そう・・・してやられたのね 敵もトライだって事・・・・
     詩子と里村さんは人の多い所に逃げるだろうから安全として」

 アカネ「私が・・・私のせいで・・・」
 Lim「アカネちゃん このまま人の多い所に逃げる?
     せっかく”してやられた”んだから 連中を誘ってみる?」
 アカネ「でも それじゃ リムさんが・・・・」 
 Lim「連中の最終目標が里村さんなら 今は私達を分断して
     各個撃破するつもりかしら? だったらこっちから誘ってみるの」

 アカネ「リムさんが危ないよ」
 Lim「大丈夫 連中は私達に危害は加えないわ
     そんな事したらトライが怒るもの・・・・・
     怒ったトライは手におえない・・・・容赦しないから
     何処までも冷たく・・・・何処までも執拗に・・・・
     それは連中が一番よく知ってるはず 連中だってトライだもの」

 アカネ「それって・・・・リムさん・・・自分を・・・」
 Lim「そうよ 私じゃ勝ち目が無くてもね
     連中にトライを怒らせる真似をさせれば 私の勝ち」
 アカネ「自分1人が犠牲になんて・・・・ダメだよリムさん」
 Lim「高台の公園なんてどぉ? あそこに桜は無いから
     この季節 人は少ないと思うわ」
 アカネ「・・・ダメだよ・・・それじゃダメだよ リムさん」

 Lim「ふふふ、それでいいのよアカネちゃん
     失敗は失敗 落ち込んでてもなんにもならない
     次の手を考えればいいだけなの
     それにね、”連中は私達に危害は加えない”って言ったでしょ
     おもいっきり連中を馬鹿にしてやるわ それで今回はおしまい」
 アカネ「大丈夫?」
 Lim「失敗したら失敗したでトライに火が着くわ」
 アカネ「リムさん・・・怖い」
 
Lim、アカネ退場

 くるり くるくる 時の輪が回る

 昨日から 今日へ 時の輪が回る

 何度も 何度も 時の輪が回る

 セピア色した時間から あなたが回る

 くるり くるくる あなたの輪が回る

 今日から 昨日へ あなたの輪が回る

 流れる時間は澱み無く すべてがあなたを過ぎ去って

 くるり くるくる 時の輪が回る
 
 くるり くるくる あなたの輪が回る

路地:ノビた私を運んでいるLimとアカネ(BGM:永遠)

 アカネ「・・・前を歩いてるの・・・茜と詩子じゃないの?」
 Lim「!・・・・詩子も私と同じ事 考えてるの?」

辺りを見回すLim

 Lim「あれ?  ここ・・・何処?」
 アカネ「何処って・・・商店街から高台の公園に・・・・」
 Lim「でも・・・こんな道・・・知らない」

路地の角を曲がってLim達の視界から消える茜と詩子

 Lim「ちょっと・・・どういう事?」

歩く速度を上げて茜達を追いかけるLimとアカネ

 
公園:屋根の無いベンチに座っている茜と詩子

ノビた私を抱えたLimとアカネ登場 
公園の入り口のベンチに私を寝かせるLim

 アカネ「高台の・・・・公園じゃない・・・・」
 Lim「アカネ・・・あなたのリボンを貸して」

自分の制服のリボンをはずして左手に巻き拳を強化するLim
アカネからリボンを受け取り右の拳を強化する

 Lim「トライをお願い それと・・・ここから動かないで」
 アカネ「リムさん・・・・」
 Lim「詩子と里村さんを人質にとられたわね・・・・」

屋根の無いベンチへ歩いて行くLim

 Lim「詩子、里村さん しっかりして・・・・」

 『心配しなくてもいいよ』
 『夢を見ているだけだから』
 『君にも夢を見て欲しいな』

 Lim「私が大人しく言う事を聞くと思う?」

 『最後のボクの大切な人達だから』
 『手荒な事はしたくないんだけど』
 『大人しくしてくれないかな?』

 Lim「嫌よ」

サイドステップを踏んで茜達から離れるLim
ボク達に向かって飛び込む Limの爪が空を切る

四散してLimの攻撃を回避するボク達 その1人の背中を
斬り返したLimの猫手が捉える 空間を切り裂いた闇がボクを飲み込む

 『これはこれは・・・・・』
 『人間業とは思えない速さだね』

 Lim「私を鍛えてくれる相手は人間じゃないもの」

 『そうだったね』
 『”刹那”の通り名を持つゲーマー』
 『COMより速く反応出来ないと勝てないからね』
 『でもね ゲームと違って1対1じゃないから』

1人のボクがLimの正面から突っ込む それに反応して迎撃態勢に入るLim
ボクの放つハイキックの下に潜り込んで顎に掌底を突き上げる
手首を返した猫手で縦一文字に空を切り裂き闇を呼ぶ

 『包囲攻撃をされると逃げ場が無くなる』

Limに突っ込んだボクを囮にしてLimを取り囲む
同心球状に空間の歪みがLimに向かって収束する

 Lim「っ!」

 『そして、打たれ強い訳でも無い』

収束する空間の歪みが点となってLimの中に消える

 Lim「あぅぅっ・・・」

 『その速さを殺されたら何も出来なくなる』
 『おやすみ Lim』

 Lim「・・・あ・・・ぁ・・・」

その場に崩れるLim

 『やっぱり地面に女の子を寝かせるのはまずいよね』
 『じゃ、そこのベンチの上に』

 アカネ「リムさんまで・・・・私のせいだ・・・みんな・・・」

私の家 アカネの部屋:アカネ

 アカネ「・・・・私のせいだ・・・みんな・・・」

私登場(BGM:オンユアマーク)

 私  「アカネ 朝飯出来たよ」
 アカネ「先輩・・・私・・・・」
 私  「飯だよ みんな無事だったんだ それ以上何を望む?」
 アカネ「みんなが無事だったのは・・・・何故?
     先輩が折れちゃったからじゃないの?」
 私  「ま、そんなところかな?」
 アカネ「やっぱり・・・私のせいだ」
 私  「でもなぁ こっちも最初からそのつもりだったし
     損な取引じゃなかったよ」
 アカネ「でも・・・」
 私  「まだ死にたい?」

くるるぅ〜 アカネの虫が鳴く

 私  「身体は正直だね」
 アカネ「どうして・・・・・平気な顔で・・・・?」
 私  「私の予想範囲内の出来事しか起きてないから
     "ヤツらはいずれ仕掛けてくる" それが現実に起きただけ
     そしてみんな無事に切り抜けた それだけの話」

 アカネ「うぅぅぅぅ・・・・・」
 私  「明後日はアカネの入学式だよね ちゃんと参列するからね」
 アカネ「入学式・・・・あ・・・でも・・・平日・・・」
 私  「ち・ゃ・ん・と 参列するからね 保護者として」
 アカネ「・・・・いいの?」
 私  「私は負けない」
 アカネ「昨日はノビてたくせに」
 私  「信用できない?」
 アカネ「先輩は頼りないから・・・ホントに頼りないから」

 私  「そうか そうだな」

学校 Limの教室:私とLim(BGM:日々のいとまに)

 私  「なぁLim なんかいい部活無いか?」
 Lim「トライって帰宅部だったよね? 今から部活はじめるの?」
 私  「アカネも入学して来ることだし 出来るだけ付き合ってやりたい」
 Lim「親バカね・・・・でも・・・人間苦手なんでしょ?
     部活なんて大丈夫?」
 私  「だから茜にじゃなくて Limに相談しに来た」
 Lim「呆れた・・・部員の少ない弱小部を紹介しろって事?」

 私  「それと剣道部は除外して欲しい」
 Lim「剣道部? トライ何かしでかしたの?」
 私  「去年 新入部員狩りに遭った時に何人か殴り倒したから」
 Lim「竹刀で?」 
 私  「木刀で・・・・拉致されて新入部員歓迎試合に無理矢理参加させられた時に」
 Lim「一つ聞いていい? トライって剣道部に狙われるほど強くて有名なの?」
 私  「・・・・・中学総体全国1位・・・・記録だけなら」

 Lim「・・・日本一? ウソ・・・」
 私  「中学1年の時の・・・アイツの記録だけど」
 Lim「里村さんのお姉さん・・・・・ごめん 嫌な事聞いたよね?」
 私  「気にしなくていいよ・・・・で、部活の件は頼めるかな?」
 Lim「うん 定員割れして廃部寸前のクラブを調べておくわ」
 私  「よろしく頼む」

 Lim「トライこのリボン アカネちゃんに返しておいて」
 私  「リボン?」 
 Lim「昨日 公園で借りたの」
 私  「そうか なら放課後直接渡せば? ぬくれおちどにみんな集まるよ」

 Lim「・・・・トライ・・・・次は負けないから」

暗転

喫茶ぬくれおちど:Limを除いた一同(BGM:潮騒の午後)
Lim登場

 アカネ「リムさん遅いよぉ」
 Lim「トライに頼まれてた調べ物してたから
     はい アカネちゃん昨日借りたリボン」
 アカネ「よかった これで明日から学校に行ける」
 Lim「学校にとりに来てくれてもよかったんだけど・・・・」
 アカネ「え・・・・?」
 Lim「学校で返した方がよかったんじゃない?」
 アカネ「!!っ・・・・そこまで・・・思いつかなかった・・・」

 詩子 「あんた達 昨日の事覚えてるの? あたし商店街から後の事
     何も覚えてなくて・・・・・気がついたら朝だったし・・・・」
 茜  「私も詩子と同じです」
 詩子 「茜も!? ・・・・茜も・・・・ そうなの・・・・そう」
 茜  「詩子?」
 詩子 「でも・・・みんな無事だったのね」
 茜  「詩子 何の事ですか?」

Limが会話に割って入る

 Lim「で、部活の件なんだけど、廃部すれすれの弱小部は4つ
     庭球部、登山部、物理部、家庭部」
 私  「テニス部は意外だな」
 Lim「テニス部じゃなくて庭球部 去年の3年生が卒業して
     大会出場の頭数が揃わなくなったから新入部員が確保できないと
     なし崩しに廃部に追い込まれるそうよ」

 詩子 「あんた達の学校ってテニス部と庭球部があるの?」
 Lim「ウチの運動部って陰湿な風習があって・・・その影響なの
     詩子も知ってると思うけど 運動部が毎年春になると新入部員狩りをやるの
     そうやって人材を本人の意思とは関係無く集める・・・・」
 詩子 「前時代的よね こいつも去年剣道部に狙われて・・・返り討ちにしたみたいだけど」

 Lim「で、何年か前になるけど 部の保身しか考えないような
     クラブ運営に反発した庭球部員が大会直前に集団退部して
     テニス部を立ち上げたの・・・・最初 学校側はテニス部を認めなかったけど」
 私  「大会直前にね・・・・なるほど」
 Lim「庭球部に残った部員では大会に出場できなくて
     学校側は世間体を保つ為にテニス部を認めて大会に出場させたの」

 詩子 「テニス好きが集まって作ったのがテニス部ね・・・・」
 Lim「実力は有るけど定員割れが厳しい庭球部と部員数だけは多いテニス部
     今までは庭球部が定員割れした時はテニス部が大会に出てたけど・・・・」
 私  「でも学校側は一本化しようとして・・・・庭球部が廃部に追い込まれ
     テニス部が旧来の庭球部と化すわけか」

 Lim「それだけじゃないわ テニス部は生徒の自主性で出来た部だから」
 詩子 「酷い・・・それを生徒を縛る名目に使う気なの?」
 私  「テニス部の殻だけが残って、中身が庭球部になるとそうなるね
     今となってはクーデターを起こした当時のテニス部員も残ってないから
     形骸化した自主性を庭球部の受け皿として機能させるのか・・・・」
 詩子 「許せない・・・・」
 アカネ「詩子は幽霊部員なのに?」
 詩子 「あたしには部活より大切な事があるだけよ
     (あたしの学校の)テニス部が嫌いなわけじゃないのよ」     
 アカネ「大切って これ?」

私を指差すアカネ

 詩子 「そう これよ」
 私  「で、登山部は?」
 Lim「運動部で狩りをやって無いのはテニス部と登山部だけ     
     テニス部は庭球部の退部難民キャンプになって部員を確保してるけど
     登山部は万年廃部の危機にさらされてるわけ」
 アカネ「生徒を他の運動部に狩り取られてしまうのもあるから・・・なのね」
 Lim「文化部は狩りをしてないから、物理部と家庭部は単に人気の無い部活ってとこね」
 アカネ「でも・・・どうしてクラブなんて調べてるの?」
 
 Lim「うふふ トライはねぇ アカネちゃんと同じ部活やりたいんだって
     それで私が調査を頼まれたの   トライって可愛いわよね」
 アカネ「え???先輩が・・・ええっ!!」
 私  「Lim・・・・誤解を招くような事を・・・・・
     誰かがアカネの様子を見てないと まだ危ないだろうに
     だからと言って”部活禁止”とは言えないし
     私が部活に付き合うんなら、部員が多い所はダメだから・・・」

 Lim「そうなの?  ふーん  そーゆー事にしといてあげる
     じゃあ・・・・アカネちゃんどのクラブをやりたい?」
 アカネ「え? 私が決めるの?」
 Lim「そうよアカネちゃんの為に調べたんだから」
 アカネ「さっきの4つの中から・・・えーと・・・・」*

 茜  「みんな・・・・・」


*:部活に庭球部を選んだ場合    〜 **** 〜 へ
     登山部を選んだ場合    〜 **** 〜 へ
     物理部を選んだ場合    〜 **** 〜 へ
     家庭部を選んだ場合    〜 **** 〜 へ

と、4分岐する所なんですが・・・エンディングの都合で
「登山部編」しかありません ごめんですぅ


 〜 逢瀬 〜

アカネの入学式の早朝 私の教室:教室に1人でいる私(BGM:ゆらめくひかり)

茜登場

 私  「茜 おはよう」
 茜  「おはようございます 今日は早いんですね」
 私  「アカネの入学式だからね・・・・気分の問題かな?」
 茜  「気分の?」

 私  「今朝はアカネに会ってないから 入学式で御対面って筋書き」
 茜  「入学式に参列するつもりですか?」
 私  「そうだよ」
 茜  「授業はどうするつもりですか?」

 私  「もちろん公欠 学校の行事に正規の理由で参加するんだからね」
 茜  「その格好でですか?」
 私  「ふふ 学生にとって制服は一番の正装の筈だけど?」
 茜  「・・・知りません」

 茜  「その紙は何ですか?」
 私  「”本日 栄光有る当校の入学式に扶養家族共々謹んで参列させていただく為 公欠”
     って書いてあるよ HRが始まる前に教壇に置いておこうと思って」
 茜  「学校が・・・・嫌いなんですか?」
 私  「権力を行使する者は全て私の敵さ」
 茜  「でしたら 生徒会長に立候補したらどうですか?」
 私  「そうだな、そういう手もあるけど・・・・・
     私自身が体制側に回る気は無いよ」
 茜  「冗談のつもりでしたのに」

 私  「茜 やっぱり私には正攻法は向いてないよ」
 茜  「あなたなら・・・正しい方法で物事を解決出来ると思います
     ・・・・私は・・・あなたに そうして欲しい」
 私  「”冗談”じゃなかったの?」
 茜  「・・・知りません
     それに・・・今みたいなあなたは・・・見たくありません
     私の・・・・私の知ってるあなたは・・・」
 私  「茜が認めたくない私・・・・か」
 茜  「違います・・・本当のあなたはそんな人じゃありません」

 私  「ま・・・・普通に考えれば・・・・そうだろうな」

 
体育館 入学式の参列者受付:私と受付教師 父兄のエキストラ数名
(BGM:偽りのテンペスト)

父兄の注目を集めている制服姿の私

 教師 「そこの生徒 何をしてる? 授業はどうした?」
 私  「父兄として入学式に参列するつもりですが・・・なにか?」
 教師 「なんだと・・・」
 私  「転入生の”里村アカネ”彼女の書類を見れば事情は判ると思いますが
     ただの転入生を”入学式”に参加させて事情の説明を省く事を
     決めた先生様方なら・・・・彼女の事も彼女の保護者が誰なのかも
     御承知の筈だと理解していたのですが・・・・・」

 教師 「貴様・・・その格好で参列するもりか!」
 私  「学生の制服は、例え陛下に謁見したとしても不敬にはならない
     最上級の正装の筈ですが・・・・」
 教師 「今ならまだ見逃してやる さっさと授業に戻れ!」
 私  「入学式には生徒代表も参加するのでしょ? 彼等はどうなります?」
 教師 「何・・・」
 私  「生徒代表として駆り出された彼等よりは 私の方が式の趣旨には合ってます
     それとも・・・”この学校の生徒である” と言う理由だけで
     正規の父兄の参列を拒否しますか? 先生様」

私と教師とのやり取りに父兄達が集まってくる

 私  「受付の手が止まったから皆さんお困りの様ですよ 先生様」
 教師 「ぐ・・・・好きにしろ」
 私  「では 好きにさせていただきます 御機嫌よう 先生様」

体育館の中に入っていく私 私退場

体育館 入学式:

 つつがなく進行する入学式 制服姿の私に集まる父兄の視線
 私の事を他の教師に耳打ちして回る受付教師
 壇上の校長が私に向けた刺すような視線

 約束された平穏の中に、異物が投げ込まれる事で起きる波紋

 全ては今ここに存在するモノとして語られる
 あるいは・・・・存在するべきモノでは無いと抹殺される

 永遠はここにある     約束された未来として
 全ての異物が排除された  安息の場所として

 くるり くるくる 時の輪が回る

昼休み 学食:私と茜 Lim アカネ(BGM:潮騒の午後)

 Lim「トライ・・・入学式荒らしたんだって?」
 私  「うぅぅぅ 父兄の義務を果たしただけじゃない」
 Lim「なんか正論ぽい言い訳するわね・・・・正論が非常識なわけ?」
 私  「正論の組み合わせ方によっては」
 Lim「やっぱり確信犯ね 安心したわ
     トライが天然なキャラだったらどうしようかと・・・・」
  
 茜  「もうこんな事 止めてください」
 Lim「里村さんってトライの幼馴染だよね?」
 茜  「え?」
 Lim「私よりトライとの付き合いは長いのよね・・・
     一緒に居た時間の長さだけじゃダメなの?」
 茜  「何の事を言ってるんですか?」

 Lim「トライの事・・・・時々今日みたいなガス抜きしないと
     トライは持たないわ・・・・里村さん判ってないの?」
 私  「Lim やめろ」
 Lim「止めないわ 里村さんだってトライが人間苦手なのは知ってるよね
     こうやって私達と会ってるのだって 辛い事なのよ」
 茜  「そんな事はありません」
 Lim「だから判ってない 自分が自分達だけが特別なんて思ってるんじゃ
     何でトライが人間苦手なのか考えた事あるの?」

 茜  「あなたが人間が苦手な理由・・・・」
 Lim「無いわよね 考えた事があるなら すぐに判る事だもの
     トライはね人間が怖いのよ
     トライのお父さんとお母さんを殺したのも人間
     そんなトライを白い目で見続けてきたのも人間
     そして・・・・そんなトライに
     他の人間と同じ様に振舞えと責めるのも人間
     里村さん 今のあなたの様に」

 私  「Lim もういいそれ以上言うな」
 茜  「そんな事は・・・・ありません・・・
     でも・・・本当なんですか・・・・?」
 私  「当たらずとも遠からず・・・かな
     Lim それに言い過ぎだ 判らない事もあるさ」
 茜  「私は・・・あなたの何を見ていたんですか?」
 私  「私が茜の為にこうありたいと願っている私
     だが 騙されていた人間を”なぜ騙された”と責めるのは酷な話だ」

 アカネ「でも先輩の下手な嘘が見抜けないのは修行が足りない」
 Lim「そっか・・・里村さんのそういうモノを感じ取れる所が
     アカネちゃんなんだ・・・・」

 私  「そーゆー湿っぽい話はヤメ 大体 私を臆病者にして楽しいか?
             ・
             ・
             ・
             ・
     えっと アカネ放課後までどっかで時間を潰しててくれないか」

 アカネ「いいけど・・・なに?」
 私  「いっしょに登山部に入部届を出しに行くから」

 Lim「誤魔化すのも下手だし・・・・」     

 茜  『私は・・・・あの人の事を・・・』

放課後 私の教室:

アカネ登場(BGM:乙女希望)

 アカネ「先輩 来たよ・・・・あれ? いない?」
 男  「君 可愛いね 1年生? 何処のクラス?」
 アカネ「!・・・・あ・・あの・・・」

後ずさるアカネ

 男  「あ、怖がらないで 誰かに用事? 呼んでこようか?」
 アカネ「うぅぅぅ・・・・」

 Lim「アカネちゃん みーっけ!!」 

Lim登場

 アカネ「リムさん・・・・」

Limの後ろに隠れるアカネ

 Lim「この子が何か?」 
 男  「あ・・・脅かすつもりは無かったんだけど・・・・」
 Lim「アカネちゃん このタイプには気を付けて」 
 男  「おい・・・・」
 Lim「悪い人じゃないけど・・・しつこいから」 
 男  「その子 たしか始業式の日に髭をやり込めた・・・」 
 Lim「髭?」 
 男  「なんでもない」

 男1 「おーい 住井何やってんだ?」
 住井 「アカネちゃん 脅かしてごめんな」
 アカネ「あうぅぅ・・・ごめんなさぃ・・・」

住井退場

 Lim「トライ 居ないの?」
 アカネ「一緒に登山部に行くって言ってたのに」
 Lim「クラスはどうだった? うまくやって行けそう?」
 アカネ「なんとか大丈夫そう 私より可哀想な子も居たし」
 Lim「可哀想な子? 幽霊もどきのアカネちゃんよりも?
     ・・・・・私の想像力の限界を超えてるわ」
 
 アカネ「きっと先輩なら判るよ・・・・」
 Lim「アカネちゃんって下見て暮らす方?」 
 アカネ「え?」
 Lim「自分より不幸な人を見ると安心出来る方?」
 アカネ「あ・・・・私・・・・」
 Lim「里村さんが元々持っていて 今の里村さんに無いもの
     それがアカネちゃん 良くも悪くもね」
 アカネ「私・・・・嫌な子だ」
 Lim「欠点の無い人間なんていないよ 私は・・・嫌な子の方が好き」
 アカネ「リムさん・・・・悪趣味・・・」
 Lim「それに自分の欠点を隠したり 切り捨てたりする人間は信用出来ない」
 アカネ「先輩も嫌な奴だもんね」

私登場

 私  「アカネもう来てたんだ」
 アカネ「先輩何処行ってたのよ」
 私  「ああ職員室に呼び出されて」
 Lim「入学式を荒らした件?」 
 私  「そ で、私の正当性を熱弁してきた」
 アカネ「処分されたの? 停学とか謹慎とか・・・」
 私  「まさか・・・父兄が入学式に参列しただけで処分される
     そんな世界があったら見てみたい」

 アカネ「リムさん惚れなおした? 一段と嫌な奴だよ」
 Lim「嫌な子・・・・・」

 私  「じゃアカネ登山部に行こうか」
 アカネ「リムさんが嫌な子の方が好きだって」
 私  「そっか Limらしいな」

私とアカネ退場

 Lim「それで・・・・いつまで覗いているつもり? そこのあなた」
 住井 「リムさんは悪趣味と アカネちゃんは見た目よりナイーブ」
 Lim「メモをとらないでくれる」
 住井 「非難されるような事はしてるつもりはないけど?」
 Lim「そうね・・・でも言いふらすようなら容赦しない」
 住井 「大切な情報を安売りするような事はしない」
 Lim「そうだったわね ・・・部活の調査はありがと」
 住井 「どうも・・・・でも、報酬はまだ貰ってないよ」
 Lim「何が望み?」

 住井 「怖いね 君が報酬の確認もせずに情報を受け取るなんて」
 Lim「クラブの部員数の調査で無茶な要求はしないでしょ・・・・お金?」
 住井 「情報」
 Lim「あなたが知らないような情報は持ってないわ・・・・まさか・・・」
 住井 「違う違う プライベートな事じゃないよ
     無敗を誇っていた”刹那”を倒した人物の事」
 Lim「あの人の反応は私よりも遅かった・・・・けど、先読みと先行入力は的確
     手の内を全部読まれたら・・・私には勝てない」
 住井 「謎のゲーマーか リムさんに期待しているのは彼の情報だから
     何か思い出したらまた教えてくれ」
 Lim「あの人・・・・私の考えてる事全部見えてるみたいだった・・・」
 住井 「なんか・・・危ない匂いがしてきたね・・・・刹那いかさまゲーマーに破れる」

暗転

運動部部室が集まっているプレハブ棟 その一角にある登山部部室(BGM:8匹のネコ)

 私  「ごめんくださぁい・・・・誰かいませんかぁ? 入部希望なんですがぁ」
 部長 「いらっしゃぁい・・・・部長さんがいまぁす ついでに副部長さんもいまぁす」
 副部長「部長! ふざけるのは止めてください
     入部希望ですね こっちの部員簿にクラスと名前を・・・・」

