礎 (ISHIZUE)〜轍 (WADACHI)・アカネの物語 後編 〜

〜 第2章 炎のさだめ 〜

 〜 夢の跡 〜

喫茶ぬくれおちど:私 茜 詩子 Lim アカネ(BGM:潮騒の午後)

 詩子 「無事なら無事と連絡ぐらいしなさい」
 私  「はぁ・・・見てのとーり無事です」
 詩子 「何よ!その態度は!!」
 私  「・・・・とは言われても、私とアカネが遭難したんじゃなかったんだけど・・・・」

 詩子 「え??? でも昨日リムさんが・・・・」
 Lim「詩子ごめん トライ達は迷子になった部員を探すのに残っただけだったんだって」 
 詩子 「・・・・・心配のし損???・・・・まったく」

何杯目かのコーヒーを一気に飲み干す詩子

 詩子 「・・・・まった・・・く・・・・」
 茜  「遭難って何ですか?」
 私  「山や海で迷子になる事を言うんだな」
 茜  「そういう事を聞いているんじゃありません 昨日何があったんですか?」
 私  「Limが言ったとーり 山で迷子になった部員を探してただけ 特に何も・・・・」
 茜  「何もって・・・それは大変な事じゃないんですか?」
 私  「そうなの?」
 茜  「そうです!」

 アカネ「詩子さん・・・寝てる・・・・」

アカネの隣でテーブルのコーヒーカップに手をかけてまま寝息を立てている詩子

 Lim「詩子 トライの家で待機するって言ってたけど 一晩中起きてたの?」 
 茜  「詩子ったら 安心して・・・」

 Lim「アカネちゃん トライと席替わって」 
 アカネ「え??・・・はい????」

私と席を替わるアカネ トンと詩子を突くLim バランスを崩した詩子が私にもたれかかる

 Lim「頑張った御褒美 誕生パーティの時も無理してたみたいだし」 

ゴシゴシと自分の顔を私の服にこすりつける詩子

 アカネ「詩子さん・・・・何してるの?」
 Lim「トライの匂いを確かめているんじゃない? なんか行動が動物的よね」 

私の服の肩の飾りボタンが詩子の頬を擦る

 詩子 「痛・・・・・」

顔を上げる詩子

 私  「詩子 おはよー」
 詩子 「・・・・・あ????・・・・・」

顔を伏せてまた私の服に顔ゴシゴシとこすりつける詩子

しばらくして・・・・がばっと顔を起こす

 詩子 「あ、あ、あたし・・・今 何してた?」
 私  「多分 マーキング」

 詩子 「マーキングって・・・・ちょっと あんた離れなさい!」
 私  「詩子暴れるな ただでさえ4人掛けのテーブルに5人いて狭いのに」
 詩子 「がぁぁぁぁ あぐぐぐぐぐ」

 Lim「詩子 昨日寝てないんでしょ? ちゃんと寝たら?
     寝心地の悪そうな座椅子もある事だし」

私の方に詩子の背中を押すLim

 詩子 「第一なんであんたが隣に居るのよ? あたしの隣はアカネだったでしょうが!」
 アカネ「だって3人で座るの狭いんだもん」
 
テーブルを挟んで長椅子の対面1人掛けの椅子にそれぞれ座っている茜とアカネ

 私  「だから静かにしろ」

詩子の頭を押さえる私

 詩子 「だって・・・静かになんか したら・・・あ・・たし・・・・」

動かなくなる詩子

 Lim「あらま・・・もう? だからコーヒーがぶがぶ飲んでいたのね」
 私  「目が覚めたら胃がムカムカするとか言い出しそうだな」

詩子の頭を肩に乗せている私

 茜  「胃薬です 目が覚めたら飲ませてやって下さい」

”胃薬”の言葉に反応する詩子

 詩子 「うぅぅぅ」

銀色の包みをテーブルの上に置く茜

 アカネ「詩子さんうなされてる・・・・茜さん・・・胃薬なんか持ち歩いてるの?」
 茜  「このぐらいはたしなみですから」
 私  「詩子 暴飲暴食が過ぎると潰瘍になるぞ」
 茜  「そこまで面倒見きれません」

 Lim「胃潰瘍 胃癌 胃下垂 胃拡張 胃ポリープ 慢性胃炎 胃酸過多症・・・・・」

詩子の耳元で優しく囁くLim

 詩子 「・・・・あうぅぅ・・・・」
 茜  「詩子の顔色が悪くなってきました」
Lim「じゃトライ後はお願い」
 私  「Lim おまえ・・・・」

Lim「やっぱり座ったまま寝てたら胃を圧迫するよね」
 アカネ「私達 話す事まだまだいっぱいあるから」

 私  「はいはい この粗大生ゴミを邪魔にならない所に捨ててくればいいんだね」

詩子を抱きかかえて私退場

 アカネ「あ・・・胃薬忘れてる・・・・」
 茜  「冗談です」

胃薬の包みを裏返して見せる茜

 Lim「これって・・・・」

テーブルの上 スティックシュガーの隣にあるダイエット甘味料の包みを取るLim

 Lim「これ?」
 茜  「はい」
 アカネ「いったいいつの間に・・・・」
 茜  「こうでもしないとあの人は動きませんから」 

私の家 居間:ソファーに横になっている詩子
ゴミ袋をもって散乱した菓子袋やペットボトルを集めている私
(BGM:乙女希望)

 詩子 「・・・・あれ? ここ何処?」

ソファーから身体を起こし周囲を見回す詩子

 詩子 「・・・・!っ あたしここまで運ばれて気が付かなかったの?」
 私  「死んだように眠ってたよ」
 詩子 「昨日眠れなかったのいったい誰のせいだと思ってるの!!
     ・・・・・まった・・・う!っ」

胸に込み上げてくるモノに堪らず口を押さえて駆け出す詩子
キッチンから褐色ビンと透明の液体が入ったガラスビンを持ってくる私

蒼い顔して戻ってくる詩子 詩子の前に褐色ビンを置く私

 私  「はい 胃薬」
 詩子 「ううぅぅぅ・・・・これの何処が胃薬?
     あたしがアカネにプレゼントした奴じゃない・・・・」
 私  「でも茜の所じゃこれが胃薬みたいだけど」

詩子の前に鎮座するアスパルチルフェニルアラニンメチルエステル(パルスイート)の褐色ビン

 詩子 「うっぷ・・・・だめ・・・・」
 私  「それじゃこっち」

ガラスビンの液体をコップに注いで詩子に手渡す

 詩子 「何?」

胡散臭そうにコップを受け取る詩子

 私  「ソーダ えっと無糖炭酸水 荒れた胃で薬を飲むよりはいいと思って」
 詩子 「あ・・・ありがとう・・・・」
 私  「ちょっと辛いから気を付けて」

ソーダを口に含む詩子 ピリピリと炭酸の刺激が舌を刺す

 詩子 「うん・・・ちょっと辛い・・・・」

ソファーに腰掛けてソーダをちびちびとやり始める詩子
その詩子の動きがだんだん緩慢になってくる

 詩子 「ねえ・・・・隣に座って・・・・・」

詩子の隣に座る私 私の肩に頭を預けて くすんと鼻を鳴らす詩子

 詩子 「無事で・・・よかった・・・・しんぱ・・・い・・・したん・・だ・・・・よ・・・・・」

また寝息を立て始める詩子
      ・
      ・
      ・
      ・
喉を渡って胸で何かがパチパチとはじける感覚に詩子の意識がゆっくりと戻る 唇に温かいモノが重なる そして

 詩子 「あ、あ、あ、あ、あんた な、なにやってんのよ!!」

ソファーから飛び退く詩子

 アカネ「何って 炭酸水 気が抜けちゃうよ」   

コップとガラスビンを持って詩子に被さっていたアカネ

 詩子 「え? アカネだったの・・・・え? え?」
 アカネ「先輩だと思った?」
 詩子 「ば・・・馬鹿なこと言わないで あ、あ、アカネあんたいつから居たの?」
 アカネ「えっと詩子が鼻を鳴らして先輩に甘えてたあたりから・・・・」
 詩子 「うぅぅぅ・・・・・」

 アカネ「それで先輩 私そろそろ姿見せてるの限界」
 私  「今までぶっ通しだったからね ご苦労様」
 アカネ「それで先輩と一緒に居てもいい?」
 私  「えっと・・・・」
 アカネ「詩子はあんなに甘えさせたくせに 私はダメなの?」
 私  「まぁいいか」
 アカネ「先輩 ありがと」

私の身体とアカネの姿が重なりそして消える

 私  「それで詩子胃の具合は?」
 詩子 「あ・・・うん もう大丈夫みたい」
 私  「それから、そのソーダ結構炭酸強いから ゲップは我慢しない方が・・・・・」
 詩子 「いっ!!」

両目に泪を浮かべている詩子

 詩子 「ふえぇ〜 そういうことは・・・・先に言ってよぉ・・・・ぐすっ・・・」

山道:息を切らしながら走っている美樹(BGM:海鳴り)

 美樹 「はぁ はぁ はぁ みんなは何処? 部長 先輩 アカネ みんな何処?」

薄暗い木々の合間 頭を抱えた美樹が走り抜ける

 美樹 「足が痛い・・・・誰か助けて・・・・ちはやさん 副部長」

 転落で脊椎を痛めた美樹ちゃんは全身不随の寝たきり生活になった

不意に美樹の足下の感覚が無くなりそのまま落ちていく

 美樹 「いやぁ!!」

美樹の部屋:ベットの上で脂汗をかいている美樹

 美樹 「・・・・・いやぁ」

両肩を抱いてベットに倒れ込む美樹

5月 5日登山部部室:登山部一同(BGM:偽りのテンペスト)

 副部長  「部長 処分は?」
 部長   「誰の?」
 副部長  「そうやっていたぶるのは・・・・止めて下さい」
 部長   「そうか・・・・処分か・・・・・」

コンコン 登山部のドアを内側からノックする家庭部長

 家庭部長 「実習室空いてるわよ 続きは向こうでやったら?」
 副部長  「今日は休みなのにどうして?」 
 家庭部長 「さて、どうしてかしらね そう言えば隣の部室も騒がしかったわ」
 
 部長   「ありがたく使わせてもらうよ こんな時ここは辛気臭くていけない」

暗転

家庭科実習室:登山部一同 家庭部一同 

 副部長  「部長・・・・」
 部長   「処分の話ね」
 副部長  「はい・・・・・」

 部長   「じゃ、美樹ちゃん 走り込みね 流石にあの程度で足が痛くなるようじゃ ちょっとね」
 副部長  「え?」

 部長   「今日美樹ちゃん顔色悪いから 体調が良さそうな時に言うつもりだったんだけど
       副部長は厳しいなぁ」
 副部長  「部長・・・・私の処分は?」
 部長   「なんで?」
 副部長  「だって私のせいで」
 部長   「で 登山部員がシェルター作って幕営して なにか問題あるのかな?
       副部長は立派だったよ」
 副部長  「私が?」
 部長   「選抜登山で生意気だった新入部員3人を 急遽再教育する為の
       幕営実習を成功させたんだからね」

 家庭部長 「あははは・・・まったく・・・食えない人ね」
 
 部長   「何か問題があったとしたら 美樹ちゃんの足が痛くなった事かな?
       登山は一般的なスポーツと使う筋肉が違うから 慣れて貰わないと」
 副部長  「それでは私の責任が」
 部長   「でも僕は学校にそう報告するつもりだよ」
 副部長  「部長・・・そうゆうの・・・私・・・」
 部長   「嫌いかい? でも僕にはこのやり方しか出来ないからね」

 あなたの部長さんが心配してたけど その様子なら心配なさそうね
              ・
              ・
      私は巫女の使命の為に部長を見捨てたわ
              ・
              ・
 永遠 今のあなたにとって大切なモノがたった一つの大切なモノ

 副部長  「部長の・・は・必ずしも・・・正しい・・・事では・・・無いから」
 部長   「結果オーライで良しとしてくれないかな?」
 副部長  「部長!」
              ・
              ・
      私は巫女の使命の為に部長を見捨てたわ
              ・
              ・
 副部長  「あ・・・私・・・」
              ・
              ・
 永遠 今のあなたにとって大切なモノがたった一つの大切なモノ
              ・
              ・
 部長   「力関係が対等でないなら 正攻法は使えない
       相手よりも強大な力を備え そして その力で相手を押し潰す
       それが正々堂々と呼ばれるモノの正体」

 副部長  「部長・・・・」
 部長   「そして 人はその力を手に入れる為に自ら自分の大切なモノを売り渡す
       でもそれは・・・・僕には・・・・出来なかった事だ」
 副部長  「部長?」

 部長   「そんな僕でも 僕のやり方で護れるモノはきっとあるさ」

 家庭部長 「妬けるわね もしも あなたが処分されたらどうなると思う?
       それはね 遭難事故が起きたのを認めると言うこと
       そうなったら登山部はどうなるの?
       で、クラブ存続の規定部員数に足りない私達家庭部は?」
 副部長  「でも嘘は・・・・」

 家庭部長 「嘘・・・ね ねぇ遭難事故って本当にあったの?
       私は美樹ちゃんが迷子になったとしか聞いてないけど
       ”事故”って本当にあったの?」

 部員2  「今回”事故”にはならなかったね」

 家庭部長 「私なら自分の部員に”起きていない事故”の責任なんて取らせたりしない」
 副部長  「和泉さんは!」
 家庭部長 「迷子になった美樹ちゃんにあなたの部長が出した指示は走り込み
       私は迷子になった事は美樹ちゃんの責任だと思うわ
       その判断はあなたの部長も同じじゃないの?」
 部長   「そうだな」
              ・
              ・
      私は巫女の使命の為に部長を見捨てたわ
              ・
              ・
 副部長  『私は・・・部長を許せなかった・・・
       たぶん・・・ちはやの時も部長はきっと私を庇ってくれた
       でも・・・きっと・・・私は  それが許せなかった』

 家庭部長 「妬けるわね 庇ってもらえるなんて」

 副部長  「!・・・・」

 家庭部長 「事実の通り 事故なんてなかった」
 副部長  「・・・・ええ」
              ・
              ・
 永遠 今のあなたにとって大切なモノがたった一つの大切なモノ
              ・
              ・
 副部長  「私の・・・一番・・・大切な・・・・モノ・・・・」

 雪見   「神代が落ち込んでるんだって?」

雪見、澪 登場(BGM:無邪気に笑顔)

 副部長  「雪ちゃんまで・・・どうして?」
 雪見   「”どうして?”って 神代 あなた友達甲斐のないこと言うのね」
 副部長  「あ・・・・」

俯く副部長

 雪見   「そうやって1人で背負い込もうとする あなたは何者?
       正義の味方? 伝説の英雄? 17歳のただの女の子でしょ?」
 副部長  「ううん 悲劇のヒロイン」
 雪見   「それだけ?」
 副部長  「それだけ ただ 悲劇のヒロインに憧れてただけ・・・・
       現実は・・・・常識知らずの部長と問題ばかり起こす部員に
       頭が痛いだけの副部長」

 澪    『アカネちゃんいないの?』

美樹に尋ねる澪 ぼーっとしている美樹

 澪    『アカネちゃん・・・いないの?』
 美樹   「・・・・・」
 澪    「アカネちゃんいないの?」 スケッチブックを美樹に向ける澪

 美樹   「・・・あ 澪ちゃん・・ごめん 私 ボーっとしてた
       アカネ? あれ? アカネは?・・・・・」
 私    「アカネは今日は休んでる 登山でちょっと疲れたみたいだ」
 澪    『アカネちゃん大丈夫なの?』
 私    「一日休んでいれば平気だろ」
 
 澪    『澪ちゃんも顔色わる・・・・』
言葉を続けるのを止めてスケッチブックを広げて文字を書き始めようとする澪

 美樹   「澪ちゃん大丈夫 ちゃんと見えてるから
       私ちょっと夢見が悪くて・・・それでね」

無意識に自分の両肩を抱く美樹 その様子を心配そうに見つめる澪
澪が私の顔を見上げる そして 唇を動かさずに

 澪    『先輩 なんとかして欲しいの』
 私    「美樹ちゃん 腕相撲しようか?」

美樹の前に右手を差し出す

 美樹   「先輩? 何を?・・・・・」
 澪    『そんなことを言いたかったんじゃないの』 

ポカポカと私の背中を叩く澪

 私    「澪ちゃん こんな時のスキンシップは女の子同士の方がいいと思うよ
       あるいは美樹ちゃんの恋人か・・・・」
 美樹   「スキン・・・・シップ?」
 私    「どうして美樹ちゃんは自分で自分の身体を抱いているのかな?」
 美樹   「え?」

自分の肩に回っている自分の腕に気が付く美樹

 美樹   「あ・・・私・・・」
 私    「私が相手をするんじゃ腕相撲がスキンシップの限度だと思うけど」

俯いて少し考え込む美樹 そして

 美樹   「先輩 腕相撲しましょ ただし先輩は左手 私は両手」

家庭科実習室の一画 3畳の畳が敷かれたエリアに私と澪を先導する美樹
畳に肘を付いて両手で私の左手を抱え込む美樹
捲られた私の袖から痣が覗く

 美樹   「大きな痣」

私の痣を見て少し身を引く澪

 澪    『先輩の痣 哀しい思い出がいっぱい』
 私    「でも 大切な思い出さ」

痣の上を指でなぞる澪

 澪    『優しい思い出もいっぱい・・・・』
 美樹   「レディー ゴー!!」

かけ声と共に両肘を開いて私の左腕に体重を乗せて真下に押しつける美樹

 美樹   「勝ったぁ!!」
 私    「これじゃ右手でも勝てない・・・・・・」

(BGM:虹をみた小径)
 アカネ  『卑怯者!』

 美樹   「あ、アカネ?」

キョロキョロと辺りを見回す美樹

 アカネ  『美樹ちゃんここだよぉ』
 美樹   「え? どこ?」
 澪    『美樹ちゃん どうしたの?』
 美樹   「え? 澪には聞こえないの?」
 澪    『なにがなの?』

 アカネ  『美樹ちゃん私は先輩の中だよ』
 美樹   『え? アカネは今日休みだって・・・・』
 アカネ  『だからここで休んでるの 私2日ぐらいしか続けて姿見せてられないから』
 美樹   『あの・・・先輩についてるの?』
 アカネ  『先輩は私の宿主』
 美樹   『なんか・・・寄生虫みたい』
 アカネ  『うぅぅぅ・・・・美樹ちゃん酷い』

 美樹   『でも・・・』
 アカネ  『でも・・・なに?』
 美樹   『登山の時から アカネの態度が変わったね』
 アカネ  『あ・・・うん』
 美樹   『やっと 私は認めて貰えたのかな?』
 アカネ  『うん・・・・まぁ・・・』

 澪    『美樹ちゃん・・・目の焦点が合ってないの』
 美樹   『え???? あれ?? 身体が・・・動かない・・・・』

左手で美樹の手を握ったまま 右手で美樹の虚ろな瞳を閉じる私
そして畳の上に美樹を横にする
腕相撲からの様子を眺めた雪見は家庭部長に何かを耳打ちする
雪見と家庭部長連れ立って退場

 美樹   『アカネ 私に何したの?』
 アカネ  『何もしてないよ?』
 美樹   『だって・・・私・・・・』
 アカネ  『寝てる?』
 美樹   『・・・・みたい』

 アカネ  『美樹ちゃん安心したんじゃないの? 先輩の手握ったまま離してないし』
 美樹   『安心した??? 不安だった? ・・・・昨日の夢・・』
 
 足が痛い・・・・誰か助けて・・・・ちはやさん 副部長

 アカネ  『あ・・・えっと・・・・その』
 美樹   『今の見えたの?』
 アカネ  『うん ごめん見ちゃった』
 美樹   『先輩ともそうなの? 夢が見えたり 考えてる事判ったり・・・・』
 アカネ  『一緒にいる時はそう 先輩はあまり隠そうとはしないし』
 美樹   『そうなんだ』
 アカネ  『でも・・・真っ暗な所も多いんだ 見えるんだけど・・・・真っ暗・・・・』
 美樹   『何となくだけど 判る気がする 真っ暗な所って』

家庭科準備室から肌布団を持って出てくる雪見と家庭部長

 部員1  「そんなモノまであるの?」
 家庭部員3「ここは家庭科実習室で私達は家庭部なのよ」

ツンと誇らしげに胸を張る家庭部員3

 部員2  「普段アレをいったい何に使ってるのかしら?」

 雪見   「上月さんこれを美樹ちゃんに掛けてあげて」

肌布団を澪に手渡す雪見(BGM:無邪気に笑顔)

 澪    『判ったの』
 私    「澪ちゃん困った 美樹ちゃんが手を離してくれない」

私の左手を両手でしっかり握って眠る美樹

 澪    『スキンシップなの』

美樹に肌布団を掛けて美樹の背中を撫で始める澪
澪に撫でられて背中を丸め始める美樹 美樹の両手の力が緩む 左手を引き抜く私

 私    「澪ちゃんありがとね」
 澪    『どういたしましてなの』

澪に撫でられてどんどん背中が丸くなる美樹 美樹の口がもごもごと動く

 アカネ  『今なんて言ったの?』 
 美樹   『・・・・えっと・・・・判らない・・・』
 アカネ  『美樹ちゃん眠い?』 
 美樹   『あ・・うん・・・なんか・・・気持ちよくなって・・・きちゃった・・・』

もごもごと動く美樹の口からツツーっと滴が落ちる
畳に落ちたそれを自分のハンカチで拭いて そのままハンカチを美樹の口元にあてる澪

 美樹   『・・・・やだ・・・・・私・・・・よだれ・・・』

もごもごと動く美樹の口元を見ている澪

 澪    『寝言なの?』

美樹の口元に顔を寄せる澪

 部員2  「きゃぁ! 澪ちゃんって大胆」
 部員1  「そんなわけ無いでしょ あんたは・・・もう」

 澪    『”ありがとう”・・・・・・』
寝言への返事の代わりに美樹の背中をトンと叩く澪
それを合図に首を身体に織り込んで一段と身体を丸める美樹
そんな美樹の様子に目を細めながら美樹の背中を撫で続ける澪

 美樹   『・・く・・・ふぅ・・・・』
 アカネ  『美樹ちゃん寝ちゃった?』
 美樹   『・・・・・・・・』
 
 アカネ  『先輩 私 美樹ちゃんに当分憑依いてるから』
 私    『判った それじゃよろしく』

(BGM:日々のいとまに)
 家庭部員2「ねぇ彼氏 今日は何を用意したらいい?」

1度美樹の方に視線を投げて家庭部員2の方を向く私

 私    「牛乳とバターとオートミールとプレーンクラッカー」 
 家庭部員2「ミルク仕立てのスープね」
 私    「美樹ちゃん身体も弱ってるみたいだし 食欲も無いだろうし」 
 家庭部員2「えーっと 注文の品以外に 生クリームとヨーグルトとチーズ一式と
       乾燥マッシュポテトと乾燥パセリとコーンスターチは
       ストックがあるから必要なら使って
       後・・・・牛乳は・・・・・」

実習室にいる人間の頭数を数える家庭部員2

 家庭部員2「12人だから 牛乳は1リットルでいいよね
       それと 私達はスープだけじゃ足りないから トーストとハムエッグぐらい?」
 家庭部員1「私達の担当がハムエッグじゃ彼に負けてない?」
 家庭部員2「勝ち負けの問題じゃ無いと思うけど」
 家庭部員3「美樹ちゃんがスープとトーストぐらいしか受け付けられないのでしたら
       華美なサイドメニューは良ろしくないわ」
 家庭部員2「彼氏 タマネギは要らない?」
 私    「オニオンスープになると匂いがきつくなるから
       それとフードプロセッサは使いたく無いし
       オートミールは原型を残した状態にしておきたい」 

 家庭部員2「どうして? タマネギとオートミールはすりつぶしてスープに合わせるのが定石でしょ?」
 私    「食べるって感触も美樹ちゃんに残しておきたい」
 家庭部長 「あなた達 もう勝負あったんじゃない? それで・・・足りない材料は?」
 家庭部員1「手分けして買い出しに行くとして 牛乳と食パンと卵とハムとクラッカー」
 家庭部員2「・・・・これって全部コンビニで揃わない?」
 家庭部員3「侮れないですわね・・・・登山部」

家庭部員買い出しの為に退場
私の所に歩いて来る副部長(BGM:追想)

 副部長  「あ・・・その・・・・ちはや の事なんだけど」
 私    「私も ちはやを直接知ってるわけじゃ無いよ」
 副部長  「????・・・なら・・・どうして???」
 私    「私の誰かがちはやと逢っているんだろうな」
 副部長  「あなたの・・・・誰か・・・・そう・・・・・
       あなたはもう継いでいるんですね」

 私    「さあね 私自身はそんなもの継いだ覚えは無いんだがな
       それで ちはやの事って?」
 副部長  「いえ・・・あなたがちはやを・・・私の行く末を知っていると思って」
 私    「あれがその行く末じゃないのかな? ”あの”ちはやの」
 副部長  「私の・・・・」
 私    「違うよ 副部長じゃない ”あの”ちはやの・・・ね」

私と副部長の様子を遠目で眺めている部長

 副部長  「あのちはやも”私の誰か”でしょ?」
 私    「それでも同じ未来に辿り着く事は無いと思うよ」
 副部長  「でも・・・・」
 私    「副部長 だから私は今ここにいる ”未来を信じていた”から」
 副部長  「・・・・」
 私    「次は少しぐらいは良くなるって 同じ結果だけは出さないってね」
 
 副部長  「だけど ちはやはここにはいない ちはやはあなたではないから」
 私    「ちはやはいたじゃない 副部長に何かを伝えに来たんじゃないの?」
      ・
      ・
      ・
  永遠あなたもいずれ”ちはや”の名を継ぐ時が来るわ
  その時・・・・それでもあなたが永遠のままでいられたなら・・・
  ・・・いて欲しい・・・ここに居る彼のように
      ・
      ・
      ・
 副部長  「・・・・・部長の・・・事・・・」
 私    「なんか部長こっちを睨んでるし」

私と副部長に気付かれて視線を逸らす部長

 副部長  「ちはやが私に伝えたかったのは部長の事 きっとそう」
 私    「そんなもんかな ”あの”ちはやの世界とは少しは違った未来になるんじゃないの」
 副部長  「もう一つ聞いていい? どうしてあなたはあなたなの?」
 私    「私が私である理由ですか・・・・
       ”使命”ってなんだろうね? 使命がある それは
       使命を課した奴がいる・・・そして、使命を課せられた奴がいるって事」
 副部長  「闇を討つ巫女の使命」
 私    「副部長 私はどうあるべきだった? ちはやの宿敵である私は
       どういう人間であるのが相応しかった? それが私に課せられた使命」

 副部長  「ちはやの宿敵は・・・・悪の・・・」
 私    「最初の私はそうはなれなかった・・・・そんなに強い人間じゃなかった
       多分それが私が私である理由
       そして・・・・未だに迷い続けてる 私なりの正解を求めて
       何百世代も重ねて 幾万幾億の夜を時の輪の中で迎えて」

 副部長  「信じられるモノが何も無い? あなたの使命でさえも」
 私    「信じてはいるさ”使命を課した奴が居る”って
       そいつを許せない事も いずれ決着は付ける・・・・・・出来れば私の代で」
 副部長  「無理ね 決着を付けたのは多分・・・・”あの”ちはやの世界のあなた」
 私    「そうなの・・・かもな・・・・」

 部員2  「部長 2人が気になります?」
 部長   「副部長が彼を選ぶのなら僕はそれでも構わないよ」
 部員1  「部長 それは邪推ですよ」
 部長   「そうかな? あの2人普通じゃない気がするよ」
 部員1  「だとしても副部長が選ぶのなら部長ですよ」
 部員2  「副部長が誰かを選ぶ事があるのなら」
 部長   「それが一番の問題かな?」
 
買い出しに出ていた家庭部員達が戻ってくる 実習室で昼食の準備が始まる
調理台の上に食材と ペットボトルと袋菓子が並べられる

チキンブイヨンでオートミールを煮込んでいる私
手分けしてハムエッグを作っている家庭部員達(BGM:乙女希望)