部室の奥から部員簿と書かれた大学ノートを持ってくる女生徒

 副部長「あなたが・・・どうして!!」
 アカネ「先輩・・・知り合い?」
 私  「初対面だと思うけど・・・・・????」

顔を出す部長

 部長 「副部長 僕が代わるよ」
 副部長「しかし 部長・・・・」

 部長 「確かに2年生で運動部に入部しようなんて生徒はまず居ないからね
     ましてや去年の新入部員狩りを実力で退けた君が運動部に入部希望なんて・・・・」
 私  「そんなに有名ですか?」
 部長 「まぁ、君は剣道部関係者に恨まれているからね
     例えばウチの副部長だとか・・・・」
 私  「はあ・・・」
 部長 「剣道部に女子部があれば見過ごさない逸材だから 副部長は
     まぁ 登山部には関係の無い話だけどネ・・・・歓迎するよ」
 副部長「部長!」 
 部長 「登山の経験は?」
 私  「修行で山籠もりをした事はあるけど 競技登山の経験は無い」
 部長 「そっちの1年生は?」

私の影に隠れているアカネ

 私  「こっちは全くの素人と思って貰っていい」

 副部長「部長 彼を入部させる事は納得できません」
 部長 「副部長 君が反対する理由が君の兄さんの件なら
     それは逆恨みだと僕は思うよ」
 副部長「いいえ 彼は嘘を付きましたから 私は中学時代彼と総体を目指しました」
 部長 「”彼と女子部で”と解釈していいのか?」
 副部長「え?」

 私  「どうやら副部長はアイツの知り合いらしいな」
 アカネ「姉さんの知り合い?」

 私  「副部長さん 何かの勘違いだと思う 私は中学時代剣道部には居たけど
     幽霊部員で女子部のメンバーとの面識はあまり無い
     実際部活に参加していたのは中学1年の間だけだったし」
 副部長「ええ・・・そうね・・・でも???」

 部長 「彼女のプロフィールを簡単に説明しておくよ
     彼女の実家は剣道の道場をやってて兄が1人居る
     去年剣道部の3年だった彼は新入部員狩りに参加して
     新入生狩りで集めた1年生の1人に腕を叩き折られた・・・
     自信をなくした彼はお決まりのコースを・・・・」
 私  「剣道部は試合と称して、防具も付けさせずに木刀で手合わせさせましたからね」
 部長 「それは相手が自分達よりも弱いと言う前提があってこそ脅しになる
     僕はそんなやり方は嫌いだから おかけでウチの部はこの有様だけど」

 副部長「兄の事であなたを恨んではいないつもりです でもあなたは許せません」
 私  「人間だからね」

副部長の前に左腕を出す私 袖の下から痣が顔を出す

 私  「副部長さんの気がすむなら 折ってくれていいよ
     でも利き腕折られると何かと困るから 左腕で勘弁してね」
 副部長「この痣 あなた・・・・左腕を折った事がありますね」
 私  「それで剣道をやめて幽霊部員になった」
 副部長「見事な痣ですね 誰ですか?」
 私  「同い年の女の子」 
 副部長「今みたいにして折らせたんですか?」
 私  「いいや スカートめくりをしたお仕置き」

 副部長「あなたなら、その子を打ち据える事も出来たでしょうに」
 部長 「副部長 彼らが入部してくれれば、男子縦走は無理でも
     男女混合には出場できるんだけどな」
 副部長「卑怯ですね部長 でも、私は彼を許したわけではありませんから」

 部長 「ある意味運動部は文化部よりも厳しい所があってね
     学校を代表する以上大会に出場できなければ存在価値が無い
     大会の定員割れを起こしている部はことごとく廃部に追い込まれている」

 私  「学校の売名行為の片棒を担がされている様なものですね」
 部長 「文化部も文化部で大変らしいけど 物理部の連中が嘆いていたよ
     運動部は練習試合でも公欠が貰えるのに 文化部は国家試験受けに
     行くのでも公欠が貰えないって 私欠すると内申点で
     大学の推薦枠から外れるって・・・・
     理由は学校を代表して試験に参加する訳じゃないからだそうだ」
 私  「文化部は基本的に個人技の世界ですから・・・自由と責任が伴うけど」

 部長 「部活とは本来そう言うものの筈なんだけどな・・・・
     学校対抗と言う構図ばかりが先走り過ぎて
     学校を背負わずに個人参加出来る物と言ったら文化部ばかり・・・・」
 私  「でも、文化部でも大会がある部は待遇良さそうですね」
 部長 「あぁ 準運動部扱いで新入部員狩りも黙認されている まったく・・・」

 私  「他の部員は?」
 部長 「2年生があと2人居る 3年の僕と副部長は競技には
     参加しない方針なんだけど・・・定員割れが厳しくてね
     1,2年生で4人部員が居れば3年生が参加しなくても男女混合には出場できる」
 副部長「男子4人居れば男子縦走にも出場出来ます」
 部長 「監督できる教員がいないから2チーム出場は無理だね」
 副部長「いいえ、2チーム出場出来るのなら話は変わってきます」
 部長 「学校の名誉の為に無理はしたくないよ
     部が存続できる最低ラインを満足してればいい」
 副部長「しかし・・・・」
 部長 「新入部員狩りをすると言う方法も有ると言った方が判ってもらえるかな?」

 私  「質はどうであれ頭数さえ揃えれば、学校側の面子は立つ」
 部長 「そう、1チーム4人で3種目12人の部員が居れば全種目の出場が出来る
     運動部なら部員を確保するのは難しい事じゃない
     でもそれはやりたくは無い 山に登ってこその登山部だ
     インターハイに出場するのが登山部じゃない」
 副部長「それではいずれ潰されます 運動部は結果を出す事が望まれてます」
 部長 「学校の売名行為に荷担するぐらいなら潔く潰される
     それが代々の登山部の方針 同時にしぶといのも登山部
     生き残る為の技術ならどのクラブにも負けない」

 副部長「部長・・・・そのやり方でいつまで持つんでしょう?」
 部長 「部員が4人を割らない限りは平気さ」

私に向きなおす副部長

 副部長「ようこそ登山部へ」
 私  「結構ゴタゴタとした事情がありますね」
 副部長「あなた達には8月のインターハイに向けて頑張ってもらいます」
 部長 「ま、本当の登山部の活動は2学期からね
     インターハイまでは学校側がウルサイから 頑張れニッポンも無いもんだ」
 副部長「部長 茶化さないでください」

部員1,2登場

 部員1「部長 新入部員?・・・・・」
 部員2「なに?・・・・・うーん・・・・1年生と2年生?」
 部員1「確か・・・この人副部長の・・・・」
 部員2「彼氏? この子・・・浮気の相手?」
 部員1「”兄の仇”でしたっけ?」
 部員2「仇??? 副部長のぉ兄さんのぉ恋人のぉ浮気のぉ相手・・・とぉ、その彼女?」
 部員1「どーして そーなる?」
 部員2「うーん 副部長の兄さんから恋人を奪った彼が仇なのか・・・・
     はたまた・・・そんな彼のハートを掴んで、副部長の兄さんを
     間接的に辱めているこの1年生が仇なのか・・・・
     副部長の心中・・・複雑」
 部員1「あんたの脳味噌が複雑なだけ・・・」

 副部長「・・・・はぁ・・・・厄介な部員がまた増えたんですよ・・・・」
 部長 「個性的な部員は大歓迎だよ」
 部員1「副部長・・・・心中お察しします・・・・問題部長も健在ですから」

はぁ・・・と同時に深いため息をつく 副部長と部員1

暗転

 〜 ちはやぶる神代も聞かず竜田川 〜

神代道場:道場に座ってる男

副部長登場(BGM:A Tair)

 副部長「兄さん 今日登山部に彼が来たの・・・・兄さんの腕を折った・・・」
 男  「ちはや・・・・か」     *
 副部長「私も運動部のやり方は間違ってると思う だけど・・・彼だけは許せない」
 男  「ちはや・・・・か」     *

”ちはや”の名をただ繰り返すだけの男

 副部長「兄さんをこんなにした 彼は許せない」
 男  「ちはや・・・・か」     *
 副部長「兄さんは・・・・兄さんだって・・・・新入部員狩りが間違ってるのは・・・
     兄さんも”間違い”だって思っていたんでしょ?
     でも・・・兄さんは・・・・格式を大切にする人だから・・・・」
 男  「ちはや・・・・か」     *
 副部長「彼は・・・そんな格式も常識も壊して・・・・兄さんの腕を折って
     それが兄さんには辛かったんですよね・・・・
     兄さんに出来なかった事を・・・・・入学したばかりの1年生に
     見せつけられたんですよね・・・・・・」
 男  「ちはや・・・・か」     *
 副部長「1年生に負けた事を・・・腕を折られた事を
     剣道部のみんなに責められて・・・・・父さんにも責められて・・・・」
 男  「ちはや・・・・か」     *
 副部長「・・・・兄さん 道場は冷えます 母屋へ戻りましょう」

男と副部長退場 無人の筈の道場に副部長の声(音声のみ)

 ちはや「そう・・・彼だけは・・・・許しちゃいけない・・・はずだった
     神代の家に生まれたあなたは・・・・・
     あなたの兄も神代の家を背負って彼と闘ったのだから」

*:副部長兄の感情表現はこの一言でよろしく 目指せ味のある脇役!

翌日 放課後 学校の中庭 胡散臭い連中に絡まれている少女
(BGM:海鳴り)

 少女 「やめてください、私は先輩方について行くつもりはありません」
 男1 「お前を他のクラブに取られる訳にはいかない」
 男2 「君の様な優秀な人間は我々のクラブにこそ相応しい」
 少女 「いったい何部の勧誘なんですか? それも説明しないで
     私を何処に連れて行くんですか!!」
 男1 「それは来れば判る 1年生は俺達の言う事に従っていればいい」

そんな光景が校舎内のあちこちで繰り広げられている
そんな中少女は見知った顔が中庭を通りがかるのを見つけた

 少女 「里村さん 助けて!」 

アカネ登場

 アカネ「・・・・馬鹿な事やってるのね・・・先輩様」
 男1 「なんだと・・・・なんだ この 生意気な1年は?」

入学式のポラロイド写真とアカネの顔を見比べている男2

 男2 「ちょっと・・・・待ってろ・・・・
         ・
         ・
         ・
         ・
         ・
     居た居た・・・・・里村アカネだな?」
 アカネ「だったら どうするの?」
 男1 「徴収リストに載ってる奴か?」

パソコンからプリントアウトされたであろう用紙の束をめくっている男2

 男2 「いや・・・載ってない」
 男1 「なんだ・・・クズ1年か・・・・
     お前なんかに用は無い さっさとどっかに行け!
     仕事の邪魔をするな!!」
 アカネ「なら・・・・和泉さんを連れて行っていいわね? 先輩様」
 男2 「違う・・・・こいつの資料が無いんだ!」
 男1 「まさか? 入試合格者の中学時代のプロフィールは全部調べた筈だ」
 男2 「なら留年か? でも去年居たか? こんな奴」
 男1 「俺は見覚えが無い」
 男2 「俺だって・・・」

 アカネ「返事が無いなら 和泉さんを連れて行くわよ」
 男1 「誰が連れていっていいと言った!」

アカネに殴りかかる男1 男1の拳はアカネの身体をすり抜ける
その男1の腕を掴まえて足を絡めて投げるアカネ

 アカネ「今度は本当に叩き付けるわよ」

アカネに腕を掴まれてしゃがみ込んでいる男1

 男1 「何が・・・・起きた? 俺は確かに殴った筈だ・・・・」
 男2 「里村アカネ 君も人が悪い・・・君達のクラブも和泉美樹を狙っていたのなら
     そう言ってくれれば 実費で譲る交渉もしたものを」
 アカネ「なんの事? 登校初日の放課後に部員勧誘してる1年生は居ないでしょ? 先輩様」
 男2 「そう言う事にしておくよ 君が今年がはじめての1年生だと言うなら
     おい、次の商品を確保しに行くぞ」

男2 男1を引きずりつつ退場

 美樹 「里村さんあなたも?」
 アカネ「・・・あの・・・信用して・・・・」

別の男達が美樹を見つけて近寄ってくる

 アカネ「・・・・和泉さん・・・こっち・・・」

アカネ 美樹を誘導して退場

運動部部室のプレハブ棟:アカネと美樹(BGM:偽りのテンペスト)

 美樹 「里村さんを信用した私が馬鹿だったって事?」
 アカネ「・・・・こっち」

プレハブ棟の中を進んでいくアカネ
辺りでは1年生が部室の中に引きずり込まれる
蟻地獄のごとき陰惨な光景が繰り返される
また美樹の姿を見て舌打ちをする音もちらほらと聞こえる

 美樹 「私も覚悟を決めた方がよさそうね・・・・
     ここで逃げたら逃げたで厄介な事に・・・・」 
 アカネ「・・・ここ」

アカネは一つの部室の扉を開けた

 部員1「いらっしゃい・・・・アカネちゃん新入部員?」
 部員2「それとも アカネちゃんの彼女?」
 アカネ「違う・・・クラスメイト」

(BGM:乙女希望)

 副部長「・・・雨宿りね・・・・あなた、悪い事は言わないから・・・
     部活が終わる時間までここで時間を潰した方がいいわ」
 部長 「初日に狙われるなんて よっぽど運動神経のいい子か・・・・」
 美樹 「ここは?」
 部長 「入り口に書いてあった通りの登山部だよ」
 美樹 「それは判ります・・・私を入部させるつもりじゃないんですか?」
 部長 「まぁ・・・新入部員狩りに追いかけられて、ここに逃げ込んで
     そのまま居付いちゃった部員も居るけど 無理やり入部させたりはしないよ」

 部員2「それって副部長?」
 部長 「そ・・・ウチの学校に女子剣道部が無いからね
     今のこの子みたいに ここに逃げ込んだらしい
     ま・・・・当時の先輩から聞いた話だけど
     僕が入部したのはその後だったから 現場は見てない」
 部員1「私が聞いた話では・・・・人を食った生意気な1年男子が
     人買いに絡まれていた副部長を連れて逃げ込んで来たと」
 部員2「部長らしくない・・・・でも、副部長はどうして居付いたの?」
 副部長「どこかの運動部に入ればしつこい人買いも諦めるでしょ」 

 美樹 「あの・・・人買いって何ですか?」
 部長 「んー 新体操部とか女子バレー部とかの女子だけの運動部は
     腕力に物言わせて新入部員狩りが出来ないから
     男子生徒を雇って狩りを代行させる その男子生徒が人買い」
 副部長「彼等は大抵は幾つかの女子運動部と繋がってて
     狩りの獲物をオークションにかけるなんて事もやってるから
     その様子を賞して”人買い”って呼ばれてるわ」

 美樹 「私は・・・・どうなるんですか?」
 部長 「人買いに捕まる前に 自分の入りたいクラブに入部すればいいだけ
     特にどうなるって訳でも無いけど」
 副部長「ただ 文化部や帰宅部希望だと厄介ですね」
 部長 「そん時は、どっかの運動部に仮入部して幽霊部員になって
     本命のクラブに行けばいい もちろん帰宅部でもOK」
 
 美樹 「あの・・・仮入部を認めてくれる運動部ってあるんですか?」
 部長 「例えば ここ登山部 今年も部の方針が変わってないならテニス部
     とりあえずこの2つかな」

私登場

 私  「こんちわ」
 部員2「例外中の例外登場!!」
 私  「何?」
 部長 「彼は去年 剣道部の新入部員狩りを実力排除した不良生徒」

 美樹 「あ・・・入学式に来てた人」
 アカネ「先輩は私の父兄なの・・・」
 部員2「アカネちゃんのお父さん・・・・”先輩”はおマセさんだったのね」
 私  「アカネとは同い年なんだけど・・・・正確にはアカネの方が少し年上」
 部員2「年下のお父さん・・・生命の神秘・・・」
 アカネ「先輩は私の従兄です・・・私は去年病気の休学が長くて・・・
     この街に療養に来て・・・・2年生に編入出来なくて・・・・
     留年じゃなくて・・・それで1年生に・・・・」
 部員2「ふーん、アカネちゃんって”先輩”が居ると口数が増えるのね」
 アカネ「あぅぅ・・・・」

 部長 「美樹ちゃん家に帰りたい?」
 美樹 「はい・・・でも、部活が終わる時間までダメだって」
 副部長「部長 何をするつもりですか?」
 部長 「役者も揃ったし・・・・登山部権限を発動する」

何本かの木刀を持ってくる部長

 部長 「副部長 彼との因縁に決着をつけてくれたまえ」
 副部長「は?・・・」

木刀の一本を手に取る私

 私  「こんなもの・・・いったい何処から・・・・富士山?」

木刀の柄にしっかりと書かれている”富士山”の文字
別の木刀には”成田山” ”皿倉山”・・・と

 私  「土産物屋で買ったんですか・・・・」
 副部長「この木刀で何を?」

 部長 「部室前で彼と手合わせをしてくれ 基礎トレーニングだ」
 部員2「部長御乱心」
 部員1「登山部権限・・・・特定の練習場所が割り当てられてない運動部は
     校舎内の空いている場所を練習用に優先的に使う事が出来る」
 副部長「部室前の広場から通用門に抜ければ 新入生狩りに遭わずに下校・・・・」

 部員1「私達が他の部に”部室前広場”を使うって伝えてくればいいんですね」
 美樹 「登山部って・・・本当に弱小クラブなんですか?」
 副部長「部長がかなりの癖者だから・・・・・はぁ・・・」
 部員2「廃部寸前の弱小クラブとは世を忍ぶ仮の姿
     その正体は正義の秘密結社”天狗党”・・・・」
 美樹 「・・・・正義が秘密で結社なんですか?」
 部員1「この人 脳味噌が腐ってるから 真に受けないで
     あんたと私は手分けして 他の部に連絡に行くの いい」

部員1 部員2を引きずりながら退場
     
暗転

私の教室:茜とLim(BGM:雨)

 Lim「里村さん登山部に行ってみない?」
 茜  「私を放っておいてください」
 Lim「里村さんの知らないトライが見られるかも」
 茜  「私の知らない・・・あの人・・・・」
 Lim「それとも里村さんが今まで見ようとしなかったトライかしら?」
 茜  「リムさん・・・・・」 
 Lim「トライには非常識過ぎる所があるから 見たくない気持ちもわかるけど
     もしもトライが普通の人だったら・・・・・
     私やアカネちゃんは相手にさえして貰えなかった
     トライじゃない他の人達がそうだったみたいに」

 茜  「でも私は・・・・私が知ってるあの人は・・・・・」 
 Lim「普通の人だった・・・里村さんの前では・・・・
     里村さんがそう望んだから・・・トライはそれに応えようとしてる」
 茜  「・・・・・」 
 Lim「でも・・・そんな無理はいつまでも続かない・・・・
     取り返しがつかなくなる前に里村さんにも見て欲しいの
     里村さんが知らないトライをね」
 
部室前広場:
蹲踞(そんきょ)している私と副部長
審判の位置に居る部長
応援モードの部員1、2 美樹
(BGM:走る!少女たち)

 部長 「はじめ!」

蹲踞の姿勢から立ち上がる私と副部長
切っ先を合わせてしばらく様子を見ていた副部長が小手を打ち込んで来る
私は副部長の木刀を払う

 副部長「今・・・剣を引いた?」

慣れない感触に戸惑う副部長

茜とLim登場

 Lim「??? なにやってるの?」
 茜  「・・・・」
 Lim「登山部・・・だったよね・・・」

踏み込んでくる副部長 副部長の小手から面への連撃
私は副部長の木刀を峰で弾き上げる

私が攻めて来ると判断した副部長はサイドステップで回避運動をとる
私はそのまま突進し副部長の背後に回る

後ろから副部長の首筋に私の木刀の刃があたる

 副部長「後からなんて・・・・卑怯」
 私  「不用意に相手に背中を見せるのはどうかと思うけど」

 部長 「一本と言いたいけど 仕切りなおしだね」
 私  「そうですね 副部長は剣道家ですから」

私と副部長は切っ先を合わせて仕切りなおす

 部長 「はじめ!」

また小手から打ちこんでくる副部長
バックステップで回避する私 副部長の小手が面へと伸びてくる
副部長の木刀を真上から叩きつける私
私の剣圧に副部長の木刀が落ちる  

 副部長「また・・・剣を引いた」

 部長 「んー なんか勝負そのものが成立しないみたいだね」

副部長 落とした木刀を拾い上げながら

 副部長「力任せに剣を叩きつけたりは 普通しません」
 私  「剣道は当てるだけでポイントが取れるから
     そこから斬るという動作に発展しない」

 部長 「当てたら次の攻撃に素早く移行して また当てるだけ」
 副部長「斬る・・・斬る為に剣を引いたの?」
 私  「別に意識して引いてる訳じゃないんだけど・・・
     腕が肩を支点に円運動をするから当てた後に斬る動作に入ると
     自然に剣は引かれる事になるよ」

 副部長「斬らない剣道には興味が無いから あなたは剣道部には入部しなかった」
 私  「いや・・・今の運動部のあり方が気に入らなかっただけ」

 部長 「で・・・美樹ちゃん・・・どうして帰らないの? 時間稼いでるのに」
 美樹 「あ・・・」
 部員2「美樹ちゃんの好みはどっち? 彼? それとも副部長?」
 美樹 「見とれていたわけじゃありません」
 部員2「あら 残念・・・」
 部長 「副部長もう一回勝負してくれないか?」
 副部長「時間稼ぎですね 判りました」

 美樹 「たぶん時間稼ぎをしなくても大丈夫でしょ
     明日もまた雨宿りに来ます・・・さようなら」

美樹退場

 部員1「明日も・・・部長どう言う意味ですか?」
 部長 「ふふふ 何処のクラブに入部していなくても
     既成事実さえ作っておけば 邪推を好む世間は勝手に誤解するって事さ」
 副部長「"和泉美樹は登山部員だ"と言う事ですね」
 部員1「だから時間稼ぎしなくても大丈夫・・・登山部員と誤解した筈だから」
 部長 「そのぐらいの駆け引きが出来る子だから 初日に人買いに狙われたんだろうな」
 部員2「美樹ちゃんって可愛い」

 Lim「トライ ここって登山部だったよね?」
 アカネ「リムさんと茜さんがどうして登山部に?」
 茜  「あなた達の様子を見に来ました」
 Lim「いつから剣道部になったの?」

 部長 「んー 一昨年副部長が入部したとき以来
     今年からは剣術部と名称を改めないと・・・・で、どちらさま?」
 私  「彼女達は私の友人一同 で、こっちが登山部一同」
 Lim「ご丁寧な紹介をどうも・・・・部長さん補足説明が要りますか?」

 部長 「刹那のリムさん あなたも帰宅部なんですね 運動部の連中も実に目が無い」
 Lim「私の体力は人並みですから」
 部長 「まぁ連中は数字になる実績しか見ないから
     動体視力と一瞬の判断力 それと極度に最適化された身体の扱い
     こういう数字にならない実力は評価さえしようとしない」
 Lim「部長さん どこかでお会いしました?」
 部長 「1度ゲームセンターで・・・惨敗でしたが・・・・」 

 茜  「また剣道をはじめるのですか?」  
 私  「いいや 経験者って事で成り行きでね
     さっき帰った1年生 彼女が新入部員狩りに
     捕まらないように時間稼ぎをしていただけ」

副部長に視線を投げる茜

 茜  「彼女も経験者ですか?」
 私  「副部長は道場の娘さんだそうだ」
 茜  「道場・・・あなた・・・・」
 私  「まぁ こっちは日曜に体育館でやっていた剣道教室出身だけど
     副部長の家は神代道場っていう町道場だそうだ」
 副部長「町道場とは・・・これでも代々受け継いだ由緒はあります」
 茜  「副部長さんに悪いです 謝ってください」
 私  「でも今教えているのはただの剣道だよね」 
 副部長「そうなりますね・・・・だから兄さんもあなたに勝てなかった」
 私  「原点回帰すれば武道は人を傷つけ死に至らしめる技術・・・
     殺人技から武道を経てスポーツへ至る
     ・・・剣道の試合だったらお兄さんには勝てなかったと思う
     あれは試合を口実にしたリンチだったから・・・私は勝てた」
 副部長「殺人技に始まった剣の道・・・
     でもそれを伝える者は神代の家にさえいない」

部室前広場の様子を物陰から眺めているもう1人の副部長

 ちはや「神代(かみしろ)の家が伝えてきたモノ”ちはや”の名と光の鉾
     神代(かみよ)の頃から連綿と・・・・闇を討つ者として」 

 副部長「リンチだったから 実戦型のあなたが勝てた?」
 アカネ「先輩・・・ここは登山部です」
 Lim「まったく・・・トライったら時と場所って事を考えないんだから」