 家庭部員2「彼氏の鍋の方はいいとしても 12人分のハムエッグは大変ね」
 家庭部員1「人手が欲しいわね」
 家庭部員2「ねぇ 演劇部の彼女 手伝ってくんない?」

畳に座って眠っている美樹の背中を撫でている澪に声を掛ける家庭部員2
美樹の背を撫でるのを止めてコンロのある方へ行こうとする澪

澪の手が離れて身をよじる美樹

 澪    『美樹ちゃん』

美樹に手を添える澪 首を横に振って家庭部員2に拒否の意志を示す

 家庭部員2「しかたないわね ちょっとハムエッグが冷めるわよ」

澪に向かってウインクする家庭部員2

また身をよじる美樹

 美樹   『いい匂い・・・』 
 アカネ  『目が覚めた?』
 美樹   『ダメ・・・まだ寝てるみたい・・・・
       あれ? 先輩は?』 
 アカネ  『お昼作ってる』
 美樹   『・・・お腹・・・すいた』 

 アカネ  『朝食べてないんでしょ?』
 美樹   『うん食欲無くて』 
 アカネ  『でもお腹空いたのね 私もお腹空いたな』
 美樹   『大丈夫?』 
 アカネ  『うん 私生身の身体は無いから 食べなくても
       平気なのは平気だけど・・・・・お腹は空くの』
 美樹   『以外と不便なのね』 
 アカネ  『あのポップコーンだけでも欲しいな・・・・・』

調理台に置かれた袋菓子に視線を投げるアカネ
もぞもぞと動く美樹を手に余し始める澪

 澪    『あうぅ〜』

 アカネ  『そろそろ起きたら? 澪ちゃん困ってるよ』
 美樹   『あのぉ・・・起きるってどうすればいい?』
 アカネ  『目を開けたら?』
 美樹   『身体が全然動かないんですけど 金縛りみたい・・・・』
 アカネ  『だったら先輩に殴って貰う?』
 美樹   『痛いのは嫌』

 アカネ  『えっと・・・・やっぱりちょっと痛いのは我慢して』

ピシッと意識の中で美樹の額を指で弾くアカネ

 美樹   「痛・・・・」
 澪    『美樹ちゃん おはようなの』
 美樹   「澪ちゃん・・・あれ? アカネは?」

額をさすりながら起き上がる美樹

 澪    『アカネちゃんお休みなの』
 美樹   「そうだった・・・」
 澪    『美樹ちゃん 大丈夫?』
 美樹   「大丈夫 ちょっと寝ぼけてるみたい・・・」
 澪    『顔色良くなったの』

スープに牛乳を加えヨーグルトとチーズで味を調える私
ハムエッグ皿に盛りつける家庭部員達

 家庭部員2「美樹ちゃん ハムエッグ食べられる?」

フライパンをかざして美樹に尋ねる 家庭部員2

 美樹   「あ・・・・えっとハムエッグはいいです」
 家庭部員2「あっ そ・・・・・じゃぁ」

そのままフライパンでトーストを焼き始める 家庭部員2

 家庭部員2「フレンチトーストがいい人は言ってね」
 部員2  「おやぢぃ ガーリックトースト一丁」
 家庭部員2「お客さん通だね 今日は活きのいい食パンがはいってるよ」

 部員1  「あんたたち悪ノリのしすぎ そうそう私のはレアで」

軽く焼いたパンの表面にニンニクの切り口を擦り付けながら聞き返す家庭部員2

 家庭部員2「レア? 生焼きでいいの?」
 部員2  「この子はね血が滴る様なパンが好きなの」
 家庭部員2「ああ レアってフレンチの事ね」

畳の方からみんなのいる方へ歩いてくる美樹と澪

 副部長  「美樹ちゃんもう大丈夫?」
 美樹   「ええ 少し眠ったらだいぶ気分が良くなりました」
 雪見   「上月さん ご苦労様 ねぇ神代
       美樹ちゃんいったいどうしたの? 病気って事でも無さそうだけど?」
 副部長  「それは・・・・・」

 私    「独り寝が辛い夜もある と言うことかな?」
 美樹   「先輩・・・」

暗転

山道:息を切らしながら走っている美樹(BGM:海鳴り)

 美樹 「はぁ はぁ はぁ みんなは何処? 部長 先輩 アカネ みんな何処?」

薄暗い木々の合間 頭を抱えた美樹が走り抜ける
延々と繰り返される夢の風景

 美樹 「足が痛い・・・・誰か助けて・・・・ちはやさん 副部長」
 アカネ「呼んだ?」

ポップコーンの袋を抱えた場違いなアカネ登場

 アカネ「食べる?」

ポップコーンの袋を美樹に差し出すアカネ

 美樹 「あ・・・アカネ?・・・助けて・・・・」

膝をついてその場にうずくまる美樹

 美樹 「アカネが・・・でも・・・どうして?」
 アカネ「”どうして?”って 私はお昼からずっと美樹ちゃんに憑依いてたんだけど」
 美樹 「お昼から???」

美樹の脳裏によみがえる家庭科実習室での会食風景
舞台が山の中から昼間の実習室の風景に切り替わる
談笑している登山部、家庭部、演劇部の一同

 美樹 「あ・・・・ここは夢?」
 アカネ「美樹ちゃんが見ていた悪夢の中」
 美樹 「・・・・アカネって今 物凄く怖い事してる?」

表情が険しくなる美樹

 アカネ「・・・・うん」
 美樹 「昼間の金縛りもアカネの仕業だったのね」
 アカネ「ちが・・・」

アカネの弁解を遮る美樹

 美樹 「ねぇアカネに出来る1番酷い事を私にやってみて」
 アカネ「美樹ちゃん?」
 美樹 「それで アカネとどう付き合うか決めるから」

 アカネ「ダメ・・幽霊に出来る事は・・・私には出来るもの・・・・憑り殺す事だって・・・・・」
 美樹 「・・・・アカネは私を憑り殺せるの?」
 アカネ「美樹ちゃんを憑り殺すなんて出来ないよ・・・・」
 美樹 「私は”アカネに出来る1番酷い事”って言った筈よ
     出来ない事を無理にやってくれなくてもいいわ」

 アカネ「私が美樹ちゃんに出来る1番酷い事・・・・・・・・・判った・・」
 美樹 「ただし 手を抜いたら承知しない」

美樹の表情に明るさが戻る
美樹の胸の前に手をかざすアカネ

 美樹 「何?」
 アカネ「美樹ちゃんの心臓の音聞こえるよね?」
 美樹 「う、うん? でもそれが?」

美樹の眉間を見据えたまま言葉を続けるアカネ

 アカネ「心臓の音 段々小さくなってない?」
 美樹 「え?」
 アカネ「どんどん小さくなってない?」

 美樹 「あ・・・」
 アカネ「どんどん血が足りなくなってきた 美樹ちゃんは貧血
     目眩がしてきた 頭がふらふらしてきた」
 美樹 「ちょっと・・・なに?」

美樹の胸を手のひらで軽く押すアカネ

 アカネ「頭がクラクラしてきて 目が回ってきた」

胸を押されて姿勢を戻そうとした美樹の動きに合わせてまた胸を押すアカネ
アカネが胸を押すたびに美樹の身体の揺れがどんどん大きくなってくる
身体が揺れる度に美樹の表情から意志の光が消える

 アカネ「美樹ちゃんの頭が真っ白になって すーっと身体が軽くなる」

ゆれている美樹の身体を抱き留めて横にさせるアカネ

 アカネ「心臓の音がどんどん大きくなる 貧血がおさまって 手足がどんどん暖かくなる」
  
美樹を仰向けに寝かせて美樹の額に手を置くアカネ

 アカネ「美樹ちゃんのおでこがとっても涼しくなる とっても涼しくなる
     おでこの上を涼しい風が吹いている 美樹ちゃんのおでこはとっても涼しい」

額の上の手を美樹から遠ざけるアカネ

 アカネ「おでこが涼しくて美樹ちゃんはとっても気持ちがいい
     おでこが涼しくて美樹ちゃんはとっても気持ちがいい」

今度は美樹の額をトントンと指先で軽く叩くアカネ

 アカネ「美樹ちゃんの怖い事 嫌な事 みんなここに集まってくる
     私の指先に集まってくる 美樹ちゃんの辛い事がみんな集まってくる」

 美樹 「うぅぅぅ・・・」

美樹の表情が曇る

 アカネ「美樹ちゃんの嫌な事ひとつになった 美樹ちゃんのおでこの上にひとつになった」

美樹の額にホップコーンを一粒乗せるアカネ

 アカネ「美樹ちゃんの怖い事が砕けて消える」

美樹の額の上のホップコーンをアカネは指先で押し潰す
プチっとした響きと共に美樹の苦悶の表情がゆるむ
そして実習室の光景が消え始め美樹の姿も闇の中に融けてアカネが独り残される

 アカネ「・・・・こんな風に独りで残されるの嫌だなぁ・・・・・ふぅ・・・」

ため息をひとつ アカネのため息が泡になって闇の中をゆらゆらと昇っていく
泡の中にうなだれて膝を抱えてるアカネの姿

昇る泡が小さくなって消えて 暗転

暗闇の中に流れる潮騒の音(BGM:雪のように白く)
ゆっくりと戻ってくる美樹の意識(ゆっくりと美樹を照らすスポットライトの照度を上げる)
美樹の隣で膝を抱えてうなだれているアカネ 

 美樹 「あ・・・うーん・・・」

大きく伸びをする美樹 頭上に伸ばされた腕が糸の切れた人形の様に力無く落ちる
そのまま動かなくなる美樹
      ・
      ・
      ・
しばらくしてブンブンと大きく首を横に振る
 
 美樹 「あうぅぅ まだなんか変だよぉ・・・アカネ 私に何したの?」

うなだれたまま顔も上げずに答えるアカネ

 アカネ「・・・・催眠術・・・・・・・・」
 美樹 「嫌な事を頼んだのは私なんだけどな アレがアカネの1番酷い事?」
 アカネ「夢の中で使ったら抵抗なんて出来ないし・・・・・それに・・・・」
 美樹 「私を好きな様に出来る?」
 アカネ「うん・・・・・」
 美樹 「でも アカネはそれをしなかった」

後ろからアカネの背中を抱く美樹

 美樹 「昼間先輩が言ってたなぁ・・・・”独り寝が辛い夜もある”って
     ・・・・・・あれ? アカネ 私って今寝てるんだよね?」
 アカネ「うん・・・・浅い眠り 眠ってても・・ほとんど起きてる」
 美樹 「アカネは慣れてるのね」
 アカネ「先輩もそうだから・・・・先輩はぐっすり眠る事なんて無いみたい」
 美樹 「眠っても眠った気がしない・・・・起きてる時は眠れないのに
     頭はいつもボーっとしてて 何かにずっと追いかけられている気がして
     ・・・落ち着かなくて」

アカネを抱く美樹の腕に力が入る

 美樹 「でも・・・でも山の中の夜はそんな事はなかった・・・・・
     きっとアカネやちはやさんが一緒にいてくれたから・・・・・アカネが・・・」

うなだれてるアカネのうなじに歯を立てる美樹

 アカネ「キャ!? み・・美樹ちゃん 何を!!」

慌てて顔を上げるアカネ

 美樹 「わたし・・・まだなんか変なの だから・・・さっきのもう一回やって」
 アカネ「あれは・・・・・もうダメだから・・・・だから・・・・
     えっと・・・・癖になるし・・・その・・・・」

アカネの背中から声を掛ける美樹

 美樹 「アレがアカネの1番酷い事なら・・・私はアカネと付き合って行けると思う
     デモね・・・何かを我慢するんじゃダメなんだと思う・・・・
     アカネがアカネで・・・・ううん、アカネだから出来きる事・・・それを」
 アカネ「でも・・・もしも・・・・私が・・・・もしも私が・・・美樹ちゃんを
     美樹ちゃんの事を・・・犠牲にしたら・・・・その・・・」

 美樹 「アカネはそんな事は絶対にしない アカネ以外の人だと怖いけど アカネだったら平気」
 アカネ「美樹ちゃん・・・・・」
 美樹 「私はもう少しアカネに慣れておきたい 私にも生理的な嫌悪感ってあるから」
 アカネ「私は人間じゃないから・・・・」
 美樹 「そう・・・・だから もう一回 して」

アカネの肩に手を掛けて自分の方に振り向かせる美樹 そして悪戯っぽく笑う 

 アカネ「あうぅぅぅ・・・・」
 

私の部屋:ベッドに腰掛けた格好のまま横になっている私(BGM:遠いまなざし)

 私  「流石に今日は疲れたな 家庭部と演劇部に合流されると辛いな」

ベットに横になっている私の身体に時折ピクピクと痙攣が走る

 私  「独り寝をしたい夜もあるさ」

静かに目を閉じる また身体に痙攣が走る 暗転

 〜 百花繚乱 〜

朝 アカネの教室:私と澪(BGM:無邪気に笑顔)

 澪  『先輩 どうしたの?』 
 私  「アカネの忘れ物を届けに来たんだけど・・・・・
     まだ来てないみたいだね」

女子生徒用の鞄をさげて1年生の教室を訪れている私

 澪  『アカネちゃん鞄忘れて学校に来たの?』 
 私  「ここまで間の抜けた奴だとは思ってなかったのだが」
 澪  『アカネちゃんは先に おうちを出たの?』 
 私  「いったい何処で道草食ってるのやら」

 声  「くしゅん」
背後から眠そうな目をこすりながらアカネと美樹登場

 アカネ「くしゅん・・・・ずずっ」
 美樹 「アカネ あんた鼻水出てる」
ポッケトからティッシュを取り出してアカネの顔にあてる美樹

 アカネ「あれぇ? せんぱいぃ どおして?」

アカネの前に鞄を差し出す私

 私  「ほい鞄  それにしても眠そうだな」
 アカネ「あ 鞄ありがとう・・・ふわわぁ・・・・昨日美樹ちゃんが寝かせてくれなくて・・ふわぁ」

大きなあくびをひとつ ふたつ

 私  「2人で夜更かしした割には美樹ちゃんはすっきりした顔してるけど?」
 アカネ「美樹ちゃんったら先に1人で寝ちゃって・・・・酷いんだから・・・・」

美樹とアカネの顔を見つめている澪

 澪  『アカネちゃん 美樹ちゃんのおうちに泊まったの?』
 アカネ「うん そう」 
 澪  『アカネちゃん昨日クラブさぼったの 美樹ちゃんはクラブに来てたの』
 アカネ「あ・・・」 
 澪  『いつ美樹ちゃんに呼ばれたの?』
 美樹 「えっと・・・登山の時の忘れ物があって夕方アカネに来て貰ったら
     そのまま話が弾んじゃって・・・・それで泊まって貰ったの」
 澪  『アカネちゃん病気だったの』
 美樹 「えっと・・・その・・・・」

 私  「澪ちゃん 昨日は休日だったから休ませたけど アカネは病気ってわけじゃなかったんだよ
     アカネも泊まり込むんなら鞄ぐらい持って行けよ」
 澪  『そうなの?』
 私  「そうなの じゃ届け物もすんだし帰るわ
     で、白々しい芝居は程々に・・・・」
 澪  『??????』

私退場

 澪  『でも やっぱり美樹ちゃん変なの』
 美樹 「澪ちゃん何が変?」
 澪  『アカネちゃんにくっついてるの』
 美樹 「え?・・・あ・・・私・・・・」

 アカネ「だから・・・昨日ダメだって言ったのに
     脳内麻薬って結構きついから 癖になるのよ」 

 澪  『麻薬なの?』
 アカネ「幸せな気分になれるそうだけど・・・・私はよく判らない」
 美樹 「判らないって・・・・アカネは先輩と一緒に暮らしているのに?」

美樹の耳元で囁くアカネ

 アカネ「私には生身の身体が無いから・・・判らない事も多いの」
 美樹 「それが・・・・脳内麻薬・・・だから 身体の無いアカネには・・・・」
 澪  『????』
 美樹 「で? 私はアカネにはまってるわけ?」
 
アカネの左手に両手を添えて身体を預ける美樹

 アカネ「いぃぃぃぃ・・・・」
 美樹 「冗談よ まだアカネは身体に触れられるのはダメみたいね」

アカネから身体を離す美樹

 澪  『アカネちゃん!』

満面の笑顔でアカネに抱きつく澪

 アカネ「あうぅぅぅぅ・・・・」

両手を見つめて 手に残ったアカネの温もりを確かめている美樹
コツンと自分の頭を小突く

 美樹 「ダメね 私は ふぅ・・・・」

美樹の脳裏に昨晩の膝を抱えてうなだれているアカネの姿が蘇る

 美樹 『アカネの方が淋しいのに・・・・』

澪に何かを耳打ちする美樹 頷く澪
抱きついたままアカネに頬ずりを始める澪

 アカネ「あわわ 澪ちゃん いきなり何?」
 澪  『美樹ちゃんが”アカネが淋しがってる”って言ったの』

澪に抱きつかれているアカネの身体が強張る
頬ずりを止めて アカネから身体を離す澪 澪の表情が曇る

 澪  『????アカネちゃん・・・・私が・・・嫌いなの?』

 アカネ「あ・・・・ごめん・・・えっと・・・・
     嫌いじゃなくて  こう言うのに慣れてなくて・・その・・・」

 澪  『アカネちゃん 大好き!』

満面の笑顔でアカネに抱きついてまた頬ずりを始める澪

 アカネ「あうぅぅぅぅ・・・・」

またアカネの左手に両手を添える美樹

 美樹 『アカネはまだ私に憑依いているのよね?』
 アカネ『そうだけど・・・ねぇちょっと澪ちゃんヤめて』

美樹と応対はするが 頬ずりをしている澪が気になっているアカネ

 美樹 『ねぇ アカネ こんなのどぉ?』

意識の中でアカネの背中撫でる美樹
ピクッと小さく痙攣したアカネは抱きついている澪に倒れかかる

 澪  『アカネちゃん 重いの』

澪からアカネを預かって椅子に座らせる美樹(BGM:追想)

 アカネ『美樹ちゃん! 今何したの?』
 美樹 『昨日 澪に撫でられて眠っちゃった時の思い出』
 アカネ『そういうのやめてよぉ 私慣れてないんだから・・・・』
 美樹 『生身の身体から出てくる感覚に?』
 アカネ『え? 感覚に? 感覚が? え????』

 澪  『昨日の美樹ちゃんと同じなの』

アカネの背中を撫で始める澪
意識の中と外の両方でで背中を撫でられて逃げ場が無くなっていくアカネ

 美樹 『ね 澪の手って気持ちいいでしょ?』
 アカネ『あぐぐぐぐ・・・・』

青筋立てて力んでいるアカネ
 
 美樹 『アカネ? 澪の手・・・嫌なの?』
 アカネ『あぐぐ・・・気持ちよすぎて・・・
     このまま意識が無くなったら 姿が消えちゃう・・・・』
 美樹 『え? 山の時も姿は見えてたよ?』

 アカネ『あぐぐ・・・姿が見えてる時は寝てても意識が無くなってる訳じゃないから・・・・』
 美樹 『アカネも眠りは浅い方なの?』
 アカネ『深いも浅いも無い・・・・ただ周りに合わせている・・・・だけ・・・・
     だから・・・・眠ってる・・・・感覚・・・・・なんて・・・られ・・・たら』

アカネの力んでいた表情に影が入る
アカネの背中を撫でる澪の手がスッとアカネの身体に入り込む

 澪  『え?』

 アカネ『・・・・・もう・・・・ダメかも・・・・』
 美樹 「ちょっと アカネ起きてよ!」

アカネの肩を掴んで身体を揺すろうとする美樹
しかし美樹の手はアカネの肩を掴めずに身体の中の入り込む
次第に身体の色が薄くなっていくアカネ

 美樹 「ど、どうしよう・・・・アカネが消えかけてる・・・・えっと」

側に澪がいるのに構わず狼狽を続ける美樹
さっきアカネの身体に入り込んだ自分の手を見つめている澪

 澪  『アカネちゃんの気持ち・・・・』

アカネの耳に唇を付けて囁く澪

 澪  『アカネちゃん 起きて ゴハンなの』

ピクッと”ゴハン”の言葉に反応するアカネ 
 
 澪  『真っ白な湯気がホカホカなの』

くるるぅ〜 とアカネの虫が鳴く

 アカネ「先輩・・・・ご飯・・・・まだ?」
    (え?・・・私が・・・・・・寝ぼけてる?)

アカネの肩を掴んでいる美樹の両手に しっかりとした手応えが戻ってくる

 美樹 「アカネしっかりして もうすぐHRがはじまる 先生が来るよ」
 アカネ「・・・・美樹ちゃん? えっと もう少し側にいて・・・・」

目を閉じて身体を美樹に預けるアカネ

アカネから離した手を見つめていた澪が呟く

 澪  『アカネちゃん お腹空いてたの』

誰にも聞こえる事の無い澪の呟き
 
 美樹 「ほんとに目を覚まさないと先生が来るよ」

うっすらと目を開けるアカネ アカネは美樹に身体を預けたまま

 アカネ『こんなに身体が言う事聞かないのははじめて・・・・
     意識ははっきりしてるんだけど』
 美樹 『私のせい?』
 アカネ『身体は完全に眠っちゃったみたい こんな事無かったのに』
 美樹 『私のせいなのね・・・・ごめん』
 アカネ『いいの・・・・忘れてた大切な事を1つ思い出したみたい
     懐かしい感覚・・・・眠るって事・・・・ふふふ』

 美樹 『何? アカネ 思い出し笑いなんかして?』
 アカネ『先輩がね・・・・思い出させてくれたの・・・・』
 美樹 『何を?』
 アカネ『食べるって事・・・・最初は・・・ワッフルを食べさせてくれた
     次は・・・・ケーキ それからずっと先輩と一緒にいるの』
 美樹 『食べる事と眠る事を忘れるって・・・・そんな事ってあるの?』
 アカネ『生きる為に食べる事と眠る事をしなくてもいいようになるとね・・・・・
     綺麗に忘れちゃうの・・・真っ暗な中に何年も何年も・・・独りでいるとね』

 美樹 『そうか・・・・・アカネは昨日のお昼から何も食べてないから・・・
     澪の”ゴハン”で目が覚めたのね』
 アカネ『あうぅぅぅ あ・・・・でも本当に起きないと先生が来ちゃう
     美樹ちゃん 殴っていいから私を起こして』
   
 美樹 『殴ってもいいって・・・・・・』

美樹の目の前でチラチラと手を振っている澪

 澪  『美樹ちゃん 美樹ちゃん 美樹ちゃん』
 美樹 「あ・・・・・・」
 澪  『大丈夫なの? また・・・目が・・・・・』
 美樹 「えっと・・・ちょっとアカネに・・・されて・・・・えっと・・・・」
 澪  『???????』

 美樹 「そうそう! アカネは殴ってもいいから起こせって言ったけど・・・」
 澪  『アカネちゃん薄目開けたままなの』
 美樹 「なんか・・・・気味悪いよね」
 澪  『ちょっと 怖いの・・・』

 アカネ『眺めてないで早く起こして!』

 澪  『アカネちゃん何かもごもご言ってるの』
 美樹 「あ・・・口が半開きになったままになった」
 澪  『もっと怖い顔になったの』

 アカネ「だから早く起こして!!」
 美樹 「よし 起きた」
 アカネ「あ・・・・・えーと・・・・」
 美樹 「先輩には見せられない顔だったよ」

 アカネ「あうぅぅぅ」
 澪  『アカネちゃん 可愛い!』

満面の笑顔でアカネに抱きついて頬ずりを始める澪

 澪  『スキンシップなの』

頬ずりをされる感覚にとまどうアカネ

 アカネ「あうぅぅぅ」

暗転

3年の教室棟の廊下:アカネと家庭部長(BGM:日々のいとまに)

 家庭部長 「まったくあなた達の部長と来たら白衣を借りて来いなんて
       いったい何を始めるつもり?」
 アカネ  「私は部長に”紅茶の淹れ方を家庭部の部長さんに教えて欲しい”って
       話してくれるように頼んだだけだけど・・・・」
 家庭部長 「”料理を科学するには白衣が必要だ”って言ってたけど
       私はあなたに紅茶の淹れ方を教えればいいのね?」
 アカネ  「はい」

 家庭部長 「化学部の部長はこの教室だからちょっと待っててね」

家庭部長 3年の教室に退場
入れ替わりに雪見登場

 雪見   「あら アカネちゃん私に用事?」
 アカネ  「え? 演劇部の部長さんもこの教室?」
 雪見   「”演劇部の部長さん”って・・・・名前で呼んで欲しいわ」
 アカネ  「ごめんなさい・・・・深山部長・・・・」

 雪見   「アカネちゃんには”部長”って呼ばれたくないんだけど」
 アカネ  「えーと・・・深山・・・先輩?・・・・」

上目遣いで雪見を見上げるアカネ

 雪見   「なんか固いわね」
 アカネ  「・・・雪ちゃん先輩?」
 雪見   「・・・・・・・・それ嫌
       やっぱり・・・”深山”でお願い」
 
 アカネ  「はい 深山せんぱい♪」
 雪見   「・・・・・・ちょっと・・・嫌かも・・」

2人の脇を通り過ぎる少女

 雪見   「ちょっと みさき 掃除当番!! 今日は逃がさないからね!
       あ・・・・えっと アカネちゃんまた後でね」
 アカネ  「はい 深山せんぱい♪」
 雪見   「やっぱり・・・・嫌かも・・・・」

雪見 少女の後を追いかけて退場
家庭部長 化学部長を引きつれて登場

 家庭部長 「アカネちゃん白衣を貸してくれるって あと器材も貸してくれるって」
 化学部長 「ども・・・・」
 アカネ  「器材ですか?」
 化学部長 「ああ、植物アルカロイドの抽出に恥ずかしくないだけの器材は提供する」
 アカネ  「は????」
 家庭部長 「気にしない 気にしない」

一同退場 暗転

家庭科実習室:登山部一同 家庭部一同
登山部、家庭部共同作業中の調理台
別の調理台に白衣姿のアカネとエプロン姿の家庭部長
二人の前のビーカーがアルコールランプでポコポコと沸騰している
(BGM:見た目はお嬢様)

ビーカーの中に褐色の葉を一枚放りこむ家庭部長
沸騰するビーカーの中に褐色のもやが広がりそして消える

 家庭部長 「こっちが軟水ね」
 
もう一つのビーカーに同じ様に褐色の葉を放りこむ

 家庭部長 「こっちが硬水ね で アカネちゃんはどう思う?」
 アカネ  「硬水の方がもやが小さいし もやの色も黒っぽい
       軟水の方が色が鮮やか・・・・・」

 家庭部長 「だから軟水の方が紅茶向きの水だって言われてるんだけど・・・・
       それで雑味が出るなんて言われるとね・・・・硬水で淹れる?」
 アカネ  「でも先輩は水が空気を含んでないとダメだって・・・・・」
 家庭部長 「硬水と軟水をブレンドするって手もあるけどやってみる?
       後は石膏を溶かして軟水を硬水化するのも1つの方法だけど」

 アカネ  「ブレンドとか硬水化とか・・・それっておいしいんですか?」
 家庭部長 「まさか・・・ブレンドは少しはマシになるだけ
       硬水化は・・・・化学の実験じゃないんだからね」

 アカネ  「他に方法は無いんですか?」
 家庭部長 「そうね・・・ボトルの硬水を攪拌して空気を含ませるのが1番じゃないかしら?」
 アカネ  「攪拌ですか?」

 家庭部長 「ボトルに半分ぐらい水を入れて 上下に勢いよく振る」

カシャカシャと硬水のシェイクを始める家庭部長

 家庭部長 「これを沸かして淹れてみて」
      ・
      ・
      ・
 アカネ  「出来ました」

 家庭部長 「やっぱり 水色は黒くて香りも今一つ・・・・・」
 アカネ  「でも、渋みは少なく無いですか?」
 家庭部長 「確かにまろやかな味だとは思う・・・・・でも」
 アカネ  「渋みが少ない分他の味がハッキリとしてませんか?」
 家庭部長 「水色はともかく香りが飛んでるのは いただけないわね」

私    「調子はどぉ?」
 アカネ  「先輩はこのお茶どう思います?」

アカネに薦められた紅茶を口に含む私

 家庭部長 「紅茶の香りが飛んでしまっているでしょ」
私    「ねぇ 青葱と白葱の事をどう思う?」
 家庭部長 「葱?」
私    「このお茶と白葱のイメージが被ったんだけど」
 家庭部長 「白葱のイメージ・・・・・」

 私    「香味野菜としての香りと味を捨てて 旨味と甘味を追求したのが白葱
       だからこのお茶は香りを捨ててもいいんじゃないのかな?」

 家庭部長 「普通の紅茶が青葱なら・・・白葱の紅茶・・・・・・・」
 私    「このお茶 ほのかに甘味が出てると思うけど」
 家庭部長 「普通なら渋みの中に消えてしまっている味を楽しむお茶」
 私    「今のままじゃ 確かに香りの飛んだまずい紅茶だと思うよ でもね」
 
 家庭部長 「香りにも水色にも拘らない新しい飲み物・・・・」
 私    「えっと・・・・これはあくまで紅茶だと思うけど
       硬水使ってイギリス式で淹れたんでしょ?
       ボトルウォーターじゃ味が出ないのは仕方ないか」
 家庭部長 「次は中国式を試してみましょうか?」
 私    「キーマン紅茶? あれも甘味のあるお茶だよね」

 部員1  「ここには いったいどれだけの紅茶が揃ってるの?」
 家庭部員3「アールグレイ、ダージリン、アッサム から
       リプトンの粉末レモンティーまで何でも揃ってますわよ
       ほーほっほっほっ」

げしっ! ホイッパー(手回し式泡立て器)で家庭部員2にぼてくられる家庭部員3

 家庭部員2「それ 気持ち悪いからやめて」
 家庭部員3「ほーっほっほっほっほ」

ホイッパーをフライ返しに持ちかえる家庭部員2

 家庭部員3「ほーっ・・・・・」

げしっ!

 家庭部員3「・・・・角が・・・痛ひ」

 部員2  「これでも十分痛い」

ホイッパーを手に取りハンドルを回して先端の茶筅(?)を回転させる部員2
茶筅が部員1の髪の毛を巻き込む
(よいこの皆さんは調理器具でこんなイタズラはやらない様に・・・・・)

 部員1  「うぎゃ!!」

ホイッパーの機関部が髪の毛を引き千切り巻き込んでいく 部員2の手が止まる

 部員2  「壊れた・・・・・」

部員2の手を離れたホイッパーは部員1の髪に垂れ下がり
プチプチプチと軽快なリズムを奏でて床に落ちる・・・・・・

 部員1  「あんたは!!」
 
バシッ! 部員1の平手が部員2の頬を捉える

 部員2  「やっと・・・・本気で怒った」
 部員1  「あ・・・・わたし・・・」
 
我に返った部員1の手をとって自分の頬にあてる部員2

 部員2  「もう少し本気で怒ってたら?・・・・」

平手を受けて火照った頬の温もりが部員1の手に伝わる

 部員1  「ごめん・・・痛かったよね?」
 部員2  「ふん それ・・・凄く気に入らない・・・・」

部員1に背を向ける部員2

 部員1  「なによぉ イタズラされたのは私じゃない・・・・
       ふぇ〜ん 私の髪の毛・・・・」

ホイッパーを拾い上げて歯車に絡みついた髪の毛を外していく部員1

 部員2  「・・・・ばか・・・」

家庭科実習室 恒例の試食会:登山部一同 家庭部一同 雪見 澪(BGM:潮騒の午後)

 澪    『アカネちゃん 白衣なの』
 美樹   「アカネは料理を科学するんだって」

少し離れた調理台の上のビーカーに波打つ琥珀色の液体に視線の投げる澪

 澪    『化学なの?』

澪の視線の先にあるビーカーを手に取る部員2

 部員2  「悪の女科学者が発明した・・・・謎の薬」

ビーカーの液体を口に含む部員2

 アカネ  「先輩!! それ飲んじゃダメ!!」
 部員2  「それなりにおいしいけど・・・・」
 アカネ  「だけど・・・汚いから・・・・」
 部員2  「煮沸消毒は十分やってたと思うけど・・・・あなたも飲んでみる」

部員1にビーカーを薦める部員2

 部員1  「嫌よ・・・・」
 部員2  「そう・・・残念」

ビーカーを部員1の頭上に持ち上げる部員2
慌てて頭を抱えてその場から逃げ出そうとする部員1
部員2はビーカーの中身を一気に飲み干す

 部員2  「私は・・・・服に染みが残ったり 怪我したりするようなイタズラはしない」

そう呟いてビーカーを置き立ち去る部員2 部員2退場

 部員1  「ちょっと 何処に行く気?」
 部員2  「花を摘みに・・・」(音声のみ)
 部員1  「花? 何?」
 
部員2を追いかけて部員1退場

 澪    『花を摘むって・・何の事なの?』

澪の耳元で囁く雪見

 雪見   「おしっこの事・・・・みんな食事してるから」

花摘みの話題を変える家庭部長

 家庭部長 「ところで今年のインターハイの予定はどうなってるの?」
 部長   「一次予選が6月の始め 二次予選が7月の始め
       一次予選と二次予選のポイントの合計で8月のインターハイ出場高が決まる」

 家庭部長 「6月ってもう1月無いじゃない トレーニングしなくていいの?」
 部長   「これも立派なトレーニングだけど?」
 家庭部長 「私はまじめな話をしているつもりだけど?」

 部長   「そうか・・・・正直今年は予選落ちしてもいいと思ってる」
 副部長  「部長! それではあまりに」
 部長   「美樹ちゃんもアカネちゃんも初心者で
       これから暑くなるのに筋力トレーニングはやらせたくは無い
       秋になって涼しくなってから実際に山に登って鍛えればいい」
 副部長  「部長・・・・」
 部長   「僕が部長である以上インターハイの為の無茶はしない
       美樹ちゃんかアカネちゃんかのどちらかがレギュラーになる
       それとも”勝つ”それだけの為に僕や副部長が競技に参加するのかな?」
 副部長  「部長・・・その言い方は卑怯です」

 部長   「僕は美樹ちゃんが登坂の走り込みをやってくれれば十分だと思っているよ
       秋までに山に登って足が痛くならないようになっていればそれでいい」

 家庭部長 「まったく・・・勝負を最初から捨てるなんて」
 部長   「登山に勝敗なんて無いよ もしも勝ち負けがあるとしたら
       山に登って生きて下山できれば勝ち それだけさ だから・・・」
 副部長  「だから?」

 部長   「インターハイの得点項目に”危機管理点”が無いのが納得いかん
       山で生き残る技術が評価されない競技なんて意味が無い」

 部員2  「例えば無線機を扱う技術 水、食料を確保する技術」 

部員1,2登場

 家庭部員3「どんな花が摘めました?」
 部員2  「栗の花・・・・」 

ゴッ! 部員1に後頭部をぼてくられる部員2
 
 部員2  「・・・・痛ひ」 
 部員1  「ば、馬鹿な事 言ってんじゃないの!!!」 
 部員2  「うん また本気で怒ってる・・・・いい傾向」 
 
 澪    『栗の・・・お花????』
 雪見   「上月さんは知らなくてもいいの」
 澪    『深山部長??? お顔が赤いの???』

 部員1  「まったく・・・あんたはさっさと座りなさい!」 

席に着く部員1,2

 部長   「ま・・・とにかくだ一次予選の前にみんなでまた何処かに登ろう」
 美樹   「私・・・またみんなに迷惑をかける」
 部員2  「それは 当然 初心者だから でも冒険心の無い登山家は願い下げ」 
 部員1  「また あんたは・・・もう少し他の言い方出来ないの?
       元気がいいからとか闊達だからとか・・健康でいらっしゃるとか・・・」 

不機嫌な顔で部員1を見ている部員2

 部員1  「なによぉ・・・・今の私 そんなに嫌い?」
 部員2  「うん  いい子ぶってる」 
 部員1  「まったく・・・あんたは・・・・はぁ・・・・」

 部長   「今度は家庭部さんにも付き合ってもらうよ」
 家庭部長 「え? 私達も? いいの?」
 部長   「大会の直前だから 生活技術点強化の最終調整をして貰わないと」

 家庭部長 「は? ・・・・はははは そういう事ね」
 副部長  「まったく・・・部長ったら・・・」 
 部長   「家庭部のみんなに負担にならない所を選んでおくよ」

 家庭部員1「それで特訓になるのかしら?」
 部長   「口実は口実だという事」

 澪    『あのね 私も行きたいの』
 アカネ  「部長 澪ちゃんが参加したいそうです」
 部長   「流石に・・・・演技指導は必要無いよな・・・・」

 澪    『あうぅ〜』

上目使いで雪見の制服の袖を引っ張る澪

 雪見   「別に演劇部の野外練習と同じ場所でも問題無いんじゃないの?
       どうせそこいらの高原でハイキングするんでしょ?」

 部員1  「野外・・・練習?」
 雪見   「私達の舞台がいつも屋内とは限らないでしょ
       音響設備の無い野外劇場でも十分な声量が出せるように鍛錬しないと」

 部員2  「狸と狐の化かしあい いずれがアヤメかカキツバタ」

部員2の調子に合わせる部員1

 部員1  「立てばシャクヤク 座ればボタン 歩く姿はユリの花」
 部員2  「クリの花?」
       
げしっ!!

 部員1  「しつこい!」

暗転

 〜 アストレア 〜

夕方 学校玄関:登山部一同(BGM:追想)

通用門へ向かうアカネと美樹

 美樹 「さよなら」 
 副部長「和泉さん さようなら」

私に視線を投げる副部長

 副部長「里村さんは和泉さんと一緒に?」
 私  「山で迷子になった件で 美樹ちゃんが落ち着くまで
     アカネがそばに付いているそうだ」

 副部長「あなたは?」
 私  「美樹ちゃんと一緒に帰るつもりはないけど」

校門の方へ歩き出す私 副部長も校門の方へ 登山部のそれぞれが挨拶を交わしながら
思い思いの方へ退場

 
校門:門柱の脇に道着姿の男
校門をくぐり下校する生徒の何人かは男に礼を行う

私と副部長登場

 男  「ちはやよ・・・でかした・・・・」
 副部長「兄さん・・・・」
 私  「お久しぶり・・・丁度1年ぶりぐらいですか?
     去年の剣道部歓迎試合から」

 男  「問答無用」

男を無視して副部長の顔を見る私

 私  「流石に兄妹ですね・・・・」
 男  「問答無用!!」
 副部長「兄さん 止めてください」

 私  「いくら”問答無用”でも ここで荒事に及びますか?」
 男  「貴様・・・・」

 私  「この近所で人目に付かない所と言ったら・・・神代道場?」
 副部長「!っ・・・そんな」
 私  「敵の本拠地も1度は見ておきたいし・・・案内よろしく」
 男  「いい覚悟だ・・・・」

男は私と副部長を先導し退場

神代道場:日本刀を構える男と 私 副部長(BGM:永遠)

 副部長「兄さん やめて下さい・・・・彼は・・・
     彼は・・・ただの人間なんです・・・・」

 私  「正義の前には悪党の命なぞ 虫けら同然かな?」
 副部長「私は! ・・・・・私は・・・・・そんな風には思ってません・・・・」

 私  「一寸の虫にも五分の魂」

言い放つと同時に男の懐に飛び込む私 左肘で男の手首を弾き上げ
右肘で脇腹をえぐる 左手で身体を支えながら腰を落とし
右足で男の足を払う

 私  「自分のエモノで怪我しない様に気を付けてね」

男の方に振りかえる私の手に握られている木刀
板の間に肩膝をついている男

 副部長「兄さんが持っているのは真剣なのに・・・・無茶はやめて」
 私  「ここで殺されても構わない・・・と 考えているから」
 副部長「!」
 私  「私は永く生き過ぎたよ ただ生き長らえるのにはもう飽きた・・・・
     それに今ならアカネにも新しい宿主がいるし」

 男  「ならば死ね!」

上段から私に斬り付ける男 日本刀の切っ先を木刀で払う私
私は手首を返して木刀の柄で男の顎を突き上げる

 私  「お兄さんにそれが出来るのならね」
 男  「ぐっ・・・」

バックステップで間合いを取り直す男
腰を落として顔の横に木刀の刃を上にして半身に構える私

 私  「しかし・・・巫女の守護者は私が殺されたら何が起きるか考えて無いのかな?」
 男  「問答無用!」
 私  「ま・・・それも面白そうだけど・・・・兄妹で血を流す惨劇なんて・・・・ふふ」

 副部長「血の・・・惨劇・・・」
 私  「闇は力を好む より力を持つ者に代々受け継がれる・・・・
     いや・・・継ぐ継が無いを選ぶ事も許されず・・・次々に受け継がれる」
 副部長「あなたは・・・・・」
 私  「誰かに押しつけてしまえば 私もひと思いに楽になれるんだけどな」

また上段より私に斬り付ける男 日本刀の切っ先を木刀でさばいて男をあしらっていく私

 男  「馬鹿にする気か・・・・許さん」
 私  「太刀筋が素直だから あしらうのは楽だよ」
 男  「貴様!」
 
怒気をはらんで打ち込んでくる男
男の掲げる日本刀が鈍い金属の光を放つ

 私  「副部長 お兄さんをどうします? なかなか治まってくれないんだよ
     殴り倒してもいい?」

 副部長「・・・・・好きにして下さい・・・・・
     あ・・・でも・・・手荒な事はやめて下さい」
 私  「了解」

妖しい微笑みを副部長に返す私
男の打ち込みがますます怒気を帯びる

 私  「さてと」

男の打ち込みを後ろにスウェイしてかわす私
目標を失った日本刀の峰を真上から木刀で叩き付ける
鈍い音と共に床に日本刀が突き刺さる

 私  「お兄さん さようなら」

高く掲げられた木刀が長巻へ姿を変える
(長巻:日本固有の長柄武器 太平の江戸時代に殆どが日本刀に打ち直されて姿を消す
 その形状は長刀の様な長い柄が付いた大振りの太刀) 

 副部長「!っ 兄さん!」

冷笑を浮かべて長巻を男に打ち下ろす私
男に向かって飛び込んでくる副部長

 副部長「兄さん!!」

男と私の間に入って長巻を光の鉾で受け止めている副部長

 私  「副部長 上出来  じゃもう帰るわ」
 副部長「どうして・・・・?」

2人に背中を見せる私

 私  「神代永遠(とわ)って名前の女の子が”ちはや”の名前を継いだ日に
     その子の最愛の人が尊い犠牲になったそうだ」
 副部長「!」
 私  「今 部長は無事だろうし 明日も元気に登山部に来るだろうし
     その子が継いだ日が今日なら 約束された未来は崩れたはずさ」

(BGM:遠いまなざし)
長巻を振り上げて床に刺さった日本刀に叩き付ける私
切っ先を床に刺したままポッキリと折れる日本刀

 私  「武器は・・・・他人を傷つけ死に至らしめる為の道具は
     人間の悪意の結晶そのもの お兄さんそんなもの使ったら私には勝てないよ
     副部長の鉾みたいに祭事用の奴は別だけどね」

長巻を収め 神代道場から立ち去ろうとする私
私を無言で睨み上げている男

 副部長「私の”どうして?”に答えて貰ってないわ」
 私  「副部長が行く末を気にしてたらね・・・・だから」
 副部長「質問の答えになってません」
 私  「そうか・・・私にも行く末があるからかな?」

 副部長「あなたの行く末?」
 私  「私は7月15日にこの世界から消えるそうだ それが私の行く末
     だから行く末を気にしてた副部長に共感したかな?」
 
 副部長「消える? あの里村さんは?」
 私  「アカネには話したよ 他のみんなにアカネが漏らしたかどうかは知らない」
 副部長「リムさんにも話してない?」
 私  「ああ 聞かれてまで隠すつもりは無いけど 私から話すつもりも無いよ」
 副部長「・・・・・そうなの・・・・・なのに私は・・・」
 私  「聞かれなかったら 副部長に話すつもりは無かったよ」

 副部長「7月15日 あなたはどうするつもり?」
 私  「今のままなら消えて終わりかな? このまま終わるつもりは無いけどね
     7月15日までには何か事件が起きるさ それに便乗して事態を打破するつもり」
 副部長「・・・・何も事件が起きなかったら?」
 私  「運も尽きたと諦めるさ  でも私にはまだ運が残ってるよ」

 副部長「誰かが・・・・きっと・・・きっと里村さんが奇跡を起こすんでしょうね」
 私  「きっと起きるなら それを奇跡とは言わないよ
     奇跡でもなんでもない ただありふれた事件が起きるだけ」
 副部長「あら 里村さんの気持ちを”ありふれた当然”って言うのね」
 私  「お〜い ふくぶちょぉ それはちょっと違うぞぉ」
 副部長「ありふれた奇跡を里村さんが起こすのを期待してるんでしょ?」
 私  「・・・・・・うみぃ・・・」

 副部長「もう一つ尋ねてもいい?」
 私  「何?」
 副部長「あなたは私の何?」

 私  「そーだね その昔 人の罪を裁くアストレアって女神がいてね
     その女神が持っていた罪を量る天秤かな?
     あと女神は人の不義を切り裂く長剣を持っていたらしいよ」

男に視線を投げる私

 男  「奴は我等の敵だ」
 副部長「アストレア?」
 私  「ギリシャ神話なんだけど なんかね関係がよく似てると思って」
 副部長「私が・・・女神?」
 私  「嫉妬したり浮気したり不倫したり ギリシャの神様は結構人間臭いよ
     で、神代(かみしろ)の家は神代(かみよ)の頃からあったんだよね?」
 副部長「そう聞いてるけど・・・でもギリシャ神話には関係ないと思う」
 私  「そうかな?」

 男  「ちはやから離れろ」
 私  「だからもう帰るって それにお兄さん そんなに怖い顔で睨まないでよ」
 男  「ちはやから・・・離れろ!」

 私  「副部長は今日から ちはやか・・・・」

副部長の持つ光の鉾に視線を投げる私
鉾を身体の影に隠す副部長

 私  「でも副部長は副部長だよ 自信持ってね」
 副部長「あなたには言われたくないわ ねぇ兄さん」 

突いていた膝を立てて副部長の横に立つ男

 私  「兄さん思いのいい妹だこと・・・おふたりさん仲良くね」

神代道場から立ち去る私 私退場

夜半 美樹の部屋:ベットに座っているアカネ(BGM:雪のように白く)
サンドイッチを盛った皿を持って美樹登場

 美樹 「アカネごめんね サンドイッチしか用意出来なかった」
 アカネ「美樹ちゃん 私は食べなくても平気だから・・・・・」

 美樹 「でも お腹は空くんだよね?」

サンドイッチの皿をアカネの隣に置き更にその隣に座る美樹

 美樹 「もう眠くもなれるんだよね?」
 アカネ「うん・・・・・」
 美樹 「食べよ」
 アカネ「いただきます・・・」

サンドイッチをついばむアカネ

 美樹 「・・・・生きる為に食べなくていいから・・・・
     そんな食べ方になるのね
     お腹は空くけど・・・・飢える事は無いのね」
 
目を伏せるアカネ
サンドイッチを持つアカネの手に左手を重ねる美樹

 美樹 『お腹空いたな』
 アカネ「え?」
 美樹 『お腹空いたな』

 アカネ「お腹・・・空いたな」
 美樹 『サンドイッチ食べたいよね?』
 アカネ「う・・うん」

 美樹 「じゃ パクっと」

右手で皿からサンドイッチをつまみ上げほうばる美樹

 アカネ「・・・・・あ」

目眩を覚えるアカネ

 美樹 「アカネ ひもじいでしょ」

パクッとサンドイッチをほうばる美樹

 美樹 「アカネ あーんして」
 アカネ「美樹ちゃん?」
 美樹 「はい あーんして」

虚ろな瞳でサンドイッチをアカネに薦める美樹

 美樹 「もっとたくさん食べてね」

何もない空中にサンドイッチを差し出す美樹
美樹が手を離すとポトリとサンドイッチがベッドの上に落ちる

 美樹 「はい 次ね」

皿から新しいサンドイッチを手に取り また何もない空中に差し出す美樹
差し出されたサンドイッチを美樹の手から食べるアカネ

 美樹 「アカネはよっぽどお腹がいていたのね」

美樹の差し出すサンドイッチを美樹が手を離す前に飲み込んでいくアカネ
いつしかサンドイッチが盛られた皿が空になる

 アカネ「美樹ちゃん・・・ごめん・・・すぐ元に・・・・」
 美樹 『アカネ 昨日のまたして』
 アカネ「美樹ちゃん正気なの?」
 美樹 『多分・・・・正気じゃない・・・
     小鳥みたいにサンドイッチをつついてたアカネ見てたら
     身体がふわふわしてきて・・・気持ちよくなってきて・・・』

 アカネ「すぐに元に戻すから」
 美樹 『だから 昨日のまたして』

ベットに腰掛けた姿勢で身体をアカネに預ける美樹

 美樹 『怖いのは嫌なの 不安なのは嫌なの
     怖い夢は見たくないの だから・・・・して』

アカネの手に添えた美樹の左手に力が入る

 美樹 『アカネ 私の言う事 聞いて』

クラッと軽い目眩を覚えるアカネ

 アカネ「あ・・・・また・・・・」
 美樹 『アカネも気持ちよくなってきたでしょ』
 アカネ「何・・・・?」
 美樹 『昨日私に催眠術かけたのはアカネでしょ
     その時の私をアカネにも分けてあげるの』

力無く美樹の方に身体を寄せるアカネ

 美樹 『アカネ 私の言う事 聞いて』
 アカネ「はう・・・・・」

支えを失った2人の身体がベッドに倒れ込む
 
 アカネ「あ・・・私・・・・今・・・・」
 美樹 『アカネ 私の言う事 聞いて』
 アカネ「美樹ちゃん わかったから 暗示を繰り返すのはやめて
     でも 今日が最後だからね」
 美樹 『アカネ ありがと』

美樹をベッドに仰向けに寝かせて美樹の額に自分の指を置くアカネ
美樹の額をトントンと2度指先で軽く叩く
身体が浮き上がるような感覚と共に意識が遠のいていく美樹

 美樹 『ひっかかった・・・』

美樹に握られている左手から襲ってくる感覚に飲み込まれて行くアカネ 暗転

闇:横になっているアカネ アカネの額を指先で叩いている美樹(BGM:雨)

 アカネ『あ・・・・私・・・・』
 美樹 『やっと気が付いた』
 アカネ『ここは?』
 美樹 『さぁ・・・どこだろ? 気が付いた時 私もここにいたし』

トントン アカネの額を指先で叩く美樹 意識がまた遠のくアカネ

 アカネ『あ・・・・・・・・あうぅぅ 美樹ちゃんそれやめて』
 美樹 『アカネ 気持ちいいでしょ?』
 アカネ『でもやめて』

アカネの額を指先で叩きながら言葉を続ける美樹

 美樹 『アカネは独りじゃない アカネは淋しくない
     私がいる 澪だっている 先輩だっている だからアカネは独りじゃない』
 アカネ『美樹ちゃん・・・それ 暗示のつもり?』
 美樹 『ダメ?』
 アカネ『なんか・・・目が覚めちゃった』
 美樹 『ひどーい』

起き上がって美樹に身体を預けるアカネ

 アカネ『温かい・・・先輩と・・・同じ・・・・』

アカネの脳裏に私との再会からの光景が断続的に再現される

 アカネ『クリスマス・・・・先輩は・・・・一緒にいてもいいって言ってくれた
              ・
              ・
     お正月・・・先輩は・・・・振り袖を用意してくれた
              ・
              ・
     始業式・・先輩は・・・私に・・・・』

自分の唇に手をあてている美樹

 美樹 『先輩とキスしたの?』

頭の中に広がるドロリとした感触にとまどうアカネ

 アカネ『始業式・・先輩は・・・私に・・・・
              ・
              ・
     始業式・・先輩は・・・私に・・・・
              ・
              ・
     始業式・・先輩は・・・・・
              ・
              ・
     ・・・・・先輩は・・・・・』

 美樹 『なんか・・・私まで 変になりそう』

自分の頭の中に広がってくるドロリとした感触を振り払うように
ブンブンと首を振る美樹

 アカネ『誕生日も・・先輩は・・・はぅぅ・・・
     仝∞♀☆・・・@・・◎∂・¶Θ・ξ・・・』

なにやら意味不明な事を呟き始めるアカネ

 美樹 『うぅぅ 今の凄かった・・・・
     なんか・・・・頭の芯が痺れてるよぉ・・・・』
 
 アカネ『・・・Ψゑ・・‰◎・∴ゞ・・・£∀・・・♯・・⇔』

すでに声が言葉にすらなっていないアカネ

 美樹 『えーっと・・・アカネが先輩の事を思い出すと・・・・
     私がアカネの思い出に入っちゃって・・・・
     生身の感覚に慣れてないアカネは私の反応に引き込まれて・・・・』

状況分析を始める美樹

 美樹 『よし』

トントンと指先でアカネの額を叩きながら耳元で囁く美樹

 美樹 『アカネは先輩とのキスを思い出す
     アカネは先輩とのキスを思い出す
     アカネは先輩とのキスを思い出す』

 アカネ『!ゑ∴ξ・£・・』
 
美樹の頭の中をドロリとした感触が埋め尽くす

 美樹 『あはははは・・・・ははは・・・・アカネ大好き』

アカネの頬に自分の頬をこすり付ける美樹

 美樹 『アカネ 一緒に寝よ』

アカネを抱きかかえて共に横になる美樹 そしてアカネの耳元に囁き続ける

 美樹 『アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す』

アカネに呪いの言葉を投げて得られる快感に溺れていく美樹

 美樹 『あははは はははは』

暗転

朝 美樹の部屋:ベッドに腰掛けて手鏡に自分の顔を映している美樹(BGM:虹をみた小径)

 美樹 「あうぅ・・・・泪とよだれの跡・・・・・顔がパリパリする」

何条もの白く乾いたラインが美樹の顔を彩る
手鏡をベッドサイドに置き 鈍くぼやけている頭を振って制服に着替え始める美樹
ヌルリとした冷たい感触を覚える

 美樹 「・・・・下着も・・・・凄い事になってる・・・・・」
 
下着を下ろそうとした姿勢でバランスを崩した美樹はコテンとベッドに倒れこむ

 美樹 「アカネのばかぁ・・・うううぅ・・・ふらふらするよぉ」

ゆっくりとベッドから置きあがった美樹はモサモサと自分の部屋を後にする

 美樹 「シャワー浴びなくっちゃ」

美樹退場

風呂場:シャワーを浴びている美樹(BGM:雨)

肌を打つお湯の刺激に美樹の意識がハッキリとしてくる

 美樹 「あれ? アカネは? えっと・・・・私の部屋にはいなかった・・・」
 美樹 『アカネ まだ寝てるの?』

自問(?)する美樹 返事の替わりに昨夜のドロリとした快感が美樹を襲う

 美樹 『はうぅ・・・ちょっと アカネ起きてよ』

コックを開けてシャワーの水圧を上げる美樹 肌を打つ刺激に痛みが伴う 
美樹の意識の中に小さなノイズが走る

     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     あ・・・あれ・・・・?????
  