 茜  「私が知らないあの人・・・・あの人が剣道をやめた理由・・・」

 部長 「これは登山部幹部候補生の危機管理に関するトレーニングだ」
 部員2「いきなり女の子に木刀で襲われる危機が登山部幹部にはあるんです
     だって・・・部長は女の子の恨みを買ってるから
     部長憎いけりャ 部員まで憎い」
 部員1「彼が次期部長だと言うことですか?」
 副部長「新入部員をいきなり部長に抜擢するつもりですか?」

 Lim「ねぇ トライ あの部長さんってかなりの曲者よね」
 私  「人を食った態度なら 私以上かも知れない」

 部員2「ふふふ 私が次の部長さんです
     彼は幹部の候補生で長(おさ)の候補生ではありません」
 部員1「・・・・やっぱり 腐ってる」 
 部員2「幹部って副部長か書記か会計のどれかでしょ・・・・
     2年生は今3人しか居ないから 全員幹部候補生の筈
     しかも、誰かが役職兼任しないと頭数が足りない」
 部員1「ぐ・・・・」
 部員2「しかも部長職と副部長職の兼任は出来ないから・・・」
 アカネ「副部長さんって書記と会計兼任ですか?」
 部員1「書記は私 副部長は会計を兼任」

 副部長「・・・・あ・・・次期部長って・・・」
 部員2「私に書記や会計を任せるつもり?」 
 部員1「そんな事したら・・・登山部が傾く」
 部員2「最低スペックが要求されない役職って何?」
 部員1「・・・・部長」
 副部長「インターハイ後に今の2年生に役職割り振るとしたら・・・・」
 部長 「どうやら判ってもらえた様だな 彼は幹部候補生だ」

 Lim「やっぱりあの部長・・・変だわ」

暗転

神代道場:道場に座ってる男

副部長登場(BGM:A Tair)

 副部長「兄さん・・・・今日彼と剣を交えたわ・・・・
     彼 正当な試合だったら兄さんに勝てなかったって言ってたよ
          ・
          ・
     でも・・スポーツとしての剣道なら兄さんは勝てた
     人を木刀で殴る勝負で兄さんは勝てなかったって
          ・
          ・
     もしも・・・剣道にKO勝ちがあったら・・・
     他の格闘技と同じ様に相手を闘えなくする事でも勝てるなら
          ・
          ・
     武器・・格闘 でも武器を武器として使う事を誰も教えない
     剣道はただのスポーツだから・・・・」

 男  「ちはや・・・・か」
 副部長「兄さん・・・私の名前はまだ”ちはや”じゃない」 

道場の隅から副部長を見守る少女 その手には祭事に使う鉾が淡く光を萌やしている

 ちはや「でも いずれあなたは”ちはや”を継ぐ神代の子」

暗転

 〜 静粛の淵 〜

朝 私の家:私とアカネ(BGM:8匹のネコ)

 アカネ「先輩・・・私・・・登山部が怖い」
 私  「部員が曲者ぞろいだもんなぁ だけど副部長は優しそうな人じゃない?」
 アカネ「でも・・・・副部長 怖い目で先輩を見てた・・・・」
 私  「私は彼女の恨みを買ってるからね・・・・しかたないさ
     でも・・・・彼女は公私混同するような人じゃないよ」
 アカネ「だから・・・怖い・・・副部長がずっと先輩を 怖い目で見てるから」
 私  「ま、クラスメイトの美樹ちゃんも顔出してくれるようだし
     登山部はそんなに悪い場所でも無いんじゃない?」

 アカネ「私・・・和泉さんとはあまり話した事ないから・・・・」
 私  「・・・・そりゃ 今日で登校3日目
     存分に話せる相手が居るケースの方が少ないと思うけど」
 アカネ「うん 私・・・なんか 浮いちゃってて
     みんなと話が合わなくて・・・・」
 私  「ローカルネタとか流行ネタとか振られると辛いか でも正体ばらしたら?」
 アカネ「え?」 

 私  「昨日部室で言ってたみたいに
     病欠が長くて2年に編入できなかった転入生だって」
 アカネ「でも・・・」
 私  「事情を知ってたら相手も考えて話題を振ってくれると思うよ
     入学したてでみんな相手の事情も出身地もよく判ってない時期なんだから」
 アカネ「う・・うん・・・」

 私  「じゃ遅刻しないうちに学校に行くよ」
 アカネ「あっ先輩ちょっと待って・・・」

アカネの教室:アカネ(BGM:虹を見た小径)

美樹登場

 美樹 「里村さんおはよう」
 アカネ「あ・・・あの・・・おはよう・・・ございます・・・」
 美樹 「なんか固いよ? 昨日は2年生の男子相手でも平気だったのに?」
 アカネ「・・・敵は・・・敵だから・・・」
 美樹 「敵って??? 里村さんってとんでもない外弁慶?」
 アカネ「あうぅぅ・・・」
 美樹 「私が・・・怖い? 昨日の2年生より怖い?」

コクコク 無言でうなずくアカネ

 美樹 「まったく・・・・本人を目の前にして・・・・それで・・敵は怖くないのね?」
 アカネ「敵だから・・・いなくなったら・・・怖くないから」
 美樹 「いなくなったら・・・って 私の方が怖いわ
     私を処分できないから 怖い?」

アカネの手を取る美樹 怯えるアカネ

 美樹 「私がいつ敵に回るか判らないから怖い?
     敵じゃない私には手が出せないから怖い?」

美樹の手を振り解こうとするアカネ

 美樹 「逃げないで 私は友達 昨日私を助けてくれたのは誰?
     私が信用できない?  って、信用できないか
     ほとんど初対面みたいなものだし」
 アカネ「手・・・離して 逃げないから・・・離して」
 美樹 「ごめん でも私は友達のつもりだからね」

アカネの手を離す美樹

 アカネ「友達・・・」
 美樹 「里村さんって”人間はみんな敵”って思ってるの?
     それで 敵とだったら 普通に人付き合いできるの?」
 アカネ「多分そう」
 美樹 「里村さんが怖い人って・・・敵には見えない人って事なのね
     昨日里村さんが私になんて言ったか覚えてる?」
 アカネ「?」
 美樹 「”信用して”って・・・・だったら私も信用して」
 アカネ「あうぅぅ・・」
 美樹 「信用できる人となら 芝居抜きで普通に付き合えるんでしょ
     ”先輩”とか 昨日登山部を見学してた2年生とか」

またアカネの手を取る美樹 ビクッと反応するアカネ

 美樹 「んー・・・私の信用ってこんなものなのね なんか・・・悔しいわ」 
 アカネ「和泉さん・・・ごめんなさい・・・」
 美樹 「美樹って呼んで 年上の人に”和泉さん”って呼ばれたくない」
 アカネ「あ・・・それクラスのみんなには内緒」
 美樹 「ホントは2年生だった筈って事?」
 アカネ「内緒にして」

アカネの手を離す美樹

 美樹 「少しは慣れてきたみたいね」
 アカネ「あ・・・うん」 
 美樹 「私も登山部に入るわ」
 アカネ「え?」
 美樹 「どっかの運動部に入部するのが一番安全なんでしょ
     せっかく昨日アカネに助けて貰ったのに
     また人買いに捕まったりしたらシャレにならないわ」
 アカネ「美樹・・・ちゃん・・・」
 美樹 「ちゃん・・・は、やめて」
 アカネ「ごめんなさい」
 美樹 「もう! 恩人がこんな人見知りじゃ恩返しも出来ない」
 アカネ「・・・あうぅぅ・・」
 美樹 「それと登山部自体が面白そうだし」

放課後 文化部部室エリアに続く廊下:登山部一同と美樹
(BGM:潮騒の午後)

 部員1「部長 今年も家庭部に迷惑かけるつもりですか?」
 部長 「何を言うか 男女混合では生活技術点は無視できん
     男子縦走と違って女子部員の質で左右されるのだぞ」

 副部長「部長・・・私を見ないで下さい!」
 部長 「いや・・・あまり個性というモノが認められる分野じゃないから」
 私  「生活技術点って何?」
 部員2「体力等の行動点が40点 気象や医療とかの知識点が35点 マナー等の態度点が5点
     で、テント設営、炊事等の生活技術点が20点の計100点満点の競技が競技登山」
 部員1「去年は副部長の作った料理が個性的過ぎて・・・・その・・・」
 部員2「多くの審査員が帰らぬ人になってしまって・・・・なむなむ」
 副部長「人聞きの悪い事言わないで」

 部長 「インターハイに向けて家庭部と仲良く料理の特訓をする事が急務だ」
 部員1「部長 そうやって学校側を刺激する行為は慎んで下さい」
 部長 「去年の失態を繰り返さないためには
     家庭部とよりいっそうの親睦をはからなければならない」
 副部長「私・・・・料理ってした事が無いから・・・・」

手のひらの竹刀ダコを見つめる副部長

 部長 「だから家庭部に応援を頼む インターハイまでのこの時期しか
     特訓の為に文化部を徴収する運動部権限は使えないからね」
 部員1「でも それはやっぱり 家庭部の迷惑になります」
 部長 「ま、向こうにまったくメリットが無いわけじゃないよ」
 部員2「クラブの存続審査があるのは一学期・・・・
     この時期に学校の名誉の為にインターハイに出場する運動部に
     協力をしている文化部は潰される事は無い」

 美樹 「・・・あの・・・それって・・・・」
 部長 「ちゃんと家庭科実習室を家庭部の立会いの下で使うって
     学校側に届けてあるよ」
 美樹 「無理やり家庭部から実習室を取り上げて・・・・
     事故が起きた時の責任回避の為に家庭部に立ち会わせる・・・・」
 部長 「運動部なら当然の権利だから学校側も黙認する・・・・嫌でもね
     ここで家庭部を潰して 登山部単独で実習室使って事故でも起きたら
     運動部の不祥事って事で学校の恥になるからね・・・ふふふ」
 部員2「ホントのところは家で料理させて貰えない副部長のためですよね部長」
 部長 「なんの事かな? 去年の失態をちゃんと学校側に報告しただけだよ
     で、提案した 生活技術点の強化が必要だって」

 アカネ「あの・・・先輩は料理が出来ます・・・」
 美樹 「え?・・・あ・・・アカネの従兄だって・・・一緒に住んでるの?」
 私  「アカネは去年の冬からウチで療養してる」
 美樹 「料理が出来るって・・・そんな風には見えないけど・・・」
 私  「アカネ来るまでは1人暮らしだったから自分用のエサぐらいは作れるよ」
 部員2「ん・・・今は2人暮し・・・2人の愛の巣ね
     従兄妹なら世間体も問題無いし・・・しかも法的にも問題無い・・・完璧ね」
 美樹 「アカネってお従兄さんとそんな仲なの?」
 アカネ「ち、違います・・・・」
 私  「あ・・・そうなんだ・・・残念」

 アカネ「先輩 ひどいよ・・・あ・・・えっと・・・あうぅぅ」

辺りを見まわして真っ赤になるアカネ

 美樹 「先輩 アカネに普通に付き合って貰うにはどうすればいいですか?」
 私  「アカネの弱みを握って脅迫するとか」
 アカネ「先輩! ・・・嫌です」
 美樹 「なるほど・・・敵だと判断したら アカネって人が変わりますものね」
 私  「そーゆーこと・・・緊張と弛緩を繰り返して精神的に疲弊させれば
     懐柔するのは難しい事じゃないよ
     特にアカネは他人対しての拒否反応が強いから 緊張と弛緩の落差が大きい」
 美樹 「で・・・先輩 アカネの弱みってなんですか?」
 私  「優しくされる事かな? 人見知りが強いくせに・・・・」
 美樹 「どこか・・・人懐っこい所があるから」
アカネ「あうぅぅ」

家庭部の部室のドアを開ける部長

 部長 「部長さん居る? え 先に実習室行って準備してるって?
     どーも そだウチの部員見る? 面白いのがそろってるよ」
 
部室から女子が2人出てくる

 家庭部員1「登山部さんは今年は7人?」
 部長   「あ、6人プラス仮入部見習が1人」
 家庭部員2「いつもの難民ですか? 
       ウチは今年は新入部員がまだ居なくて4人なんですよ
       難民を譲ってくれません?」
 部長   「美樹ちゃんどうする? ラブコールが来たよ」
 美樹   「嫌です」
 家庭部員2「うーん残念」

 部長   「それじゃ家庭部の部長と話しつけてくるから
       ある程度親睦深めたら 実習室に来て」
  
部長退場

 副部長  「親睦って言っても・・・・」
 部員2  「彼女が伝説のシェフのウチの副部長」
 家庭部員1「男殺しで有名な・・・・・」
 家庭部員2「なんでも去年をインターハイで審査員を全員帰らぬ人にして
       競技を妨害したと高体連登山専門部から厳重講義が来たとか来ないとか」
 副部長  「・・・はぁ・・・・」
 部員2  「登山部の伝説の生物兵器 副部長」
 美樹   「シェフから・・・生物兵器に・・・・」
 部員2  「彼が副部長の兄の仇で後ろに隠れてるアカネちゃんと同棲している・・・」

廊下の端に向かって歩いている私(BGM:潮騒の午後)

 部員2  「紹介してる最中にふらふらするんじゃない!」
 私    「ちょっとトイレ」

不意に私の横の扉が開いて飛び出してきた少女が私にぶつかる

 私    「あ・・・ごめん 怪我はない?」

私に向かってペコペコと頭を下げている少女

 美樹   「あれ? あの子ウチのクラスの・・・」

美樹の声に振り向く少女

 私    「クラスの・・・澪ちゃん」
 少女   「!っ」

私の方に向きなおして 手に持ったスケッチブックに何かを書こうとする少女

 私    「あ・・・ごめん ・・・慣れてなくて」
 澪    「どうしてなの?」と書かれたスケッチブックを私に向ける澪

澪の方を見ずに入り口の上のプレートを見ている私 そのまま澪を見ずに話す

 私    「ここ演劇部なんだ・・・」

 澪    『この人・・・』
 私    「この人」

澪の台詞を読み上げる私

 澪    『聞こえ・・・るの?』
 私    「ああ」
 澪    『・・・こわい人なの・・・』
 私    「あ・・・えっと・・人の悪意が見えるんだ
       いや・・・悪意と一括りに言うと問題か・・・」

 澪    『もっと こわい人なの』
 私    「不安 哀しみ 淋しさ 嫉み 恐れ・・・いろいろと
       ま、そんなモノが見えるんだ」

 美樹   「・・・・お従兄さん 上月さんと話・・・してるよね?」
 アカネ  「うん・・・・先輩は変わった人・・・だから」
 美樹   「変わった人って・・・・それで済んじゃうの!?」
 アカネ  「常識・・・・通用しないから・・・」
 美樹   「そんなに非常識な人? お従兄さん」
 アカネ  「・・・・うん」

澪の方を向く私
 私    「心を覗かれる様なもんだからね」
 澪    『嫌なの・・・・』
 私    「嫌だよね・・・」
 澪    『でも・・・おしゃべりしたの はじめてなの』
 私    「・・・そうなのか・・・」
 澪    『????』
 私    「いや ・・・・えっと・・・」
 澪    『・・・・はじめから おしゃべりできなかったの』
 私    「ごめん」
 澪    『ありがとう なの』
 私    「何???」
 澪    『おしゃべりしてくれて ありがとう なの』
 私    「???」
 
スケッチブックに文字を書き始める澪 そのスケッチブックを私向ける澪

 澪    「ありがとう なの」
 私    「”ありがとう”・・・・流石にそれは悪意じゃないか」
 澪    『あ・・・』
 私    「うーん さっきみたいに警戒しながら話してくれた方が通じるかな?」
 澪    『ううう・・・あ゛り゛か゛と゛う゛・・・なの!』
 私    「OK」
 澪    『でも・・・・どうしてなの?』

 私    「”どうして”って?」
 澪    『私の声・・・聞こえない振りしてた方が・・・・』
 私    「美樹ちゃんが あ、廊下の髪の長い方の1年生が君を見て
       ”可哀想な子”って言ったから」
 澪    『クラスの和泉さんなの・・・でも何も言ってなかったの』
 私    「彼女の想いが聞こえたから そして君の名前も」
 澪    『やっぱり こわい人なの』

演劇部から3年生が顔を出す
 
 3年生  「上月さん 何してるの?」
 澪    『演劇部の部長さんなの』
 私    「部長さん?」
 3年生  「え?」
 私    「この子が今あなたの事を”演劇部の部長さん”だって」
 演劇部長 「上月さんが?」

 澪    「あのね」 スケッチブックを部長に向ける澪
 澪    「この人は・・・」

文字を詰まらせる澪

 演劇部長 「信じられないけど・・・上月さんと話せるの?」
 私    「簡単な会話なら まぁ唇を動かしてくれたらだけど」
 演劇部長 「読唇術・・・演劇部に入ってくれると助かるんだけど どぉ?」
 私    「先約済み」

隣の部室に視線を投げる私

 演劇部長 「隣?・・・・家庭部????」

私の視線を追う演劇部長 副部長と目が合う

 演劇部長 「げ・・・登山部・・・・」
 澪    『なにか 急いでるみたいだったの』
 私    「そう言えばトイレに行くところだった・・・」
 澪    『あぅぅ・・§Θ♪Δ∬〒ω‡♀★◎∀∇』

意味不明のノイズが走る

 私    「あ、今なんて言ったか読めなかった」
 澪    『早く行ってなの あの・・・トイレ』 

顔を赤くして俯く澪

 演劇部長 「トイレなんて女の子に振るネタじゃないわよ デリカシーの無い人ね
       深山雪見 上月さんが紹介してくれた通り 演劇部の部長をやってるわ
       あなたは?」

 私    「通りすがりの登山部員で名乗るほどの者じゃない」
 雪見   「あら、上月さんと話せるなんて貴重な人材よ」

私の背中を押す澪

 澪    『嘘がばれないうちに行ってなの!』

澪に押し出されて私退場

 雪見   「上月さん 今の人誰?」
 澪    「知らない人なの」

澪が文字を書き終わるまで待っている雪見

 雪見   「そう・・・・
       でも唇を読むって方法もあったのね
       上月さん今日から発声練習しっかりやるわよ」

 澪    『部長?』

 雪見   「はっきり口を動かしてくれたら私にも読めるわ」
 澪    『ありがとうなの』       
 雪見   「もっとはっきり」
 澪    『あ・り・が・と・う』
 雪見   「ありがとう」

 澪    『!!っ・・・み・や・ま・ぶ・ちょ・う』
 雪見   「深山部長」
 澪    『なの・・・・』

 雪見   「あ・・・”なの”はいいわ」
 澪    『部長・・・』

雪見 澪に笑顔を返して廊下の先を向く

 雪見   「ちょっとそこの登山部」
 副部長  「何?」
 雪見   「彼は何者?」
 副部長  「ただのアナーキー」
 雪見   「アナーキーって・・・古風な・・・
       でも無政府主義って登山部の部風じゃなかった?」
 部員2  「そう彼こそがミスター登山部 自由と生徒の使者」
 部員1  「”生徒の使者”ってなに?」
 部員2  「対外的な対面を保つ事のみに統制された学校社会における
       市民たる”生徒”の意志を代弁する者」

 雪見   「登山部は相変わらず奇怪な部員を抱えてるわね」
 副部長  「奇怪な部長も・・・・ほんと頭痛いわ」
 雪見   「でも・・・うらやましいわ 無支配・無強制・・・
       an+archyを叫べる部員がいるなんて」
 副部長  「あらアナーキーって無秩序や混乱をさす言葉じゃなかった?」
 雪見   「痛いわね だからこそあなた達は登山部なのね
       自分達の理想と自分達が周囲からどう見られているかの
       両方を理解して行動する」

 部員1  「学校から見れば私達は”無秩序・混乱”の元凶だし
       私達の目指すものは”無支配・無強制” ただそれだけ」
 部員2  「権力の名の下に統制する事で秩序は生まれ全ての混乱は払拭される
       でもそれは強制し支配しようとする権力の言い分にすぎない」

 美樹   「先輩達」
 雪見   「そこの1年生 登山部を止めるなら今のうちよ
       間違い無く学校側に目をつけられるわ」
 美樹   「私は・・・でも・・・運動部には入りたくありません」
 雪見   「あら? 登山部は運動部の筈よ あなた 騙されてない?」
 美樹   「でも・・・それは・・・」

 アカネ  「部長様 それで演劇部はどうなんです?
       狼に食べられるのを ただ震えて待っている・・・
       権力に媚を売るだけの子羊ですか?」

 雪見   「生意気な1年 口の聞き方を教えなくちゃいけないようね」

雪見の迫力に身構えるアカネ そんなアカネを見て口元が緩む雪見
雪見 副部長の方を向いて

 雪見   「それにしても神代のとこには 小粒でいい子が集まるね
       2人とも芯はしっかりしてるみたいだし」
 副部長  「雪ちゃん うちの1年をからかうのはよして」
 雪見   「ちょっと嫉妬しただけよ」
 
雪見 アカネの方を向いて

 雪見   「ごめんね でもあんなにはっきり敵対心を向けられるとは思わなかったわ」
 アカネ  「あぅぅぅ・・・」
 雪見   「なんか・・・ギャップの大きい子ね お名前は?」
 美樹   「この子は里村アカネ 私は和泉美樹 アカネは人見知りが激しいの」
 雪見   「そうみたいね
       そうそう上月さんが彼と話してた時 美樹ちゃんの事気にしてたようだけど
       美樹ちゃん達はウチの上月さんと知り合い?」

 澪    『2人はクラスメイトなの』 
 雪見   「ごめん 速すぎて読みきれなかった もう一回お願い」
 澪    『2人は・・・・クラスメイト・・・なの』 
 雪見   「そう クラスメイトなんだ」

 美樹   「!っ 部長さん 上月さんと話せるんですか?」
 雪見   「口の形を読めば言いたい事は判るわ
       彼は普通に会話するスピードでも読めてたみたいだけど
       私はゆっくり話して貰わないとまだ読みきれないようね」

 美樹   「すごい・・・」
 雪見   「演劇部員は声をはっきり発音できる様に発声練習をやってるから
       口の形から言葉をイメージするのは難しい事じゃないわ」
 美樹   「私にも出来ますか?」
 雪見   「演劇部に入ってくれれば 私が鍛えて あ・げ・る」 

美樹の制服のすそを引っ張るアカネ

 美樹   「アカネ?
       部長さん私は登山部に義理がありますから」
 雪見   「冗談よ
       さっきの質問の答えだけど 美樹ちゃんが日本語を使う日本人なら出来るわ
       自分が話をする時の口の形をイメージするだけでいいのよ」
 美樹   「本当ですか?」

 雪見   「そーね、発声練習はやっておいて 口の形を意識しながら
       ”あえいうえおあう かけきくけこかく・・・”って繰り返して」
 美樹   「演劇部には入りませんからね」
 雪見   「ん? 複式呼吸しながら発声するとか
       台詞を噛まない様にとか いろいろ細かい事もあるけど
       ”上月さんと話がしたい”だけならさっきの練習だけでいいわ」
 美樹   「”演劇部に入部させたいって理由じゃない”って言いたいんですね?」
 雪見   「入部して欲しいわよ ウチだって万年人手不足だし」        
 美樹   「”演劇部に入部しないとは言わせない”って言いたいんですね?」
 雪見   「ふふふ 美樹ちゃんの想像にまかせるわ」        
 
副部長の方を向く雪見

 雪見   「あなた達何処かに行くんじゃなかったの?」
 部員2  「そう 家庭科実習室に登山の特訓をしに行くところ」
 雪見   「ええ???」
 家庭部員1「私達はその手伝い」
 雪見   「???????
       まぁいいわ 後で部員を連れて特訓の成果を見に行くよ」

暗転

 〜 魔女の大鍋 〜

家庭科実習室:登山部一同(7人)家庭部一同(4人)
(BGM:海鳴り)

 家庭部員1「カレーよね・・・・これ?」
 家庭部員2「なんか・・・白っぽいよ」
 家庭部員1「酸っぱい臭いもするし・・・・」
 家庭部員3「酸っぱいって言うより 頭にツーンって来るんだけど・・・・」

 部長   「これがウチの副部長の実力なんだけど どう?」
 家庭部長 「その前に一つ聞いていい?
       3年の彼女は今年のインターハイには出ないはずよね?」
 部長   「口実は口実と言う事さ
       向こうの鍋はウチのレギュラーが鋭意製作中だ」
 家庭部長 「隙は見せない・・・・相変わらずね」

うつむいてモジモジしている副部長

 家庭部長 「まずヨーグルトの使い過ぎ・・・・
       でも普通のヨーグルトでここまで酸っぱくはならないない筈
       あなた・・・いったい何を使ったの?」