 美樹 『アカネ シャワーが痛いから 早く起きてよ』
 アカネ『うん・・・・痛い・・・チクチクする』

コックを戻してシャワーの水圧を戻す美樹

 アカネ『あ・・・・もう痛くない・・・』
 美樹 『だから 寝ぼけてないで・・・』
 アカネ『えっと・・・・私はアカネ・・・・あなたは美樹ちゃん・・・
     うん大丈夫・・・・ちゃんと区別できる・・・・』

 美樹 『ちょっと・・・・何? 区別って????・・・』
 アカネ『昨日の夜から 私 自分と美樹ちゃんの事 区別できなくなってた』
 美樹 『それって 私がアカネに乗っ取られてたって事?』

 アカネ『多分・・・違うと思う・・・ただ 私と美樹ちゃんの意識が
     深い所でくっついてたから・・・・』
 美樹 『私はちゃんと 私とアカネの区別は出来てたよ』
 アカネ『美樹ちゃんも自分の思い出と私の思い出を区別できなくなってたよ』

 美樹 『え? あれはアカネの思い出が見えてただけじゃないの?』
 アカネ『美樹ちゃんは私の思い出を再生してたよ
     それって自分の思い出と私の思い出の区別が出来てないって事よね』
 美樹 『うー・・・・でもそれってよくない事なの?』
 アカネ『わからない・・・・
     でもそれって私が美樹ちゃんになっちゃうって事だから
     それがいい事なのか・・・悪い事なのか・・・・』

 美樹 『やっぱり アカネに乗っ取られるって事なの?』
 アカネ『私は元々茜に捨てられた思い出のかけらだから・・・
     私が美樹ちゃんの思い出になっちゃってもいいのかも』
 美樹 『私は嫌よ アカネはアカネだもん
     それに他人の思い出なんか押しつけられたくないわ』
 アカネ『そうよね・・・・そう』

 美樹 『あぁ・・・そうやってすぐ落ち込むんだから』
 アカネ『そう?』
 美樹 『・・・・幽霊の様なモノ・・・・里村茜の生霊
     ちはやさんはそう言ってた・・・・けど』
 アカネ『人間の悪意・・・って』
 美樹 『そんな風に言われたら落ち込む気持ちも判らなくは無いけど・・・・
     ・・けど アカネって結構人間臭いよね
     落ち込んだり喜んだり 泣いたり笑ったり』

 アカネ『美樹ちゃん風邪ひかないでね』
 美樹 『?????何???いきなり????』
 アカネ『美樹ちゃんは今虚ろな瞳をしてシャワーを浴びてるから』

 美樹 『あ・・・シャワー・・・でも・・感覚が無い・・・・・』
 アカネ『いい気持ちでしょ』
 
アカネは美樹の手を使ってシャワーのコックを閉じる

 美樹 『アカネ 照れ隠しにそーゆー事するのは やめてくれないかな?』
 アカネ「私が照れ隠しでやっていると思って?」

美樹はアカネの台詞を呟きながら浴室の棚に置かれたバスタオルをとって髪を拭きはじめる

 美樹 『あ・・・・それ・・・なんか便利ね 私もう少し寝てるから
     アカネ 私を学校まで連れて行ってね』

 アカネ「私は美樹ちゃんに酷い事してるんだよ!」
 美樹 『アカネ・・・・照れるのは構わないんだけど
     私の顔を赤くしながら悪びれるのは・・・・・・』
 アカネ「怒って赤くなってるの!」
 美樹 『ふーん・・・・赤くなったのは認めるんだ』
 アカネ「あうぅぅ・・・・」

 美樹 『ま、それはそれとして アカネ 私の言う事 聞いて』
 アカネ「わっ!」

      アカネ 私の言う事 聞いて

アカネの中に暗示の言葉が響く そして次の暗示がリピートされる

     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
     アカネは先輩とのキスを思い出す
              ・
              ・
 アカネ『はえぇぇ〜 美樹ちゃん酷いよぉ』

まだ濡れている髪を掻き上げる美樹

 美樹 「照れ隠しに悪戯するぐらいなら 先輩の事でも思い出してなさい」
 
 アカネ『えへへ せんぱぁい・・・・えへへへへ』

戯けて応戦するアカネ ドロリとした快感がまた美樹の頭の中に広がる
小鳥のさえずる爽やかな朝の情景に血で血を洗う一進一退の攻防が繰り広げられる

 小鳥 「ちゅん ちゅん」(いかにもとってつけた様にわざとらしく)

アカネの教室:澪(BGM:無邪気に笑顔)
アカネと美樹登場 2人を怪訝そうな顔で見ている澪

 澪  『うぅぅぅぅ』
 美樹 「澪ちゃんどうしたの?」
 澪  『今日はアカネちゃんが美樹ちゃんにくっついているの』

美樹に身体を寄せたままボーっとしているアカネ

 澪  『アカネちゃん?』
 
スケッチブックを取り出して文字を書き始めようとする澪

 アカネ「・・・えへへ」

時折薄ら笑いを見せるアカネ

 美樹 「アカネ・・・壊れちゃった」

スケッチブックに文字を走らせていた澪の手が止まる

 澪  『アカネちゃんに何をしたの?』
 美樹 「ちょっと私の注意が足りなくて・・・・・」

 澪  『注意?』

アカネが拾い食いしている よからぬ想像をする澪

 美樹 「だから・・・先輩に修理して貰わないと・・・」
 
 アカネ「せんばいぃ・・・えへへ・・・・」

美樹の言葉に反応して薄ら笑いが倍加するアカネ

 澪  『怖いの』
 美樹 「とりあえず・・・治す方法はあるんだけど」

アカネから身体を離す美樹 アカネの薄ら笑いが治まる

 澪  『でも・・・目の焦点が合ってないの』
 美樹 「これはこれで怖いから・・・・・
     無表情なアカネよりも笑顔の方が少しはましかなって思って」

アカネの手をひいて席に座らせる美樹
アカネの目の前でチラチラと手を振っている澪

 澪  『ううう 何も見えて無いの』

机に倒れかけたアカネの額が澪の手に触れる

ゑ‰◎∴ゞ◎∂¶£∀♯⇔Θ仝∞♀☆@ξΨ

意味不明のノイズが澪を襲う 慌ててアカネから手を離す澪
支えを失ったアカネはコテンと机に突っ伏す

 澪  『美樹ちゃん 今の何?』
 美樹 「えーと・・・・説明に困る・・・狂気????」

 アカネ「ううぅ・・・」

突っ伏していたアカネがゆっくりと身体を起こす 机にぶつけた額が少し赤い
(BGM:偽りのテンペスト)

 アカネ「痛たたた・・・やっと・・・・薬が切れたみたい」
 澪  『お薬なの????』
 アカネ「美樹ちゃんが私を薬漬けにして・・・・」

美樹がアカネの口に薬の山をねじ込んでいる よからぬ想像をする澪

 美樹 「わぁぁ!! 人聞きの悪い事言わないで!」
 アカネ「う〜 頭がまだ ボーっとしてる・・・・」

心配そうにアカネの額に手をあてる澪

¶£∀・・・@ξ・・・◎∴・・・

散発的にノイズが澪に流れ込む

 澪  『だいぶ良くなったみたいなの』
 アカネ「昨日 ”熱さまし”って美樹ちゃんから薬を貰って飲んだら・・・・
     それから・・・・えっと・・・・・あれ????」
 美樹 「あれは本当に熱さまし アカネって薬に弱いのね
     薬飲んだら妙にハイになっちゃって先輩の惚気話を延々と・・・・」

 アカネ「え?・・・・」
 美樹 「先輩とキスした話とか 先輩とキスした話とか 先輩とキスした話とか・・・・
     何度も何度も繰り返すの 酔っ払いだってそんなには酷くないわ」

 澪  『先輩とキスしたの?』
 美樹 「2回も しかもアカネの方からねだって」
 アカネ「わぁぁ 美樹ちゃんやめて!」
 美樹 「2回目は誕生日に私達が帰った後で 先輩とキスしたんだって・・・」

 アカネ「あうぅぅ 美樹ちゃん酷い ”内緒にして”って言ったのに」
 美樹 「そんな事言ってない 第一自慢気に話してたじゃない」
 アカネ「うぅぅ酔っ払いの戯言って 聞き流して欲しかった・・・・・」

 美樹 「私がいいかげんうんざりして逃げ出そうとしたら
     私の腕掴んで話し続けたじゃない 嫌でも覚えるわ」
 澪  『それでアカネちゃん美樹ちゃんにくっついてたの?』
 美樹 「私の事を逃がさないつもりだったんでしょ」
 
 澪  『アカネちゃん怖いの』
 美樹 「アカネがお酒を覚えるようになったら 本当に怖いわね」
 アカネ「あうぅぅ・・・・」

 暗転

放課後 登山部部室:私(BGM:海鳴り)
アカネを連れた美樹登場

 美樹 「ここは淋しいですね」
 私  「みんな直接 家庭科実習室へ行ってるからね
     昼休みに美樹ちゃんが教室に来て
     ”放課後部室に”って言った時は何事かと思ったよ」

少し頬を染めている美樹

 美樹 「あまり人目に付きたくはなかったので・・・それでアカネの事なんですが」
 
美樹の後ろで何かに耐えているアカネ
そんなアカネと私の視線が交差する プチっと何かがアカネの中で弾ける
ふらふらと私に歩み寄るアカネ 私の腕に自分の腕を絡める

 アカネ「えへへへ・・・せんぱいぃ・・・」
 美樹 「アカネをお返しします それと・・・ごめんなさい
     アカネを・・・・その・・・・えっと・・・・」
 
擦り寄ってるアカネの頭を撫でている私

 私  「確かに見事な壊れっぷリだね こんなに感情的なアカネははじめてだよ
     それで美樹ちゃんの方は落ち付いた?」

 美樹 「え?」
 私  「山で迷子になった件」
 美樹 「はい・・・もう大丈夫です・・・でも・・それでアカネが・・・」
 私  「じゃアカネも壊れ甲斐があったわけだ」
 美樹 「でも・・・アカネが!」

 私  「心配無い無い アカネは物理的に壊れるハードウェアは持ってないから
     すぐに元に戻るよ むしろ心配なのは美樹ちゃんが少し壊れたって事かな?」
 美樹 「私が壊れた?」
 私  「今のアカネって美樹ちゃんの身体の変化をそのまま反映してるんじゃないのかな?」

 美樹 「えっと・・・はい 私少しドキドキしてます」
 私  「まったく・・・アカネも荒療治をするものだな・・・・」
 美樹 「私がドキドキしてるのは アカネが先輩を好きだから・・・・」
 私  「アカネが自分の衝動を抑えられないなんて 新鮮な発見だよ」
 美樹 「アカネが抑えられないのは それがきっと私の衝動だから・・・・」
 私  「そうなの?」

 美樹 「はい 昨日1晩私はアカネと1つになってた気がします」
 私  「今は?」
 美樹 「私は私です きっと アカネもアカネです」
 私  「だったら問題無い 美樹ちゃんのドキドキも治まるよ」
 美樹 「すこし・・・残念な気もします」(下げトーン)
 私  「上出来 じゃ実習室に行くかな?」
 
 美樹 「アカネをこのまま連れて行くんですか?」
 私  「今のアカネにまともな判断は出来ないと思うよ
     なら アカネが落ち付くまでアカネのしたい様にさせるさ」
 美樹 「すこし・・・残念な気もします」(上げトーン)

一同退場

家庭科実習室:登山部一同 家庭部一同(BGM:日々のいとまに)
私の腕に絡み付いて顔をゴシゴシと私の服に擦り付けているアカネ

 部員2  「アカネちゃんに禁断症状が出てる」
 部員1  「ばか! そんなにマジマジと見ているんじゃないの!」
 部員2  「確か 昨日彼は副部長と一緒に帰っていましたよね?」

はっと副部長に視線を投げる部長

 副部長  「”一緒に”って帰る方向が同じだっただけよ」
 部員2  「彼に副部長の匂いが残ってて アカネちゃんがゴシゴシしてる」
 部員1  「あんたは・・・・まったく・・・はぁ」

ゴシゴシを止めて目を細めて身体を私に預けるアカネ

 部員2  「やっと副部長の匂いが消えたみたいね」
 部員1  「いいかげん しつこい!」
 部員2  「昨日は副部長のお兄さんも迎えに来ていましたよね
       彼を家族に紹介したんですか?」

 部長   「ふくぶちょう・・・・それは酷い せめて僕にもチャンスを!」
 副部長  「わぁぁ! 部長まで茶化さないで下さい!!
       昨日は兄さんが彼と試合をするのに迎えに来てただけです」
 部員2  「果し合いを?」
 副部長  「・・・・・」

寝息を立て始めるアカネ アカネの身体から次第に色が抜けていく
慌てて美樹がアカネの手を引っ張って廊下に退場

廊下:アカネと美樹(BGM:オンユアマーク)

 アカネ  「美樹ちゃんひどいよぉ 今とってもいい気持ちだったのにぃ」
 美樹   「眠るんだったらどっか人目に付かない所で姿を消して来て」
 アカネ  「もういい 目が覚めた」

 美樹   「アカネ・・・・落ち付いた?」
 アカネ  「うん・・・・取り合えず大丈夫・・・・でも・・・・」
 美樹   「でも・・なに?」
 アカネ  「私 先輩の事 意識しすぎちゃって・・・・今まで通りの生活は無理かも
       先輩の事考えるだけで 頭の中で美樹ちゃんの言葉がガンガン響いちゃって
       頭の芯が痺れてきて ドロっとした感覚でいっぱいになって・・・・」

 美樹   「それが脳内麻薬?」
 アカネ  「多分・・・・少しでも意識が残ってる間はいいけど
       意識が無くなったら姿も見せてられなくなるから・・・普通の生活が出来なくなるかも」
 美樹   「アカネ ごめん」
 アカネ  「冗談よ」

 美樹   「?????」
 アカネ  「美樹ちゃんが一緒にいてくれないと・・・・その・・・薬が・・・」
 美樹   「呆れた・・・・私に脳内麻薬を出させて味わうつもり?」

 アカネ  「私に薬の味を覚えさせたのは美樹ちゃんなんだから責任とってよね」
 美樹   「うぅぅ 人聞きの悪い・・・それにその台詞は男の子に言って」
 アカネ  「美樹ちゃん頼りにしてるからぁ」

 美樹   「アカネ 性格少し変わった?」
 アカネ  「そぉ?」
 美樹   「オドオドした感じが少なくなったみたい」
 アカネ  「うーん 自覚はあんまり無いんだけど」
 美樹   「いい傾向だから いいか」
 
2人実習室へ退場

再び家庭科実習室:登山部一同 家庭部一同(BGM:追想)
私の隣に腰掛けて頭を私の肩に預けるアカネ

 アカネ  「先輩は私のモノ・・・」
 私    「人並みに欲まで出てきましたか」 
 アカネ  「嫌い?」
 
 私    「部活を始めて だいぶ人間にも慣れたよ
       クラスと違って無視し続けていればいいわけじゃ無いから」 
 アカネ  「先輩は私のモノ・・・」

またゴシゴシと顔を私の服に擦り付けるアカネ

 美樹   「先輩・・・アカネ何してるんですか?」
 私    「多分 マーキング 私はアカネの縄張りなんだと」 
 美樹   「???? 普通そんな事しませんよね?」
 私    「アカネの目の前で同じ事した奴がいてね・・・その時に覚えたのかな?」 
 美樹   「先輩にマーキングを?」
 私    「そいつは寝ぼけてたんだけど・・・・まったく妙な事ばかり覚える」 

私の肩に手を置く美樹

 美樹   「縄張りの割にはアカネは攻撃してきませんね」
 私    「アカネには本能自体が無いから実体験した事しか反応出来ないんだろうな」 
 
 家庭部員2「ねぇ彼氏 今日はどうするの?」
 私    「見てのとーり とりこみ中なんで テキトーによろしく」 
 家庭部員2「りぉーかーい」

 家庭部長 「あなたの部員が特訓を放棄してあんな事を言ってますけど」
 部長   「戦時逃亡罪は現場司令官の権限で処罰してもいいのだが・・・・」
 部員2  「極刑?」
 部長   「いいねぇそれ 副部長 彼に手料理を振る舞ってくれ」
 部員1  「本当に殺す気ですか?」
 副部長  「部長 茶化すのはやめて下さい」

 部長   「茶化してはいないつもりなんだがな 彼とアカネちゃんと美樹ちゃんに
       副部長の自慢の手料理を振る舞ってくれ」
 副部長  「カレーしか作れませんよ」

調理台に向かう副部長

 家庭部長 「お茶の事 色々調べてきたんだけどな」

ぐずぐずになっているアカネに視線を投げる家庭部長 そして副部長の方へ向かう

 家庭部長 「アカネちゃん幸せそうね」
 副部長  「ほんとに・・・・・」
 家庭部長 「でも美樹ちゃんの方が顔が赤い気がするんだけど・・・・
       それに美樹ちゃんも彼から離れようとしないし」

鍋に水を張る副部長

 副部長  「一応 彼は和泉さんの命の恩人だから・・・・」

 美樹   「アカネ もういい? これ以上先輩の側にいたら
       私まで変になりそう」
 アカネ  「・・・・あ・・・もう少し側にいて・・・・」
 美樹   「私も先輩の事 好きになってもいい?」
 アカネ  「それ・・・・嫌・・・・」

 美樹   「私が先輩の事を好きになったら
       アカネはもっと幸せな気分になれるわよ」
 アカネ  「でも・・・・嫌・・・・」

 美樹   「じゃあ」

席を離れる美樹 美樹の背中を視線で追いながら
高揚した気分が萎えるのを名残惜しそうにするアカネ

 アカネ  「私は・・・・人間じゃないから・・・・」
 私    「そうか・・・・」

 部員2  「美樹ちゃん2人をほっといていいの?」
 美樹   「アカネの毒気に当てられて・・・・・なんか私まで変になっちゃいそうで」
 部員2  「”先輩”の隣で赤い顔してたくせに」
 美樹   「ふう・・・だから逃げてきたの
       顔が赤くなってるぐらいならまだいいんだけど・・・ね」

 部員2  「”先輩”は嫌い?」
 美樹   「好きになりたい人じゃないわ」
 部員2  「そう 残念ね」
 美樹   「なにが?」
 部員2  「アカネちゃんと美樹ちゃんが”先輩”を取り合う修羅場が楽しめないじゃない」
 美樹   「・・・・先輩・・・・悪趣味」
 部員2  「ありがと」
 
調理台に置いてあるガラス製のシリンダーに視線を投げる部員1

 部員1  「珍しいモノがあるのね 家庭部はティーポットを使っていると思ってた」
 家庭部員3「茶道具ならなんでもあるわよ ビーカー使うよりはましでしょ ほー」 
 家庭部員2「ほー?」 
 家庭部員3「ほほほほほほほ」 
 家庭部員2「それも やめて」 
 家庭部員3「あのですね 私の事を否定するのはやめてくれません?」 
 家庭部員2「耳障りな高い声はやめて」 
 家庭部員3「うぅぅ」 

 アカネ  「・・・・先輩・・・紅茶の実験・・・やってきます」

白衣に袖を通すアカネ

 私    「ああ」
 アカネ  「先輩・・・少し・・・つらいです」
 私    「そうか」
 アカネ  「やっぱり私は人間じゃないんですよね」
 私    「そうだな」
 アカネ  「私は・・・つらいんですよ・・・・
       美樹ちゃんがいないと・・・私は 人を好きになる意味もわからないんですよ」
 私    「だろうな」

 アカネ  「それでも私は生きていていいんですか?」
 私    「ああ アカネが望む限り」
 アカネ  「私は・・・つらいんですよ・・・・もう望めなくなりそうです」
 私    「そうか」
 アカネ  「先輩はわかってくれないんですね・・・・・」
 私    「そう思われてもしかたないか」

 アカネ  「紅茶を淹れに行って来ます・・・・・・・・
       方法が無いのはわかっています  でも私はつらいんですよ」

アカネ調理台の方へ移動

モノローグ:私(スポットライト)

 判ってはいるさ・・・・それに方法が無いわけじゃない
 方法が・・・・・

モノローグ:アカネ(スポットライト)

 方法が無い・・・・ううん、方法はある・・・・
 誰かに憑依いて その人を私のモノにしてしまえばいい
 そう そうすれば・・・・・私にだって・・・・

 でもね 先輩 私にはそれが出来ないんですよ・・・・
 先輩が出来なくしちゃったんですよ・・・・
 それを先輩は判ってくれないんですね

モノローグ:私(スポットライト)

 方法が・・・・・ふ・・・まったく・・らしくないな

淫らな妄想をしてみる私

 ・・らしくないな・・・・まったく

カレーの下ごしらえが終わった鍋を火にかける副部長
火の番を家庭部長に任せて私の方へ歩いてくる
(BGM:雨)

 副部長  「堪えていますか?」
 私    「確かにな・・・・それで、トドメを刺しに来た?」
 副部長  「アカネちゃんは本来在るべき所に帰ったほうがいいんじゃないですか?」
 私    「本来・・・か アカネに消えてしまえと?
       それとも アイツを忘れる事で耐えた茜に過去を思い出せと?
       どっちも出来ない話だな」

 副部長  「でも・・・ですね 茜さんがお姉さんを思い出して
       過去を乗り越える事が1番だと 私は思います」
 私    「では 副部長次善の策は?」
 副部長  「次善はありませんよ」

 私    「正義の女神様は言う事がキツイ」
 副部長  「人間の罪を裁くのがあなたの仕事でしょ?」
 私    「私は罪を量るだけ 裁くのは女神様」
 副部長  「そうでしたね ではあなたには次善の策はありますか?」

 私    「まぁね・・・そこに罪が・・・人の悪意が有り続ける限り」
 副部長  「・・・・その為に私を利用したんですか?」

 私    「別に・・・光と闇がパワーバランスをとって安定する事が世界なら
       ここには光と闇の両方が必要 で闇はいた
       後は光を用意するだけでいい」
 副部長  「だから・・・あの”ちはや”が来た 今は私が・・・居る」
 私    「昨日の1件は副部長にもメリットはあったと思うんだけど?」
 副部長  「そういう駆け引きはやめて下さい 私に何をやらせたいんですか?」

 私    「パワーバランスをとる事 より強い光は より暗い影を生む
       より暗い影が必要なら より強い光を用意する それだけ」
 
 副部長  「あなたが束ねた闇を使った後の・・・後始末を私にさせるのね」
 私    「たぶん副部長は何もしなくていいと思うよ
       光はあるだけで影を生むのだから」

少しおどけて見せる副部長

 副部長  「まったく・・・・あなただけにいい思いはさせません」
 私    「副部長もアストレアの長剣で存分に人間を裁いていけばいい」
 副部長  「やめて下さい 天秤を持たずに 暴走する正義なんて・・・・」
 私    「副部長ならそう言ってくれると思っていたよ」

 副部長  「それと 近いうちに正式に”ちはや”を継ぐ為の儀式があります」
 私    「私にはあまり関係無い話だと思うけど」
 副部長  「その・・・・えっと・・・部長を・・・・守ってください」
 私    「それは依頼?」
 副部長  「はい」
 私    「報酬は?」
 副部長  「あなたの事は見て見ないフリをします」
 私    「おぉ!! 正義と悪の癒着構造」
 副部長  「こういうのお好きでしたよね?」

 私    「依頼は了解した」
 副部長  「はい」

コトコトと副部長の鍋が音を立てている調理台

 家庭部長 「アカネちゃん大丈夫? ぐずぐずになってたみたいだけど」
 アカネ  「もう・・・大丈夫です・・・・」
 家庭部長 「今日はメリオールを用意しておいたから これで淹れてみましょ」
 アカネ  「これ・・・紅茶を淹れるのに使ってました? コーヒーには使ってませんでした?」

 家庭部長 「コーヒーには使ってないわ ま、紅茶にも使ってないけどね
       今まで使う機会も無かったから使うのは今日がはじめて」
 アカネ  「使っていないのに・・・・どうして?」
 家庭部長 「アカネちゃん 紅茶淹れるのにメリオールを買って貰ったんでしょ?」

私に視線を投げる家庭部長

 アカネ  「先輩から?」
 家庭部長 「そうよ だからねあんまり辛そうな顔を彼に見せたらダメよ
       アカネちゃんにも不満な事はあるんでしょうけど
       彼なりに精一杯の事はね していると思うから」
 
鍋の横で火にかけられているヤカンの蓋をとってお湯の状態を確かめている家庭部長

 家庭部長 「今日は少し低い温度で淹れてみましょうか」
 アカネ  「温度ですか?」
 
 家庭部長 「そう 紅茶のタンニン えっと渋みの成分の事ね
       そのタンニンはお湯の温度が高いほど良く出るから」

 アカネ  「逆にタンニンを出さないようにするにはお湯の温度を下げればいい?」
 家庭部長 「旨味とか甘味の成分は温度が低くても出るみたいだから・・・・
       問題は抽出の温度と時間をどうするのか?ってところよね」

メリオールに茶葉を入れてお湯を勢い良く注ぎ込む
一旦はお湯の中に舞い上がった茶葉がゆらゆらと沈んでいく

 アカネ  「あまり葉っぱが踊りませんね・・・・」

沈んだ茶葉の周りに褐色のモヤが広がる

 家庭部長 「ジャンピングが起きないなら・・・・失敗ね
       これじゃ茶葉が重なり過ぎて味が出ないわ
       困ったわ お湯の温度が低いとジャンピング起きないのね」

 アカネ  「ジャンピングってどうして起きます?」

化学部から借用中のビーカーを眺めながら話すアカネ
アカネの視線を追う家庭部長

 家庭部長 「”どうして?”ってお湯の対流に茶葉が乗るから
       温度が低いと対流自身も弱くなるから・・・・・・」

 アカネ  「つまり・・・熱が足りないんですよね」
 家庭部長 「そうだけど・・・お湯の温度を上げるとタンニンが出過ぎるのよ」
 アカネ  「お湯の温度を上げずに熱を確保すればいい?」
 家庭部長 「熱を損なわないように保温をすると今度は温度差が無くなって
       対流が起きなくなるわ・・・・・八方塞がりね」

 アカネ  「例えばジャンピングの替わりに茶葉を掻き混ぜればいい?」
 家庭部長 「それは・・・茶葉を絞るようなものだから 雑味はむしろ増えると思うわ」
 アカネ  「何か方法はありそうだけど・・・・」

 家庭部長 「別の方法ね・・・・
       ジャンピングが起きるもう一つの理由 お湯の温度が上がって溶けきれなくなって
       泡になった空気が茶葉に付いて浮き上がらせる 水面で泡がはじけて茶葉が沈む その繰り返し
       こっちから攻めてみる?」

雪見 澪 登場

 雪見   「神代 おすそわけ貰いに来たよ」
 澪    「おじゃします なの」 スケッチブックを掲げる澪

暗転

 〜 オート・リバース 〜

私の家 居間:ソファーに座っている私 私の肩に頭を預けているアカネ
(BGM:雨)

私の肩から頭を離してうなだれるアカネ

 アカネ「やっぱり美樹ちゃんがいてくれないとダメですね」

顔を上げて淋しそうに微笑むアカネ
ソファーの前にあるテーブルの上にティッシュを広げてその上に白い珠を置く私

 アカネ「ハッカ飴?」
 私  「例えば 人魚姫が飲んで人間になったと言う真珠
     ただ人魚姫は人間になる代償に声を失った」
 アカネ「?????何???」
 私  「ただの気休めって事 気休めを気休めとして受け取ってくれ」

 アカネ「はぁ・・・・気休めでも無いよりはマシって事ね」
 私  「そーゆーこと」

ハッカ飴をほうばるアカネ

 アカネ「ねぇ 私は人間になった?」
 私  「どこから見てもアカネは間違い無く人間だ」
 アカネ「はぁ・・・・なんか虚しい・・・・」
 私  「その飴を舐めてくれれば 私としては満足さ」
 アカネ「どうして?」

 私  「気休めでも儀式は儀式と言う事」
 アカネ「何? 毒でも入れた?」
 私  「その飴にはハッカが入っている」
 アカネ「何よそれ? 元々ハッカ飴じゃない」

 私  「次は何か代償を貰おうかな?」
 アカネ「何か? 何を? 私は何も持ってないよ」
 私  「そうだな 自由を貰おうか」

自分を指差す私

 アカネ「何? 先輩の中に入って出てくるなって事?
     いいわよ でも付き合うのは朝までですからね
     私にだって学校はあるんだから・・・・」

私の方へ手を伸ばすアカネ

 私  「飴を舐め終わってからにして」
 アカネ「なによ・・・変にこだわるのね 馬鹿みたい
     ふん・・私の気持ちなんて何もわかってないんだから」

茶封筒をアカネに手渡す私

 アカネ「????ラブレターにしては素っ気無いわね」

多少機嫌の悪いアカネが悪態をつく

 私  「当座の生活費」  
 アカネ「私に生活費なんて必要無いじゃない 馬鹿にして」

ガリガリと飴を噛み砕くアカネ

 アカネ「こんな茶番さっさと終わりにするわ
     朝まで話しかけないでね 機嫌悪いんだから」

ブツブツと文句を言いながら私の方へ手を伸ばし姿を消すアカネ

天空に月 空き地 山の風景 キャンプ場 沢

二股 落ち葉に埋もれた虎縞のロープ

そして・・・・幕営をした広場

満天の星 星の雨が降る

暗転

朝 私の部屋:ベッドに寝ている私と全裸のアカネ(BGM:海鳴り)

 アカネ「あうぅぅ・・・頭 痛い・・・」

ゆっくりと身体を起こすアカネ

 アカネ「えーっと 私・・・どうしたんだっけ?・・・・」

アカネが視線を下げるとベッドに今まで寝ていた跡がクッキリと残っている

 アカネ「????私・・・寝ていたんだよね?・・・・」

ベッドサイドの目覚まし時計に視線を投げる

 アカネ「あ・・・遅刻・・・しそう・・・・」

立ちあがろうとしたアカネがバランスを崩して私に倒れ掛かる

 アカネ「先輩・・・ごめん・・・」

死んだように眠りつづける私

 アカネ「先輩?」
 
アカネの脳裏に2月の・・・最初に向こうの世界へ行って
帰ってきた時の情景が甦る そして鈍い頭痛がアカネを襲う

 アカネ「・・・頭 痛い・・・ 身体・・・が・・・重い・・熱い・・・」

フラフラと起きあがるアカネ

 アカネ「・・・だれか・・・呼ばなくちゃ・・・・・先輩が・・・また・・・」
 
私の部屋を出ていくアカネ

玄関脇の廊下:電話の受話器を持って床にへたりこんでいるアカネ

 アカネ「・・・詩子・・・助けて・・・・」

アカネの手から落ちた受話器が床に跳ねる
受話器から詩子の声が流れる

 詩子 『ちょっと アカネなの? どうしたの?・・・』

山頂の電波搭:(BGM:遠いまなざし)

一台のミニバンが電波搭に横付けする
中から作業ツナギの20代前半の男が出てくる
男は門の施錠をポケットから取り出した鍵で開けて中に入る

玄関脇の端末を操作して警報機のロックを解除する
落ち葉に埋もれた量水器を掻き出しコックを開ける
次にキャンプ場へ水を引いているパイプの栓を開ける

量水器のメータをみて水漏れしていない事を確認した男は
ミニバンへ戻り中からごみ袋をいくつか持ち出してキャンプ場へ降りて行く

私の家玄関:廊下にへたり込んで動かないアカネ(BGMは継続)

玄関より詩子登場 アカネを見付けた詩子が慌てて駆け寄る

 詩子 「アカネ! あんた 裸でどうしたの?」

アカネを抱き起こす詩子

 詩子 「熱? アカネが? ちょっとアカネしっかりして」
 アカネ「・・・・・先輩が・・・また・・・目を覚まさない・・・・」
 詩子 「あいつが?」

廊下の先の階段に視線を投げる詩子 だがすぐにアカネに視線を戻す

 詩子 「あいつは寝てるだけなんだね」

アカネを抱え上げようとする詩子

 詩子 「お・・重い・・・・アカネ少しは軽くなりなさい」
 アカネ「・・・詩子・・先輩が・・・」
 詩子 「あいつは後回しよ だからアカネ重いってば」

何とかアカネの身体を背中に乗せて居間へ運びソファーに寝かせる詩子
毛布を持ってきてアカネに掛ける

 アカネ「先輩が・・・詩子・・・先輩が・・・」
 詩子 「今様子見てくるから そんなに心配しないで」

ソファーの前のテーブルに水の入ったコップを置く詩子

 詩子 「水でも飲んで落ち付きなさい」
 
詩子2階へ退場

キャンプ場 炊事場(BGMは継続)

炊事場の蛇口を開けて水の出具合を確かめている男
蛇口を閉めて 辺りに転がっている空き缶をごみ袋に放りこみ
管理小屋に向かう

管理小屋の中でスコップ、ロープ、立て札等を集めていた男は
事務机に置かれた管理台帳を目に留める 管理台帳を開く男

 男  「5月3日か・・・・」

男は管理台帳を閉じて 管理小屋で集めた道具を持って退場

私の家 居間:ソファーに座って毛布にくるまったアカネ(BGMは継続)
アカネがコップを両手に抱えてチビチビやっているところへ
2階より詩子登場

 アカネ「詩子・・・先輩は?」
 詩子 「熱は無いし 呼吸も乱れて無いし ぱっと見 ただ寝てるだけね」
 アカネ「でも・・・先輩・・・起きなかった・・・・あの時みたいに・・・・」
 詩子 「私はアカネの方が心配よ あんたが熱出すなんて・・・・ねぇ 薬はどこ?」

 アカネ「TV台の中に薬箱がある」
 詩子 「あ・・・アカネに薬なんて効くの?
     困ったわねあいつもアカネも医者に連れて行けないし・・・・
     ねぇ・・・誰かあんた達の事判る人 他にいない?」

 アカネ「たぶん・・・副部長・・・だったら」
 詩子 「副部長?・・登山部の?・・・連絡先は?」
 アカネ「電話のところにクラブの連絡簿があって
     神代永遠(とわ)って人が副部長だから・・・・」

 詩子 「判ったわ・・・でも・・・時間大夫かな?
     連絡簿って自宅の電話番号だよね?」

 アカネ「うん・・・」
 詩子 「ダメで元々ね・・・じゃ連絡してくるわ」

詩子玄関へ退場

山 沢と広場への二股(BGMは継続)

広場へ下る道に虎縞のロープを張り直し”水汲み場”と書かれた矢印を立てる男
そして沢の方へ向かう 水汲み場の石畳が欠けた部分を修復していく
沢の中に溜まった落ち葉をさらう
水の流れに沿って歩きごみを拾い上げる
一通りごみを拾い終わった男は沢から虎縞のロープを越えて広場へ向かう

私の家 居間:ソファーに座っている詩子とアカネ(BGMは継続)
アカネの額に手を当てている詩子

 詩子 「熱下がらないね・・・ねぇ まだ動けない?」
 アカネ「うん・・・・なんか身体が重くて・・・・」
 詩子 「ちゃんと寝た方がいいけど・・・・・あたしだけじゃアカネを運べないし」

アカネの首に手を回す

 詩子 「真熱もあるし・・・・副部長さんはやく来てくれないかな?」
 アカネ「詩子 学校は?」
 詩子 「今日は創立記念日よ」
 アカネ「今日も創立記念日?」
 詩子 「軽口叩けるようなら心配無いわね」

 アカネ「私はいいから 先輩を見てきて」
 詩子 「あれはほっといていいわ
     こないだあいつが寝たきりになった時の事思い出したら腹が立ってきた!」
 アカネ「詩子?」
 詩子 「あたしはあいつの何なのよ!!」

ピンポーン チャイムが鳴る

 詩子 「副部長さん来たみたいね」

ソファーから立ち上がる詩子

 アカネ「あ・・・・」
 詩子 「アカネ?」
 アカネ「ごめん なんか心細くなって・・・」
 詩子 「まったく よくそんなんで ”あいつの所に行け”なんて言えたわね」

髪留めを外してアカネに渡す詩子

 詩子 「心細いんならそれ持ってて」
 アカネ「詩子の髪の毛がついてる・・・・」
 詩子 「馬鹿・・・・・」

詩子玄関へ退場

 アカネ「詩子・・・・」

詩子の髪留めを両手で抱くアカネ

私の家 玄関:詩子(BGMは継続)
玄関のドアを開ける詩子

 詩子 「副部長さん?」

ドアの向こうに副部長

 副部長「ええ 詩子さん?」
 詩子 「はい 家の場所はすぐにわかりました?」
 副部長「住所だけで少し手間取りました」
 詩子 「中にどうぞ」
 副部長「おじゃまします」
 
私の家 居間:ソファーに座っているアカネ(BGMは継続)
玄関より詩子と副部長登場

 副部長「電話がもう少し遅かったら 出かけてました」
 詩子 「あの時間に家にいて間に合うの?」
 副部長「家が学校の近所なので」
 詩子 「なんか羨ましいわ あたしなんて隣町だし」

 アカネ「副部長・・・・・」
 副部長「里村さん・・・・あなた」
 詩子 「アカネが熱を出すなんて思ってもみなかった やっぱり病気?」

アカネの額に手を当てる副部長 その後下瞼を下げて瞳を診る
最後にアカネの胸に手を当てる

 アカネ「う・・・副部長・・・胸はやめて・・・くだ・・」
 副部長「彼は?」

 詩子 「あいつは2階だけど・・・・アカネはどうなの?」
 副部長「里村さんは心配ないわ」
 詩子 「ちょっと こんなに熱あるのに? 薬飲ませても平気なの? ねぇ」

副部長2階へ退場

 詩子 「アカネ あんたもしかして仮病?」
 アカネ「ちがう・・・」
 詩子 「だよねぇ 心配ないって? 年中行事か何か? これから脱皮でもするとか?」

まじまじとアカネを眺める詩子

 詩子 「そう言えば副部長さん あんたの胸なんか見てたよねぇ なんかあるの?」

アカネがくるまっている毛布を広げて胸元を覗き込もうとする詩子

 アカネ「詩子やめて」

自由の利かない身体でけなげに身をよじって嫌がるアカネ

 詩子 「まぁ・・・さっき見た限りじゃ三つも四つも胸が付いてたわけでもなかったし・・・・・」

2階より副部長登場

 副部長「酷く消耗してたけど 彼も心配無いわ」
 詩子 「消耗? 衰弱って事?」
 副部長「身体の消耗って意味じゃないわ ただ当分は眠ったままだと思うけど」
 詩子 「よくわからないけど あいつもアカネも心配はしなくていいって事なのね」
 副部長「そう」

アカネの方へ向きなおす副部長(BGM:輝く季節へ)

 副部長「ところで里村さん あなたいつから人間になったの?」
 
 詩子 「アカネが?」
 アカネ「私が? 人間?」 
 
顔を見合わせる詩子とアカネ

 副部長「肌が桜色に染まってるし 瞳も潤んでいるし 乳首も立ってる
     里村さんはただ発情してるだけ 健康そのものよ」

 詩子 「発情って・・・・アカネあんた・・・」
 アカネ「え? え? え? え〜!!」

ポムっと小さく爆発して 一段と鮮やかな桜色に染まるアカネ

 詩子 「アカネ あいつといったい何したの?」
 アカネ「何って・・・・昨日は先輩と一緒に寝て・・・・・」
 詩子 「寝たの?」
 アカネ「ちがうよ 先輩に入ったままで寝て・・・・・・
     朝 気が付いたら先輩の隣で寝てて」
 詩子 「寝てたの?」
 アカネ「そう 意識が無かったはずなのに
     ベッドに私が寝てた跡があったから 変だなとは思ったんだけど
     頭がずーんって感じで痛かったし・・・
     先輩も全然起きなかったから慌てて・・・・」

 副部長「2人とも心配は無いわ・・・・
     私は学校に戻るわ 今からなら2時限目には間に合いそうね」
 
 詩子 「副部長さん 事情をもう少し詳しく説明してくれない?
     アカネが人間になったって いったい何?」

 副部長「里村さんは発情したまま彼の隣に寝ていて
     目が覚めても発情し続けている それだけよ」
 詩子 「だから・・・それがいったい何?」

 副部長「目が覚めたら 自分の言う事を何でも聞いてくれて
     自分の事を無条件で好きになってくれる裸の女の子が隣に寝ている
     男の子なら誰でも持つ様な妄想じゃなくて?」
 詩子 「でも・・・あいつはそんな妄想はしないと思うけど そんなにまともな奴じゃないし」

 副部長「彼がアカネちゃんを人間にするのに悪用したのが
     男の子達のそんな妄想 彼は人の悪意を司るのだから」

 詩子 「本当にそうなら 今のアカネは男に都合のいい生き人形って事よね?」
 副部長「身体だけならね でもそれと里村さんが一緒になったらどうかしら?」

 詩子 「あはは あいつらしいわ 今手に入る材料で何とかする 何するにしてもそうだった」
 副部長「ねぇ もう行ってもいいかしら? 2時限目に遅刻はしたくないんだけど」

 詩子 「最後にもう一つお願い アカネを部屋まで運ぶの手伝って あたし1人じゃ重くって」
 副部長「わかったわ」
       
アカネを抱きかかえようとした副部長の視線がテーブルの茶封筒に留まる

 副部長「ん?」
 アカネ「それ 昨日先輩が当座の生活費って言ってた」
 詩子 「生活費って・・・・あいつそこまで用意しておいてアカネに何も言わなかったの?」

 アカネ「あ・・・・先輩が・わた・・し・・の・・・に・・」

ポム また小さく爆発して 今度は意識が無くなるアカネ

 詩子 「わぁぁ アカネの熱が上がった」
 副部長「彼の事を考えさせるとダメみたいですね」
 詩子 「生き人形だから?」
 副部長「それもあるんでしょうけど 生身の身体に慣れてないからじゃ?」

 詩子 「うーん・・・アカネに身体の使い方教えないとダメって事なのね」
 副部長「お願い出来ますか?」
 詩子 「今日は仕方ないからあたしが面倒見るけど
     アカネの先生はそっちで用意して」

 副部長「構いませんが・・・でも どうしてですか?」
 詩子 「どうして・・・って あたしはあいつとアカネの仲を取り持ちたく無いわよ」
 副部長「まぁ」
 詩子 「”まぁ” じゃないわ なんか腹が立ってきたわ」

ピンとアカネの額を指先で弾く詩子

 アカネ「・・・・んっ・・・ん・・・ん・・」

詩子に頬を擦り付けるアカネ

 副部長「悦んでるみたいですね」
 詩子 「あたしは怒ってるんですからね! 馬鹿にして」
 副部長「まぁ まぁ」

副部長と詩子アカネを抱えて退場

山 幕営した広場(BGM:A Tair)

シェルター作る為に私が切り落とした枝の切り口を見ている男
次に焚き火の消し炭をひとつつまみ 指先でプシっと潰す

そして男は天を仰ぐ

アカネの部屋:布団に寝かされているアカネ アカネを看ている詩子
(BGM:雪のように白く)
アカネの意識が戻る

 アカネ「あ・・・詩子の手・・・・冷たい・・・・」
 詩子 「冷たくて悪かったわね!」
 アカネ「ちがう・・・・悪くない・・・・冷え性・・・・」
 詩子 「誰が冷え性よ!!」
 アカネ「詩子・・・・可哀想・・・・」

 詩子 「私は可哀想じゃない!!」
 アカネ「詩子は可哀想じゃないです」
 詩子 「ちょっと・・・・アカネ?」
 アカネ「はい 私はアカネです」
 詩子 「あんた 正気?」

 アカネ「私は正気ですよ」

身体を起こして満面の笑顔を詩子に返すアカネ
パン! アカネを平手打ちにする詩子

 アカネ「詩子痛いです」
 詩子 「本当に痛い?」
 アカネ「いいえ」
 詩子 「アカネは痛いのが好きよね」
 アカネ「はい 私は痛いのが好きです」

ゴッ! アカネの脳天をぼてくる詩子

 アカネ「あうぅぅ 詩子 痛いよぉ・・・・・」
 詩子 「もう1つ 欲しい?」
 アカネ「詩子 やめて 私が何したのよぉ」

頭を抱えて縮こまるアカネ

 詩子 「やっと否定した・・・・・
     まったくあの馬鹿 女の子をこんなにしといて 自分は高いびき?」

2階の私を睨み付けるように天井に視線を投げる詩子

 詩子 「アカネ あんた今自分が何してたか覚えてる?」
 アカネ「詩子にいぢめられてた」

上目使いに潤んだ瞳で詩子を見上げるアカネ

 詩子 「そんな目であたしを見ない!!
     それにいつまでも真っ赤っかになってるんじゃないわよ!!」
 アカネ「そんな事言われても 私だってどうしたらいいのか わからないよぉ」
 詩子 「とにかくしっかりしなさい」

アカネの肩を掴んで前後に揺する詩子
詩子の方へ揺すられたアカネはそのままクテっと詩子にもたれかかる

 アカネ「ふえぇぇ・・・もう 全然 力が入らないよぉ」
 詩子 「いくら病気じゃないって言っても このままじゃ体力持たないよね」

 アカネ「詩子 冷たくて気持ちいい」
 詩子 「あたしが冷たいんじゃなくて あんたが火照ってんの!! 腹立つわね!」

詩子に肌を押しつけて自分の体温を下げようとするアカネ

 アカネ「・・・どっちでもいい・・・」
 詩子 「アカネ あんたもう何も出来ない?」
 アカネ「”何も”って?」
 詩子 「空を飛んだり 姿を消したりは出来ないんだろうけど・・・・・」

 詩子 『アカネ聞こえる?』
 アカネ『あ・・・うん まだ大丈夫みたい』
 詩子 『よかった・・・・』

 アカネ『何・・・詩子???・・・・あぅ!』

小さなうめき声を上げて2度程痙攣するアカネ
アカネの二の腕に赤い条が浮かぶ
スッとアカネの肌から桜色が引いていく
 
 詩子 「アカネ 落ち着いた?」
 アカネ『あうぅぅ』
 詩子 「満足した?」

ポム 小爆発するアカネ

 アカネ「今の・・・先輩と詩子の・・・・・」
 詩子 「ふん! 嫌な事 思い出させてくれるわね」
 アカネ「ふぅ」

詩子の腕の中で静かに息を吐くアカネ

 詩子 「アカネ 眠くなった?」
 アカネ「うん なんか・・・ふわふわしてる」
 詩子 「そう  でも寝巻は着た方がいいわね アカネの寝巻はどこ?」
 アカネ「和箪笥の下から3番目・・・・・」
 詩子 「下着は?」
 アカネ「下から2番目・・・・・」

アカネから身体を離して立ち上がる詩子
ペシャと力無く布団の上に潰れるアカネ

 アカネ「ひいこぉ・・・・・ひろいぃ・・・・」

和箪笥から1枚のシャツを引き出す詩子

 詩子 「これがアカネの寝巻? あいつのシャツじゃないの?
     よっぽどあたしを怒らせたいみたいね」
 アカネ「ふぇ ふぇ ふぇ・・・・ふるひぃ・・・・」

顔面から布団に突っ込んで窒息しかけているアカネ

 詩子 「・・・・・怒る気も萎えるわ・・・・」
 アカネ「あぷ・・・・・ひいこぉ・・・・らすけれ・・・・」

アカネを無視してタンスから下着を引き出してシャツの上に乗せる詩子
布団に潰れたまま ふぇふぇふぇと うなっているアカネ
アカネを抱き起こす詩子 大きく深呼吸するアカネの胸が上下する

 詩子 「でも、やっぱり 腹立つわね 何よこの肌 真っ白じゃない!!」

下着とシャツを着せながら 火照りの治まったアカネにブツブツと文句を言う詩子
コクコクと船を漕ぎ出すアカネ

 詩子 「あんたは・・・・あたしが機嫌が悪いのわかってる?
     怒ってるの! 怒ってるのよ!!」
 アカネ「詩子は・・・・怒ってなんか無いよ」

スッと頬に紅がさす詩子

 詩子 「眠る前にホットミルク作って上げるから ちょっと待ってなさい」

アカネの着替えを終えた詩子はキッチンに退場
また 布団の上に潰れるアカネ

 アカネ「・・・・ひいこぉ・・・・ふるひぃ・・・・」

しばらくして小さなカップを持って詩子登場 

 アカネ「ひいこぉ・・・・らすけれ・・・・」
 詩子 「まだ起きてるわね」
 アカネ「ひいこぉ ひろいぃ わらとぉ?」
 詩子 「怒ってる って言ったでしょ」

アカネを抱き起こす詩子

 アカネ「詩子 酷いよぉ」

アカネの抗議を無視する詩子

 詩子 「アカネこのカップ誰のプレゼント?」
 アカネ「うぅぅ・・・・しいこぉ」
 詩子 「誰のプレゼント?」
 アカネ「クラスの友達のだけど」

 詩子 「なんだ・・・・あいつから貰ったんじゃないんだ」
 アカネ「でも どうしてプレゼントだって?」
 詩子 「あたしのや茜の紅茶と同じ所に置いてあったから」

アカネの口にホットミルクを含ませる詩子

 アカネ「おいし・・・・」
 詩子 「アカネは甘くしたのが好きよね」
 アカネ「うん・・・・でも 何使ったの? 砂糖じゃない ハチミツでもないし」
 詩子 「メープルシロップ」

大きく息を吸い込むアカネ

 アカネ「あ・・・・世界が・・回ってきた 詩子なにか入れた?」
 詩子 「私の爪の垢」
 アカネ「道理で・・・頭が痺れて来た・・・頭が悪くなってくるみたい」
 詩子 「そんな軽口どこで覚えたんだか」

もう視線が宙を泳いでいるアカネ
カップに残ったホットミルクをゆっくりアカネの喉に流し込む詩子
  
 アカネ「・・・・詩子・・・・大好き・・・」
 詩子 「正気?  ・・・・なワケ無いか・・・・」

詩子の腕の中で寝息を立てているアカネ

 詩子 「意識が無くなる時だったモノね 身体の方の反応よね」

アカネを布団に寝かせる詩子

 詩子 「ブランデーも少し入れたけどね  そうそうアカネ服借りるね」

制服を着替えて居間から外へ向かう詩子
途中生活費の入った茶封筒を手に取る

 詩子 「ま、いいか・・・」

茶封筒をそのままテーブルに置いて詩子退場

 
闇:(BGM:永遠)

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く

腕の中に妙に強張った感触が残る

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く

腕の中のそれは時折逃げ出す様に身を捩る
その度に肌が擦られてうっすらと赤味を帯びる 痛い

痛い・・・痛い・・・痛い・・・そう思う度にそれは
身を捩るのをやめる ただ妙に強張った感触だけが残る でも温かい

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く

それは・・・・耐えかねる様に また身を捩る 肌が痛い その繰り返し
それは・・・それは・・・それは・・・・そして・・・
その爪で・・・・爪で・・・肌を・・・掻きむしる  引き裂かれる様に痛い

でも・・・それは・・・2度と動かない・・・・2度と・・・・
腕の中の感触も消える でも温かい

温かい 温かい 温かい

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く

それに覆い被さる 最後に残った 温もりさえ貪る様に
貪る様に 貪る様に 貪る様に・・・・貪り尽くす様に それを

それを すべてを 貪り尽くす様に

痛い 痛い 痛い 掻きむしられた 肌が痛い
でも貪り続ける それを・・・・最後のひとかけらまで それを貪り尽くす様に

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く

いい匂い いい匂い いい匂い ・・・・・お腹空いたな

コトコト コトコト コトコト 闇の中に軽快な音が響く お腹空いたな

いい匂い お腹空いたな

アカネの部屋:布団に寝かされているアカネ(BGM:ゆらめくひかり)

 アカネ「いい匂い お腹空いたな」

もっさりと布団から起き上がるアカネ
シャツがはだけた二の腕に赤い条が浮かぶ

 アカネ「あ・・・身体が動く・・・・」
 
んーっと腕を上げて伸びをするアカネの視界に
枕元に置かれた異様な物体が目に入る
ギョッとしたアカネは心無しゴワゴワしている下半身を確認する

 アカネ「シイコォ! 私に何履かせてるのよ!!」
 詩子 「あ アカネ起きたの? ご飯すぐ出来るから ちょっと待ってね」(音声のみ) 
 アカネ「そうじゃなくて!」

キッチンより詩子登場

 詩子 「それ買いに行くのにアカネの服借りたから」

枕元の物体に視線を投げる詩子

 詩子 「あたしからのプレゼントだから お金は心配しないで」
 アカネ「でもぉ」
 詩子 「アカネとっても可愛いわよ」
 アカネ「紙おむつはやめて!」

 詩子 「アカネも1人で動けなったじゃない あたしに下の世話までさせるつもり?」
 アカネ「”アカネも”って? え? 先輩も?」
 詩子 「そ ”大好きな先輩”とお揃いの紙おむつよ あたしはあんた達の下の世話はしたくないわ」

 アカネ「先輩とお揃い・・・・・えへへへ」

透き通った白い肌がぱっと桜色に染まるアカネ

 詩子 「うーむ・・・おむつ姿で紅潮しても あんまり色っぽくは無いわね
     あいつってこーゆーのは趣味かしら?」

ブンブンと首を横に振るアカネ

 アカネ「うぅぅぅ・・・・・落ち着いて 落ち着いて 私」
 詩子 「アカネ 今スイッチ入ってた?」
 アカネ「みたい  ん??? ととと、とにかく・・・・おむつは嫌ですからね」

アカネは立ち上がろうとするがバランスを崩して座り込む

 アカネ「ふぇぇぇ・・・・自分の身体じゃないみたい」
 詩子 「後で身体の使い方教えてあげるから 今日はおむつを我慢してなさい」
 アカネ「ふぇぇぇ・・・・」

詩子キッチンへ退場 そして丼を二つお盆に乗せて抱えて帰ってくる

 詩子 「アカネ これ食べてて あたしはあいつに食べさせてくるから」

丼の1つをアカネに渡す詩子

 アカネ「詩子が???・・・・うーと メニューは?」
 詩子 「卵仕立ての白粥よ」
 アカネ「ええ? 詩子が!?」
 詩子 「あたしにだって作れる料理ぐらいあるわよ!」
 アカネ「信じられない」
 詩子 「ふん! 馬鹿にして・・・・ あたしに・・・だって・・・・」

丼を覗き込んでいるアカネ

 アカネ「見た目は・・・・美味しそうよね・・・・」

丼を指先でつついているアカネ
そんなアカネを切なそうに見ている詩子

 詩子 「アカネは随分よくなったよ」
 アカネ「詩子?」
 詩子 「食べられる代物だから 気に入らなくても我慢してね」

ポンとアカネの頭に手を置く詩子

 詩子 「素直ないい子過ぎるのは あいつは喜ばないから」
 アカネ「?」
 詩子 「あたし・・・何やっているんだろう?」
 アカネ「詩子・・・」
 詩子 「まぁ、いいか アカネそれ残さず食べなさいよ!」
 アカネ「え? ”気に入らなかったら”って詩子が・・・」
 詩子 「”我慢しろ”って言ったでしょ」
 アカネ「何が何でも残すなって事なのぉ しいこぉ」
 詩子 「そうよ」

詩子2階へ退場

丼を抱えてレンゲで粥をすするアカネ
 
 アカネ「おいしい・・・・詩子は先輩の為に作ったのね 悔しいな」

また一口粥をゆっくり口に運ぶアカネ
 
 アカネ「鈍い身体・・・・・」

そしてまた一口・・・・・

 アカネ「悔しいな・・・・詩子が先輩に食べさせているのね・・・・・」
 
そしてまた一口 ゆっくりと粥をすすり続けるアカネ

私の食事が終わった詩子が またホットミルク入りのカップを持ってキッチンより登場

 詩子 「アカネ 全部食べてくれたの おいしかった?」
 アカネ「そんなこと・・・・聞かないで・・・・・」
 詩子 「認めたく無いのね  ありがと」
 アカネ「先輩は?」

 詩子 「ウーン 抵抗出来ない人を好きな様に出来るって
     とっても気持ちいいよね ねぇア・カ・ネ♪」
 
さっきの夢の光景を思い出してまた肌が桜色に染まるアカネ

 詩子 「ほんとにいい反応だこと アカネ ホットミルクを飲みなさい」

アカネにカップを手渡す詩子

 アカネ「はい詩子・・・・・・じゃないぃぃ!!」
 
ブンブンブンブン 頭を振り回すアカネ

 アカネ「あぁぁぁ 目が回るぅ・・・・」
 詩子 「かはは アカネ面白い!」

服を脱いで下着姿になっている詩子

 アカネ「詩子 何!!」
 詩子 「アカネ 服をしわにされたくないでしょ?
     あたしも制服しわにしたくないし」

もそもそとアカネの布団に潜り込む詩子

 アカネ「詩子! 私に何をする気?」
 詩子 「何かをするのはアカネの方だけど」
 アカネ「私に何をさせる気?」
 詩子 「さぁ? とにかくホットミルクを飲んでね」

おもっいきり胡散臭そうに詩子を見るアカネ

 アカネ「やっぱりこれ何か入ってるでしょ?
     さっきこれ飲んだとたん世界がグルグル回ってきたし」
 詩子 「香り付けに少しブランデーを入れただけだよ
     アカネの身体は薬とかお酒とかの抵抗力無さそうだし
     肌も真っ白でくすみなんて全然なくて手に吸い付くみたいだし
     十何年も使い込んでる 私の身体と違って新品だもんね」

 アカネ「だからぁ私をどうするの?」
 詩子 「そうね ホットミルクでアカネの身体を麻痺させたら
     生き人形になっちゃう変なプログラムも動かなくなるでしょ」
 アカネ「それだと私の意識もなくなるんだけど・・・・」
 詩子 「あたしが側にいても? 元々アカネは生身の身体はなかったんだし
     近くに憑依ける相手がいれば問題無いでしょ
     生き人形のプログラムなんか書き換えちゃいなさい」

 アカネ「でも・・・・書き換えなんて どうしたらいいのかわらないよぉ」
 詩子 「部品はあたしの中から持って行っていいから」
 アカネ「詩子 嬉しいけど 本当に嬉しいけど 本当にどうすればいいのかわらないよ」

 詩子 「だったら 全部持って行っていいから あたしが産まれて今日までの思い出全部
     ハイハイして はじめて立って はじめて歩いた・・・・そんな思い出
     丸ごとコピーしちゃいなさい」
 アカネ「いいの? 詩子 そんな事して」

 詩子 「そのかわりもうここには来ない あんた達の世話は茜に頼むつもり
     あたしの思い出は餞別だと思って」
 アカネ「しいこぉ・・・・やだよぉ」
 詩子 「情けない声出さないの あたしはあんた達の惚気話聞かされるのは嫌だからね
     だから・・・・あたしが嫌になるぐらい幸せになりなさい」

 アカネ「しいこぉ 言ってる事がメチャクチャだよぉ」
 詩子 「ふん! さっさとホットミルクを飲んじゃいなさい」
 
詩子と視線を交差させホットミルクを飲み干し布団に潜り込むアカネ

 アカネ『詩子 言ってる事がメチャクチャだよ』
 詩子 『あたしからあいつを取り上げたアカネが許せないだけ
     あたしはあいつの事が大好きなだけ
     あたしはアカネの事が大好きなだけ
     あたしはあんた達にあたしに出来る精一杯の事をしてあげたいだけ
     あたしはあんた達の幸せな姿を見せつけられるのは嫌なだけ
     メチャクチャだって、矛盾してたって それがあたしの本当の気持ち』

 アカネ『詩子の方がホットミルクが必要じゃないの?』
 詩子 『味見はたっぷりしたわよ』
 アカネ『・・・・・』
 
 詩子 『後は全部アカネに任せるわ あたしは抵抗しないから』
 アカネ『詩子覚悟しなさい』
 詩子 『うふ 優しくしてね♪』

暗転

闇:(BGM:追想)

男の子がいいな 男の子がいいな パパの声
ママが痛いから ママが痛いから じっとしてた
あたたかいから あたたかいから もっとお腹にいたかった

ママの声    ママの声    くるくる回る
パパの声    パパの声    ポンと飛び出た
みんながみてる みんなみてる  パパがみてる

  男の子だった方がよかったな  パパの声

ママがよんでる ママがよんでる ママのところへ
ママの手    ママの手    ママの手へ
ママがよんでる ママがよんでる もっとはやく

男の子     男の子     パパの好きな男の子
パパ      パパ      大好きなパパ
男の子?    男の子?    あたしは男の子? パパ?