 副部長  「ケフィアを・・・身体にいいって聞いたし殺菌作用もあるって・・・」
 家庭部長 「ケフィア? ケフィアはヨーグルトより酸度は低い・・・って
       あなた、殺菌作用って言ったわよね・・・高発酵のケフィア?」
 副部長  「はい・・・・」 
 家庭部長 「はぁ・・・ただでさえヨーグルトの分量が多いのに・・・・
       酸度の高い・・・・高発酵のケフィアなんて・・・・
       カレーの酢漬けを作るつもり?」
 副部長  「カレーが痛まない様に・・・・そう思って・・・・・」
 家庭部長 「次に塩分も多い  これも日保ちをよくする為?」
 副部長  「・・・・はい」 

 家庭部員2「ケフィアって乳酸菌単体発酵のヨーグルトじゃなくて
       複合菌発酵の発酵乳よね・・・高発酵って?」
 家庭部員1「俗に・・・歯が溶ける様に酸っぱいヨーグルトって呼ばれてる代物・・・」
 家庭部員3「彼女悪い人には見えないけど・・・善意であんな料理作られたら みんな死ぬわ」
 家庭部員2「登山部の連中って悪人だけど 人はよさそうだから・・・・」
 副部長  「・・・・」 

ますます萎縮する副部長

 家庭部長 「そこ 陰口はたたかない
       それであなた まずは、何にも考えないでそこのルウの箱に書いてある通り作ってみて」
 副部長  「でも・・・・」 
 家庭部長 「あなたの部長が言わなかった? ”インターハイに出すつもりの特訓じゃない”って
       日保ちとか健康とか 余計な事考えないでおいしいもの作ってみて」
 副部長  「はい」 

登山部レギュラーの鍋(BGM:虹をみた小径)

 美樹   「アカネ お従兄さんって何者?」
 アカネ  「あうぅぅ・・・」
 部員2  「謎の人物ね」

 私    「しかし・・・こんなにまともに作って特訓になるの?
       競技登山の炊事って具材に缶詰とか乾物とか塩漬けのモノ使って作るんじゃ?」
 部員1  「今まではまともな材料使っても苦労していたの・・・・まったく
       私達より手際がいいなんて」
 部員2  「向こう(副部長の鍋)はいつも通りみたい みんな青い顔してる・・・・・」

 部員1  「それで・・・あなたならカレーを競技向けにどうアレンジするの?」 
 私    「そーだな調味料は持ち込めないとしたら ツナ缶とドライソーセージは必須だな」
 部員1  「調味料の持ち込みは禁止されてないけど?」
 私    「印象の問題さ 調味料をズラズラと並べてキャンプ料理作ったらどう思う?」
 美樹   「ナンカ・・・つまんない」
 私    「生活技術点の趣旨を考えれば荷物になる調味料は持ち込まない方がいい
       同じ理由でダシの事を考えたらツナ缶よりはカツオ缶がいいけど
       最近カツオの油漬けの缶詰見かけなくなった」
 部員1  「シーフードカレーね」
 私    「後は貝柱の干物を水で戻して具とダシとに使う」

 美樹   「野菜はどうするの生野菜持ちこむの?」
 部員1  「水煮を使うのが手間が無いけど荷物が増える」
 私    「最近お湯で戻せるフリーズドライの野菜があるからそれを使う
       持ちこむ生野菜はタマネギだけ」
 美樹   「ジャガイモは?」
 私    「乾燥マッシュポテトを戻してドライソーセージで味付けした
       ハッシュポテト風コロッケを作って代用する」
 部員1  「タマネギは手を抜かないのね」
 私    「味で勝負する為の具材は手を抜かない 競技だから勝つ事を目的にする」

 部員2  「アカネちゃんって”先輩”の愛玩用?」
 アカネ  「あうぅぅ・・・・」
 部員2  「あれだけ料理上手だとアカネちゃんの立場無いね 女の子として・・・・」

ゴッ! 部員1にぼてくられる部員2

 部員2  「痛い・・」
 部員1  「馬鹿な事言わないで あんたも手伝うの!」
 部員2  「何を? カレーもう出来あがってるじゃない 後は煮込むだけでしょ」
 部員1  「うぐぐぐぐぐ」
 

副部長の鍋(BGM:遠いまなざし)

新しい鍋を掻き回してる副部長

 家庭部長 「出来たみたいね」
 副部長  「はい」

味見をする家庭部一同

 家庭部員1「でも・・・そのままの味ね」
 家庭部員3「箱書きのレシピ通りに作ったんだから・・・そのままの味で正解じゃない?」
 副部長  「・・・・・」
 家庭部長 「これで彼女が味音痴で無い事は証明されたのよ」
 副部長  「え?」

 家庭部長 「ここからが私達家庭部の仕事よ もう一つの鍋のルウを小分けして冷凍して」
 家庭部員1「部長 なにを?」
 家庭部長 「あのルウの中身が何かはみんな知ってるわね」
 家庭部員1「まぁ・・・・」
 家庭部長 「あのルウをおいしく食べる事が出来たら彼女が大化けするわ
       それが私達家庭部の仕事」
 家庭部員2「部長・・・無理です・・・あんな毒物・・・・」
 副部長  「・・・・・」

(BGM:輝く季節へ)・・・・だからこーゆー使い方をするんじゃない

 家庭部長 「とりあえず私はオーソドックスに 小分けしたルウを生クリームと
       エバミルクで伸ばしてクリームコロッケに仕上げてみるつもりだけど」
 家庭部員1「今からですか?」
 家庭部長 「もちろんカレーを煮込む時間で作れるわ」
 家庭部員2「ルウの味が強いから ソースはかけずに軽く塩を振った
       サワークリームコロッケ・・・結構いいかも」
 家庭部員3「フードプロセッサ用意します」
 家庭部長 「そうねカレーの具だとコロッケには大き過ぎるね」
 家庭部員1「クリームを冷やさずに揚げるんですよね 小麦粉は多めに使いますか?」
 家庭部長 「焦がさずに粘りのあるクリーム作れる?」
 家庭部員1「まかせて」

副部長が最初に作った白っぽいカレールウを小分けしながら
てきぱきと作業を進める家庭部員達

 部長   「まいったね・・・・本気であれを食べる気だ」
 副部長  「部長・・・私・・・」
 部長   「副部長はこっちの鍋のカレーを焦がさない様に気をつけて」
 副部長  「は、はい」

 部長   「高発酵のケフィアってO157さえ死滅させる殺菌力を持ってなかったか?
       そのルウを小分けして保存・・・・なんかとんでもない保存食になりそうだな」
  
小1時間後・・・・ 

2種類のカレーとコロッケが並ぶ(BGM:日々のいとまに)

 家庭部長 「カレーって聞いてたから青物何も用意してないわ
       コロッケの付け合わせにレタスかキャベツを用意しておくんだったわ」
 家庭部員2「部長付け合わせ出来ました ニンジンの薄作りとスライスオニオン」
 家庭部長 「残り物で仕上げたにしては上出来ね」

演劇部一同登場:

 雪見   「神代 おすそ分け貰いに来たわ・・・なにこれ? どうして3皿もあるの?」
 部員2  「この中に当りが・・・・一つだけある」
 雪見   「神代が作ったのどれ? それが当りでしょ?」
 部員2  「副部長が作ったのは2皿」
 雪見   「食べられる料理が当りって事?・・・そうなると・・」

 副部長  「雪ちゃん酷い・・・」
 家庭部長 「生命の保証だけは私がするわ
       それに普段食べられないような物も入ってるから楽しみにしてね」

 雪見   「みんな帰るわよ」
 澪    『おいしそうなの』 
 雪見   「おいしそうって・・・上月さん・・
       神代の噂知らな・・・・・ねぇ 家庭部さんは味の保証はしてくれるの?」
       (私が神代の悪い噂広げてどうするのよ) 

 家庭部長 「個人の嗜好までは責任持てないけど 今日のところは万人向けの味付けになってるわ」
 雪見   「なら・・・いいわ ご馳走になる」
 家庭部長 「横柄な態度ね」
 雪見   「人体実験のモルモットは必要じゃなくて?」
 澪    『喧嘩はダメなの』
 雪見   「あ・・・上月さん 私達は喧嘩してるわけじゃないのよ」

 家庭部長 「???ねぇ どうして いちいちその子の顔見るの?」
 雪見   「サイレント(無声劇)の勉強してるの」
 家庭部長 「その子が?」
 雪見   「私が」
 家庭部長 「え? 演劇部だって3年はもう役者は引退でしょ?」
 雪見   「私は高校で演劇を止めるつもりは無いわ」
 家庭部長 「???そう? そう言う事なら・・・頑張ってね???」

 澪    『嘘はダメなの』
 雪見   「嘘じゃ無いわ 好きでやってる演劇だもの 勉強できる機会は無駄にはしない」
 澪    『はえぇ〜』
 

弱小部とは言え3部集まると20人弱の人数になる
家庭科実習室での小宴会は厳かにすすむ

 澪    『おいしいの』
 美樹   「おいしいの」
 澪    『!・・・うれしいの』
 美樹   「???」
 澪    『う・れ・し・い・の』
 美樹   「上いいの?」
 澪    『あうぅ・・』
 美樹   「深山部長 読唇術って連想ゲームみたいなモノ?
       上月さんの口見てるけど母音しか判らない
       ”おいいいお”は判ったけど”うえいいお”ってなんだろ?」
 雪見   「美樹ちゃん 舌の動きまで読めるようになったら子音も判るようになるわ」

美樹の袖を引っ張る澪

 美樹   「何? 上月さん?」
 澪    『おいしいの』
 美樹   「え???・・・おいしいの」

ウンウンとうなずく澪

 澪    『しいの』 
 美樹   「しいの」

またうなずく澪

 澪    『う・れ・しいの』
 美樹   「あ・・・うれしいの」

満面の笑みでうなずく澪 ポリポリと頭をかく美樹

 美樹   「私のはまだ読唇術じゃなくて連想ゲームだわ」

首を横に振る澪

 澪    『うれしいの 美樹ちゃん』 
 美樹   「うれしいの・・・えっと・・・いい案?」
 澪    『あうぅ・・・』 
 アカネ  「和泉さん」
 美樹   「え?」
 アカネ  「美樹ちゃん 美樹ちゃん 美樹ちゃん」

大きくうなずく澪

 美樹   「え? ”うれしいの 美樹ちゃん”?」
 澪    『澪なの』 
 美樹   「みおなの?」 
 澪    『澪って呼んで欲しいの』 
 美樹   「みおて・・・・えっとなに?」 
 澪    『あうぅぅ』 

 美樹   「えっと・・・”いおえ おんえ・・・”」 
 アカネ  「澪って呼んで」

ウンウンとうなずく澪

 美樹   「”って”・・・舌の動きってこういう事なのね・・・澪ちゃん」
 澪    『うん』

 雪見   「いい子達ね それであなたは何処で読唇術習ったの?」
 私    「別に・・・気がついたら陰口が聞こえるようになってただけ
       他人の顔色ばかり伺って生きていくものじゃないね」
 副部長  「兄の仇ぃ!」

ペシ 割り箸で私の頭をはたく副部長

 私    「副部長?」
 副部長  「何 辛気臭い事言ってるの? らしくないわね」
 私    「はぁ・・・?」
 副部長  「あなたは憎たらしい人間の筈でしょ?
       剣道部の面子を潰し 入学式を荒らし しかも狡猾に処分を免れる」
 雪見   「まぁ まず関わりたくは無い不良生徒ね」
 副部長  「けど・・・」

 雪見   「そうね・・・上月さんと話をする方法があるなんて
       私は・・・考えようともしなかったわ」
   
 副部長  「可哀想な子だって」
 雪見   「そう・・・”可哀想な子だから”としか 上月さんの事を見れなかった
       私は話す為の技術を持っていたのに・・・・
       ううん 誰だって話をしようとさえすれば 話せない事も無いのに」
 副部長  「可哀想な子だからと決め付けて考える事しか出来ないから・・・・」
 雪見   「・・・・可能性かぁ・・・・私達ってどれだけの可能性を
       自分で潰しているんだろう?」
 副部長  「仕方ないわ それが”正しい事”だって教えられて育ったんだもん」
 雪見   「本当に正しい事なのか自分で確かめるチャンスもなくて・・・」 

 副部長  「新入生狩りだって、この学校じゃ正しい事だもん」
 雪見   「神代・・・彼が憎い?」 
 副部長  「許せないけど・・・憎くは・・・無いわ」
 雪見   「気持ちの整理がつかないだけね」 
 副部長  「そう・・・彼を慕ってる人・・・結構いるみたいだし」

 雪見   「それにしても今日の神代のカレー面白く無いわね・・・
       指導者の副部長の腕前がこの程度でインターハイで上位が狙えるの?」 
 副部長  「ウチのレギュラーが作った方は問題ないでしょ?」
 雪見   「うーん・・・でも、まとも過ぎない?」 
 副部長  「現地に持ち込む材料で作るのは明日からね
       今日は普通に作っただけだから・・・・・」
 雪見   「でも・・・このコロッケの元は、頭にツーンと来るカレーだったって」
 副部長  「ううぅ」 

 澪    『コロッケ モチモチしてておいしいの』
 美樹   「コロッケ おいおい? ほいほい?」
 澪    『あうぅぅ』

杵付きのジェスチャーを始める澪

 美樹   「お餅? モチモチ?」

満面の笑顔でうなずく澪

(BGM:永遠)

 家庭部員1「普通はコロッケに粘りが出たら失敗なんだけど」
 家庭部員3「クロケットとして見ればこれはこれで成功なんじゃない?」
 家庭部員2「明日は正統なクリームコロッケとして作ってみましょう」
 家庭部員3「パスタを絡めてグラタンに仕上げてみてもおいしそうね」
 
 家庭部長 「これでも彼女の料理は毒物?」
 家庭部員2「部長・・・それはどういう意味なんですか」
 家庭部長 「彼女はヨーグルトより身体にいいと聞いたケフィアを使って
       ヨーグルトカレーを作った ただ経験不足で分量が違っていただけ」
 家庭部員1「間違えた分量は次に作る時になおせばいい けど・・・」
 家庭部員3「・・・けど ケフィアを選んだのは彼女のセンス・・・これは彼女にしか出来ない」

 家庭部長 「技術はそのうち身に付くものだけど
       センス・・・感性はその人の天性のモノだから誰にも真似できない」
 部員2  「ウチの副部長の感性を甘く見てはいけない
       去年のインターハイでの最終兵器 審査員がミルクコーヒーと勘違いして
       口にしてしまった毒物飲料」
 家庭部員2「そうそう 一口で人間を病院送りに出来る料理には興味があったの」

 部員2  「豆乳を納豆菌で発酵させた 納豆乳
       茨城から取り寄せたわらずと納豆を種にして
       午前中の競技 縦走の時間を利用して夏の日差しを受けたリュックの中で
       急速発酵させた褐色の液体」
 家庭部員1「栄養価は高くて 元が豆乳だから粒の納豆より消化吸収は良さそうだけど・・・・」
 家庭部員3「私はいらない・・・アンモニア臭きつそうだし」
 家庭部長 「食事の時にする話しじゃないわね 気分が悪くなるわ」

 副部長  「食べ物のつもりだった・・・・・のに」
 家庭部長 「栄養とか健康とかを優先にして 味を二の次にするのが
       あなたの悪い癖のようね 食べられないモノは誰も食べないのよ」
 部員2  「彼は逆のタイプの様だけど」
 
 
私の作ったカレーに視線を投げる部員2
(BGM:A Tair)

 家庭部長 「でも・・・このカレー淋しい味がするわね」
 副部長  「?」
 家庭部長 「味は合格点・・・・でも 気持ちがこもってない
       そう あなたのカレーとは正反対の料理」

 部員2  「気持ちがこもってないから このカレーはこの味に仕上がったんだと思う」
 家庭部長 「きっと・・・そうね 根は優しそうな人なのに」
 副部長  「???」
 部員2  「彼が・・・彼の人間を恨む気持ちをこめて料理したなら
       副部長のより凄い毒物カレーになってた だぶん」

 副部長  「人間を恨む?」
 部員2  「簡単でしょ・・・どーして彼があんなに頑なに学校に刃向かおうとするのか?
       どーして切れた彼が容赦しない行動をするのか?
       特定の誰かをじゃなくて・・・人間を嫌ってるから
       憎んでるから 恨んでいるから たぶん
       憎んでいなれけば・・・他人の腕を叩き折ったりはできないよ」
 家庭部長 「根が優しい分 余計に辛いのね」

 副部長  「でも・・・どうして?」
 部員2  「彼は私たちを不満の捌け口にしてもよかったんじゃない?
       アカネちゃんを不満の捌け口にしてもよかったんじゃない?
       でも・・・彼がそんな態度を見せるのは彼に危害を加えようとした相手にだけ」

 家庭部長 「あなたの事をあなたの料理が語ってくれたように
       彼の事は彼の作った料理が語ってくれるわ
       身を切るほどに追い詰められた優しさを・・・・
       気持ちをこめない事に精一杯の気持ちをこめた淋しい味・・・」

私のカレーに視線を投げる家庭部長
 

廊下から窓越しに家庭科実習室の中を伺うもう1人の副部長

 ちはや  「あなたが”ちはや”の名を継ぐ時・・・あなたの対極にいる彼を
       彼の事をあなたはどう思うの?」

暗転


 〜 年上の妹 〜

喫茶ぬくれおちど:私と詩子、Lim(BGM:無邪気に笑顔)

 詩子 「ねぇ そろそろ茜の誕生日なんだけど あんた達準備してる?」
 Lim「里村さんの?・・・・え?・・・・何も用意してない」
 詩子 「だからねぇ リムさん私と連名でプレゼントしない?」
 Lim「それは構わないけど・・・何をプレゼントするつもりなの?」
 詩子 「砂糖菓子の詰め合わせ あの鯛とか蓮の花の型に砂糖を押し固めて
     食紅で彩色した奴 茜にだってすぐには食べ尽くせないような大きな奴」
 Lim「アンコ細工の紅白の錦鯉は? 60センチぐらいあったよ」

 詩子 「茜が鯉を頭からバリバリ食べるところは見てみたいけど・・・・
     あの鯉って結構高いのよ えっと出世鯉って言ったかしら?
     10センチ1000円ぐらいだから・・・・」
 私  「あの鯉は五月の節句用だから女の子に送るのはどうかと思うよ」
 詩子 「そーゆーあんたは何か考えてるの?」
 私  「なにも・・・」 

 詩子 「”なにも”って あんたねぇ」
 私  「今年はアカネの誕生日を祝ってやりたいと思ってる
     アカネに友達も出来た様だし ささやかなパーティぐらいは開いてやりたい」 
 詩子 「そっか・・・アカネちゃんも同じ日か
     でも茜にプレゼントぐらいはしてあげなよ」

 私  「そうだな その出世鯉を送ってやるか 茜が鯉に貪りつく様子は後で聞かせてくれ
     節句にはちょっと早いが予約は受け付けてくれるだろう」
 詩子 「あ・・・・本気?」
 私  「冗談」

 Lim「その鯉って尻尾の先までアンコがたっぷりなんでしょ?」
 詩子 「・・・・あれって全部アンコじゃない・・・リムさん判って言ってるんでしょ」
 Lim「でも・・食べた事は無いから」
 詩子 「え?・・・男の子の兄弟いるの?」
 Lim「あ・・うん・・・・いたの・・・」
 詩子 「亡くなったの?」
 Lim「元気よ・・・でも・・・今私は独りだから・・・」
 詩子 「?・・・あ、ごめん・・・・立ち入った事聞いた?」

 Lim「気にしないで・・・
     ねぇトライ 里村さんの事は私達に任せてね」
 詩子 「そ、そうね 茜のパーティは私達で開くわ」
 Lim「トライは可愛い妹さんを大切にしてね」
 私  「でも 7月まではアカネの方が年上になるんだけどな」
 詩子 「お姉ちゃんを困らせる様なことしたらダメよ」
 私  「ふふ 気を付けておくよ
     そうだ 詩子変わった物売ってる雑貨屋を知らないか?」

 詩子 「変わった物って? 何探してるの?」
 私  「そうだな 猫の表札とかカラフルな傘立てとか・・・・」
 詩子 「そうゆうのがある店ならあたしの学校の近くにあるよ」
 私  「案内してくれるか?」
 詩子 「ええ! 今日? これから?」
 私  「誕生日まで日が無いから早いほどいい」
 詩子 「じゃあ 明日にしてくれる?」
 私  「判った」
 詩子 「明日の放課後 隣の駅前で待ってるわ」

翌日 登山部部室:美樹(BGM:潮騒の午後)
私登場

 私  「お・・・美樹ちゃん1人?」
 美樹 「あ? 副部長が奥にいますけど?」
 私  「副部長と美樹ちゃんだけ?」
 美樹 「ええ・・・???」

 私  「じゃ ちょうどよかった 4月21日 美樹ちゃん暇?」

部室のカレンダーを確認する美樹

 美樹 「来週の火曜日ですね・・・登山部以外の予定は無いけど・・・・」
 私  「その日はアカネの誕生日 ウチでパーティやるから予定は空けておいてね」

部室の奥より副部長登場

 副部長「勿論そのパーティに私達も招待してくれるのよね?」
 私  「丁重にお断りします」
 副部長「あなた・・・私に喧嘩売ってる?」
 私  「アカネはまだ人間に慣れてないから 美樹ちゃん達を招待したいな」
 美樹 「私達?・・・・私と澪ちゃん?」
 私  「そ アカネが警戒しないで済む人・・・
     アカネはまだ副部長の事を怖がってるから」

 副部長「ううう・・・やっぱり私に喧嘩を売ってるようね」

私に木刀を投げてよこす副部長 木刀を片手で受け止める私

 美樹 「・・・・先輩は本当に副部長と仲が悪いんですか?」
 私  「少なくとも よくはない と思うよ」

部室前の広場に出る一同

 美樹 「ここの所毎日じゃないですか 副部長と先輩のスキンシップ」
 私  「いや・・・直接肌は触れ合ってないと思うけど・・・」

 副部長「問答無用!」

上段から斬り付ける副部長 左手を右手に寄せて副部長の木刀を柄で受け流す私
木刀を受け流した反動を使って副部長の足を薙ぐ

 副部長「足!?」

咄嗟にジャンプして私の斬撃をかわす副部長
副部長の着地のタイミングに合わせて 副部長の首筋に木刀をあてる私

 私  「これで・・・斬首・・・」
 副部長「うぅぅぅ・・・・」
 私  「跳ばせて落とすのは、基本戦術だよ 真上に跳ねるのなら
     牽制の一撃を打ちながらジャンプしないと・・・・・」
 副部長「覚えてなさい!!」
 私  「副部長 今日はパーティの買い出しがあるから部活をサボるわ
     今日はそれを言いに来ただけ」

 副部長「仕方ないわね それで本当に私達をパーティに招待しないつもり?」

私に向けて手を伸ばす副部長 副部長に木刀を手渡す私

 私  「もう少しアカネが人に慣れたら招待するよ」
 美樹 「・・・・副部長と先輩 凄く息が合っているんですけど」
 副部長「気のせいよ・・・」

2本の木刀を抱えて部室に副部長退場

 美樹 「あ・・・部活サボるって 先輩 今日のお昼作ってくれないんですか?」
 私  「お昼??? えっと・・・いつもどーり 
     家庭部と生活技術点強化メニューをこなす予定だっただけの筈・・・?」
 美樹 「先輩がいなくて誰が作るんですか?」
 私  「いや・・・美樹ちゃん自身も含めて女手に困る事は無いと思うけど」
 美樹 「他の先輩が作った料理は・・・・怖いです・・・・」
 私  「アカネに任せておけば平気だよ ・・・・ 平気かな?????」
 美樹 「アカネのも酷いんですか?」
 私  「”砂糖の分量を間違えるな”って言っておけば平気だよ・・・多分」
 美樹 「・・・・心配です・・・・」

 私  「それと パーティの事はアカネには内緒で」
 美樹 「判りました 副部長にもそう伝えておきます」

私と美樹二手に分れて退場

隣駅駅前:人待ちの詩子(BGM:8匹のネコ)
私登場

 私  「待った?」
 詩子 「遅いぃ!! 何時だと思ってるの? まったく・・・」
 私  「無茶言うなよ 一駅移動したんだぞ それにクラブにもサボる事いっとかないと・・・・」
 詩子 「そんなものアカネに伝言頼めばいいでしょ あんた達一緒に住んでいるんだから」

 私  「伝言を頼むとして・・・私はクラブをサボる理由をアカネにどう説明すればいい?
     ”アカネの誕生日の買い出しに行くから”と言えとでも?」
 詩子 「ぐ・・・そ、そのくらい自分で考えなさい!!
     まったく・・・・リムさんだってとっくに来てるのに」

 私  「Limが?・・・・何処に?・・・・」
 詩子 「そこのゲーセンで暇潰してるわ ほんと安上がりよね
     100円玉1枚で何時間でも遊べるんだから・・・・・」
 私  「対戦相手が途切れなければだけど・・・・」
 詩子 「あら・・・男の子が群がっていたわよ」
 私  「なら、100円を無駄に終わらせるのも可哀想だな」

私と詩子ゲームセンターへ退場

ゲームセンター:Limとエキストラがいっぱい(BGM:勝利のポーズ)

モノローグ:Lim

 退屈・・・・あ・・・また誰か来た・・・・少しは楽しませてくれる人だったらいいな
 ・・・・・黒いあかりを使うんだ・・・・あれ?・・・技のあかり?
 力のあかりの方が有利なのに・・・・ふーん・・・・

 スタート早々いきなり泥田坊B? ガードしてあかりの着地にタイミング合わせて大攻撃っと
 あれ?ガードされた・・・ 技のあかりって着地したタイミングでガードが確定してるの?
 でも・・・「技」じゃ下Bにキャンセル掛からないわよ
 残念ねせっかく大攻撃ガードしたのにカウンターを狙う技は技のあかりには無いわ 

 あ・・・・また泥田坊B ちょっと・・・・何? ガードされるの判っててその技使うの?
 馬鹿にしてるわね だったらガードモーションをキャンセルして空中にいる内に・・・・
 ほら 当った・・・けど・・・あまり大きなダメージにはならないわね・・・

 また泥田坊B? なんか一つ覚えな人ね・・・・退屈・・・・またガードして、キャンセルして・・・
 え? 空振り? 間合いが開きすぎたの? いけない・・あかり ダッシュしてくる
 清姫(コマンド投げ)? 星の巡り(上半身無敵技)? ・・・・硬直が解けるの間に合う?