  男の子だった方がよかったな  パパの声

はじめての   はじめての   たいせつな人 人達
女の子?    女の子?    あたしは女の子?
あたしを    あたしを    だきとめてくれた人

男の子     男の子     大好きな男の子
女の子     女の子     大嫌いな女の子
女の子     女の子     大好きな女の子

  男の子だった方がよかったな  あたしの声
  ずっといっしょにいたかったな あたしの声
  ずっとだきしめて欲しかったな あたしの声

        あたしの声
        あたしの声
        あたしの・・・・

      あたし・・・は・・・
      わたし・・・は・・・

私の家玄関 :家の外より呼び鈴を鳴らしている美樹(BGM:日々のいとまに)

 美樹 「副部長はアカネは家にいるって言ってたのに」

ピンポーン 再度呼び鈴を押す

 美樹 「・・・・・」

ピンポーン もう1度呼び鈴を押す

 美樹 「アカネも先輩も寝込んでるって言ってたし・・・
     付き添いが居るって言ってたけど・・・・」

玄関に手を掛ける美樹 カチャっと抵抗無く開く玄関

 美樹 「鍵が掛かってない? え? 付き添いの人は?
     鍵掛けずに帰っちゃったの? え???」

美樹家の中に退場

私の家:散策中の美樹

 美樹 「アカネいるの?」

居間からキッチンへ向かう美樹
キッチンには粥とホットミルクの残骸が散乱する

 美樹 「・・・何? これ?」

キッチンからアカネの部屋へ向かう美樹
抱き合って眠っているアカネと詩子

人の気配に目を覚ますアカネ

 アカネ「・・・誰?」
 美樹 「・・・・・」

唖然としている美樹
布団から身体を起こすアカネ

 アカネ「・・・美樹ちゃん・・・・・」

アカネの姿と枕元の物体を見比べている美樹

 美樹 「・・・・アカネって先輩一筋だと思ってたんだけど そーゆー趣味もあったのね
     女の子同士で・・・・しかも おむつプレイ」
 アカネ「・・・あ?・・・・」

自分の姿と隣で眠っている詩子を確認するアカネ

 アカネ「あ〜!!  み、み、み 美樹ちゃん違うの!!
     ・・・・こ・・・これは・・・・あの・・・その・・・・」
 美樹 「隣の人 泣いてるみたいだけど・・・無理やり?」
 アカネ「違う!! これは これは えーっと」

 美樹 「あははは アカネって 面白い あはははは」

2人の騒ぎに目を覚ます詩子

 詩子 「う〜・・・・ウルサイ! 寝てられないじゃない!!」

ツツーと泪がつたう 自分の涙腺が緩んでいるのに気付く詩子

 詩子 「あれ? なんで??? え? ????」
 アカネ「ちょっと 詩子からも美樹ちゃんに説明してよ!」
 詩子 「美樹ちゃん? 美樹ちゃん!? 美樹ちゃん・・・よね?
     あ〜 あたしの思い出とアカネの思い出がゴチャゴチャになってる」

 美樹 「あのー 関係者の方ですか?」
 アカネ「あ・・・えーと 詩子さんは先輩の友達で幼馴染で・・・・
     それで 倒れた私達の面倒を見に来てくれて・・・それで・・・・」

 詩子 「取り繕わなくてもよさそうね あなたも事情は判っているみたい・・・・
     私は柚木詩子よろしく」

 美樹 「詩子さんの格好・・・ホントにアカネと?」
 詩子 「あたしの登校中にSOSしてくるもんだから、着替え用意する暇無くてね
     制服をしわまみれにしたくないから脱いだの」

布団から這い出して自分の制服を着込む詩子

 詩子 「アカネを寝かし付けるのに添い寝してたら あたしまで寝こけちゃっただけ」
 美樹 「アカネのおむつ・・・・」
 詩子 「今アカネは1人で歩ける状態じゃない だから・・・」
 美樹 「だから?」
 詩子 「あたしはアカネの下の世話はしたくない」

 美樹 「・・・・・」
 詩子 「ま、後は美樹ちゃんに任せるわ」
 美樹 「任せるって・・・何を?」
 詩子 「あたしはあいつのおむつ換えてから帰るわ
     美樹ちゃん後よろしくね」

自分の目頭を押さえて2人に背中を見せる詩子

 美樹 「私は何をすればいいの?」
 詩子 「アカネが淋しがらない様に話相手でもしてあげて」

押さえた目頭から泪が溢れる詩子

 詩子 「ふん! あいつもアカネもあたしに手間ばかりかけて まったく」

ブツブツと文句を言いながら 詩子2階へ退場
しばらくして玄関の開閉する音がアカネの部屋まで届く

 美樹 「あ・・・詩子さん 顔出さずに帰っちゃった」
 アカネ「詩子は・・・顔を見られたくなかったんだと思う」

私の家玄関 家の外:扉の方を名残惜しそうに振りかえる詩子(BGM無し)

 詩子 「あたしは・・・あんたの何なのよ・・・アカネなんか選んで・・・」

泪が頬をつたう詩子

 詩子 「・・・アカネなんか選んで・・・さ・・・あたしの方がずっと・・・
     ずっと・・・ずっと・・・ずっと・・・ふん! 馬鹿にして」

泪をハンカチで拭く詩子

 詩子 「あんたはね・・・・あたしを抱いたのよ・・・それなのに・・・・あんたは・・・」
 
ハンカチを目頭に当てたまま門柱に寄りかかる詩子

モノローグ:詩子

 ねぇ 覚えてた? 昨日はあたしの誕生日だったのよ・・・それなのに・・・・
 リ・バース・・・・再誕・・・アカネが人間になって・・・
 それがあんたの・・・あたしへのプレゼントなの?

 あたしは・・・・あたしだって待ってたんだからね
 あんただけは あたしの事 気に掛けてくれてると思ってたのに・・・・
 何よ! あたしの誕生日にアカネを人間にしなくてもいいじゃない

 アカネもアカネよ 何もあたしを頼って来なくたって・・・茜だってよかったじゃない
 茜だってよかったじゃない 何が”詩子大好き”よ あたしは大・・・・嫌い

 あんたもアカネも大嫌い 大嫌いよ ・・・・ 大・・・嫌い・・よ  嫌い・・ 
 嫌い・・・なんだから  嫌いなんだからね ・・・・きらい

大粒の泪を流しながら私の家を後にする詩子

アカネの部屋:アカネと美樹(BGM:虹を見た小径)
詩子のシーンとのギャップを大きくしたいので出来るだけ明るく

 美樹 「うふふ アカネって今 歩けないのぉ?」
 アカネ「詩子から色々教わったけど・・・」

立ちあがってみるアカネ 多少ふらつきながらもバランスは保っている

 美樹 「歩いてみて」

1歩踏み出すアカネ バランスを崩し両足を前後に開いた開脚状態でへたり込む

 美樹 「身体・・・・・柔らかいのね」
 アカネ「い・・・痛い・・・」
 
両足を抱え込んで丸まるアカネ

 アカネ「ううう・・・ 腿の裏側が痛い」
 美樹 「あのさ・・・副部長が”身体の動かし方教えてやって”って
     言ってたんだけど・・・・何教えたらいいの?」

 アカネ「詩子に教わっただけじゃ・・・・しっくりこないみたい」
 美樹 「しっくりさせればいいのね」

 アカネ「????」
 美樹 「う〜ん 微調整が残ってるって事なのねぇ うふふ」
 アカネ「美樹ちゃん 目が怖い」

 美樹 「だってねぇ だぼだぼのシャツにおむつなんて・・・・うふふ」

両手をわにわにとさせる美樹

 アカネ「ふぇぇ・・・みきちゅわぁぁん」
 美樹 「ま、冗談はさておき 微調整? うーん・・・もう一回歩いてみて」
 アカネ「いいけど・・・・」

立ち上がろうとするアカネだが 膝の裏を押さえてしゃがみ込む

 アカネ「痛い・・・・」
 美樹 「うーん・・・しゃがみ込むモーションは速かったし
     安定してたし・・・・うーん」

立ち上がって1歩踏み出す美樹

 美樹 「・・・私も・・・意識して歩いているわけじゃないから・・・
     ねぇ アカネ 足が痛くない範囲で屈伸してみて」
 アカネ「うん・・・・」

美樹に言われて屈伸をはじめるアカネ

 美樹 「少しずつ屈伸の範囲を広げて 最後は立ってみて」
 アカネ「うん・・・・あ・・・・立てた 次は歩いてみればいいのね」
 
立ち上がって1歩踏み出すアカネ 今度はバランスを崩す事無く1歩を歩ききる

 アカネ「歩けた・・・」
 美樹 「うーん・・・歩き方自体は覚えているみたいよね
     ただ アカネが身体と馴染んでないのかな?」

危なげな足取りで部屋の中をぐるぐると回るアカネ 

 アカネ「こうやってリハビリするしか無いみたいね」
 美樹 「アカネ催眠術で手っ取り早く馴染めないかな?
     よーするに身体が覚えている身体の使い方と
     アカネのイメージでの身体の使い方にギャップがあるだけだよね?」

 アカネ「でも・・・自分に暗示かけるなんてやった事無いよ」
 美樹 「もちろん 手伝ってあげるわぁ うふふ」
 アカネ「美樹ちゃん・・・・目が妖しいよぉ
     ・・・・はじめからそのつもりで来たの?」
 美樹 「あら・・・私がアカネの所に来るのに他に理由がある?」
 アカネ「うぅぅぅ」

 美樹 「ねぇ 寝巻き貸して」
 アカネ「・・・はい ・・・・うぅぅ」
 美樹 「ふーん アカネちゃんって素直 嫌って事じゃないのね」
 アカネ「知りません」

しぶしぶ 和箪笥から空色のパジャマを引き出して美樹に手渡すアカネ

 美樹 「・・・ちゃんとしたパジャマがあるのに アカネちゃんの寝巻きはシャツなのね 先輩のシャツ?」

ポム 小爆発するアカネ

 美樹 「図星? わかりやすい子」

パジャマに着替えて布団に潜り込む美樹

 美樹 「アカネ おいで」
 アカネ「美樹ちゃん やめない?」
 美樹 「どーして?」
 アカネ「だって・・・今も美樹ちゃんおかしくなってるし・・・
     とり返し付かなくなりそうで・・・・」
 
 美樹 「私をおかしくしたのは誰かしら?」
 アカネ「・・・・・私」
 美樹 「じゃ 責任とってよね」
 アカネ「ふぇぇぇ・・・責任・・・とります」
 美樹 「アカネはいい子ね」
 アカネ「今度は 美樹ちゃんがこんな事しない様にキツイ暗示かけるからね」
 美樹 「はいはい」

布団の裾を上げる美樹 ゆっくりと腰を落として布団に入るアカネ

 美樹 「それじゃ はじめて」

アカネの左手を両手で包み込む美樹
右手の指先でトントンと美樹の額を叩くアカネ

暗転

 
闇:横になっている美樹 美樹の額を指先で叩いているアカネ(BGM:雨)

 アカネ『美樹ちゃん お願いだから もうこんな事しないで』
 美樹 『嫌よ』
 アカネ『え? どうして・・・』
 美樹 『”どうして”って こーゆーのアカネの方が抵抗力無いでしょ
     だからアカネが正気の間は私も正気・・・・』

 アカネ『あ・・・美樹ちゃんの正気が無くなる暗示かけたら・・・・』
 美樹 『その前にアカネの方が正気が無くなってるのね・・・
     で、私は正気の無くなったアカネに好き放題・・・うふふ』
 アカネ『うぅぅぅ』

 美樹 『でも・・・そのぐらい強い暗示かけないとダメでしょ?』
 アカネ『うん・・・私が詩子になって・・・それで詩子の思い出再生しないと』
 美樹 『脳味噌が覚えている身体の動かし方とアカネのイメージが一致しないのね』
 アカネ『やっぱりやめようよ』

 美樹 『私にはアカネだけには効く オマジナイがあるんだけどな
     詩子さんの思い出を最初から思い出させればいいのね』
 アカネ『でも・・・美樹ちゃんだって巻き込まれちゃうんだよ』
 美樹 『別にいいじゃない 面白そうだし』
 アカネ『私が困るの!』

 美樹 『アカネが困るような思い出が詩子さんにはあるんだ 嫌な思い出?』
 アカネ『嫌だったら 困らない』
 美樹 『楽しい思い出?』
 アカネ『うん・・・』
 美樹 『先輩との楽しい思い出?』

 アカネ『うん・・・先輩・・・・』
 美樹 『先輩との楽しい思い出?』
 アカネ『・・・先輩・・・・えへへ』
 美樹 『アカネちゃん 先輩の事 思い出して』
 アカネ『うん・・・』

 美樹 『アカネちゃん 先輩の事 好き?』
 アカネ『うん・・・』
 美樹 『アカネちゃん 先輩は詩子さんと 何したの?』
 アカネ『・・・・・』
 美樹 『詩子さんと 何したの?』
 アカネ『・・えっち・・・』

ドロリとした快感が美樹を襲う

 美樹 『うぁ・・・キスの時と全然違う・・・・とりあえずこっちは後回しで・・・
     アカネちゃん 詩子さんの事好き?』
 アカネ『うん』
 美樹 『先輩と同じくらい好き?』
 アカネ『先輩 の 方が好き・・・』

 美樹 『あ・・・そ ごちそうさま』
 アカネ『??』
 美樹 『詩子さんの小さい時の事覚えてる?』
 アカネ『うん』
 美樹 『アカネちゃんの小さい時の事覚えてる?』

 アカネ『・・・・』
 美樹 『アカネちゃんの小さい時の事覚えてる?』
 アカネ『小さい時の事なんて・・・無かったの・・・』
 美樹 『ホントに?』
 アカネ『うん』

 美樹 『詩子さんの小さい時の事覚えてる?』
 アカネ『うん』
 美樹 『アカネちゃんの小さい時の事覚えてる?』
 アカネ『ううん』
 美樹 『ホントに? 詩子ちゃんの思い出は誰の思い出?』
 アカネ『詩子の・・・』
 美樹 『詩子ちゃんの思い出は持っているのは誰?』
 アカネ『詩子・・・』

 美樹 『あなたは誰?』
 アカネ『茜・・・』
 美樹 『詩子ちゃんの思い出は持っているのは誰?』
 アカネ『詩子・・・』
 美樹 『詩子ちゃんの思い出は持っているあなたは誰?』
 アカネ『あ・・・か・・・・』
 美樹 『詩子ちゃんの思い出は持っているのは誰?』
 アカネ『し・・い・・こ・・』
 美樹 『詩子ちゃんの思い出は持っているあなたは誰?』
 アカネ『・・・・・』

 美樹 『あなたの小さい時の事覚えてる?』
 アカネ『・・・・・』
 美樹 『小さい時の事 何か思い出した?』
 アカネ『・・・・・』

 美樹 『かわいいね かわいいあなたの事 誰かが呼んでるでしょ』
 アカネ『うん』
 美樹 『誰があなたを呼んでるの』
 アカネ『ママ』
 美樹 『ママがあなたを呼んでるのね』
 アカネ『うん』
 美樹 『ママ呼んでるあなたのお名前は?』
 アカネ『し・・い・・こ・・』
 美樹 『詩子ちゃんいい子ね』
 アカネ『うん』

 美樹 『詩子ちゃんいくつ?』
 アカネ『みっつ』
 美樹 『ホントに? 詩子ちゃんはもっと可愛いわ
     詩子ちゃんいくつ?』
 アカネ『ふたつ』
 美樹 『詩子ちゃんはもっともっと可愛いわ』
 アカネ『ひとつ』
 美樹 『そうよ詩子ちゃんはとっても可愛い』
 アカネ『えへへ』

 美樹 『今日は詩子ちゃんがはじめて歩いた日にゃの
     ねぇ詩子ちゃん お姉さんに歩いてみせて』
 アカネ『うん』

ゆっくりと立ちあがってよたよたと歩き出すアカネ
少し意識が朦朧としはじめている美樹

 美樹 『詩子ちゃん 大きくなったわね 来年は1年生きゃしら?』
 アカネ『うん』
 美樹 『詩子ちゃん ねぇ お姉ちゃんに走って・・・みせて』
 アカネ『うん』

美樹の周囲を駆け回っているアカネ

 美樹 『詩子ちゃん いいこね・・・ あ・・・で・・・
     アカネ・・・元に戻って・・・・ねぇ もういいで・・ しょ』
 アカネ『あ・・・・えっと・・・えーっとね お姉ちゃん?』

 美樹 『詩子ちゃん は 大きくなってね で もう1人詩子ちゃんに逢うの
     その子が本当の・・・・詩子ちゃん・・・・その子の名前は・・・・・』
 アカネ『お姉ちゃん眠いの?』

 美樹 『詩子ちゃん・・・は・・・眠くないの?』
 アカネ『美樹ちゃん 私は眠くないのよ』
 美樹 『あれ? アカネ 戻ったの?・・・・あれ・・・アカネの方が
     ・・・・抵抗力・・・・無いはず・・・なのに・・・あれ?』

 アカネ『詩子は性格悪いから・・・・この程度は平気みたい』
 美樹 『そっか・・・・詩子さんも・・・アカネに・・・混じっちゃったんだ・・・・』
 アカネ『美樹ちゃん もうこんな事しないでね』
 美樹 『アカネが・・・・心配・・・かけない・・・なら  しないよ』

 アカネ『美樹ちゃん・・・・・』
 美樹 『もう・・・心配・・・無いよね? アカネ 1人で・・・大丈夫よね?』
 アカネ『うんうん大丈夫 だから もう大丈夫だから・・・』
 美樹 『よかった・・・・ねぇ アカネ 暗くなる・・・前に・・・起こし・・て・・・ね・・』

暗転

山頂の電波搭:(BGM:遠いまなざし)

夕日が差す電波搭の門に施錠する男
いっぱいになった数個のごみ袋をミニバンに積み込む

そしてミニバンに乗りこみ電波搭を後にする

 〜 和洋折衷 〜

朝 私の家 キッチン:詩子が荒らしたキッチンを片づけるアカネ(BGM:乙女希望)

 アカネ「まったく詩子ったら 片づけるって事をしないんだから」

どことなくおぼつかない足取りで片づけをこなしていくアカネ
ピンポーン チャイムが鳴る

 アカネ「はーい」

玄関の扉を開けるアカネ 扉の向こうに茜

 茜  「おはようございます 2人とも倒れたと聞きましたが・・・・
     アカネちゃん起きていても大丈夫ですか?」
 アカネ「私は症状が軽かったから大丈夫」
 茜  「あの人は?」
 アカネ「意識不明の重体です」

 茜  「え?」
 アカネ「表向きはそう言う事になっています」
 茜  「あの・・・それで・・・様態は?」
 アカネ「眠っているだけです」
 茜  「それを”意識不明”と言うのではありませんか?」
 アカネ「はい そうですよ 先輩は意識不明です」

 茜  「でしたら!」
 アカネ「だから”表向きは”です」
 茜  「詩子も心配は無いような事を言っていましたが」
 アカネ「茜さん 先輩の面倒を見てやって下さい 私はまだ階段の上り下りが辛くて」
 茜  「では おじゃまします」

茜とアカネ室内に移動

 アカネ「どうぞ 先輩を見れば安心できると思いますよ」
 茜  「アカネちゃん朝食は?」
 アカネ「キッチンの片づけが手一杯でまだです」
 茜  「詩子ですね」
 アカネ「いえ・・・・」

 茜  「昨日 あの人の面倒見たと自慢していましたから・・・ただ」
 アカネ「ただ?」
 茜  「どこか無理をしている様に感じられました 私の気のせいならいいのですが」

居間に到着する2人

 茜  「アカネちゃんは休んでいてください 後は私がやりますから」
 アカネ「お願いします 少し疲れました」

ソファーに寄りかかって瞳を閉じるアカネ 茜キッチンへ退場

 茜  「アカネちゃん 今日学校は?」(音声のみ)
 アカネ「行きますよ」
 茜  「大丈夫ですか?」(音声のみ)
 アカネ「大丈夫ですよ」
 茜  「無理はしないで下さいね」(音声のみ)

程なくロールパンとプレーンオムレツの朝食を持ってくる茜

 茜  「アカネちゃんはこれを食べていてください」
 アカネ「先輩には? オムレツは無理・・・よね?」
 茜  「あの人にはホットシリアルを 昨日詩子がお粥を作ったと言っていましたから
     重ならないようにしました」

茜 ホットシリアルのスープ皿を持って2階へ退場

私の部屋:私の頭を抱えてホットシリアルを口に含ませている茜(BGM:虹をみた小径)

 茜  「顔色はいいですね 本当にただ眠っているみたいに」

ホットシリアルを噛みはしないものの口に入れられた分は飲み込んでいる私
私の食事をつつがなく終える茜

 茜  「食べてはくれるんですね ・・・・かわいい」

私の頭を自分の胸で抱きしめるアカネ 鼻と口を塞がれた私は身をよじって逃げようとする
私が身をよじった拍子に掛け布団がベッドから落ちる

 茜  「あ・・・ごめんなさい 苦しかったですか?」

抱きしめている腕を緩める茜 情けない姿を茜にさらしている私

 茜  「それにしても紙おむつは詩子ですか?」

ベッドサイドに置かれた包みと私の下半身を交互に眺める茜
私の下半身に手を伸ばしかけて躊躇する

 茜  「紙おむつを取り替えた方がいいのでしょうけど・・・・・でも・・・」

紙おむつの包みに視線を投げる茜 燦然と輝く”大人用紙おむつ”の文字

 茜  「仕方ありませんね・・・・」

包みの中から新しい紙おむつを取り出す茜 紙おむつの構造を確認し
目を閉じて私の下半身に手を伸ばす

紙おむつの封印が解かれると同時に辺りに異臭が充満する
ケホケホと咳き込む茜 慣れない手つきで何とか私の下半身の再封印を完了する

 茜  「後で身体を拭いてあげないといけませんね」

ポッと頬を染める茜 そして私をベッドに寝かせなおす

 茜  「放課後 また来ます」

使用済み紙おむつを紙おむつの包みが入っていたスーパーの袋に押し込み
スープ皿一式と一緒に抱えて退場

私の家 居間:すでに制服に着替えているアカネ(BGM:日々のいとまに)
汚物の処理を済ませた茜 キッチンより登場

 茜  「アカネちゃん本当に学校へ行くつもりなんですね」
 アカネ「ええ じゃあ行きましょうか」
 茜  「あの人を1人にして大丈夫でしょうか?」

天井越しに2階の私に視線を投げる私

 茜  「もしも・・・様態が悪くなりでもしたら」
 アカネ「茜さんが先輩の面倒を見ていてくれますか?」
 茜  「それは・・・・」
 アカネ「私達には学校がある だから学校へ行く それだけです」

 茜  「そうですが・・・・でも心配です」
 アカネ「心配は無いですよ 先輩は不死身ですから」
 茜  「そうですね・・・・学校へ行かないわけにも行きませんから」

しぶしぶ 自分を納得させる茜 茜とアカネ玄関へ退場

茜の教室:美樹と澪(BGM:無邪気に笑顔)
多少たどたどしい足取りでアカネ登場

 澪  『アカネちゃん おはようなの』
 アカネ「澪ちゃん 美樹ちゃん おはよう」

アカネの姿を見て ポッと頬を染める美樹 美樹の様子を怪訝そうに見ている澪

 澪  『美樹ちゃんどうしたの?』
 美樹 「あ・・・・えっと・・・・大丈夫」

 澪  『美樹ちゃんは昨日 アカネちゃんのお見舞いに行ったの
     アカネちゃん 美樹ちゃんに何したの?』

 アカネ「あ・・・・えーっと・・・その・・・・」
 美樹 「澪ちゃぁん 私ねぇ 昨日アカネに催眠術かれられて それからおかしいの」
 澪  『ううう』

警戒の表情を浮かべて後ずさる澪 アカネに擦り寄る美樹 アカネに耳打ちする

 美樹 「私 いきなりアカネが先輩を襲った時の事思い出しちゃうのよ
     ボーっとしてる時とか不意に思い出すもんだから 頭の中ドロドロになっちゃって」
 アカネ「先輩襲ったのは詩子だよぉ 私じゃないもん」
 美樹 「でも、詩子さんの思い出はもうアカネの思い出なんでしょ」
 アカネ「それは・・・そうだけど・・・・美樹ちゃんも詩子の思い出を?」
 美樹 「昨夜は何度も何度も夢に見ちゃった・・・・・だからなんとかして
     私とアカネを一心同体にしたのはアカネなんですからね」
 アカネ「でも・・・それって・・・美樹ちゃんが 思い出す事を楽しんでるから・・・」

アカネから身体を離す美樹

 美樹 「ええっ! アカネは私をこんなにしておいて”知らない”って言うの!! ひどい!!」
 アカネ「美樹ちゃん・・・・そんな事・・・・」
 美樹 「私はもうアカネ無しでは生きて行けないのに!!」

青い顔して美樹の後ろに隠れようとする澪 そんな澪を捕まえて後ろから抱く美樹
とろりとした口調で澪の耳元に囁く

 美樹 「アカネのはとっても気持ちいいのよ・・・ 澪 あなたも私の仲間になりなさい」

ふぅっ・・・ねっとりと澪の耳の中に息を吹き込む美樹
ブンブンと首を横に振りながら 美樹の腕から逃れようと足掻く澪

 美樹 「あははは 澪ちゃん かわいい〜!!」

後ろから澪にほうずりする美樹

 美樹 「アカネぇ やっぱり私 ハイになり過ぎてるよぉ
     落ち込んでたのを治してくれたのは感謝するけど
     これじゃ 私はただのおバカじゃない」
 
 アカネ「それは・・・落ち込んでた分の反動が出てるから・・・」
 美樹 「ホントの私は こんなおバカじゃないよぉ えぐえぐ」
 澪  『ふえぇぇぇ・・・・』

安堵して美樹の腕の中で息絶える澪

 美樹 「澪! 傷は深いぞ!!」
 アカネ「美樹ちゃんの方が詩子の影響が強く出てるみたい・・・・・・・」

澪の頭をブンブン振り回している美樹

 澪  『あうぅぅ 美樹ちゃん 目が回るの』
 美樹 「澪! 傷は深いぞ!! 観念しろぉ!! あははははは」
 澪  『ふらふらするのぉ 気持ち悪いのぉ』

近くの机に手を突き俯いて息を荒げる澪
美樹の側に寄るアカネ

 アカネ「美樹ちゃんなにやってるの?」
 美樹 「澪に催眠術かけてるの」 
 アカネ「美樹・・・ちゃん・・・・」
 美樹 「私にはアカネの記憶もある 生きている人を嫉み 羨望したアカネの・・・・
     私の中のアカネが囁くの”澪を幸せにしてあげなさい”って」 
 アカネ「あのう・・・・・」
 美樹 「ちょっとみててね」 