 よし・・・この間合いなら星の巡りは届かない・・・さよならあかり・・・・・・

 え・・・泥田坊B ちょっと・・・・私の攻撃は空振りして 後ろからあかりが・・・・・
 しかもダウン攻撃のおまけ付き・・・・あれ?ダウン攻撃した後に離れない?
 なら起きあがりをキャンセルして無敵技を・・・・わ!また泥田坊B・・・・
 ううう 空かしながら攻撃するのに泥田坊使うわけ・・・・またきっちりダウン攻撃してくれるし

 また離れないし・・・・なら、バックステップしながら起きあがって・・・飛び道具で牽制
 きっと、これを泥田坊で空かして・・・あれ?空かさずに飛び越えて来る? なら対空技で・・・
 あぅぅ・・・蹴りで対空技の出だしを潰された・・・・そのまま立ち大攻撃キャンセル清姫+追い討ち・・・・
 ううう・・・嫌な奴・・・・

 詩子 「リムさんやっほー! 苦戦中だね」
 Lim「詩子?・・・え・・・じゃあトライなの この陰険あかりは?」
 私  「あたり」

背中あわせに置かれたアップライト筐体の影から顔を出す私・・・・

 Lim「うぐぐぐぐ 許さない」

Limの使っているキャラに化けるあかり・・・そしてボコボコボコと勝負が決まる
 
 Lim「あうぅぅ 屈辱技ばかり使わないで!」
 私  「いちおー接客用のキャラなんだけど・・・・なんなら将棋の駒を食らってみる?」
 Lim「止めとくわ」

エキストラの間に小さなどよめきが起きる

 詩子 「リムさん人気者ね 男の子がいっぱい」
 Lim「私より弱い人には興味はないわ それと陰険な人も」
 私  「それはどうも・・・じゃ行こうか?」
 Lim「そうね・・・」
 
エキストラのどよめきの中 私と詩子、Lim退場

雑貨屋:私と詩子、Lim(BGM:ゆらめくひかり)  

 Lim「それでトライは何 探しているの?」
 私  「変わった形のミトン」
 詩子 「ミトン? 鍋掴み? あんたは軍手で鍋掴んでそうだけど・・・・」
 私  「私が使うんじゃなくて茜へのプレゼント用」

 詩子 「ふーん・・・でどんな形のを探してるの?」
 私  「変わった形だっだったらなんでもいい」
 詩子 「だったらペットショップに行った方がいいわ
     動物の形のミトンがいっぱいあったもの・・・・」
 私  「オーブン・ミトンを探してるんだけど・・・・・」

 Lim「ね これは?」
 
過剰と思えるほどに綿の入った黄色のミトンを差し出すLim

 私  「・・・・・パックマン?」

両手にパックマンを装備しているLim

 詩子 「似合っているから不思議よね ゲーマーの刹那さん」
 Lim「詩子・・・その名前で呼ばないで」

 詩子 「ごめん・・・
     え、えっと・・・これなんかどう?」 

場を取り繕いながら1つのミトンを私に差し出す詩子

 私  「なるほど・・・なかなか趣味の悪い
     大きな茶色のチェック模様の入った小麦色のミトン・・・か」

 詩子 「あ 茜には よく似合うと思うの・・・・」

チラチラとLimの方を見る詩子

 Lim「私のパックマンと同レベルって言いたい様ね」
 詩子 「そんなつもりは無いけど・・・茜には」
 私  「これにするわ 確かに茜にはよく似合いそうだ」

ミトンを持ってレジに向かう私 私退場

 詩子 「リムさん さっきの事そのミトンで許してくれる?」
 Lim「詩子2つ欲しいんだけどいい?」
 詩子 「1つで勘弁して・・・これも付けるから」

サクランボの形をした磁石式のメモ止めを手に取る詩子 詩子とLim退場

4月21日 朝 私の教室:私と茜(BGM:虹をみた小径)

 私  「ほい これやるよ」

スーパーの袋の様な白いビニール袋を茜に渡す私
袋を受け取り袋の中身を確かめる茜

 茜  「なんですか?・・・・え?・・・ワッフル?」

ワッフル型のミトンを袋から取り出す茜

 私  「今日は茜の誕生日だから・・・・」
 茜  「ありがとうございます・・・大切にします」

Lim登場

 Lim「里村さんいる? あ、いたいた」
 茜  「リムさんおはようございます 私に何か用ですか?」
 Lim「おはよう 放課後ぬくれおちどで里村さんの誕生パーティ開くから」
 
 茜  「え?」

手に持ったミトンを見つめる茜

 Lim「トライもうプレゼント渡しちゃったんだ」
 茜  「・・・・あなたは 今日パーティがある事を知っていたんですか?」
 私  「ああ それと今日は野暮用があってパーティには不参加だ」
 茜  「・・・・だから・・・今・・・これを・・・」

ミトンを抱きしめて俯く茜

 Lim「トライ ちゃんと説明しなきゃダメでしょ
     今日はアカネちゃんも誕生日なの で、トライはアカネちゃんの方へ
     私と詩子は里村さんの方へって事なの」

 茜  「でしたら・・・一緒に・・・」
 私  「アカネの友達も呼んでるから 一緒にとはいかないかな」

 茜  「私よりアカネちゃんの方が大事なんですね」

笑顔で返す茜

 私  「日々の生活が掛かってるからね アカネの機嫌を損ねた日にゃ・・・」
 Lim「寝首をかかれる?」

 茜  『・・・・私より・・・・』

放課後 登山部部室:美樹と澪(BGM:無邪気に笑顔)

 澪  『楽しみなの』 
 美樹 「何がそんなに楽しみ?」
 澪  『全部 楽しみなの』 
 美樹 「でんぶ????」
 澪  『ぜ・ん・ぶ!!』 

アカネ登場

 アカネ「あの・・・先輩は?」
 澪  『今日はサボりなの』 
 アカネ「サボり?・・・上月さんが演劇部を???」
 澪  『違うの みんなサボりなの』 
 アカネ「みんな?」 

 美樹 「そうアカネも今日は部活をサボって私達に付き合うのよ」

部室の奥から部長登場

 部長 「今年の1年は世間知らずと言うか大物だと言うか
     部室で堂々とサボりの相談をするとは・・・・」

 美樹 「と言う事で、部長 私とアカネは今日サボります」
 部長 「理由は?」
 美樹 「副部長によろしく伝えておいて下さい」
 部長 「なるほど・・・・この場では言えない理由って事ですか
     後で副部長に確認しておくよ」
 美樹 「部長 ありがとうとうございます」
 部長 「僕はそーゆー体育会系のノリは好きじゃないんだけどな」
 美樹 「でも 登山部は運動部です」
 部長 「対外的には・・・・ね」

 澪  『よくわからないの』
 美樹 「それじゃアカネそろそろ行くよ」
 アカネ「え? 何処に?」
 美樹 「勿論アカネの家によ」

 澪  『楽しみなの』 
 アカネ「えぇっ?????」
 美樹 「はじめてお邪魔するんだからちゃんと案内するのよ」

美樹と澪 アカネ引きずりつつ退場

私の家 玄関:美樹と澪 アカネ(BGM:海鳴り)

 美樹 「わりと普通の家ねぇ あの先輩の事だから
     屋根でパラボラアンテナでも回っているのかと思ったのに」
 アカネ「私の家でもあるんだけど・・・・」

玄関の扉を開けるアカネ

 アカネ「ただいま・・・先輩・・・先に帰ってるの?」
 美樹 「おじゃまします」

スケッチブックをめくって決り文句を見せる澪

 澪  「おじゃまします・・・なの」
 美樹 「・・・澪ちゃん それ誰に見せてるの?」
 澪  『お家の人になの』
 美樹 「”おじゃまします”のプラカード持って家に押し入られたら
     かなり怖いと思うけど・・・・」
 澪  『あうぅぅ』

 アカネ「先輩・・・いないの?」

家の中に入っていくアカネ

私の家 居間:

居間のテーブルに飾られたケーキを見て佇んでいるアカネ

 アカネ「・・・・4月21日・・・・今日は・・・茜の誕生日・・・・」 
 美樹 「アカネ 誕生日おめでとう」

スケッチブックをめくって極彩色のカラーマーカーで書かれたページを見せる澪

 澪  「アカネちゃん おめでとう なの」
 アカネ「あ・・・・私の・・・・誕生日・・・・?」 

玄関側よりペットボトルを入れた買い物袋を抱えて私登場

 私  「みんな早かったね・・・買出しが間に合わなかったか」
 アカネ「先輩・・・これ・・・・」
 私  「今日はアカネの誕生日だろ?」 
 アカネ「茜の誕生日・・・・・だから・・・私の・・・誕生日・・・・」

 私  「美樹ちゃん達 準備を手伝ってくれるかな?」
 美樹 「先輩 エプロンか何かありますか? 制服じゃちょっと・・・」
 澪  『服が汚れるのは嫌なの』

 私  「そっか・・・アカネ エプロンを出してやってくれ」
 アカネ「は・・ハイ・・・」

暗転

喫茶ぬくれおちど:茜と詩子 Lim(BGM:雨)

 詩子 「あぁ! 何でこう雰囲気が暗いかな!?」
 Lim「正月は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くも無し」
 詩子 「私達って 歳取ったのを哀しむような歳じゃないわ」
 Lim「花の命は短くて 苦しき事のみ 多かりき」

 詩子 「えっと・・・茜・・・そうなの?」
 茜  「違うの・・・ただ・・・」

ワッフル型のミトンを握り締めている茜

 詩子 「あいつが居ないから? 仕方ないわね
     あいつの所に行くわよ ただ向こうはアカネちゃんが主役なんだから
     邪魔しないようにするのよ」
 茜  「でも・・・詩子・・・それでは」

 詩子 「こんなお通夜みたいなパーティ続けるよりは
     ちょっと肩身の狭い思いをする方がまだましよ」
 Lim「私はこのままでも構わないけど・・・・」

 詩子 「辛気臭いのはあたしが耐えられないの!」
 茜  「詩子ったら・・・・」
 Lim「損な役ね・・・・詩子」

 詩子 「移動よ移動! さっさと出た出た!」
 
暗転:居間とぬくれおちどのセットを交互にライトアップ

再び私の家 居間 パーティの最中:(BGM:無邪気に笑顔)

 美樹 「誕生日おめでと」

小さなカップを差し出す美樹

 美樹 「先輩の家に下宿してるんなら身の回りの物はあまり無いと思って」
 アカネ「美樹ちゃんありがとう」
 美樹 「だから・・・”ちゃん”は止めて」

 澪  「アカネちゃん おめでとう なの」

極彩色のスケッチブックに新聞紙の塊を乗せて差し出す澪

 澪  『尻尾までアンコが入ってるの』
 美樹 「上月さん・・・これいつ買ったの?
     学校からここに来る間じゃなかったよね?」
 澪  『昨日買ったの』

満面の笑みで応える澪

 美樹 「昨日って・・・」
 私  「美樹ちゃん大丈夫 電子レンジはあるから
     どっちにしても早く食べた方がいいな」

新聞紙を手を伸ばす私

 澪  『アカネちゃんのプレゼントなの!』

膨れる澪

 私  「じゃあ アカネそこの鯛焼きらしきものをレンジで暖め直してくれ」
 アカネ「はい」

アカネ新聞紙の塊を持って退場

 私  「澪ちゃん 主賓をこき使うのはどうかと思うけど」
 澪  『あうぅ・・・』

アカネ皿の上に鯛焼きを乗せて登場

 私  「澪ちゃんからのプレゼントだ まずアカネから手をつけてくれ ふふふ」
 美樹 「???」
 アカネ「はむっ」

鯛焼きの頭に口をつけるアカネ 鯛焼きの頭をほうばったまま目を白黒させはじめる
ペットボトルからコップにウーロン茶を注ぎアカネに渡す

 私  「吐き出さないとは中々の根性だ」
 澪  『????』

ウーロン茶を一気に飲み干すアカネ

 アカネ「熱いぃぃ! 死ぬかと思った!」
 私  「餡モノをレンジで暖めると・・・たいていアンコが溶岩のようになるからね」
 アカネ「先輩・・・酷いです・・・」
 私  「あれ? 鯛焼きを暖め直したのもアカネ 頭からかぶり付いたのもアカネ 違う?」 
 アカネ「うぅぅ」
 私  「で、美樹ちゃん 澪ちゃん鯛焼きを食べる時は気をつけてね
     噛んだひょうしに皮の裂け目からドロドロになったアンコが口の中に噴出すから」 

顔を見合わせる美樹と澪

 私  「で・・・これが、私からのプレゼントだ」

アカネの前に1本のナイフを差し出す私
(BGM:永遠)

 アカネ「・・・・ナイフを?」
 私  「魚をさばくのに使ったりする折りたたみのフィレナイフだけど
     細身で鋭利で軽いから普段持ち歩いて常用できる」
 美樹 「はぁ・・・・」
 澪  『刃物は嫌なの』 
 美樹 「先輩・・・もっと何か別な物は無かったんですか?」
 
 私  「山に持ち込むのに女の子の体力で負担にならなくて
     それでいて実用的な物を選んだつもりなんだけどな」
 美樹 「ナイフなんて・・・・ムードも何もあったもんじゃない」

ウンウンと激しく同意を表す澪
ナイフを開くアカネ

 アカネ「・・・・・・」
 私  「フィレナイフはキッチンナイフだからね
     折りたたみ式の包丁だと思ってもらえればいいよ」

 美樹 「ナイフ貰って喜ぶ女の子が居ると思います?」
 私  「ナイフだからと言って毛嫌いするのもどうかと思うけど・・・」
 美樹 「普通は毛嫌いします」
 私  「武器じゃない実用ナイフまで毛嫌いされるのは心外なんだけど」

手元のナイフを見て それから澪の方を向くアカネ

 アカネ「・・・普通と少し違うって・・・理由だけで・・・・」
 澪  『!・・・』
 私  「異質なモノとして特別視しようとする」
 美樹 「・・・澪は可哀想な子だから・・・って・・・・」

ブンブンと首を横に振る澪

 アカネ「でも・・・上月さんは普通の女の子・・・」
 美樹 「私達はその事を知ってる」

 私  「フィレナイフだって外国製の包丁だから”ナイフ”って名前が付いてるだけ
     もし プレゼントが和包丁だったら? フライパンだったら?
     私はアカネに携帯用の調理器具をプレゼントしたつもりなんだけどね」

 美樹 「はぁ・・・どうして先輩はそんなに非常識なんですか?」
 私  「常識に囚われていない・・・という見方をして欲しいな」
 アカネ「美樹ちゃん もういいです・・・先輩はこういう人ですから」
 美樹 「いいの?」
 アカネ「はい だから先輩は先輩なんです」
 美樹 「なんだかよく判らないけど・・・アカネが”いい”って言うなら・・・・」

 澪  『外国って何処の国なの?』
 私  「ああ フランス オピネルってメーカーのフィレナイフ」
 美樹 「フランス製・・・・」

 私  「今の日本人って刃物を異常に嫌う傾向があると思う・・・・
     日本にだって肥後の守っていいナイフがあったのにね
     今となっては寂れる一方っで淋しいね」
 美樹 「肥後ナイフって聞いた事あります でもすぐ切れなくなるって・・・」

 私  「肥後の守は柔らかい刃のナイフだから でも柔らかいからメンテもやりやすい
     実用ナイフってそんなもんだよ 刃の持ちよりはメンテしやすい方がいい
     切れなくなったら研げばいいだけなんだから
     専門家じゃないと研げないような硬い刃のナイフは実用ナイフじゃないよ」
 澪  『オピネルって どんななの?』
 私  「研ぎやすい柔らかい刃のナイフだよ 肥後の守は衰退したけど
     フランスのオピネルはまだ元気に実用ナイフを出している」
 美樹 「・・・・でも先輩やっぱり女の子には刃物を送らない方がいいですよ」

 私  「女性(にょしょう)に刃物を送るのには二つの意味がある
     一つは自衛用・・・そしてもう一つが自害用・・・・昔からこの国では」
 美樹 「先輩・・・・何の事?」
 私  「その刃物が鋏だった場合 三つ目の意味がある・・・・
     ”その鋏でいつでも縁を切ってくれ”
     女性(じょせい)に恋愛の自由が無かった時代の風習(ならわし)さ」

 アカネ「私にこのナイフで縁を・・・・切れと・・・・」
 私  「アカネがそれを望む時 いつでも」
 アカネ「嫌な・・・プレゼントね 最後の切り札を送るなんて」
 私  「私は結構浮気性だから・・・・」
 アカネ「うそつき 茜の事忘れられないくせに」
 私  「忘れる必要があるのかな? 浮気をするのに」

 美樹 「呆れた・・・アカネっていつもはこんな感じなの? せ・ん・ぱ・い」

美樹が会話に割って入る (BGM:虹をみた小径)

 私  「そうだな・・・・
     でも この家に来た頃はもっと挑発的で攻撃的だったな」
 美樹 「アカネは先輩を敵だと思ってたんですね」
 澪  『先輩は怖い人なの』

澪の顔を常に視線の端に捉えている美樹

 澪  『でも・・・優しい人なの』
 アカネ「・・・あの時は 本当に先輩は私の敵だった・・・」
 美樹 「敵って? アカネは療養に来たんでしょ?
     もともと嫌いな従兄だったの?」
 アカネ「あ・・・うん・・・先輩・・・評判よくないから」
 私  「悪かったな」
 アカネ「ホントに・・・・」

 美樹 「は・・・・先輩の嫌なところを知ってるから・・・なのね」
 アカネ「もしも・・・私を裏切ったら このナイフで先輩を始末するから・・・ね」
 私  「その時は頼む」
 澪  『あうぅ・・・』
 美樹 「澪ちゃん大丈夫よ 先輩は・・・・アカネが今みたいな態度が出来る人は・・・・
     信頼出来る人のはずだから・・・・」

 澪  『いい雰囲気なの?』
 美樹 「んー・・・そうは見えないんだけど・・・・
     あれがきっと2人の”いい雰囲気”なのね・・・」
 澪  『難しいの』
 美樹 「ただひねくれてるだけ・・・・・
     それじゃ澪ちゃん 2人の邪魔しちゃ悪いからもう帰ろうか?」
 澪  『ケーキまだ残ってるの』
 美樹 「4人で食べるには大き過ぎるものね・・・じゃあやっぱり帰った方がよさそうね」
 澪  『????』
 美樹 「先輩・・・私と澪が知らないお客さんがケーキを食べに来るって事でしょ?
     ねぇ澪ちゃん 先輩の悪友に会ってみたい?」

ブンブンと首を横に振る澪

 美樹 「私も先輩の友達には会いたくない・・・・
     ううん・・・私の顔を知られたくない」
 私  「これはまた手厳しい・・・・」
 美樹 「だったら普通の人達?」
 私  「普通??そだな副部長並みの殺人料理を作るのと、登校拒否の常習犯と
     ゲーセンで負け知らずのゲーマーと・・・・」
 澪  『怖いの』

 美樹 「澪 命が惜しかったら今すぐ逃げるのよ 何されるか判ったもんじゃないわ!!」
 アカネ「美樹ちゃん酷い みんないい人達だよ」
 美樹 「そうそう 私達 急用思い出したからもう帰るわ お2人さんお幸せにね」
 澪  『あうぅ・・・』

美樹 澪を引きずりつつ退場
入れ替わりに茜、詩子、Lim登場
(BGM:走る少女たち)

 詩子 「おおぃ! 邪魔しに来たよぉ」
 茜  「お邪魔します」
 Lim「おじゃまします」

 詩子 「あれ? アカネの友達は?」
 私  「さっき帰った」
 詩子 「残念 入れ違いだったのね」
 私  「かなり 嗅覚の鋭い子だったね」
 詩子 「なにそれ? ねぇ 食べ物まだ残ってる?」

 私  「3人分は余分に用意してある」
 Lim「”用意してある”って トライ・・・私達が来る事読んでた?」
 私  「詩子が大人しくしてるわけは無いだろ?
     それに手土産も持ってこないだろうし」

 詩子 「あら失礼ねちゃんと持ってきたわよ
     アカネちゃん 誕生日おめでとう」
 アカネ「あの・・・詩子さんこれ・・・・・」
 詩子 「アカネちゃんは甘い物好きだったでしょ」
 アカネ「アスパルチルフェニルアラニンメチルエステル・・・・」
 私  「何も褐色ピンに入れて手書きのラベルまで付けなくても・・・・」
 詩子 「プレゼントは梱包も重要なのよ 今ならもれなく薬サジのおまけ付き」
 私  「甘味料のパルスイートだっけか? そいつの商品名」
 詩子 「ネタ晴らしなんて 無粋なお兄ちゃんね」

 Lim「私からはこれ」

1枚の紙切れをアカネに手渡すLim

 Lim「ちゃんと紛失の申請して正規に手に入れたものだから・・・」
 私  「正規にって、Lim・・・おまえシリアルNo紛失して無いだろ?」
 Lim「大丈夫 申請した時はちゃんと紛失してたから・・・・・
     ただ・・・後でひょっこり見つけただけ・・・・だから要らなくなったの」
 アカネ「先輩・・・この紙って何?」
 私  「ネットゲームのシリアルNo だからアカネ専用のキャラが作れるよ」
 Lim「ゲーム機本体のシリアルはちゃんと処置してあげてね」
 私  「そこまで言うか?」

 Lim「大丈夫 たまに本体のシリアルが自然に消える時があるから・・・・・
     運悪くその時に新しいゲームのシリアルで登録しただけ・・・・」
 私  「復旧方法はメモリカードにバックアップしてた本体情報をリストアするんだったな」
 アカネ「先輩・・・?????」

 私  「つまりこーゆー事だ 私が今の環境を私のキャラのメモリーカードにバックアップする
     その後でゲーム機本体のシリアルを消してLimから貰ったシリアルNo.で
     アカネが新規にゲームサーバーに登録をする その環境をアカネのキャラのメモリーカードに
     バックアップする・・・・後は・・・」 

 Lim「後は・・・トライやアカネちゃんがゲームを始める時に
     それぞれが本体情報をリストアすれば1台のマシンで
     あたかも2台のマシンでサーバー登録した様に使えるわ」
 アカネ「それって便利な事なの?」
 私  「いや私のシリアルを共有してゲームするのが不便なだけ
     初心者ボーナスとかイベントが受けられなくなるから」

 詩子 「あの・・・本体のシリアルが自然に消えるって?」
 私  「ああ 本体メモリの書き込み限界 このゲーム 起動ログを本体メモリに
     こっそり記録してサーバーに繋いだ時に送るようになってるから 
     あっと言う間に本体メモリの書き込み限界超えてメモリがダメになる」
 Lim「突然ゲームが出来なくなってサービスセンターに修理が殺到して・・・・
     対応出来なくなったたから本体メモリがダメでもゲームが出来るようにこっそり修正したの」
 詩子 「こっそり個人情報集めようって メーカーもメーカーだけど
     それを逆手に取るあんた達もあんた達ね」
 私  「因果応報 自業自得」 

 茜  「私からは・・・・」

小さな缶を手渡す茜

 茜  「さっき商店街で買った物ですから 包装も無くてごめんなさい」
 アカネ「フォション・・・・」
 茜  「リーフティです アカネちゃんも気に入ると思います」
 アカネ「私・・・何も用意してない 茜さんも今日誕生日・・・」
 茜  「構いません 気にしないで下さい 押しかけたのは私達ですから」

 詩子 「ねぇ あんたのとこ紅茶淹れる道具ってあるの?」
 私  「えっと 三角フラスコとサイフォンとアルコールランプと・・・・」
 茜  「・・・嫌です」
 私  「冗談だ ボナポットは紅茶用にも使えた筈だよな?」
 茜  「ええ」
 
フォションの缶を見つめているアカネ
大きく深呼吸をする

 アカネ「同じフランス製でも・・・先輩と茜さんとじゃこんなに違う」

フィレナイフをテーブルの上に置くアカネ

 詩子 「呆れた・・・ナイフなんかプレゼントしたの?」
 私  「悪かったな その苦情はアカネの友達に散々言われた」
 茜  「まったく・・・あなたは・・・」

 Lim「詩子 里村さん元気になったみたいね」
 詩子 「ええ 現金なものね」

フォションの缶と美樹からのカップをナイフの脇に置くアカネ
テーブルの上には鯛焼きが乗った皿とアスパルチルフェニルアラニンメチルエステルの褐色ビン
そしてシリアルNoが書かれた紙

 アカネ「私・・・誕生日なんて 考えた事なかった
     今まで・・・・ずっと独りだったし・・・
     あかねが生まれた日なんて興味無かったし・・・・」 

 私  「後でアカネ専用のボナポットを見繕っておくよ
     そのリーフティ無駄にしたくはないだろ」
 茜  「買ってあげるのでしたら ちゃんとしたティーポットの方が・・・」
 私  「ティーポットで紅茶淹れるのは難しいから 慣れるまでにあの茶葉が無駄になるよ」
 茜  「そうですね」

 アカネ「先輩・・・私・・・嬉しい・・・」

 詩子 「えーと・・・なんだ・・・でも・・・
     これって結構当たり前の事じゃない?」
 Lim「祝ってくれる人がいるのならね でも、それさえ望めなかった人には
     望めなくなった人には かけがえの無い事・・・人・・・思い出・・・・」
 
 アカネ「みんな・・・ありがとう・・・・本当に・・・ありがとう」

 私  「しかし・・・この中じゃ、茜とアカネが一番年上か?」
 茜  「知りません! 歳の事なんて言わないで下さい!」
 詩子 「まったく・・・デリカシーの無い奴・・・・あ Limさんは誕生日いつ?」
 Lim「2月・・・詩子は?」
 詩子 「5月 あいつは7月だし・・・・」

 私  「間違ってはいないと思うんだけどな」
 詩子 「あんたは あ・た・しの時も同じ事を言いそうね・・・」

ポキポキと指を鳴らす詩子
 
 詩子 「リムさん 今のうちにこいつの口封じておかない?」
 茜  「詩子止めてください・・・・」
 詩子 「茜は賛成しないの? じゃ後ろ向いてて」

茜に後ろを向かせる詩子

 詩子 「リムさん そいつの頭を押さえて」
 Lim「そーゆー事ね ホント損な役よね 詩子」

 アカネ「詩子さん 止めて 私はなんとも思ってないから」

立ち上がって詩子を制するアカネ
 
 詩子 「私に逆らう気?」

アカネの頭を掴んで私に叩きつける詩子・・・

 アカネ「あ・・・」

 詩子 「まったく・・・あんたもこれぐらいはしてあげなさい アカネの誕生日なんだから」

振りかえる茜

 茜  「詩子 何を?」

唇に指を添えて赤くなって俯いてるアカネ ポリポリと頭をかいている私

 茜  「え? 何????」

暗転

 〜 尾根 輝く季節へ 〜

登山部部室:登山部一同(BGM:永遠)

 部長 「今日諸君らに集まってもらったのは他でもない
     ゴールデンウィークに恒例の新入部員歓迎登山を行う
     この登山の結果でインターハイのレギュラーを決める
     各自努力精進を怠らぬよう奮起してくれたまへ」

 部員1「はぁ・・・なんなんですか? 部長?」
 部長 「何って・・・インターハイに向けての活動計画をだな
     学校に提出するんで 体裁を取り繕ってるんだが・・・」
 部員1「・・・・・はぁ・・・・それにしてもそんな言い方しなくても・・・・」
 部長 「旧時代的でいいだろ? そだ 精神注入棒を構えた僕の写真を添えて
     部会の議事録を学校に提出しといて」
 副部長「はぁ・・・・まったく・・・・
     それで今年は何処の山に登るんですか?」
 部長 「日帰り出来る範囲で少し遠出をしてみたいな」

 美樹 「部長・・・それ”ハイキング”って言いません?」
 部員2「ふふふ・・・呪われた歓迎登山の歴史を知らないから・・・」
 部員1「誰も呪ってなんか無い」
 部員2「落ちるはずの無い崖から・・・落ちたのは誰?・・・去年」
 部員1「・・・・あんたが私を突き落としたんでしょうが!!」
 部員2「高さ50センチの断崖絶壁から転落して・・・・大きな悲鳴を上げて
     ・・・・あー思い出しただけでも恥ずかしい」
 部員1「うぐぐぐぐぐ・・・・命が惜しくないようね・・・・」

 部員2「一昨年は山登りに慣れてない副部長が足に豆作って
     部長に背負われて下山したって逸話も残ってるし」

 美樹 「やっぱりハイキング・・・・」

 副部長「何時にしますか?」
 部長 「次の日曜」
 副部長「呆れた・・・・つまり・・・明後日? 場所も決まってないのに?」
 部長 「しかるに全員参加を徹底する事 以上 解散!!」
 
 部員1「ぶちょぉ 議事には”5月3日のレギュラー選抜登山には全員参加を徹底”って
     書いておけばいいですか? 棒持った部長の写真を添えて・・・」
 部長 「そーだな そんなもんだ」
 
 副部長「明後日じゃ・・・いつもの電波搭を目指すんですね?」
 部長 「それでいいか・・・出来れば残雪がある山にしたいが・・・」
 部員1「日帰りでは無理です」
 部長 「残念だ」

 私  「山頂の電波搭か・・・標高800mぐらいでしたっけ?」
 部長 「登り4時間下り4時間って所だな 今回は登山道を使うつもりだ
     装備その他については副部長に聞いてくれ
     後は・・・麓駅に現地集合現地解散・・・・そんなところか」
 アカネ「私・・・山登り・・・はじめてなんです・・・」
 部員1「はじめてって? ハイキングにも行った事ない?」
 私  「アカネは身体弱くてね ほとんど家の中で暮らしてたから・・・・ 」
 美樹 「???え・・・アカネが先輩の所に療養に来たのが去年の年末で・・・・
     それ以前は・・・あまり付き合いが無かったような事を・・・聞いたけど・・・」

 アカネ「先輩は・・・すぐ見て来たような事を・・・・」
 美樹 「あ! あの私・・・登山の装備は持ってない」

 副部長「それは部の備品を使って下さい アカネちゃんも自分の装備はありませんね?」
 アカネ「は はい」
 副部長「あなたは?」

私に視線を投げる副部長

 私  「低山に登れる装備なら持ってるよ」
 部長 「それは頼もしい他の部員にも見習って欲しい・・・・」
 部員2「しかし・・・だ インターハイ上位入賞を狙うのに装備は不要
     筋トレと参考書の一夜漬けで十分 学校側の見解はこう」

 部員1「それで、レギュラーの選定基準はどうします?
     一応計画書は提出しなくちゃいけないんでしょ?」
 部長 「もちろん 選考基準は我登山部の強化課題である生活技術点 山頂での炊事によって決定する!」
 部員1「はぁ・・・・それを計画書に書くんですか?」
 部長 「そしてそれを明日の放課後に職員室に提出する」
 部員1「確かに校則では宿泊の伴わない学校外でのクラブ活動の届け出は
     前日の放課後までとなってますが・・・・これって練習試合なんかの届け出ですよね?
     しかも土曜の放課後なんて・・・・受け取る教師なんて残ってません」
 部長 「それが事後承諾になるのは、学校側の怠慢によるもの 違う?」
 副部長「そうだけど・・・まったく ウチの部長は・・・・」

 部員1「結局 部長は歓迎登山はとっくに計画してたんですね
     私が書類をまとめる時間を1日みて今日発表したんでしょ?」
 部長 「たった今思いついたんだよ そうそう こーゆーのを神の啓示というんだろうな うんうん」
 部員1「はぁぁ・・・まったく ウチの部長は・・・・」

肩を落としてため息をつく副部長と部員1

商店街:下校途中の私とアカネ(BGM:虹をみた小径)

 アカネ「あの・・・先輩 登山って何用意すればいいんですか?」
 私  「標高800mを4時間でって言うのはちょっと強行かな? とは思うけど
     部長が登山道使うって言ってたから履き慣れた運動靴と
     厚手の長袖長ズボン、後は帽子ぐらいでいいのかな
     リュックは部のを使えばいいし・・・特に用意するものって無いと思うよ」  
 アカネ「え? 登山の買い物に来たんじゃ????」

アカネを連れて雑貨屋に入っていく私 ガラス製のポットが置いてある棚の前で立ち止まる

 私  「アカネ どれがいい?」
 アカネ「どれって? え? メリオール?」

ポットの商品名を読み上げるアカネ

 私  「ティーポットが一番おいしく紅茶を淹れられるんだけど
     茶葉の状態が確認出来ないから なかなか難しい
     で、これなら茶葉が見えるから 失敗しなくてすむ」
 アカネ「たしか・・・ボナポットって・・・・・言ってた」
 私  「ボナポットもメリオールも商品名 一般名称がプランジャーポットだったかな?
     これって、もともとコーヒーメーカーなんだけどね」

 アカネ「あの・・・どれがいいのかよく判らない」
 私  「大き目の奴ならどれでもいいや 4杯用って書いてあるので
     後はアカネが好きなデザインのやつ」
 アカネ「買ってくれるの?」
 私  「あの日が誕生日だった人がアカネ達の他にもう1人いる だから・・・そいつにプレゼント」
 アカネ「姉さん・・・でも・・・姉さんが紅茶好きだったなんて・・・・」

 私  「そうだろうな アイツが好きだったのは硬水で淹れたフルリーフのストレート
     軟水で淹れると雑味が出過ぎて嫌なんだと・・・
     まずい紅茶を飲むぐらいならコーヒーの方がいいってさ」

 アカネ「・・・・」

 私  「アカネの手で紅茶を淹れて 一杯アイツに供えて欲しい
     ・・・・まぁ 茜もアイツの事全部忘れたんじゃなかったんだな
     フォションのリーフティなんて・・・・」 
 
 アカネ「・・・・出来ないよ・・・紅茶なんて淹れた事無いし・・・・」
 私  「そりゃ出来ないだろうなぁ・・・でも出来る様になればいいそれだけの話だよ」
 アカネ「硬水なんて何処で手に入れるの?
     ペットボトルのミネラルウォーターじゃダメなんでしょ?」
 私  「水が十分に空気を含んで無いとダメだから ボトル入りは水質以前の問題だね
     でもね・・・雑味を出さないように淹れれば軟水でもいいじゃない?」
 アカネ「あ・・・」
 私  「日本で新鮮な軟水を手に入れるのには困らない
     ただアイツは軟水で自分の好みの味に淹れる方法を見つけられなかった
     それはアカネが見つければいい それだけの話」

 アカネ「おいしく淹れられるのなら方法は構わない・・・・」
 私  「そゆこと ちなみに巷では沸騰したてのお湯をポットに勢いよく注いで茶葉を
     十分躍らせるのがゴールデンルールと呼ばれるおいしい紅茶の淹れ方とされてるよ」
 アカネ「でも姉さんはその淹れ方は好きじゃなかった」
 私  「ある意味 ゴールデンルールって呼ばれているのは茶葉の味が出にくい硬水での淹れ方になるのかな
     で、アイツはフォーマットだけを真似て日本の風土を考えない味を嫌った」
 アカネ「あの・・・・」

 私  「そうだな・・・軟水は硬水に比べて紅茶の味がよく出るのは事実
     で、ゴールデンルールがおいしく淹れる方法なのも事実
     けど、日本の軟水とゴールデンルールの組み合わせが最適か?
     アイツが持った疑問はそんなところなんだろうな」

商品棚に向かい一つのガラスポットを手に取るアカネ

 アカネ「これにします・・・・」
 私  「そうか」
 アカネ『私がアカネとして姉さんの為に出来る事・・・先輩の為に出来る事・・・でも・・・』
 アカネ「でも・・・どうして紅茶を淹れるのが私なんですか?
     新しいポットを買ってまで私に入れさせたいんですか?」

 私  「ウチのボナポットはコーヒーを淹れるのに使ってコーヒーの香りが染みついてるから
     これ使って紅茶を淹れるのは論外・・・まずはポットを新調する理由
     そして・・・この世界でアイツの事を覚えているのは私とアカネだけ
     更に私に残された時間は少ない・・・・これがアカネに紅茶を淹れて欲しい理由」

 アカネ「・・・嫌です 先輩がいない世界に残されるのは・・・嫌です」
 私  「最悪の事態を想定する必要はあるさ
     でも、それが必ず起きると決まっているわけでも無い」
 アカネ「最悪の事態が起きるのは何時なんですか?」
 私  「7月15日」
 アカネ「先輩の・・・・誕生日・・・」
 私  「その日までに事態が変わらなければ・・・・この世界から私が消える」
 アカネ「勝算は?」
 私  「無い・・・”今のところ”はね でも必ず勝つさ」
 
不敵な笑顔を返す私 息を呑むアカネ

 
神代道場:副部長と道場に座ってる男
     道場の影から2人の様子を伺っているもう1人の副部長(BGM:A Tair)

 男  「闇を討つ者と・・・伝えられし・・・神代の子・・・ちはや」
 副部長「兄さん・・・・」
 男  「いずれ時は満る・・・闇を統べるモノは・・・すでに・・・・」
 副部長「・・・兄さんやめて」

 副部長「・・・兄さんやめて・・・彼はただの人間よ」
 男  「ちはや・・・」
 副部長「・・・それに・・・・私はまだ”ちはや”じゃない」
 男  「・・・闇を討て・・・」

 ちはや「兄さん・・・ちはやは闇の行く末を見届けましたよ
     私と同じ様に”闇を統べる事”を押し付けられた彼の行く末を」

 男  「光の巫女よ・・・闇を討て・・・」
 副部長「私の名前は・・・・兄さん・・・私の名前は・・・・」


 くるり くるくる 時の輪が回る

 誰にも 見えない 時の輪が回る

 果て無い 独りの 時の輪が回る

 あなたとあなたで あなたが回る

 くるり くるくる あなたの輪が回る

 あなたが欲しい  あなたの輪が回る

 流れる時間は澱み無く あなたでさえも過ぎ去って

 くるり くるくる 時の輪が回る
 
 くるり くるくる あなたの輪が回る

登山当日駅前:登山部一同(BGM:日々のいとまに)

 美樹 「先輩・・・・その荷物なんですか?」
 私  「あ? 山篭りの装備一式」
 部長 「いやぁ・・・僕も木の背負子なんてはじめて見たよ」
 副部長「その背負子にぶら下がってる物騒なモノは?」
 私  「山刀」

 部長 「ブッシュを切り開いて縦走する予定じゃないんだが・・・・」
 美樹 「先輩って・・・・いつの人間ですか?」
 私  「昔も今もそんなに変わらないと思うんだけどな
     それに・・・これしか持ってないし」
 部員2「その割にはわらじを履いてない・・・・このアンバランスは如何に?」
 私  「山男のコスプレをしている訳じゃないんだが・・・・」

 副部長「今日は背負子もナイフも必要ありません まったく・・・・」
 部長 「まったくだ」
 部員1「部長 つり竿持ってきたんですか?」
部員1は部長の肩に抱えたロッドケースに視線を投げる

 部員2「部長のカメラボックスがクーラーボックスに見える」
 副部長「・・・カメラボックスも必要ありません 部長 いったい何に使うんですか?」

 部長 「学校に提出する記録に必要だからね」
 部員1「・・・・・登山部の活動記録をビデオにおさめてどーするんですか・・・・」
 部長 「さぁ? 後日検討して必勝法の研究にでも使うんだろ?
     運動部の校外活動の記録提出は義務になってるんだから」
 副部長「で?」
 部長 「出来るだけ退屈なビデオを長々と撮って提出しようと思ってる」

 部員2「登山部 春登山の脅威の記録!」
 部員1「全行程8時間分のですか?」
 部長 「この青空をしっかりと記録する まずは駅前の青空・・・・
     そして麓、中腹、山頂の青空の完全記録 タイトルは”空”」
 部員1「あのう・・・・登山の目的って・・・・何でした?」
 部長 「勿論インターハイ出場メンバーの選抜」
 部員1「その記録ビデオのタイトルが”空”なんですか?」

 部長 「よくある話さ 予め決定事項が用意されていると言うケースは」
 部員2「1,2年の正部員は4人、男女混合の定員も4人」
 部長 「学校って言う所は選抜をしたと言う既成事実が重要 
     なんせ学校代表を選抜するんだからね」

 アカネ「でも・・・・どうして・・・」
 部長 「どうして選抜登山なんかするのか?って? そーだな・・・・部費の問題かな」
 部員2「ある程度は使っておかないと来年削られる」
 部長 「むしろ赤字決算で終わらせた方が既得権を確保できるよ」

 アカネ「なんか・・・嫌・・・そういうの」
 副部長「ほんとに嫌ね そうゆうドロドロとしたのを見せられるのは」
 私  「でも・・・現実がそうなんだから、目を伏せるよりはマシだと思うけど」

 副部長「あなたらしいですね」
 私  「え?」

駅舎の影にもう1人の副部長

 ちはや「ホントにあなたらしい・・・・」

 副部長「あ・・・別に・・・なんでも・・・」

 部長 「そろそろ行きますか・・・
     ぐずぐずしてるとお昼までに山頂に着かなくなるよ」

一同退場

山道:登山部一同(BGM:潮騒の午後)

 美樹 「ううう・・・足が・・・痛い・・・
     アカネあんたよく平気な顔してられるわね」 
 部員1「ホントに意外 里村さんの方が美樹ちゃんより先に根を上げると思ったのに」
 美樹 「先輩ひどいぃ・・・」

 部員2「これが正部員と仮部員の実力の差と言う事」
 副部長「平地を歩くみたいに山道を歩くなんて・・・・登山の心得が無いって言うのはウソね」 

 アカネ「私は・・・・あの・・・その・・・」
 私  「まぁ アカネは物理的な負荷には強いからなぁ」
 美樹 「物理????的???」

 私  「アカネは非常に論理的な存在だって言う事ね」

 美樹 「論理的????なにそれ????」
 部員2「例えば・・・幽霊とか・・・」

 アカネ「あ・・・・」

 部長 「うーん 人見知りが酷い幽霊なんて 真昼の幽霊に匹敵するぐらいに間抜けな存在だと思うが」

 アカネ「間抜け・・・私は・・・間抜け・・・・」
 副部長「部長! 馬鹿な事言い出さないで下さい
     アカネちゃんも 部長の言う事は気にしないでね」
 私  「うーん、間違ってはいないかも・・・・」

 部員2「目に青葉 山ホトドギス 初ガツオ」
 部員1「・・・・・あんたねぇ・・・」

木の枝を1本手に取っている部員2

 部員2「毛虫・・・・」

部員2が手を離すと弾力で戻る枝が毛虫を振り落としバラバラと部員1を襲う

 部員1「キャー!! あんたなんて事するの!!」
 部員2「初夏の風物 毛虫と戯れる童(わらし)」
 部員1「まったく・・・あんたは・・・はぁ・・・・」

 部長 「これから暑くなると虫も増えるしな」
 副部長「その割にはインターハイは夏ですね」
 部長 「結局、登山に適した季節かどうかと言う事より 主催者の都合の方が大事って事だろうな」
 部員1「熱射病対策も必要になります」

 部員2「モノも腐り易くなるし・・・・」

副部長に視線を集める一同 一同沈黙

しばらくして 

 部長 「・・・・なるほど・・・納豆乳は副部長の無言の抗議だったわけか・・・」 
 副部長「ち、違います!」
 部員2「しかも事前に納豆菌を確保していた犯行
     更に計画的なのは審査員は審査の為に必ず口にする事を逆手に取った・・・・」
 副部長「わぁぁ 違うんです 違います!!」
 

 ちはや「楽しい部員たち・・・・そう、楽しい人達だったはず・・・私の時も・・・きっと」

視線を上げ 青空を仰ぐもう1人の副部長

 ちはや「今日は・・・私の時も今日は・・・みんなが居てくれてた筈・・・・筈だったのに・・・私は・・・」

 アカネ「ぷっ・・・・」
 副部長「里村さんまで・・・・・はぁ・・・・」
 アカネ「あ・・・ごめんなさい・・・・」
 副部長「部長! 部員の親睦を深めるのに私を山車にするのは止めてください!」
 部長 「何の事かな? 少なくとも過去の事実で間違いは無いはずだが?」
 副部長「部長・・・・・はぁ・・・・今度 料理の事で冷やかしたら私だって怒りますよ」

 美樹 「淋しい山ね 私達以外誰も居ない・・・・」
 部長 「この季節はね 夏休みになれば上のキャンプ場が賑わうんだよ」
 アカネ「キャンプ場があるんですか?」
 部長 「と言っても、テントが張れるだけの広場と炊事場のみ」
 美樹 「炊事場って水道があるんですか?」
 部長 「夏場・・・夏休みの間は使えるけど それ以外は元栓締められてて水は出ない
     水は沢から汲んでくるんだけど 逆にこの季節は沢の水が綺麗だよ」

 美樹 「部長それって・・・・」
 アカネ「夏場は人が増えて沢の水が汚れて飲めなくなる・・・・」
 美樹 「それでキャンプ場に水道を引いた・・・・」
 部長 「本末転倒の見本だね」

登山道を登って行く一同を木陰で見送るもう1人の副部長

 ちはや「まったくウチの部長ときたら・・・・」

山頂付近のキャンプ場:炊事の用意を始める登山部一同(BGM:8匹のねこ)

 部長 「副部長は沢から水を汲んできてくれ
     レギュラー4人は調理を始めてくれ
     美樹ちゃんはその辺に転がってる薪になりそうな枝を集めて・・・」

キャンプ場の管理小屋に向かおうとする部長

 部員2「あのぉ・・・副部長に食べ物とか 飲み物とかを扱わせない方が・・・・」

 部長 「そうか茶色い水でも汲まれかねないか・・・うーん・・・
     とは言っても、レギュラーには通しで料理を作ってもらいたいし・・・・」

 副部長「だったら部長が薪集めをして下さい!
     水汲みは和泉さんお願いね そこの”水汲み場の矢印”に沿っていけば沢に出るから」

布バケツを美樹に手渡す副部長

 副部長「記帳は私がやっておきます!!」

管理小屋に向かう副部長 副部長退場

 部員2「ついに副部長が怒った・・・・」
 部長 「しかたないか」

薪集めを始める部長

 部員1「部長・・・副部長を怒らせたのはわざとですか?」
 部長 「副部長は物事を思い詰めるタイプだから 時々ガス抜きさせないと」

副部長の背中を視線で追う部長
美樹の後に付いて行くもう1人の副部長

美樹、ちはや退場

暗転 管理小屋の中 副部長にスポットライト

粗末なベッドと事務机 それとスコップ、ロープ等の道具類
作りかけのトーテムポール、壊れた立て札、矢印等の意味不明なものが
雑然と置かれている管理小屋

無人の管理小屋の中 事務机上の台帳に記入を始める副部長

 副部長「1998年 5月 3日 ・・・高校登山部・・・・っと
     それにしても部長は・・・・・・」

ふと窓の外に目をやる・・・沢に向かう小径を下る美樹とその後を追う人影

 副部長「私には1人で水汲みさせようとしたクセに・・・・・」

管理小屋の中でトング、火吹き竹、かまど用のレンガを集め始める副部長 暗転

炊事場:スポットライト 食材を並べている 私、アカネ、部員1、2

 私  「ドライフードを戻すにしても取り合えず水待ちだな」
 アカネ「戻すのは水よりもお湯の方がいいんですよね?」
 私  「そのまま食べるわけじゃないからある程度水で戻して
     それから煮込めば構わないよ」

 部員1「競技では食材を戻す為にお湯を沸かす時間はありませんね」
 部員2「芯の有るブロッコリーとか サクっとした歯ごたえのニンジンとか・・・」
 部員1「副部長の料理じゃないんだから」

 副部長「誰かレンガ運ぶの手伝って」(音声のみ)

顔を見合わせる部員1、2

 部員1「あっ・・・えーと・・・かまど用のレンガですか?」
 副部長「そう」(音声のみ)

 部長 「だから僕が記帳するつもりだったのに」

薪を抱えた部長登場

 副部長「え? 部長? 和泉さんと水汲みに行ったんじゃ?」(音声のみ)
 部長 「僕は薪を拾っていたんだけど・・・・」
 副部長『じゃあ・・・さっきの人影は誰?』

二股に別れた小径:美樹 美樹の様子を伺うもう一人の副部長(BGM:海鳴り)
道の一方は緩やかな登り坂、もう一方は登り坂に比べれば幾分細めの下り坂

 美樹 「えっと・・・沢はどっち? 矢印は無いけど・・・・」

坂を下って行く美樹 美樹退場

美樹の下った坂の入り口脇の茂みを掻き分けるもう1人の副部長

 ちはや「まったく・・・なにも変わらないんだから」

茂みの中には”水汲み場”の矢印と虎縞のロープが落ち葉に埋もれている


炊事場:レンガを積んで作ったかまどに鍋をかけて
    タマネギを炒めている私 と 登山部一同(BGM:8匹のねこ)