澪の頭を押さえてグルグルと振り回す美樹

 美樹 「きゃははははは 澪ちゃん かわいい!!」 
 澪  『気持ち悪いのぉ 目が回るのぉ』
 
ねっとりと澪の耳の中に息を吹き込みながら囁く美樹

 美樹 「澪 あなたも私の仲間になりなさい」

澪に暗示を与えて美樹は一度クルッと澪の頭をまわして手を離す
美樹の手が離れても澪は自分で頭をまわし続ける

 澪  『目が回るのぉ 目が回るのぉ』
 美樹 「澪はいい子ね 澪はいい子ね」

頭だけではなく身体も大きく動かしはじめた澪を抱きとめる美樹
澪の背中を撫でる美樹 美樹に撫でられて次第に動きが小さくなってくる澪
澪の口はただパクパク動くだけで言葉にはもうなっていない

 美樹 「澪 私を見て」

澪の顎に手を当ててクンと上げて自分の方に向けさせる
そして声を出さずに口の動きだけで澪への暗示を続ける美樹

 美樹 『澪はとっても気持ちいい 澪はとっても気持ちいい』

声にならない美樹の言葉が澪の脳裏に突き刺さる

 美樹 『澪・・・・”あ”って 言ってみて ”あ”って 言ってみて』

虚ろな瞳で美樹の言葉に従う澪 顎をしゃくった格好で”あ”の形に口を開く澪

 澪  『・・・あ・・・』

澪の喉に自分の喉を重ねる美樹 そして澪の喉の動きに合わせて発声する

 澪  『・・・あ・・・』
 美樹 「・・・あ・・・」

 澪  『・・・あ・・・』
 美樹 「・・・あ・・・」

 澪  『・・・あ・・・』
 美樹 「・・・あ・・・」

 澪  「・・・ぁ」

小さく発声した後に激しく咳き込む澪 咳き込むうちに正気に戻る

 澪  『????あぅ?????』

咳がおさまった澪は自分の喉に手を当てて頭に?マークをいっぱい飛ばしてる
アカネの方に小さなVを指で作って見せる美樹

 澪  『美樹ちゃん 私今・・・・』
 美樹 「喉の負担は大きいみたい ゆっくり慣らして行かないとダメね」 

 澪  『・・・あ・・・
        ・
        ・
     ・・・あ・・・
        ・
        ・
     ・・・あ・・・』

泣き出しそうな顔で美樹を見上げる 腕の中の澪

 澪  『美樹ちゃん さっきの感じがわからないの』
 美樹 「しかたないわね」

さっきと同じ様に澪の喉に自分の喉を重ねる美樹 

 美樹 「あ〜〜〜」

美樹の喉の振動が澪の喉に伝わる 声に抑揚を付ける美樹

 美樹 「あ〜〜ぁ〜ああぁぁ あー!!」

次第に顔が紅潮してくる澪
遠目には美樹が澪に抱きついて肩口に歯を立てている様に見える
更に美樹が奇声を発する為クラスの視線が2人に集まっている
澪の紅潮がピークに達する

 澪  『美樹ちゃん 恥ずかしいの』

が・・・澪の顔を視界にとらえていない美樹には澪の言葉は届かない
美樹に組み付かれて満足に動かない首を傾けてアカネに助けを求める澪

すでに他人モードになっているアカネは澪の救助要請を握りつぶす

 澪  『ふえぇぇぇ』

美樹の奇声吸血プレイはこの後HRが始まるまで続く
(詩子モード大爆発・・・いや他人のふりのアカネも詩子モードなんですが)

私の教室:1人淋しく茜(BGM:虹をみた小径)
空いている私の席に視線を投げる茜
Lim登場 Limの方へ歩いていく住井

 Lim「こないだ借りたモノ一式 それとパン代」 

紙袋と小銭を住井に手渡すLim 紙袋の中の無線機と携帯コンロを確認する住井

 住井 「どうも」
 Lim「それでトライの様態は?」 
 住井 「ガス中毒って事にはなってるけど
     登山部絡みの情報はどうも信用できない
     気になるなら彼女に聞いてみたら?」

茜に視線を投げる

 Lim「そうね」 

茜に歩み寄るLim

 Lim「里村さんトライの様態はどう?」 
 茜  「昨日の朝から眠り続けてるみたいです
     いえ・・・・一昨日の夜から・・・・・」
 Lim「アカネちゃんは?」
 茜  「今日から学校に来ています ただ多少足下がふらついているのは気になりますが」

 Lim「ま・・・・2人とも心配ないって事ね
     トライよりも アカネちゃんの足下の方が心配なんでしょ?」
 茜  「いえ あの人の事も気になります 私がいない間に様態が悪くならないかと・・・・・」
 Lim「”私がいない間”に・・・・ね ごちそうさま」
 茜  「心配していないと言えば嘘になりますが・・・・
     あの人の寝顔を見て安心出来たのも事実です」

 住井 「それじゃ」

茜とLimの話に聞き耳を立てていた住井が立ち去る

 茜  「リムさんは あの人の事が心配にはならないんですか?」
 Lim「どうして倒れたのかの原因が気になるだけ」
 茜  「それは心配と違うのですか?」
 Lim「気になるのはトライじゃなくて原因の方
     それに 私が元気なのは トライが元気な証拠だし」
 茜  「????」
 Lim「ガス中毒なんて嘘
     トライが起きられなくなる様な無理をしたのなら きっとアカネちゃんの為ね」
 茜  「あ?? え??? アカネちゃん??」

 Lim「そろそろ 自分のクラスに帰るわ」
 茜  「あの・・・リムさんは私に用があったんじゃないのですか?」
 Lim「私の用事は・・・・私の知りたかった事は全部わかったから」
 茜  「それって・・・いったい・・・???」

?マークを飛ばしている茜を置いて退場するLim 自分の掌を閉じたり開いたりを繰り返す

 Lim「身体の感覚が鈍くなってる トライの意識が無くなってるせい?」

 
家庭科実習室:家庭部一同 登山部 副部長 部員1、2(BGM:海鳴り)
アカネを脇で支えながら美樹登場

 美樹   「あれ? 部長はまだですか」
 部員1  「部長!」

副部長に声を掛ける部員1

 副部長  「え?」
 部員2  「部長婦人 旦那さんはどこですか?」

部員2が部員1のフォローに入る

 副部長  「主人は・・・・・実はもう・・・」

部員2の軽口に応える副部長

 部員2  「奥さん保険金はどのくらい手に入りました?」
 副部長  「2億ほど・・・・」

部長登場

 部長   「部室に寄ってきたら・・・とんでも無いことを言われてますな 奥様」
 副部長  「あ・・・えーと・・・・」

 部員1  「え・・部長?・・・・部長・・・よね???」
 部員2  「部長 保険金詐欺?」
 部長   「秘密を知られた以上 生かしてはおけない」

 部員2  「お父さん! お母さん!! 私をお金にしてしまうつもりなの!!」
 部長   「まさかの時のためにお前を今まで生かしてきたんだ
       会社の危機を乗り越えるにはお前の力が必要なんだ」
 部員2  「お父さん・・・私を愛してないの?」

 部長   「愛しているさ 愛しているから お前の為に神社を建立して神様として祀ってあげるよ
       安心して父さんの力になってくれ」
 部員2  「お父さん・・・そんなに私の事を・・・・
       そう たった1つしかない命は誰のモノでもない 親のモノ」

 部長   「そうか わかってくれたか」
 部員2  「お父さん・・・私の命をお父さんの為に使って!」

ひしと抱き合う部長と部員2 呆れた顔で2人を見ている副部長と部員1

 部員2  「副部長 うらやましい?」
 副部長  「知りません」
 部員1  「部長・・・ですよね?」
 部長   「そうだよ」

 部員1  「私・・・今・・部長の事・・・」

ぎゅっと部長を抱きしめる部員2 そして部員1に向かって・・・・

 部員2  「べぇ!」
 部員1  「あ、あ、あんた!! 部長から離れなさい!」
 部員2  「あなたの部長からは離れてるわよ」

部長を抱きしめる腕に更に力を込める部員2

 部員1  「さ、さっさと離れなさい!」

部員2に飛びかかる部員1 部長身体を離して部員1を抱き直す部員2

 部員1  「痛い」

部員1の背中で自分の両肘を掌でロックして締め上げる部員2

 美樹   「鯖折り?」
 
膝を着いて顔を青くしている部員1

 部員2  「私の勝ちね」

腕を離して部員1を解放する部員2

 部員1  「覚えてなさい」
 部員2  「うん 覚えている ずっとね
       だから あなたも忘れないで」

 家庭部長 「まったく バタバタするのは止めてくれる」

 副部長  「部長・・・・」
 部長   「何?」
 副部長  「いえ・・何でも・・・」

副部長の肩を抱く 先程の芝居が少し残っている部長
静かに部長に身を寄せる副部長

 部員2  「お母さん 不潔よ!」

部員2の声に我に返った副部長は部長から身体を離す 
  
 副部長  「ごめんなさい」

どこか名残惜しそうな副部長

 副部長  「・・・・ごめん・・な・・・さい・・・・」
 部員2  「お母さん 不潔でも・・・いいの お母さんだって女だもん」
 副部長  「私も女・・・」
 部員2  「そう 男の人を好きになるのは普通な事 後ろめたい事なんかじゃない
       不浄な事だと思える事でも・・・・人を好きになるのに誰に恥じる必要があるの?」

副部長の事を見透かしたように話す部員2

 副部長  「あなたはいったい・・・」
 部員2  「似たような人が身近にいるから」

睨み上げている部員1に視線を投げる部員2

 部員1  「”忘れるな”って 部長の事?」
 部員2  「今 部長にも腹を立てたはず・・・・・臥薪嘗胆・・・
       許し難い思い出は 忘れたくても忘れられない
       そんな忌まわしい思い出でも・・・・忘れられないから最期の命綱なる事もある」

部員2に手を伸ばす部員1

 部員1  「起こして」

部員1の手を取って引き起こす部員2

 部員2  「忌まわしい思い出では 普段はただ忌まわしい思い出に過ぎない
       でもその思い出を友にする事が出来た者だけに
       最後の希望が与えられるのかも そして永遠の絶望も・・・」

 部員1  「何それ?」
 部員2  「何でも・・・・」

 アカネ  「それ・・・先輩の事」

 家庭部長 「はいはい 茶番劇はそこまでにしてね」

(BGM:日々のいとまに)

 美樹   「じゃ 部長 私は走り込みに行って来ます」
 部長   「お?」
 美樹   「アカネも走り込みに行こ
       アカネはもう少し身体を馴染ませた方がいいって」

 アカネ  「私はまだ・・・・・その・・・・」
 家庭部長 「アカネちゃんは紅茶の実験をしたいのよね ハイ」

アカネに白衣を手渡す家庭部長 白衣に袖を通すアカネ

 美樹   「アカネは年下よりも年上の女性(ひと)が好みなのね 残念」
 アカネ  「美樹ちゃん!」
 美樹   「あははは、じゃあね」

軽快に美樹退場

 副部長  「美樹ちゃん 明るくなりましたね」
 部長   「明るく と言うよりは 前向きと言うか 軽薄と言うか 品が無いと言うか」
 部員1  「棘が無くなった様に感じられます」
 部員2  「誰かさんにも見習って欲しい」

 部員1  「あんた私に喧嘩売ってるの!?」
 部員2  「お願い 買って わ・た・し・の」
 部員1  「はぁ・・・・あんた 私に何やらせたいの?」
 部員2  「あなたの化けの皮を剥がしたいだけ」
 部員1  「”化けの皮”って・・・・私は化けてなんていない」
 部員2  「ならいいけど」

調理台で実験の準備をしているアカネと家庭部長

 家庭部長 「今日は玉露を用意したのよ」
 アカネ  「玉露ですか?」
 家庭部長 「50〜60度のお湯で淹れて 甘味と旨味を楽しむ玉露は
       アカネちゃんの目指してる紅茶に通じる物があるんじゃないかな?」
 アカネ  「うーん・・・でも紅茶は温度を下げると味が出ない
       それは前の実験で結果が出てるから」

玉露をアカネに薦める家庭部長

 家庭部長 「どうぞ アカネちゃんガス中毒って聞いたんだけど大丈夫?」

玉露を受け取るアカネ 

 アカネ  「どうも 私は平気だけど 先輩は酸素欠乏症を起こして意識不明の重体」
 家庭部長 「は? 入院したの?」
 アカネ  「自宅療養中」

すずっと玉露をすするアカネ

 家庭部長 「・・・アカネちゃんって 彼と2人暮らしだったよね
       意識不明の重体患者を1人にしてるの?」
 アカネ  「先輩は不死身だから」

すずっとまた玉露をすするアカネ

 アカネ  「おいしい」
 家庭部長 「なんか呑気ねぇ ほんとに大丈夫?」
 アカネ  「なるようにしか なりませんから」

 家庭部長 「ま、これは2人の問題だし で、玉露は参考になった?」
 アカネ  「紅茶は低温抽出するようには作られてない事ははっきりしました
       紅茶は玉露を淹れるお湯の温度と時間では味が出ない事だけ・・・でも・・・」
 家庭部長 「そう 日本茶も紅茶も元々同じ茶葉 低温で味が出るはず」
 アカネ  「お湯の温度を上げずに熱を供給する事が出来れば」

化学部から借用中の丸底フラスコに視線を投げるアカネ

 アカネ  「ウォーターバス・・・」
 家庭部長 「湯煎? そうね熱が逃げやすいメリオールは外からも熱が入りやすい
       熱が逃げやすいメリオール自身を湯煎にすれば吸熱と放熱の差が大きいから十分な対流も起きる」
 
 アカネ  「後は・・・ジャンピングを促進する気泡が十分出来る最低の温度」
 家庭部長 「湯煎する事で対流が続けて起きるのなら 泡が無くても
       十分なジャンピングが起きるかも・・・・・・試してみましょうか?」
 アカネ  「ええ」

パタパタと湯煎の準備を始める アカネと家庭部長 暗転

私の家 階段:湯気の立つ洗面器を持って階段を上る茜 私の部屋に入る
(BGM:虹をみた小径)

洗面器をベッドサイドに置き 眠っている私を起こして寝巻を脱がせる茜
お湯に浸けたタオルを絞り 私の身体を拭き始める

 茜  「目を覚まして下さい 私を見て下さい・・・・
     あなたはこんな時にしか私を頼りにしてくれないんですね」

目頭を押さえる茜

 茜  「こんな時にしか・・・・私を・・・・」

私を拭く手が止まる茜 タオルを握りしめる手に滴が落ちる
茜に倒れかかる私

 茜  「あ・・・・」

私の体重を支えきれず ベッドの上に潰される茜

 茜  「・・・・温かい・・・・私を慰めてくれるんですか?」

私を抱き起こして また私の身体を拭き始める私
 
 茜  「おむつ 替えますよ」

私の下半身に手を伸ばす茜 そしておむつを外し
私の下半身を拭き始める茜

 茜  「どのくらいになりますか・・・最後にあなたのお世話をしてから・・・
     でもですね 私も少しは変わったんですよ」

下半身を拭きあげて少し紅潮した茜は 私に新しい紙おむつを装着し
そして眠ってる私の唇に自分の唇を合わせようとする

 茜  「やっぱり 私はダメですね」

キスを躊躇した茜は淋しげな笑顔を浮かべる

 茜  「アカネちゃんが帰ってきたら寝巻きの替えを出して貰いますから
     少し我慢してください」

淋しげな笑顔のまま私に寝巻を着せてベッドに寝かせる
ピーッとキッチンから笛の音が鳴る

 茜  「すぐに 食事の用意をしますね」

茜退場 部屋には茜に拭きあげられた情けない私

私の家 キッチン:エプロン姿の茜(BGM:雨)

笛を鳴らしている圧力鍋の火を落として 中からトロトロになった鶏肉を取りだし
包丁の背で潰して別の鍋に仕込んでいる粥に合わせる

 茜  「私は・・・あの人の・・・幼馴染なだけ なんですか?」

自問する茜は圧力鍋に残ったスープを別の鍋にあけて
醤油、生姜、三つ葉を添えてすまし汁に仕上げる
鳥粥を大きめの丼によそい すまし汁を添えて 盆に乗せ茜退場

再び 私の部屋:眠っている私(BGMは継続)
まだ紅潮が治まっていない茜が食事を持って登場

 茜  「食事が出来ました」

どことなく淋しげな茜が私の身体を起こす

 茜  「私はあなたの幼馴染なんですか?」

先ほどの自問を再び行い 鳥粥を一口含む茜
そして口移しに私に食べさせようとする

コクリと口に含んだ粥を飲み込む茜

 茜  「あの人は病気なんです・・・私は食べさせてあげないといけないんです」

そう呟いてまた粥を一口含み 私の唇に自分の唇を近づける茜
真っ赤に紅潮した茜はまたコクリと粥を飲み込む

何度か口移しを試みそして失敗する茜
丼の中身は半分ほどに減っている

 茜  「私はあなたの幼馴染なんですね・・・・・」

淋しそうに自問の答えを出す茜 そして レンゲに粥をすくい私の口へ運ぶ
私の食事を続ける茜 そして最後にすまし汁を私に含ませる

アカネ登場 部屋の入り口で2人の様子を眺めているアカネ

 茜  「アカネちゃん何時からそこに?」

茜を無視するアカネ

 アカネ「先輩ただいま」

そして2人に背を向けるアカネ

 茜  「アカネちゃん!」

アカネは2人に背を向けたまま

 アカネ「茜さんの邪魔しちゃ悪いから」
 茜  「邪魔なんて・・・そんな・・・」
 アカネ「邪魔でしょ?」
 茜  「アカネちゃん!」

 アカネ「ヤッパリまだ階段は辛いわ 茜さん先輩の事お願いね」

アカネ退場

 茜  「アカネちゃん・・・・・・」

私の家 居間:制服のままソファーに腰掛けているアカネ(BGM:A Tair)

 アカネ「私・・・・茜に嫉妬してる 茜は先輩の世話してただけなのに 嫌な子・・・」

ふぅ・・・と 大きな溜め息をつくアカネ
2階より茜登場

 茜  「アカネちゃん 私はもう帰るからあの人の事お願いね」
 アカネ「あ・・・あの・・・茜さん 先輩の面倒をみててください」
 茜  「私はあの人の幼馴染なんですよ」
 アカネ「私は従妹です」

 茜  「おかしいですね 私はあの人の幼馴染でしか無い事にホッとしています
     私はそこから先には進めないんですね アカネちゃんはどうですか?」
 アカネ「どうって?」
 茜  「アカネちゃんは従妹より先に進めますか?
     いえ・・・もう進んでいるみたいですね 羨ましいです」
 アカネ「それは茜さんだって同じ・・・・」
 茜  「私はダメでした 今の関係が壊れるかもと思ったら
     先に進む事が出来ませんでした 悔しいですね」

淋しく微笑む茜

 茜  「アカネちゃんさっき凄く怖い顔をしていましたよ
     あんな顔は私には出来ません 私もあの人の事が大好きです
     でも 私の場合・・・それだけなんです」
 アカネ「茜さん・・・・」
 茜  「私はあの人の寝込みを襲うつもりでいました・・・・
     だけど出来ませんでした」

 アカネ「私は・・・・先輩を襲っちゃいそうで 面倒見るなんて出来そうにない」
 茜  「アカネちゃんは酷い人ですね 私が安全パイだから
     あの人の世話を任せるんですか?」

 アカネ「そうじゃないけど  あ、本心はそう思っているかも・・・・」
 茜  「正直ですね わかりました あの人が気が付くまでは私が面倒みます
     そのかわりアカネちゃんはあの人を襲わないでくださいね」
 アカネ「うん 先輩には近づかないようにする・・・・・」
 
 茜  「あの人の替えの寝巻きは何処にありますか?」
 アカネ「部屋のビニール製衣装ケースに下着と一緒に・・・・・」
 茜  「わかりました あ、それからキッチンにお粥とスープがありますから食べてください」
 アカネ「茜さん・・・・」

アカネに背を向けるアカネ

 茜  「私はあの人が好きです でもそれだけじゃダメなんですね
     ただ待っているだけじゃダメなんですね きっと・・・・・・
     私には待つことしかできません あの人が私を選んでくれるのを待つことしか」

茜2階へ退場 暗転

 〜 光の天使 〜

神代道場:巫女装束に着替えている副部長 道着姿の副部長兄(BGM:永遠)

 副部長「兄さんどうしてもこの服着ないとダメですか?
     動きにくくて嫌なんですが」
 兄  「継承の儀には古より巫女の正装が不可欠と伝えられし・・・・」
 副部長「巫女が抵抗出来ない様に拘束着として強要された?」

 兄  「愚かな そのような邪な魂を継承の儀に持ち込なば粛正されるは必至」
 副部長「その時は粛清されますよ もし彼等の意にそぐわなかったとしても
     私は間違ってはいない だから粛正されるいわれは無い・・・です」

 兄  「好きにしろ オマエが粛正されたとしても次のちはやが選ばれるだけだ」
 副部長「私は正義の為の尊い犠牲なんですね」
 兄  「正義はすべてに優先される」

 副部長「それで私はここで鉾を掲げた後に地面に突き立てればいいの?」

ドン! 板の間に光の鉾を突き立てる副部長

 兄  「そうだ その後 正義に永遠の忠誠を誓って継承の儀は終わる」
 副部長「いったい何の為の儀式なんでしょうね? 兄さん」
 兄  「正義の為だ」
 副部長「はいはい 正義の為ね」

朝 私の家 居間:ソファーで潰れているアカネ(BGM:雪のように白く)
キッチンより朝食を持って茜登場

 茜  「アカネちゃん おはようございます」
 アカネ「あ・・・う・・・ 茜さん・・・・おはよう」
 茜  「朝食 食べてくださいね」

テーブルの上にアカネの分の朝食を置く茜

 茜  「夢見でも悪かったんですか? 瞳が潤んでいますよ」
 アカネ「あ、うん・・・ちょっと・・・ね」
 茜  「まあまあ 困りましたね」

 アカネ「茜さん 何か変」
 茜  「少し楽になれました
     いつかあの人が私の所に帰ってきてくれる日を待っていられます
     私には待つことしか出来ませんから」
 アカネ「私がいつか先輩を捨てると?」
 茜  「はい アカネちゃんは自分から攻めて行けますから
     あの人に飽きたら 新しい刺激を探しに行くんでしょ」
 アカネ「・・・・茜さん・・・言う事がキツイよ」

 茜  「あの人は最後に私の所に帰って来ます そう考えたら気分が楽になりました」
 アカネ「・・・・残り物には福がある・・・・」
 茜  「はい」

2階に向かう茜

 茜  「あの人に朝ごはんを食べて貰って来ます」

茜流動食を持って2階に退場

 アカネ「茜・・・・少し壊れたのかなぁ???」
 

放課後 家庭科実習室:部長と私を除く登山部一同
家庭部一同 雪見 澪(BGM:午後のいとまに)

アカネと美樹を交互に眺めている澪

 澪    『アカネちゃんは白衣で 美樹ちゃんは体操服なの』
 美樹   「アカネはいつもの実験の後だし 私は走り込みの後だから」
 澪    『美樹ちゃんは着替えたほうがいいの』
 美樹   「澪ちゃんも着替えたほうがいいの」
 澪    『え? 何に着替えるの?』

 美樹   「スクール水着」
 澪    『・・・・・』
 アカネ  「・・・・・」

 美樹   「白衣にブルマにスクール水着 うっふっふ 完璧」
 澪    『美樹ちゃん 変なの』
 アカネ  「たちの悪い病気にかかっちゃって・・・・」
 美樹   「アカネだって同じ病気にかかっているくせに」

ズリズリと後ずさる澪

 美樹   「澪にもうつしてあげましょうか?」

ズイと澪に詰め寄る美樹 ブンブンと首を振って拒否する澪

 美樹   「あははははは」
 澪    『美樹ちゃん 明るいの』
 美樹   「澪 かわいい」

澪にほうずりする美樹

 澪    『美樹ちゃん 汗かいてるの やめて欲しいの』
 美樹   「あははははは」
 澪    『あうぅぅぅ』

 部員1  「副部長 今日部長は?」
 副部長  「うーん 休みみたい」
 部員1  「あの部長が? 珍しいこともあるのね」
 部員2  「鬼の霍乱」

 副部長  「ところで里村さん 紅茶研究の成果はどう?」
 アカネ  「方針は決まったけど 最適な数値が出るにはまだまだ」
 家庭部長 「そうね 紅茶を淹れる為のお湯の温度 蒸らし時間
       メリオールを湯煎する為のお湯の温度
       まぁ 1つづつ潰して行きましょう」  
 アカネ  「はい」

1ヵ月後 家庭科実習室:部長と私を除く登山部一同
家庭部一同 雪見 澪(BGM:永遠)

アカネと美樹を交互に眺めている澪

 澪    『アカネちゃんは白衣で 美樹ちゃんは体操服なの』
 美樹   「アカネはいつもの実験の後だし 私は走り込みの後だから」
 澪    『美樹ちゃんは着替えたほうがいいの』
 美樹   「澪ちゃんも着替えたほうがいいの」
 澪    『え? 何に着替えるの?』

 美樹   「スクール水着」
 澪    『・・・・・』
 アカネ  「・・・・・」

 美樹   「白衣にブルマにスクール水着 うっふっふ 完璧」

いつか何処かで見たような光景

 家庭部長 「部長さん それでインターハイ一次予選の結果はどうでした?」
 副部長  「和泉さんと里村さんが頑張ってくれました 予選突破も出来そうですよ」
 家庭部長 「予選突破????」

 副部長  「どうしました?」
 家庭部長 「あ・・・・何か大事な事を忘れているような気がして・・・・
       たしか・・・・予選の前にみんなで何処かに行こうと
       誰かと約束をしたような気が・・・・・・」

 副部長  「誰か?」
 家庭部長 「たしか・・・登山部の部長さんだったような・・・・」
 副部長  「私 ですか?」
 家庭部長 「あなたでは・・・無かったような・・・・・・」

 副部長  「はっきりしませんね」
 家庭部長 「ただ なんとなく なんだけど 違和感があって」
 副部長  「気のせいですよ」
 家庭部長 「きっと そうですね」

 部員2  「・・・・・・鬼の霍乱」

ぽつりと呟く部員2

私の部屋:裸にした私を慣れた手付きで拭きあげている茜(BGM:虹をみた小径)

 私  「あ・・・・えーと・・・・私は茜さんに何をされているのでしょうか?」
 茜  「え?」

不意の私の言葉に戸惑う茜

 茜  「あ・・・・気がついたの・・・・・・・?」
 私  「今 何時? 昼は過ぎてるみたいだけど」

茜にトンチンカンな問いを投げる私

 茜  「何時って・・・・あなたは 1月も眠ったままだったんですよ」

泪を浮かべて私に抱き付く茜

 私  「茜ちょっと離れて」
 茜  「すみません・・・」

スッと私から身体を離す茜

 私  「それにしても・・・見事に身ぐるみ剥がされていますな」
  
マジマジと自分の姿を眺める私 衣装ケースから私の服を取り出して手渡す茜

 茜  「お召し物を」
 私  「茜?」
 茜  「誤解なさらないで下さい 私はお世話申し上げていただけです」

 私  「ちっ」

舌打ちをひとつ そして立ち上がる バランスを崩し 茜に支えられる私

 茜  「無理はなさらないで下さい ご・・・・・」
 私  「聞きたくない!」
 茜  「申し訳ございません」
 私  「それが茜の答えか?」

 茜  「はい あなたは最後には私の所に帰って来ますから
     私はそれまで こうやって待ち続けます」
 私  「それは 正しい選択か?」
 茜  「正しくは無いでしょう でも、間違ってはいないと思っています
     私には待つ事しか出来ませんから」

 私  「付かず・・・離れずか・・・
     わかったもう何も言わない 好きにしろ」
 茜  「仰せのままに」

私の身支度を手伝う茜

 私  「1ヶ月寝たきりだったのは本当らしいな・・・・身体が鈍りきってる」
 茜  「心配して・・・申し上げ・・・上げておりました」
 私  「茜ぇ 言葉使い戻そうよ なんか ボロが出てるよ」
 茜  「それだと 誤解されますよ」
 私  「誰が誤解するって?」
 茜  「アカネちゃんが」

 私  「あっ そ  茜 散歩したいんだけど付き合ってくれるかな?」
 茜  「仰せのままに」

身支度の終えた私は茜に支えられて退場

路地:散歩中の私と茜(BGM:A Tair) 