 アカネ「先輩 水を待ってから料理を始めた方が・・・・」
 私  「タマネギを炒めるのには時間かかるから 早めに始めないと」
 部員1「・・・・だから タマネギだけ生? 他の野菜はドライフードなのに」
 私  「そ、丁寧に炒めたタマネギのペーストがカレーの味を決めるからね」
 部長 「君の事を逸材と呼ぶべきか・・・・それとも場違いな奴と呼ぶべきか」
 
美樹が下って行った小径を示す矢印を気にする副部長

 副部長「和泉さん遅いですね・・・・」
 部員2「足が痛いって言ってたから・・・」
 部員1「水を運べずにへたばっているのかな? ちょっと沢まで見に行って来ます」
 部長 「ほい」

新しい布バケツを手渡す部長

 部長 「行ったついでだ」
 部員1「ぶちょぉ・・・・」

布バケツを持って部員1退場

山道:美樹(BGM:永遠)

次第に細くなって行く道に不安を感じて振りかえる美樹

 美樹 「え?・・・・これって・・・」

振りかえった場所に道らしい道は無く 木々の間を縫う隙間を戻り始める美樹

時同じくして美樹が下った二股を登り坂の方へ賭け抜けて行く部員1
坂を越えて沢に出る 辺りを見まわす部員1

 部員1「美樹ちゃんいるの?」

河原の石を敷き詰めて作った水汲み場の方へ歩いて行く部員1
部員1の後ろの石には、泥の付いた部員1の足跡が続く

 部員1「ここには誰も来てない」

自分の足跡を確認し、再度辺りを見まわした後に駆け出す部員1 部員1退場


山道:美樹(BGM:永遠)

戻り道と思われる隙間を進んで行く美樹の前に道が開ける

 美樹 「あ・・・来る時にはこんな場所は無かった・・・・」

踵を返して今来た道に駆け出す美樹 そんな美樹に背後から声がかかる

 声  「それ以上進むと落ちるわよ」

美樹は足を止めて振り返る

 美樹 「副部長? でも・・・服がさっきと違う・・・」
 ちはや「私は永遠(とわ)じゃ・・・神代永遠じゃないわ」

ちはやは足元の小石を拾って美樹が踏み込もうとしていた前方の茂みに投げる
茂みに飛び込んだ小石はカラカラカラと不快な音を立てながら
チャポンと水音ともに消えた

 ちはや「私は神代ちはや こんな事あまりやっちゃいけないんだけど・・・」
 美樹 「こんな事?」
 ちはや「未来が変わるから・・・・」

 美樹 「副部長? 未来って?」

 ちはや「未来 そうね 例えば今日、山道に迷って崖から落ちた和泉美樹の事件に
     責任を感じた神代永遠はね・・・・・・」

遠い視線を天に向けるちはや

 ちはや「なにもかもから・・・・逃げ出した・・・私がそのなれの果て 例えば こんな未来」
 美樹 「崖から落ちた? 私が????」
 ちはや「さっきの広場に行きましょうか 迎えが来るわ」

美樹を連れて開けた道のほうへ歩いて行くちはや

炊事場:美樹の帰りを待っている登山部一同
そこに賭けこんでくる部員1        (BGM:海鳴り)

 部員1「部長! 美樹ちゃん 何処にもいません!」
 部員2「何処にもってここから沢まで道なりに行けばすぐじゃ・・・・」
 部長 「ここの地理に慣れていれば・・・な・・・しくじったな」
 部員1「部長!!」

 部長 「何処に迷い込んだか・・・どうする・・・?」
 副部長「私が・・・・私が水汲みに行っていれば・・・」

 アカネ「私が探しに行きます」
 副部長「里村さんだってここには慣れて・・・・」

副部長の言葉をさえぎるアカネ

 アカネ「私が探しに行きます」
 副部長「あ・・・・」

アカネ退場

 私  「仕方ないな」

自分の背負子を持って立ち上がる私

 私  「部長 後はよろしく」
 部長 「大丈夫か?」
 私  「これさえあれば何処でも平気」

背負子を背負う私

 副部長「・・・里村さんだって・・・ここには慣れてないのに・・・・」
 私  「大丈夫 アカネの機動力と策敵力は尋常じゃないから 心配無いよ」

 部長 「夏場なら電波搭に人が居るから麓に連絡できるんだけど この季節は無人だからなぁ」
 私  「夏休みの間は緊急時対策で無人にならない様に行政指導が出てるんですか?」
 部長 「そんなところだな・・・・あそこには電話もあるんだが」
 私  「普段が無人の施設なら当然警報装置もあるんですよね」 
 部長 「多分」
 私  「最悪の場合 電波搭の警報装置を使えば警備員が来てくれる」
 部長 「本当に最後の手段になるけどね・・・・」

 私  「じゃ・・・私は行きます」
 部長 「美樹ちゃんの事をよろしく」

私退場

山の中の広場:倒木に腰掛けている ちはやと美樹(BGM:A Tair)

 ちはや「美樹ちゃん落ち着いた?」
 美樹 「・・・・あなたはいったい誰なんですか?」
 ちはや「”神代ちはや”そう言った筈よ」
 美樹 「そうじゃなくて、副部長とはどういう関係なんですか?」

 ちはや「”ちはや”はね神代の家が代々引き継いできた巫女の名前なの
     永遠(とわ)もいずれ”ちはや”の名を継ぐ事になるわ」
 美樹 「副部長のお姉さん?」
 ちはや「いいえ、永遠 本人」
 美樹 「でも・・・副部長は・・・」

 ちはや「そんなに不思議そうな顔しないで 今日、登山部の春登山で
     山道に迷った新入部員が崖から落ちる事故があったの」
 美樹 「私の事ですか?」
 ちはや「そう・・・それでね 永遠は・・・思い詰めたの・・・”事故が起きたのは自分のせいだ”って」

 美樹 「それは・・・私が道に迷ったからで・・・・」
 ちはや「でも最初 部長が美樹ちゃんに出した指示は薪集めだった
     それを永遠が水汲みに変えて・・・事故が起きた」
 美樹 「あ・・・・」

 ちはや「思い詰めた永遠は・・・・”ちはや”の・・・巫女の使命に逃げたの
     自分の過去を全部切り捨てて・・・光の巫女の使命に・・・・」

遠い目で天を仰ぐちはや

 美樹 「それで・・・それで事故の後・・・私はどうなったんですか?」
 ちはや「今から、2時間ぐらいでここに探しに来た里村さんが崖の下に倒れている
     美樹ちゃんを見つけるの・・・・」

 美樹 「私は・・・死んだんですか?」
 ちはや「ううん・・・命は助かったわ・・・・里村さんと彼が美樹ちゃんを助けあげて
     キャンプ場の管理小屋に待機していた永遠と合流して・・・
     彼が電波搭の敷地に入って警備装置を作動させて・・・・
     駆け付けた警備員に事情を話して救急車を呼んで・・・・」

 美樹 「助かった・・・・」
 ちはや「でも・・・転落で脊椎を痛めた美樹ちゃんは全身不随の寝たきり生活になった」
 美樹 「う・・・・寝たきり・・・」

 ちはや「そろそろ2時ね・・・」
 美樹 「2時?」
 ちはや「連絡要員に永遠を残して 部長が下山をするわ
     日没までに山を降りないと危ないから・・・・・」
 美樹 「でも・・・どうして そんな事がわかるんですか?」
 ちはや「私にとっては 今起きている事が過去の出来事だから・・・・」

キャンプ場:登山部一同(BGM:海鳴り)

 部長 「そろそろ限界だな 副部長は部員を連れて下山してくれ」
 副部長「部長はどうするんですか?」
 部長 「僕はここに残る 彼等が美樹ちゃんを連れて帰った時に
     ここが無人だとなにかとまずい」

作りかけのまま放置されたカレーの鍋に視線を投げる部長

 部員2「誰かが火の番をしないと山火事になる」
 部員1「帰ってきた彼等をせめて暖かいモノで迎えたいから・・・・」
 副部長「私も残ります」
 部長 「では?下山の指揮はだれが取る?」

 部員2「下山で事故でも起きたら とっても大変 踏んだり蹴ったり・・・」
 副部長「だったら下山は部長が指揮して下さい 和泉さんの件は私に責任があります」 
 部長 「せっかくの料理が無駄にならなきゃいいが・・・」
 副部長「私だって家庭部と特訓しました 信じてください」
 部長 「そうか・・・・」

自分の荷物の中から木刀と無線機を取り出す部長

 部長 「君ならこれがあれば何が起きても大丈夫だろう」

副部長に木刀を手渡す部長

 部長 「それと何かあればこちらから連絡する」

無線機のスイッチを入れて副部長に手渡す部長

 副部長「無線機があるならこれで麓に連絡すれば」
 部長 「ハンディ機で出力弱いから麓まで電波が届かない
     でも、受信専用で待ち受け状態にすれば40時間は持つ」
 副部長「わかりました・・・連絡を待ちます それにしても木刀を持ってきたんですか?」
 部員2「つり竿でも持ってきたのかと思ったら」

 部長 「勿論つり竿も有る」
木刀を取り出したロッドケースからつり竿を出して見せる部長

 部員1「まったく・・・・うちの部長は・・・・はぁ・・・」
 副部長「ほんとに・・・・・」

 部長 「30分後に下山する 各自用意をする様に
     それと、カレーはそれまでに食べられる状態に仕上げる 以上解散」
 一同 「了解」

 副部長『ほんとに・・・・・私は・・・・ふぅ・・・・』
ため息を付いてうなだれる副部長

 部長 「副部長 仲間と一緒にいる時ぐらいは無理はしない事」
 副部長「はい・・・部長・・・・でも・・・・」

副部長に背を向ける部長 そして副部長に背を向けたまま話す

 部長 「あまり自分を責めない事 水汲みは誰かがやらなくちゃいけなかったんだ」

山の中の広場:倒木に腰掛けている ちはやと美樹(BGM:A Tair)

 美樹 「ちはやさん助けていただいてありがとうございます」
 ちはや「気にしないで、自分のためなだけだから・・・」
 美樹 「ちはやさんは未来の副部長なんですよね?」

 ちはや「あなたから見ればきっとそうなるのね」
 美樹 「違うんですか?」
 ちはや「この世界よりも少し早く時が進んでる世界の神代永遠(とわ)が私・・・そう5年くらい先の・・・」
 美樹 「????」
 ちはや「判らなくてもいいわ 美樹ちゃんにもこの世界の永遠にも関係の無い話だから・・・」
 美樹 「どうしてこの世界に来たんですか?」

 ちはや「約束を果たす為・・・だったんだけど・・・自分の居た世界には帰れなかった」
 美樹 「約束? 自分の居た世界? 帰る?・・・・
     ちはやさんどこか別の世界に行ってたんですか?」
 ちはや「・・・・きっと・・・もう彼が居ないからね・・・私が帰れないのは・・・」

 美樹 「彼って 部長?」
 ちはや「ふふふ だったらいいわね ・・・部長・・・ほんとにいい人だったのに・・・・私は・・・」
 美樹 「ちはやさん?」
 ちはや「私はね・・・部長を見捨てたの・・・”ちはや”の名を継いだ日に・・・」

不意にガサガサと2人の背後の茂みが鳴る

 ちはや「来たわね」

茂みに足をかける形で空中に姿をあらわすアカネ

 アカネ「美樹ちゃんみっけ! ????あれ? 副部長???」 
 ちはや「まったく・・・少しは体裁を考えなさい」
 アカネ「体裁? 今は非常事態でしょ 私にそんな余裕は無いわ
     で、あなたは副部長じゃないわね」 

 美樹 「アカネ? あんたはいったい????」

空中に浮いているアカネを見上げる美樹

 アカネ「美樹ちゃん・・・・えーっと・・・」 
 ちはや「まずは地面に足をつける」

2人の前に着地するアカネ

 アカネ「と、とりあえず元気そうでなにより・・・・」
 美樹 「怪しくその場を取り繕わないで!」
 アカネ「ちょっと待ってね 今先輩に連絡つけるから」

 アカネ『あ、先輩 今美樹ちゃん見つけたから
     うん、彼女は無事だよ・・・・・
     でも・・・美樹ちゃんは無事なんだけど・・・
     副部長じゃない副部長がここに居るの・・・
     何? って 私にだって判らないよ とにかくこっちに来て』

引いている美樹

 美樹 「アカネ・・・・あんた何者?」
 アカネ「んー・・・判り易く言ったら幽霊かな?」
 ちはや「生霊って言ったところね、あなた達の学校の2年生里村茜の生霊」

ちはやの顔を見上げる美樹・・・・

 美樹 「ちはやさんは未来の副部長だって言うし・・・アカネは幽霊だって言うし・・・・」
 
ズリズリと2人から遠ざかろうとする美樹

 アカネ「ふーん あなた私の事知っているんだ・・・・ふーん」

ちはやとアカネの間に冷たいモノが走る

 ちはや「もうあなた達と争う気は無いわ」
 アカネ「あなた”達”ね・・・・そうなんだ・・・
     ねえ あんた達 この娘が誰だか知ってる?」

 『ちはや ちはや 神代ちはや』
 『ボク達の敵 光の巫女』
 『はじめまして』
 『お久しぶり』
 『人の善意を司る』
 『光の巫女』
 『でも いったい誰の為の善意なんだか』
 『誰の為の正義なんだか』
 『善と悪との分別をするのは誰なんだか』

姿無き無数の声が木々の間に木霊する

 美樹 「いぃぃ・・・」

力無く崩れる美樹 それでも這いずりながらその場から離れようとする
美樹の進路の山道に人影・・・・

 美樹 「誰か助けて・・・・」
 私  「助けてって・・・・うーん・・・」
 美樹 「先輩?・・・先輩助けて・・・」

健気に擦り寄ってくる美樹を抱き起こす私

 私  「それにしても普通の人を脅かすなんて・・・悪趣味と言うか なんと言うか・・・」
 ちはや「美樹ちゃんを怯えさせたのは里村さん達ですからね 私は関係無いわ」
 私  「”達”ね・・・・まったく・・・節操の無い」  

『酷いなボク達だって』
『その子を探すのを手伝ったのに』

 私  「探し出したんならさっさと消えろ・・・・怯えさせてどーする」  

『礼の一つも無いなんて』
『人使いの荒い・・・・』
『はいはい 消えますよ』
『消えればいいんでしょ』

 美樹 「・・・あの・・・先輩も・・・幽霊なんですか?」
 私  「まったく・・・連中は話こじれさせるだけなんだから・・・」

ズボンの裾を捲る私
 私  「美樹ちゃん足はちゃんとあるよ」
 美樹 「アカネにも足はあります」
 私  「アカネはちょっと自覚が足りないからねぇ」

 アカネ「先輩! 何なんですか! それ?」
 私  「美樹ちゃんに空を飛んでるところでも見られて”幽霊だから”と説明したんだろ?」
 アカネ「あぅぅ・・・」
 美樹 「幽霊って違うんですか?」

 私  「幽霊みたいなものって言えばそーなんだけど 本当に”幽霊”って事じゃないんだよ」
 美樹 「?????」
 私  「さっきの声もアカネと同じ様なモノ」

 ちはや「具現化した人の悪意・・・哀しみとか淋しさとか・・・そんなもの」
 私  「それで どーして君がここに居る?」
 ちはや「たぶん私があなたに呼ばれたから・・・人の悪意として」
 私  「それは問題発言だと思うが」

 ちはや「・・・あなたは私の名前を覚えていますか?」
 私  「初対面のはずなんだけどな・・・・神代ちはや」
 ちはや「この世界では初対面ですね」
 私  「記憶・・・いや記録としては持っているのだろうな
     並列した時間の中で全ての私が経験した事を私は・・・・
     それが思い出せない事なんだとしても・・・・・・」

 美樹 「あの・・・私・・・」
 私  「彼女もアカネも普通の人間と変わらないよ
     少なくともアカネは美樹ちゃんの知っているアカネだ」

 美樹 「でも・・・」

アカネの方を向く美樹 俯いて美樹から視線をそらすアカネ

 美樹 「あ・・・」

今から、2時間ぐらいでここに探しに来た里村さんが崖の下に倒れている美樹ちゃんを見つけるの

アカネの手を取る美樹
 
 美樹 「アカネ 探しに来てくれたんだよね・・・」
 アカネ「うん・・・」
 美樹 「アカネ ありがとう」

 私  「さてと ちはやこの辺で水を手に入れられる場所を知らないか?」
 ちはや「そこの崖の下に川が流れているわ」

美樹が落ちそうになった茂みに視線を投げるちはや

 私  「じゃアカネ水を汲んできてくれ」

背負子からアルミのコッヘル(鍋兼器)を取り出してアカネに投げる私
 
 アカネ「何?私?」
 私  「空飛べるのはアカネだけだろ? あれ?ちはやも飛べるか?」
 ちはや「私はそこまで便利じゃないわ」
 美樹 「便利って・・・・アカネ可哀想・・・・」

背負子に下げた山刀を抜いて手近な木の枝を切り落とし始める私

 美樹 「先輩 何をしてるんですか?」
 私  「日が暮れるまでにキャンプ場に戻るのは無理だから
     ここで幕営する で その為のシェルターを作ってる」

木の幹と幹の間に背負子から取り出したロープを張りそこに山刀で切り落とした枝を
葉が付いたまま立てかけてロープに紐で結わえていく
ロープを尾根にした三角形のトンネル状のシェルターが大小2つ
見る間に出来あがっていく

 私  「大きい方は女の子3人で使ってくれ」
 ちはや「私の事は気にしなくてもいいのに・・・」
 アカネ「私も・・・・」

 私  「そーゆー事を言うから美樹ちゃんが怯えるんだよ
     2人とも普段普通の女の子らしくしてて問題ないんだから
     それにそのまま野宿したら服が夜露に濡れるよ・・・」
 ちはや「それもそうね・・・・
     明日濡れた服のまま帰るのは嫌ね ありがたく使わせてもらうわ」

 私  「次は食事か・・・・カレー用の食材は全部キャンプ場に置いて来たからなぁ」

上着を脱ぐ私 上着のポケットから和紙の包みを次々と取り出す

 私  「さてと 干し芋 干し飯 炒り豆 塩漬け肉 飴にチョコレート・・・・・
     飴とチョコは非常用に残しておくとして・・・・」
 美樹 「先輩っていつもこんな物持ち歩いているんですか?」
 私  「独りで生きて行く為にはね必要だったんだ・・・・」

 ちはや「・・・・独りでね・・・・・だから・・・」   
 アカネ「ちはやさん?」 

 私  「山菜を取りに行く時間があれば、もう少しマシなものが作れるが・・・」

炒り豆を茹でて柔らかくすると同時に炒り豆から出汁をとる
この間に肉と芋を細切りにして水で戻す
炒り豆から取った出汁に水で戻した芋と肉と干し飯を入れて煮込んでいく

別のコッヘルでお湯を沸かし 出汁を取った後の炒り豆を潰して煮る
塩漬け肉の戻し汁で塩味を整える

 私  「後は焦がさない様に気をつけてて」

立ち上がってその場から立ち去ろうとする私

 美樹 「先輩? 何処に?」
 私  「ちょっと連絡を付けに行って来る」
 アカネ「連絡? 誰に?」

 私  「この状態で連絡の付く人が1人だけ居るからね」

広場の道の開けた方へ歩いて行く私 崖になって開けた正面から真っ赤な夕日が私を照らしている

ちはやとアカネの2人から少し離れて座っている美樹(BGM:遠いまなざし)

 美樹 「先輩?」

私の後を追って歩く美樹

夕日の中に溶ける様に消えていく私の姿

 美樹 「先輩!」
 私  「あ・・・・」
 美樹 「先輩・・・・今 姿が消えてた」
 私  「みたなぁ」

 美樹 「先輩も・・・先輩もそう・・・・なんですか?」
 私  「私の場合は”ちはや”と同類かな?」
 美樹 「先輩も・・・未来の人・・・・」
 私  「どっちかと言うと”過去の人間”なんだけど
     この世界の今に居るはずの無い人間って意味じゃ ちはやと同じ」
 美樹 「過去?」
 私  「そ とっくに消えている筈の人間 でも私は往生際が悪いから
     まだにここに居たりするんだな」

 美樹 「消えるって今みたいに・・・・」
 私  「ずっと昔に消えている筈だったんだ 私は」

夕日を仰ぐ私

 私  「そう・・・ずっと・・・昔に・・・・」

商店街:ゲームセンター 対戦台の詩子とLim(BGM:潮騒の午後)

Limのキャラに圧倒されている詩子

 詩子 「この! この! あわわわわ!!」

ふとLimのキャラの動きが鈍る

 詩子 「へへ! 隙あり!!」

詩子のキャラにねじ伏せられるLimのキャラ

 詩子 「どお? たいしたもんでしょ」

俯いてコントローラーの方を見つめたままのLim

 詩子 「リムさん どうしたの?」
 Lim「今・・・・手がレバーをすり抜けた・・・・」
 詩子 「手が滑ったの?」
 Lim「・・・違う・・・本当に・・・・すり抜けた・・・・」

自分の手のひらを見つめるLimがポツリと呟く

 Lim「・・・トライ・・・・」
 詩子 「え?・・・あいつ????」

詩子の顔を見上げるLim
 Lim「詩子 トライは何処?」

 詩子 「ちょっと リムさん落ち着いて あいつとアカネは・・・
     今日は部活のハイキングじゃなかった?」
 Lim「部活・・・そう・・・」

詩子を置いてゲームセンターを後にするLim Lim退場

 詩子 「リムさん待って あいつがどうしたの? ちょっとぉ」

Limを追いかけて詩子退場

商店街:公衆電話のLim(BGM:永遠)

夕日に赤く染まったLimの所に賭け込んで来る詩子

 詩子 「はぁはぁ・・・リムさんいったい あいつがどうしたの?」
 Lim「トライが遭難した・・・・・」
 詩子 「は? 遭難? 何?」
 Lim「詳しい事は駅で落ち合うまでに調べるって」

公衆電話の受話器を置くLim

 詩子 「落ち合うって・・・誰と?」
 Lim「住井君 今日の登山部の予定を調べてもらってる」
 詩子 「住井って誰よ?」
  
 Lim「詩子 私 駅に急ぐから」
 詩子 「駅って ここの駅?」
  
 Lim「ううん・・・・」

詩子に今朝登山部が現地集合した駅の駅名を告げるLim

 詩子 「遭難は本当の事みたいね じゃぁあたしはあいつの家で待機してる」
 Lim「詩子 鍵は? 今トライの家には誰もいないんじゃ?」
 詩子 「あら鍵なんか要らないわよ」

右手の人差し指を鉤型に曲げて掲げる詩子

 Lim「・・・・・」
 

キャンプ場管理小屋:無線機を事務机の上に置いて突っ伏してる副部長

窓から差込む西日が副部長の頬を染める(BGM:雨)
小屋の中には冷めたカレーの鍋が一つ

 副部長「・・・・みんな・・・大丈夫・・・・?」 

光の失せた副部長の瞳を夕焼けが真っ赤に焼く

 副部長「・・・・誰も・・・怪我・・・してないよね・・・・?」 

副部長の問いに応える者は無い ただ夕日が副部長を真っ赤に染める

 副部長「・・・・みんな・・・・」

副部長の頬を伝う泪

 部長 『こちら部長 副部長応答願います』

 副部長「・・・・・」

 部長 『こちら部長 副部長応答願います』

 副部長「・・・・・え? 部長?」

慌てて無線機を取り上げる副部長

 副部長「応答って・・・どうすれば?」

 部長 『あ・・こちらはやっと開けた場所に出て麓と連絡とれました どうぞ』

 副部長「あっあっあっ・・・・・ああ!」

 部長 『どうやら 副部長からの電波は届いてないようです こちらの現状を報告します』

 副部長「部長 えっと あの その」

無線機にかぶり付く副部長
 
 部長 『麓には彼から連絡が入った様で捜索隊が既に動いています』

 副部長「え?」

 部長 『そちらの管理小屋にタクシーで1名合流するそうです 以上』
 
 副部長「部長 みんなは無事なんですか? 部長!」
 
 部長 『追伸 僕達が下山するよりも先にどうやって彼は連絡つけたんでしょうか? 88』

 副部長「部長! 部長! 部長!」

夕日に染まった管理小屋に再び静寂が訪れる

今朝登山部が現地集合した駅:人待ちのLim(BGM:海鳴り)

駅の向かい側の道路を渡って来る人影 住井登場

 住井 「待った?」
 Lim「遅刻ね」
 住井 「厄介な依頼しておいて そんな言い方しなくても・・・・」
 Lim「でも遅刻でしょ」
 住井 「はいはい 遅刻しましたよ で・・・・」

無線機をLimに手渡す住井

 住井 「これで登山部の部長と連絡できる」
 Lim「ありがとう」
 住井 「リムさん従免(無線従事者免許)持ってる?」
 Lim「持ってないわ」
 住井 「なら違法発信になるから注意して使う事」
 Lim「私は人の命と法の厳守とを秤にかけるつもりは無いわ」

 住井 「なるほど・・・で、使い方は判る?」
 Lim「交信周波数は合わせてあるのよね?」
 住井 「勿論」
 Lim「登山部が使ってる周波数なんて何処で調べたんだか・・・・」
 住井 「それは企業秘密」
 Lim「ありがとうね・・・・・」
 住井 「今回は貸しにしておくよ」

無線機に向かうLim そして無線機の送信ボタンを押す

 Lim『えーと登山部の部長さん? トライの友人のLimです』
 住井 「おいおい・・・暗号通信も違法行為なんだけど・・・」

山道:下山途中の登山部一同(BGM:追想)
部長の無線機から流れるLimの声

 Lim『えーと登山部の部長さん? トライの友人のLimです』
 部長 『連絡待っていました どうぞ』
 Lim『トライが遭難したって・・・状況はどうなってます?』
 部長 『遭難? いや彼は迷子になった部員を捜すのに山に残っただけだけど どうぞ』
 Lim『え? でも住井君が遭難したって』

携帯電話でLimからの電話を受けながら、ノートを開いて無線機の操作をしている住井(回想)

 部長 『どうやら 住井君は物事を大袈裟に伝える様ですね
     えーと 状況ですが 今日の登山で部員が1人迷子になりました
     その部員を探す為と麓に連絡する為に2班に別れて行動しました
     現地で捜索に残ったのがウチの副部長と彼と里村さんです どうぞ』
 Lim『トライとアカネちゃんが残った・・・・トライは無事なんですか?』
 部長 『電波の状態が良くなくて上と連絡は取れませんが彼は無事でしょう
     僕は彼が二重遭難を起こすような人物だとは考えていません どうぞ』
 
 Lim『良かった・・・無事なのね・・・』
 部長 『リムさん一つ不思議な事があるんだけど 良ければ答えてくれますか? どうぞ』
 Lim『何?』
 部長 『どうしてリムさんは リムさんと住井君は今日の登山で
     事故が起きたのを知っているんですか? どうぞ』

 Lim『トライから異変が起きたって連絡があったの
     でも何が起きたのかまでは判らなかった だから・・・・』
 部長 『それで方法は? 無線と言う事でも無さそうだけど どうぞ』
 Lim『それは企業秘密 それでお願いがあるの』
 部長 『何でしょうか? どうぞ』
   
 Lim『今日起きた事を誰にも話さないで欲しいの
     トライの事を誰にも知られたくない』
 部長 『部員が1人遭難したんだけど 誰にも話すなと? どうぞ』
 Lim『そう その部員はきっとトライが探し出すわ』
 部長 『保証は? どうぞ』
 Lim『トライの能力はあなたも知っている筈よ それにアカネちゃんのもね』

夕日に向かって考え込む部長

 大丈夫 アカネの機動力と策敵力は尋常じゃないから 心配無いよ

しばらくして

 部長 『判りました どうぞ』
 Lim『私も捜索に合流したいんだけど 車で行ける場所?』
 部長 『キャンプ場までなら車で行けます そこの管理小屋に副部長待機しているから合流して下さい どうぞ』
 Lim『ありがとう これからタクシーでキャンプ場に向かいます 部長さん今度また部室に遊びに行きますね』
 部長 『こちらこそ 部員達をよろしく 88』

 Lim『88・・・Love&Kissのコード(略号) 部長さんそのコードは無闇に使う物じゃないわ
     それに その馬鹿丁寧な口調は止めたら?』
 部長 『無線は公共の電波を使うのでそれなりのエチケットがあります
     それと コードの件は考えて使う事にします 交信終了』

無線機を降ろし真っ赤な夕日を浴びて山頂の方へ向く部長

 部長 「もう少し開けた場所に出ないと副部長との交信は無理か・・・・でも・・・・」

再び無線機を持ち上げる部長

駅前:Limと住井(BGM:無邪気に笑顔)
無線機から流れる登山部部長の声

 部長 『こちら部長 副部長応答願います』

 住井 「タクシーで行くんだろ?」
そう言いながら化粧ポーチ大の包みをLimに手渡す住井

 Lim「何?」
 住井 「携帯用のコンロ こっちが燃料 こいつは何かと便利だよ」

カセットボンベをLimに手渡してタクシー乗場の方へ歩いて行く住井  

 住井 「リムさんタクシーに乗るんだろ?」
 
住井の後を追ってタクシー乗り場に向かうLim
Limをタクシーに乗せて住井は駅前のパン屋に走る
そしてバケットを3本抱えて戻ってくる

 住井 「俺に出来る事はここまで後は君が頑張って」

住井はタクシーの窓越しにバケットをLimに渡す

 Lim「ありがとう」
 住井 「おっと、”ありがとう”で済ませられても困るな 代金は後で請求するよ」
 Lim「ちゃっかりしてるわね」
 住井 「どうも」

無線機からは登山部部長の声が絶え間なく流れる

 部長 『こちら部長 副部長応答願います』
 部長 『こちら部長 副部長応答願います』
 部長 『こちら部長・・・・・』

山の中の広場:たき火を囲んでいる 私 アカネ 美樹 ちはや(BGM:ゆらめくひかり)
陽はとうに沈み辺りに夕闇が垂れ込めている

 私  「牛肉とサツマイモの粥と大豆のスープ」
みんなに食事を取り分ける私

 ちはや「・・・まったく これじゃただのキャンプじゃない」
 美樹 「温かい・・・・」
 アカネ「先輩・・・私が食べてもいいの?」

紙製の器を受け取るのを少し躊躇するアカネ

 ちはや「ただのキャンプよ アカネちゃん気にしないの
     私達が食べなくても平気なんだとしてもネ」

ぴくっとちはやの言葉に反応する美樹

 ちはや「繊細な子達ね さてと・・・どうして彼が私とアカネちゃんに料理を出したと思う?」
 私  「被害者を1人でも多くする為」
 ちはや「被害者・・・そうねあなたに関わった人間はみんな不幸になったわネ だから被害者」
 私  「そうだな」

 ちはや「里村さんも和泉さんもあなたに出会わなければ不幸になる事も無かった」
副部長の口調で言葉を続けるちはや

 ちはや「彼は人を不幸に誘うモノ・・・・・」

 アカネ「先輩は・・・先輩はそんな人じゃない! だって!!」
 ちはや「それならどうして 彼はその料理をアカネちゃんに薦めるのかな?」
 アカネ「それは・・・食料を蓄えておかなくていいから・・・・」
 私  「そ 夜が明けたらキャンプ場まで戻ってそこから下山すればいい それだけさ」

 美樹 「アカネ 食べよう 折角先輩が作ってくれたんだもの」
 アカネ「うん 美樹ちゃん」
 美樹 「”ちゃん”は止めて」
 アカネ「ごめん」

 美樹 「そうよね アカネも ちはやさんも 普通の人と少し違うだけ・・・・」
 私  「”少し”か?」
 ちはや「そうやって価値観が少しづつ壊れていくのが不幸なの」
 美樹 「うぅぅぅ・・・・」

 アカネ「おいしい」

キャンプ場管理小屋:真っ暗な管理小屋の中 突っ伏している副部長(BGM:雨)
灯り一つ無い管理小屋の窓を車のヘッドライトが照らす
そしてブレーキの軋む音共に全ての灯りが消える
天空に瞬く星 星の降る中をタクシーから降りるLim

再びヘッドライトが管理小屋を照らし そしてエンジン音が遠ざかる
管理小屋の入り口をよぎるヘッジライトが一瞬人影を照らし
そして・・・また漆黒の闇が垂れ込める

 Lim「ここには灯り一つ無いのね」
 副部長「今日は日帰りの予定だったから灯りの用意はしてないわ
     それにここ(管理小屋)には火の気は置いてないから」

管理小屋に入ろうとする副部長

 Lim「待って それなら星灯りがある分 外の方が明るいわ」

カツン! 小屋の入り口で副部長が振り向いた拍子に何かがぶつかる

 Lim「あなたの部長さんが心配してたけど その様子なら心配なさそうね」
 副部長「部長が? 心配?」
 Lim「部長さんが”部員をよろしく”って」
 副部長「それと私にどんな関係が?」
 Lim「部長さんが”よろしく”って 私に頼んだ部員は1人だけしょ
     トライやアカネちゃんはむしろ私の身内だし
     遭難した部員さんとここで私が会う事はまず無いし・・・・
     だから あなた1人」
 
 副部長「部長はそんなに繊細な人じゃないわ」
 Lim「そう? かなりの曲者だと思ったけど」
 副部長「部長が私を心配?」

 Lim「で、後ろに隠してる木刀はなんとかしてね」
 副部長「!!って この暗がりでよく判るわね?」
 Lim「気配で・・・・・」
 
管理小屋の中に消える副部長 星の雨が降るキャンプ場
木々に阻まれて街の灯りすら届かない闇に佇む少女に星の雨が降る

 Lim「トライ・・・・・あなたも今この星を・・・・」
 副部長「ねぇ お腹空いてない?」

木刀の替わりに冷めたカレーの鍋を抱えて小屋から出てくる副部長

 副部長「冷めちゃったけど でも彼が仕込んだカレーよ」

住井から渡されたコンロとバケットを炊事場脇の簡易テーブルの上に置くLim

 副部長「呆れた・・・よくこんなモノ用意する時間があったわね」
 Lim「私の情報屋は優秀だから」
 副部長「みたいね」

携帯コンロに火が灯る コンロの灯りが2人の少女の顔を照らす
この刹那(せつな)に そして永遠(とこしえ)に
少女達の上に星の雨が降る

 
翌朝 管理小屋:粗末なペットに寄り添うように丸くなっているLimと副部長(BGM:雪のように白く)

 副部長「うぅぅ・・・寒い・・・・カビ臭い・・・」

もぞもぞと毛布を巻き込む副部長 毛布をはぎ取られるLim

 Lim「くしゅん・・・・・あぅぅ・・・寒い」
  
ベットから這い出すLim

 アカネ「リムさんおはよー」
 Lim「・・・あ・・?・・・アカネちゃん?・・・・・くしゅん」
 
キョロキョロと辺りを見回すLim

 Lim「・・・え!?・・・アカネちゃん!!・・・・・と、トライは?」
 副部長「あ・・・・何? リムさん?」 

毛布に丸まって起き出してくる副部長 

 アカネ「副部長もおはよー えっと副部長を迎えに来たんだけど・・・
     どうしてリムさんが副部長と一緒にいるの?」
 Lim「トライが私を呼んだから来たのよ トライは何処?」

 アカネ「先輩達は下の広場で幕営してるわ
     私は副部長を迎えにと・・・後、登山道に出る道探すのと・・・・」

 副部長「あぅぅ・・・・カビ臭い」 
 Lim「・・・そんなカビ臭い毛布に丸まってるから」

 副部長「あ・・・・里村さん・・・・和泉さんは?」 
 アカネ「美樹ちゃんは無事よ それで副部長を迎えに来たの」 
 副部長「まったく・・・あなた達と来たら・・・・・いったい何者?」 
 Lim「そうね・・・人間に虐められる事に怯えて生きて来た小心者かしら
     おかけで、生き残る術と逃げ延びる術を普通より少し多く知っている」

 副部長「・・・・・・」 
 アカネ「寄り添う事でしか生きていけない私達だから・・・・・・」

ポリポリと頭をかくLim

 Lim「その分互いの絆は強いかな?」
 副部長「その絆の中心にいるのが彼? そう それがあなた達の・・・・」 

 アカネ「もう行こうよ先輩が待ってるよ」

山の中の広場:コッヘルを火にかけている私(BGM:見た目はお嬢様)
大きな方のシェルターから這い出して来るちはや
パタパタと服に付いた木の葉を払い落とす

 ちはや「おはよう 早いね」
 私  「おはよ 美樹ちゃんは?」 
 ちはや「まだ寝てる 疲れたみたいね・・・・
     何作ってるの?」

 私  「山菜の塩茹で」 
 ちはや「摘みに行ったの? 言ってくれれば手伝ったのに」
 私  「美樹ちゃんを独りにはしたくないから 私じゃ添い寝は出来ないし」 
 ちはや「あ・・・アカネちゃんは?」
 私  「キャンプ場に副部長を迎えに行ったよ」

 ちはや「永遠(とわ)を迎えに・・・・
     あの・・・あなたの目論見通りなら刹那さんもキャンプ場に来ているのよね?」

 私  「刹那か・・・・その名前で呼ばれるのをLimは嫌ってたな・・・・」
 ちはや「リムさんね・・・そう 相変わらずあなたは優しいのね」
 私  「どうだか・・・・」
 ちはや「優しさは闇 すべてを飲込む底無しの檻 でしたね」

ガサガサと茂みがざわめき Lim アカネ 副部長登場

 アカネ「先輩 みんなを連れてきたよ」

無言で視線を交差させるLimとちはや

 副部長「あの・・・和泉さんは?」

ゴソゴソと木の葉まみれの美樹がシェルターから這い出してくる

 美樹 「・・・あれぇ? ちはやさんが・・・・ふたりぃ????」
 副部長「和泉さん! 心配したんですからね」
 美樹 「・・・・・副部長???・・・・副部長!・・・あわわ・・ごめんなさいぃぃ」

パタパタと美樹の身体に付いた木の葉を落とし始めるちはや・・・・
 ちはや「手間のかかる子ね」

そんなちはやの様子をじっと見つめる副部長
 副部長「あなたは・・・・誰?」

ちはやは副部長と目を合わせずに美樹の木の葉を落としながら答える
 ちはや「神代ちはや これだけ言えば十分よね? 永遠」
 副部長「!!っ  そんな事って!!」
 ちはや「あら・・・”ちはや”にならこの程度の事は出来て当然じゃなくて?」

私の方に視線を投げる副部長
 副部長「だったら、あなたが”ちはや”だったらどうして彼と一緒にいるの!?」

美樹の木の葉を落とし終わったちはやは 山菜の塩茹でを一つ摘む
 ちはや「もうすべてが終わったから・・・」

塩茹でを頬張るちはや
 ちはや「これ ちょっとえぐいわね」
 私  「灰汁抜きはしてないから・・・少しぐらいは我慢して」
 ちはや「ふふ・・こんな人が敵だったなんてね」
 
天を仰ぐちはや そしてLimの方を向く 
 ちはや「刹那さん 彼は勝ったわ・・・・」
 Lim「その名前で呼ばないで私はLim」
 ちはや「自分の本名をそんなに嫌うモノじゃないわ刹那さん」
 Lim「・・・・・・」
 ちはや「とにかく彼は勝ったわ それを刹那さんあなたに伝えるのが・・・あなたとの約束」
 Lim「約束?」

私の方を向くちはや(BGM:風にひとりで)

 ちはや「闇夜に舞う黒揚羽 弄る者トライシーカー そして・・・・
     人の悪意を司る闇の裁定者 光の巫女ちはやの宿敵・・・・」

なぜ泣くのです 風が痛いから  なぜ口惜しがる  懺悔もないのに *  
しかたないだろ 大人になるなら 耐えるしかない  今日はひとり  *
なぐさめあって 何になる    居はしないのさ  そんな人    *
今日はひとり  風が吹く    そして  あしたは  きっと   *

副部長の方を向くちはや
 
 ちはや「永遠あなたもいずれ”ちはや”の名を継ぐ時が来るわ
     その時・・・・それでもあなたが永遠のままでいられたなら・・・
     ・・・いて欲しい・・・ここに居る彼のように」

私の方を向くちはや

 ちはや「あなたは最後の一瞬まで人間でしたよ」
 私  「”最後”ね 私の存在が消滅する最後? それとも私が人であり続ける事が出来た最後?」
 ちはや「いいえ、あなたのすべてが終わる最後 そしてあなたのはじまり」
 私  「結局・・・時の輪は終わらなかったと言う事か」
 ちはや「どうかしら? でも私は私の世界のあなたをこう呼びたい・・・・」

ちはやの話に副部長が割って入る

 副部長「私が”ちはや”を継ぐ時私のままでいるってどういう事?」
 ちはや「彼の事をよく見る事ね それでも最後まで人であり続けようとした彼の事を・・・・
     私は永遠のままでいられなかった・・・ちはやだから・・・人であった永遠を捨てて
     光の巫女になった・・・ちはや・・・だから・・・・」
 副部長「でも・・・それが神代の家に産まれた女の使命・・・・」
 ちはや「永遠 今のあなたにとって大切なモノがたった一つの大切なモノ
     神代の使命なんてどうでもいい ちはやを継いでも永遠であるあなたの
     大切なモノを守って行けばいい・・・・・」
 副部長「でも・・・巫女の使命は闇を討つ事・・・・・」
 ちはや「私は巫女の使命の為に部長を見捨てたわ」

副部長に淋しい微笑を向けるちはや

 ちはや「誰もがこう言ったわ 部長は正義の為の貴い犠牲だった・・・・と」
 副部長「!! 部長・・・・」
 ちはや「闇のあなたはこんな時どうします?」
 私  「ふ・・・使命なんて知った事じゃない 望んで継いだわけでもない・・・
     だから私は”守るべきモノ”よりも”守りたいモノ”を守るそれだけだ」
 ちはや「そう・・・私の世界のあなたもそうした・・・そして・・・・
     だから私はあなたを”世界の礎”と呼びたい」
 アカネ「いしずえ・・・・あ・・・先輩が礎なら・・・・
     世界は・・・もう無い・・・・先輩は新しい世界の礎・・・・」

 ちはや「彼は刹那さんに”必ず勝つ”と約束したわ 私は刹那さんに”彼の勝利を伝える”と約束した
     そして・・・・彼は私に”散華はしない”と約束してくれた」

Limの方を向くちはや

 ちはや「刹那さん 私はあなたとの約束を果たしたわ」

光の鉾を振り出すちはや そしてその鉾で空を打つ 水面の波紋のように光が広がる

 ちはや「彼は私に”帰れ”と言った・・・・でも”戻ってくるな”とは言わなかった
     だから私は彼の所に戻る・・・・彼は彼が焼き尽くした荒野に独りでいる
     ”散華はしない”と約束してくれた彼はきっと生きてる だから私は彼の所に戻る」
 私  「闇無くして光無し 光無くして闇も無し 所詮は表裏一体・・・か」

 ちはや「彼に私が不要でも 彼は私の半身 彼の所以外にもう私がいる場所が無い
     私は永遠で居続ける事が出来なかったちはやだから・・・・・」
 アカネ「先輩は自分を慕ってくれる人を見捨てたりしないよ」
 Lim「トライは底無しに優しいから」
 私  「そこまで人肌の温もりを恋しがるのか・・・・私は・・・・・
     淋しさと哀しみに裏打ちされたされた優しさなんて・・・・」
 Lim「トライはそれでいいの」

光の波紋の中に入っていくちはや

 ちはや「永遠、刹那さん 部長と彼をお願い・・・・出来れば世界を終わらせないで」
 副部長「・・・・・」
 Lim「・・・・・」

光の中に消えるちはや

 私  「さてと・・・朝飯食べて帰りますか  部長がきっと心配してる」

なぜ泣くのです 風が重いから  なぜ寂しがる  砂にまみれて   *
しかたないだろ 男になるなら  耐えるしかない 今日はひとり   *
あこがれたって 何になる    居はしないのさ そんな人     *
今日はひとり  風にのる    そして  あしたは  きっと   *

私の家 居間:袋菓子の包み 空きペットボトルが散乱する中に詩子(BGMは継続)

 詩子 「連絡一つしないなんていったいどーゆーつもり?
     帰ってきたらどうしてくれようかしら?」

ポキポキと指を鳴らす詩子

なぐさめあって 何になる    居はしないのさ  そんな人    *
今日はひとり  風が吹く    そして  あしたは  きっと   *


前編幕

*出典:「劇場版機動戦士ガンダム 哀戦士編」より 「風にひとりで」


〜 あとがき (い)〜

「轍」は茜ルートの最後のシナリオになります
と言う事で茜の悪口を少しばかり・・・・

私が茜のセリフで嫌いなのは「それなのに…あの人は… 帰ってこなかった…」
茜ちゃん過去完了しないでよ・・・出来ればそのセリフは今際のきわに言って欲しかった

幼馴染君が消えたのが何時かと考えると・・・・
詩子が最近茜の元気が無いって言ったのは12月 前に茜に会ったの1ヶ月前
茜が元気だったのは最近よりもちょっと前・・・・
元気が無くなった理由が幼馴染君の消失だとすると

月に1回程度しか茜と詩子が会ってなかったとしても
「最近」の限度は数ヶ月前だと思う・・・・幼馴染君の消失は早くても高校2年の夏が限度

それに毎年クリスマスパーティやってたのなら・・・・茜 高1のクリスマスには
幼馴染君は現存していたはずだし・・・・・・詩子の感覚がぶっとんでたとしても
幼馴染君の消失は高1のクリスマス後だと思う・・・・

茜ちゃん半年(もしくは1年)程度しか待ってなくて・・・・「帰ってこなかった…」って断言しないで
うーむ・・・・この辺が「礎」で茜がいぢめられている理由だったりします
(被害妄想が強いキャラになっている茜ちゃん)

で・・・昔見た時代劇のセリフ「半年もほっときゃ女だって心変わりする」

「詩子は茜の教室の場所を知らない」と言うONE本編の設定があるので
高校2年生が舞台の学校内には詩子を出すのはまずいし
茜の教室には絶対に出せないし・・・・
となると・・・・学校が舞台の「轍」でONE本編のキャラが茜だけになってしまう
しかも茜は出番が少ない事に意味のあるキャラだから・・・・
(幼馴染にも友達にも疎外され壊れていく茜とか・・・)

茜親衛隊の補充となるのですが浩平と瑞佳を出すと話が多分破綻するので没
七瀬と繭はまだこの世の人では無いので没
でも・・・みゅ〜と戯れる繭というもの捨てがたいかも・・・・
裏山は繭とみゅ〜との遊び場(現実逃避の場所)だろうし
「礎」の時代にはみゅ〜は生きているはずだし・・・・
で、残ったのがみさき先輩と澪・・・・みさき先輩が浩平以外の人間に
どーゆー態度をとるのかが想像できない・・・・
澪は澪で怒った時とか不機嫌な時とかどんな態度をとるんだろう?

そんなこんなで澪のSSを読み漁ってはみたが・・・参考にならない
澪って極普通の知人に対してどんな態度をとるんだろう?
うーむ・・・頭痛い でもみさき先輩はまったく手におえないので没

神代ちはや Limルートで敵として登場する人物で「轍」では顔見せだけ(?)です
副部長とは別人(?)で副部長は次のちはや(世襲の名前なんで)です
副部長の本名(ちはやの幼名)が「とわ(永遠)」だと言ってしまうと・・・・
Limルートのネタ晴らしになるとか・・・ならないとか(詳しくは古典落語の「千早ふる」をどうぞ)
「ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれないに水くくるとは」
へい元ネタは百人一首ではなくて「千早ふる」だったりします・・・・ぐむむむむ

「私」のキャラ設定についての失敗・・・・「私」は性別不詳のキャラでした
(ONE本編の茜のセリフに幼馴染君の性別を明示したのが無かったので)
でも・・・そうなると、ヒロイン達が変態集団になってしまうので・・・・
結局男を暗示させるキャラに落ち着いてしまいました・・・・
(幼馴染は実は女の子で茜にそーゆー趣味が有ったという妖しげな展開も
 正常な嗜好の持ち主の幼馴染ちゃんは茜に迫られて・・・
 茜の手の届かない世界に逃げてしまいましたとさ めでたしめでたし)

テキストベースだからこそ性別不詳のキャラが作れる
(例えば漫画だと制服がスカートかズボンかで性別がわかっちゃうし)
と言う事で、部員1、2が性別不詳キャラの再挑戦です
(特に脳味噌が腐ってる部員2は私の好み)

あはは・・・ 〜 尾根 輝く季節へ 〜 はLimルート 灯:永遠シナリオのエンディング(エピローグ)です
訳わかんない所は灯:永遠シナリオを御期待下さい・・・・
(その前にアカネシナリオの後編があって、灯:刹那シナリオがあって・・・)
〜 尾根 輝く季節へ 〜 は長いのでいくつかに分けようと思ったんだけど・・・・・・サブタイトルが
「尾根 輝く季節へ」以外に考えられなくて・・・・かといって(1),(2),(3)・・・・・
ってのもしっくりこなくて・・・・・だから読み辛くなるんだってば

次回予告 礎:轍 (WADACHI)・アカネの物語 後編

ちゃんちゃん


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