私に寄り添って足下のおぼつかない私を支えながら歩く茜
程なく2人は空き地の前にさしかかる 2人の進行方向より詩子登場

 詩子 「誰!・・・この人・・・・・・茜の、知り合い!?」

キッと私を睨み付ける詩子

 茜  「詩子? どうしたんですか?」
 詩子 「どうしたもこうしたも無いわ おい! そこの馬の骨!!
     茜にも手を出す様なら 容赦しないからね!!」

 茜  「詩子何を言っているんですか? この人は・・・・・」
 私  「茜 もういいよ さっき言ってた”誤解”が現実になったようだ」
    (・・・・”茜にも”か・・・・・)

 茜  「あ・・・・ええと・・・足下にお気を付けになって下さいまし」
 詩子 「茜 何言ってるの?」
 茜  「私は1ヶ月寝たきりでやっと外出が出来るようになったこの方の
     散歩のお手伝いをしているだけです」

 詩子 「何? 新しい遊びか何か?
     まぁいいわ そこの馬の骨! さっき私が言った事 肝に銘じておきなさい!!」

詩子ドスドスと足を踏みならし路地を通り抜けて退場

 私  「茜 空き地に行ってみるか」
 茜  「仰せのままに」

空き地に踏み込む 私と茜
青々とした雑草が生い茂る空き地

 私  「時は巡るのか まるで何事も無かったかの様に
     異質な物は時の中に風化して行くモノなのか・・・
     ここに放置されたかつて人の住処だった これらの様に」

かつてそこに家が建っていた事を偲ばせるコンクリートの基礎が
土に埋もれ草に埋もれ消えかけている

 私  「なぁ それでもよかったのか? おまえは・・・・
     誰に思い出される事が無くても
     茜を守りきった・・・・その誇りさえあれば」

何も無い空き地の一画に視線を投げる私

 茜  「何をおっしゃっておられるのですか?」 
 私  「昔そこに 井戸があってね ”子供が落ちたら危ない”と埋められて
     今は井戸があった痕跡すら無いのがわびしくてね・・・・」
 茜  「い・・・ど・・・・?」 

下校途中のアカネ登場(BGM:潮騒の午後)

 アカネ「先輩! 気が付いたんだ!!」  

私に駆け寄るアカネ 私に抱き付きゴシゴシと顔を私の服に擦り付ける

 私  「その癖 治ってなかったのか」
 アカネ「先輩から茜さんの匂いがするの」

更に激しく顔を擦り付ける 服に擦られたアカネの頬がほんのりと赤味を帯びる 

 茜  「私はただお世話申し上げていただけで・・・・」

ピト 私に寄り添うアカネ

 アカネ「茜さん 悔しい? 悔しいよね 私なんかに先輩取られて」 
 茜  「いえ アカネさん後はお願いします・・・・・
     私はこれで下がらせていただきます」

茜 きびすを返して空き地より退場
茜の背中を見送るアカネ 吐き捨てる様に呟く

 アカネ「茜・・・あなたがしっかりしなくちゃダメじゃない・・・・
     どうして逃げるんだよ 私はあなたなんだよ 自分から逃げてどうするの?」 

 私  「どっちもどっちだと思うがな で アカネ ちょっと離れて貰える?」
 アカネ「あら 自分で造っておいて”苦手”なんて言わないでしょうね」
     (どっちもどっちなのはどっちよ・・・・まったく・・・・)

 私  「赤ら顔の女の子を連れて歩くのは抵抗がある」
 アカネ「誰のせい?」
 私  「私?」
 アカネ「そう」

散歩の続きに戻る私とアカネ 退場
暗転

神代道場:巫女装束の副部長 道着姿の副部長兄(BGM:永遠)
すでに穴だらけになっている板の間
今日もまた副部長は鉾を板の間に突き立てる

 副部長「兄さん ここ1ヶ月この練習ばかりだけど・・・いったい何?」
 兄  「重要な儀式だ」
 副部長「そればっかり・・・・しかも、毎日この時間に1回だけ」
 兄  「失敗の許されぬ儀式だからだ」
 副部長「ハイハイ」

Limの部屋:Lim(BGM:A Tair) 

自分の掌を閉じたり開いたりを繰り返しているLim

 Lim「トライ・・・目を覚ましたみたいね 感覚が戻ってきた」

ふう と深いため息をひとつ

 Lim「残酷ね・・・・私はトライが居てくれないとダメなのに
     選んで貰えないなんて・・・・」

窓に視線を投げる

 Lim「新しい支えを探せ・・・そう言いたいなら ハッキリそう言って
     でないと・・・私・・・・諦めきれないから・・・・」

視線を下に降ろす

 Lim「それも・・・・ダメか・・・・ ハッキリ言われたら
     それで私は終わり・・・諦めきれない分 まだ頑張れる・・・・・」

自嘲気味に笑う

 Lim「ふふふ 私に・・・二股かけて 乗り換えろって?・・・・ほんとに残酷な人ね」

暗転

数日後の朝 私の家:私と茜 アカネ(BGM:ゆらめくひかり) 

 茜  「今日から学校ですね」
 私  「リハビリに手間取ったもんなぁ」

右腕を天にかざし拳を握る

 アカネ「学校に行くの1月ぶりだもんね 先輩」

茜に当てつけるように私に身体を寄せるアカネ

 茜  「朝食の用意が出来ております」

紋切り型の対応で応戦する茜

 茜  「人間嫌いにも回復の兆候がおありの様でなりよりです」

どことなく敬語の使い方がおかしい茜

 私  「さっさと飯を済ませて学校へ行こうか」

茜の作った朝食をとり学校へ向かう3人 一同退場

私の教室:教室の中に数人の生徒(エキストラ)
(BGM:雨) 

私と茜登場 茜を見て声を掛ける女子生徒

 女子生徒 「里村さん その人どこのクラス?」
 茜    「え?」

茜の脳裏に数日前の詩子の言葉がよぎる

 誰・・・この人・・・・・・茜の、知り合い?

 茜    「何?」

あるはずの物が無い事に気付く茜 片づけられてしまっている私の席

 私    「それじゃ里村さん また後で」

茜に背を向けてアカネの教室へ向かう私

 茜    「何が? いったい? どうして?」

私退場
 
アカネの教室:アカネ 美樹 澪(BGM:海鳴り) 

私登場

 私  「アカネ ひとつ頼みがある」
 美樹 「どなたですか? アカネに何か?」
 私  「放課後 関係者を部室に集めてくれ」
 アカネ「美樹ちゃん・・・・先輩の事・・・・・
     先輩・・・・これって・・・・」

 私  「ああ 事が起きた 日が早過ぎるとは思うが そう言う事だ
     だから人集めを頼む 現状を確認しておきたい」
 アカネ「わかったわ」

私退場

 澪  『アカネちゃん今の人誰なの?』
 アカネ「私の従兄」

校門:茜(BGM:雨)
登校中の生徒の中 私の姿を探す茜

 茜  「あの人はどこ? 誰もあの人の事 知らないなんて・・・ どこにいるの?」

次第に生徒の数がまばらになり 始業のチャイムが鳴る
肩を落とした茜はトボトボと校門の外に出る
ポツリ ポツリ と 雨が降り出す

 茜  「あの人は・・・どこ?」

制服に雨だれの染みを残しつつ 茜退場

私の家 玄関:(BGMは継続)
開く扉 扉の向こうにずぶ濡れの茜 足下を見て呟く

 茜  「家にも帰ってない・・・・」

また外に出ようとする・・・が 後ろを振り返る

 茜  「あの人なら 靴ぐらいは隠す・・・・・」

家の中に上がる茜 雨に濡れた茜の靴下がジュブっと音を立てる
くっきりと廊下の板張りに茜の足跡が残る

 茜  「あら いけない」

靴下を脱いで素足になる茜 以外と冷静な自分の行動に苦笑する

 茜  「ふふ 私は濡れていたんですね」

風呂場へ向かう茜 濡れた制服を脱ぐ
雨に濡れた髪から滴が落ちる 棚の上のバスタオルを取り髪を拭く

 茜  「この家には・・あの人の匂いが・・・染みついてる・・・・」

”茜専用”と書かれたかごから下着とピンクのブラウスを取り出し着替える

洗濯機の脇から雑巾取り 滴の後を拭きながら玄関へ戻る
雨に濡れたエナメル靴を玄関の脇に立てかける

人気の無い家の中を歩く 私を探して
一通り家の中を探した茜はまた玄関に戻ってくる
下駄箱からスニーカーを出して 傘立てからピンクの傘を取って雨の中に踏み出す

 茜  「あの人を・・・・・探しに・・・行かなくちゃ・・・・」

玄関の扉が閉じて・・・・無人になる
暗転
 

放課後 登山部部室:私(BGM:偽りのテンペスト)

Limとアカネ登場

 私  「アカネとLimだけ? 副部長は?」 
 アカネ「副部長? 誰?」
 私  「・・・あ・・・3年の神代永遠(とわ)さん」 
 アカネ「部長? 部長は今日は・・・・休み」

 私  「そうか・・・副部長は・・・・部長なのか・・・・」 

コクリと頷くLim

 アカネ「先輩???何?」
 私  「いや・・・・ちはや絡みで私の事を消したい奴がいる様だ
     こいつらの仕業じゃないみたい」

 『疑われていたとは心外だなぁ』
 『そうそう ボク達はちゃんと約束は守るよ』
 『今回はボク達だけなら行けない世界だからね』

 Lim「どんな世界?」

 『そうだね・・・・』
 『選ばれた人間が御使いになる儀式の場所』
 『選ばれなかった人間には行けない場所』
 『だからボク達だけなら行けない世界』

 Lim「でもトライには行けるのね」

 『最後のボクはまだ人間だからね』
 『ちはやもまだ人間だからね』
 『最後のボクと一緒ならボク達にも行ける』

 私  「そこに人がいて そこに人の悪意が有り続ける限り
     そこがどこであっても 跳んで行ける」
 Lim「便利なのね」
 私  「ただし そこに悪意を持つ人がいるのが絶対条件だけど」

 Lim「それで トライはどうするの?」
 私  「時間まで茜を待つさ」
 Lim「里村さんが来なかったら?」
 私  「縁が無かったと諦めるさ」
 Lim「副部長がトライを呼ばなかったら?」
 私  「縁が無かったと諦めるさ」

 アカネ「先輩 私は部活に戻る」
 Lim「そうね 私も”さよなら”は言わないでおくわ
     トライ 私達を後悔させないでね」

 私  「わかった」

2人に背を向けて立ち去る私 私退場

雨の空き地:ガラクタに腰掛けて雨に打たれている私(BGM:雨)
ピンクの傘をさした茜登場

 茜  「やっと・・・・見つけた」
 私  「やっと・・・・見つけてくれた いい加減濡れネズミだよ」

座っている私に傘を差し出す茜

 私  「どうも」
 茜  「いったい何が起きてるんですか? あなたの事誰も覚えていなくて・・・・」
 私  「詳しくはわからん だが私を消したがってる奴がいるようだ」
 茜  「でも誰が?」

 私  「さあね でも こんな事が出来る奴がいるとしたら 神様か悪魔じゃない?」
 茜  「・・・・・私を馬鹿にしてます?」
 私  「確かに馬鹿げてはいるんだけどね その馬鹿な事が現実なんだよな
     茜 他に説明つきます? 例えば・・・・・・
     マッドサイエンティストとか宇宙人とか・・・・・国家の愚民化計画とか
     どれも馬鹿げてるよなぁ・・・・」

 茜  「例えば・・・・・みんなで私をからかってる・・・とか」
 私  「だと・・・いいな」

俯く茜

 茜  「本当なんですね」
 私  「ああ」
 茜  「どうするつもりなんですか?」
 私  「消したいと言うのなら消えてやるさ 勝負はそれからだ」
 茜  「私を置いていくつもりですか?」
 私  「留守を頼む」

 茜  「帰ってきてくれますか?」
 私  「そーゆー紋切り型の応対は止めてくれるかな?
     それとも 本気で”神様に勝って帰って来い”って言っているのかな?」
 茜  「そんな・・・・私は心配なだけで・・・・」

 私  「帰ってこれるかどうか約束は出来ない」
 茜  「嘘でも”帰ってくる”とは言ってくれないんですね
     こんな時だけ・・・・正直なんですね」
 私  「それは 茜が苦しむ姿を見て悦んでいるからさ」

 茜  「あなたはそんな人じゃありません」
 私  「茜・・・・私の半分は”そんな人”だよ」
 茜  「本当のあなたはそんな人じゃありません!」

 私  「そう言う風に言われるとね 自分の半分を否定された気分になれるよ
     異質なるモノは疎まれ拒絶され排除される
     人の世の何処であっても 何時の時代であっても」

茜に冷笑を返す私

 私  「ふふ・・・そろそろ 時間かな?」

雨垂れの中に溶け込む様に消え始める私

 茜  「私を!・・・私・・・・私を置いていかないでください!!」
 私  「茜が引き留めてくれなかったからだよ・・・・・
     そして もう少し私の事をわかってくれる人が呼んでいるからだよ
     ・・・・私を・・・」

最後の冷笑が雨垂れの中に消える

 茜  「私を・・・・私を置いていかないでください・・・・・
     私を・・・・ひとりに・・・・・しないで・・・・ください・・・・」

ピンクの傘を落とし泣き崩れる茜

 茜  「嫌ぁぁぁぁぁ!!・・・・・いゃぁ・・・・」

 暗転

神代道場:巫女装束の副部長 道着姿の副部長兄(BGM:永遠)
上座の神棚の下 床板を上げて隠し階段を開く兄
 
 副部長「兄さん ここは?」 
 兄  「この奥に祭壇がある」 
 副部長「"継承の儀”の祭壇?」 
 兄  「そうだ」 

副部長を連れて隠し階段を下る兄
階段の下は人工的に掘られた横穴 その横穴を進む副部長と兄

 副部長「この穴・・・・?」 
 兄  「昔 祭壇の入り口は 地上にあった
     長い月日に埋もれてしまった」 

横穴の先に大きな岩

 兄  「ここが岩戸 祭壇の入り口」

日本刀を抜き 岩に突き立て切り下ろす 岩肌にポッカリと穴が空く 

 兄  「さあ」

先に岩の穴に入り副部長を誘う兄 兄を追って岩の中に入る副部長
副部長が岩の中に入り 岩の穴が閉じる 暗転

祭壇:(BGM:輝く季節へ)

切り立った岩の頂に設けられた祭壇 眼下には同じように切り立った岩が広がり
大地は雲に霞んで伺い知れない

天には光が溢れ 無数の御使いが副部長を祝福して舞う
その頂点には神々しい御姿を現す1人の天上人

石作りの祭壇に横たわる人影 祭壇に向かって歩いていく副部長

 副部長「この人・・・・どこかで・・・・」
 兄  「天に供物を捧げよ その血をもって 継承の儀となす」
 副部長「私に・・・人を殺せと?」
 兄  「正義の為だ」

”正義”その甘い響き・・・唯一の免罪符・・・正義の名の下にすべてが許される
静かに目を閉じている人影

 副部長「正義の・・・・ため・・・・」

副部長は天に光の鉾を掲げ 人影に突き立てる
(急速にパンアウト SE:ドス!)

 〜 迎撃! 頭上の敵機 〜 

祭壇:(BGM:輝く季節へ)

祭壇の上 人影が横たわる脇に鉾を突き立てている副部長

 副部長「部長・・・・・」

祭壇に張り付けられている部長

 部長 「副部長 久しぶりぃ
     早速なんだけど これ外してくれない?」

相変わらずな部長

 副部長「はい」

部長の枷を鉾で突き壊していく副部長(BGM:走る少女たち)

 兄  「ちはやよ・・・・それでいいのか?」

キッと兄を睨み付ける副部長 

 副部長「兄さん! これが・・・・これが兄さん達の正義なんですか!?
     部長がいったい何をしました?」
 兄  「正義の為の尊い犠牲だ 彼を天に捧げて忠誠を示せ」

 副部長「・・・・その為の部長なんですか?
     それが・・・私があんな連中に成る為の試練だと言うんですか?」

天空を舞う御使いを見上げる副部長

 副部長「天使が人間よりも立派だと言うんですか?
     天使に成る事が 素晴らしい事なんですか?
     大切な人の命を捧げる事が・・・忠誠だと言うのですか?」
 兄  「違うな・・・・力持つが故に忠誠を示させる
     最愛の者を生け贄にするだけの忠誠を強いる
     力を持ち・・・かつ、忠誠を誓わぬ者は粛正される」

 部長 「ふふ 手に入らないなら始末するのか・・・・・
     考え方が実に人間臭い・・・・おっと、天使は元々人間か」

 兄  「もう一度聞こう ちはやよ・・・・それでいいのか?」
 副部長「私は・・・・私は 部長を・・・・守ります」

 兄  「愚かな巫女だ・・・・」

日本刀を振り上げ 部長に振り下ろす兄

 副部長「部長!!」

残りの枷を切り落とされてのっそりと起き上がる部長
解放された部長を見て 御使い達の動きが慌ただしくなる
(BGM:海鳴り)

 部長 「うーん 斬り殺されるかと思ったよ お兄さん」 
 副部長「兄さん?」
 兄  「永遠(とわ)がその道を行くのなら 俺はそれに従うだけだ」
 副部長「・・・・あ・・・にいさん・・・・
     ・・・部長はこの事を?」
 部長 「お兄さんが殺す気だったなら とっくに殺されたよ」

天を仰ぐ部長

 部長 「厄介なのは上の連中かな?」 

手を挙げて攻撃を指示する天上人

 天上人「愚かな巫女だ・・・・」

空を切り裂いて御使いの放った光弾が舞う

 部長 「スピリッツ・インストーラ!!」

懐から抜き振ったすりこぎ大の・・・使い古された漆塗りの棒が
副部長に向かった光弾を弾く 棒に施された沈金の文字が鈍く輝く”精神注入棒”・・・・と

 兄  「異質ならば相殺し 同質ならば反発する・・・・か」

同じく日本刀を振って光弾を弾く兄

 部長 「しかしだなぁ・・・・これじゃ防ぐのが精一杯」
 兄  「正義に仇なす悪党の末路などこんなもの」
 副部長「部長・・・兄さん・・・」

一段と激しさを増す光弾 次第に防ぎきれなくなってくる兄と部長

 部長 「そろそろ かな?」
 兄  「来るつもりならばな」
 
ふいと空中に現れた無数の鏡が光弾をことごとく跳ね返す(BGM:勝利のポーズ)
祭壇に立つ影(祭壇直下の奈落より逆光で私登場)

 部長 「遅い!」
 私  「ヒーローは最後に登場するものさ」

 天上人「何奴!」

天を仰ぐ私

 私  「アストレアの天秤 参上! 義によって助太刀いたす」

 兄  「ふふふ・・・ふははははは ”義によって”だと? よく言う」
 私  「さて? 先ずは多勢に無勢 更に反撃出来ない空中から飛び道具でなぶり殺し
     どう考えても向こうに正義があるとは思えないけど?」
 兄  「正義の為にならどんな卑怯な事でも許されるのだ」

 副部長「兄さん・・・それ・・・・間違ってる」
 兄  「間違ってはいない なぜなら天は我々を力でねじ伏せた後に
     自らの正義を主張するからだ」
 部長 「勝てば官軍?」

呆れ顔で人間達の勝手な会話を聞き流している天上人
天上人は御使いの1人に指示を出す

御使いの放つ光弾 鏡により跳ね返された光弾が飛び交う中を
剣を抜き私に向かって低空より進入する御使い

 私  「つまり・・・・神様は絶対的な正義で、何やっても正義の為って事になるのね」
 部長 「逆に神に抗う者は絶対的な悪? なんか割の合わない話だなぁ」

話に没頭する私に背後から斬りかかる御使い

 私  「まったく・・・後ろから斬り付けても ”正義”なのかね?」

振り出した長巻の柄で御使いの切っ先をいなす私
振り向きざまに御使いを逆袈裟に斬り捨てる 霧散する御使い

 私  「いや・・・こちらの戦力を見る為の捨て駒か?」

相変わらず上空から光弾を放ち続ける御使い達

 部長 「なるほど・・・こっちが消耗し尽くすまで
     飛び道具でいたぶるつもりね」
 兄  「こちらに飛び道具が無いのを知っての攻めか」
 
 私  「副部長 あの光弾出せない?」
 副部長「出せるとは思うけど 私のなんて役に立たないわよ
     あなたの鏡で跳ね返したのだってダメージになってないじゃない」

鉾の先端から光弾を撃ち出す副部長 副部長の光弾は
鏡で跳ね返された光弾と同じく御使い達のシールドで無効化される

 副部長「ほらね」
 私  「連射は出来る?」
 
光弾を連射してみせる副部長 しかしシールドで無効化される結果は同じ

 副部長「なにをしたいの?」
 私  「副部長 上出来 じゃぁ 私に光弾を連射して」
 副部長「え? なに?」
 私  「説明するより 実行した方がはやいよ」
 
 副部長「う うん」

?マークを浮かべながら一発の光弾を私に向かって撃つ副部長
私に向かって放たれた光弾は私の前に展開した鏡に反射されて進路を変える
そして反射された光弾の進路に展開されたもう一枚の鏡が私に向かって光弾を反射する

 私  「副部長 連射して」
 副部長「うん・・・・・」

私に向かって光弾を連射する副部長 2枚の鏡に挟まれた光弾は光の柱となる
前方の鏡が消失した時 光の柱は御使いをシールドごと撃ち抜く

 副部長「・・・・今の・・・何?・・・・・」
 私  「2枚の鏡で光弾を発振させ位相を合わせて照射する」
 部長 「つまり 光弾を光源にしたパルスレーザー」
 私  「そう 更に前方の鏡をハーフミラーにすると」

同胞を狙撃された御使い達は散開して包囲攻撃に移行する
ハーフミラーで連続発振した光の柱は御使いを追尾し
次々と薙ぎ払っていく

 私  「鏡の角度を変えるだけで追尾出来るから
     散開しても無駄なんだけどなぁ」

焼き払われた御使い達の断末魔が悲鳴になって木霊する

 兄  「哀れな」

御使い達の白き羽根が無数にそして一面に舞う
羽根の織りなす白き闇の中 地より天を焦がす光の柱が乱舞する
御使いを次々と薙ぎ払う光の柱も天上人には届かない

羽根の舞がおさまった時 天に残るは天上人ただ1人(BGM:遠いまなざし)

 私  「さてと・・・アレの攻撃に悪意が有るとは思えないけど」

天上人が光弾を放つ その光弾は鏡を貫き私に向かう
光弾を長巻で受ける私 光弾と長巻が同時に消失する

 兄  「同質なら反発し・・・・異質なら相殺する・・・・か」
 私  「部長 インストーラ借りるよ」

部長から精神注入棒をひったくる私

 部長 「それは 大東亜戦争の時代から使われてきた由緒正しい代物だから
     大切に扱ってくれよ」
 兄  「愛国心の象徴か?」

精神注入棒を水平に構える

 私  「愛は光   すべてを切り裂く激情の刃
     優しさは闇 すべてを飲込む底無しの檻
     人の魂の底に眠る砕かれし夢のかけら
     その無念我が元に集いて形となれ」

精神注入棒が長巻に姿を変える
また光弾を放つ天上人 光弾を長巻で斬る私
長巻は光弾に相殺される事無く切り裂いていく

 私  「よし」
 副部長「”よし”って 振り出しに戻っただけじゃない
     レーザーだってアレには通じなかったでしょ」
 私  「別に・・・・直接斬ればいいだけだよ」
 副部長「どうやって? その剣じゃ届かないでしょ」

 私  「アレの所まで行って斬るだけだよ」
 副部長「空なんて飛べないのに・・・・・」
 私  「歩いて行くだけなんだけどな」
 副部長「????は??? 空を歩いて???」

天を仰ぐ私

 私  「今からそこに行くから 仮にも正義を名乗るなら逃げるなよ」
 天上人「・・・・」
 
人間達を無言で見下す天上人
私の足下に一枚の鏡 鏡に足をかけて一歩昇る
天上人の所まで展開される鏡の階段

鏡で出来た絞首台の階段を登る どちらが罪人(つみびと)でどちらが執行人か?
レイピアを抜く天上人 レイピアと長巻が交差する
レイピアと長巻が打ち合った瞬間 一面に光が爆発しゆっくりと暗転

 〜 見えない虹 〜 

神代道場地下の横穴 岩戸の前:部長 副部長 兄(BGM:永遠)
倒れていた副部長が目を覚ます

 副部長「あ・・・えーと・・・彼とアレの剣がぶつかった時・・・・
     目の前が真っ白になって・・・・・それから・・・・」

辺りを見回す副部長 すでに気が付いている部長と兄

 副部長「部長も兄さんも無事・・・・彼は?・・・」
 兄  「同質なら反発し・・・・異質なら相殺する・・・・
     同質な我等は祭壇から弾き出され・・・・異質なる彼は・・・」

 副部長「相殺・・・彼が・・・相殺された?」
 兄  「帰って来れたのは我等だけだ」
 部長 「僕は副部長に守って貰ったんだな
     僕は同質でも異質でもないただの人間 いやむしろ異質なのか?
     そんな僕が帰って来れたのは きっと副部長のおかげ」
 
 副部長「そんな・・・これは私の問題だっただけじゃない
     私が”ちはや”を継ぐかどうかの問題じゃない・・・・・
     それなのに彼を巻き込んで・・・・彼を犠牲にして・・・・私だけ・・・」

 兄  「粛正されるべき我等が帰ってきた事自体が奇跡
     相殺など起きるはずもない 天上人との力の差は歴然だった」
 部長 「彼が相殺できたから 僕達は助かったのか・・・・」

 副部長「彼だって・・・・きっとどこかに・・・・」
 兄  「彼の魂が天上人と同等の神格を持っていたとして 相殺が限度
     彼が天上人を超える事が無ければ生還はあり得ない」

 副部長「神様以上だなんて・・・・そんな・・・・私は里村さんになんて言えばいいの?」

(BGM:Last regrets)

         ありがとう 言わないよ ずっとしまっておく     *

隠し階段の方からアカネ登場

 アカネ「副部長 先輩は立派でした?」
 副部長「里村さん・・・・」
 アカネ「きっと先輩は 神代道場だと思って 来ました
     副部長 先輩は立派でした?」

副部長に微笑むアカネ

 副部長「彼は・・・誰よりも無謀で・・・ 誰よりも立派でした」
 アカネ「そう・・・きっと先輩は帰ってきますよ
     私に約束してくれました ”後悔はさせない”って
     だから 私はさよならを言ってないんですよ」

必死に笑顔を取り繕うアカネ

         さよならは翳りない夢のあと静かに降り立つ      *

闇:(BGMは継続)
モノローグ:アカネ
 先輩がいなくなってしまって1ヶ月・・・・
 先輩の事を覚えている人も少なくなった
 私とリムさんと部長と副部長
多分 茜は覚えていると思う 詩子は覚えているのか覚えてないのかよく判らない
 美樹ちゃんや澪ちゃんまで先輩の事を忘れてしまって・・・・・・
 もうすぐ先輩の誕生日だと言うのに

 先輩 インターハイの二次予選はきっとダメです
 ふふふ・・・先輩が抜けた穴は大きいですね
 でも一次予選は結構頑張ったんですよ
 先輩の替わりに美樹ちゃんが出場したんですよ・・・・
 先輩・・・・何処に行っちゃったんですか?・・・・・

 家庭部長 「アカネちゃん 湯煎が煮立ってるよ」
 アカネ  「あ・・・・」

家庭科実習室:登山部一同 家庭部一同(BGMは継続)
湯煎の火を落とすアカネ

 副部長  「里村さん大丈夫?」
 アカネ  「あはは・・・・先輩の事思い出しちゃった」

         両手には降り注ぐかけらをいつまでもいつまでも抱いて *

 アカネ  「忘れられないのは・・・・辛いですね」
 副部長  「それで・・・いいの?」
 アカネ  「先輩・・・・消えちゃったんですよね」
 副部長  「相殺に持ち込んだのさえ 奇跡だって 兄さんが言ってた」
 アカネ  「そう・・・ですよね・・・・」
 副部長  「里村さん・・・・」

ピピピ キッチンタイマーが鳴る

 アカネ  「あはは・・・・これが私の答え
       副部長 いかがですか?」

メリオールから淡い琥珀色の雫をティカップに注ぎ 副部長に薦めるアカネ
無言でティカップを受け取りたしなむ副部長

         最後まで笑ってる強さをもう知っていた        *

7月15日(水) 山 幕営した広場:自主休校中のアカネ Lim 副部長(BGMは継続)

崖の先から夕日が3人を照らす 崖の突端に立つアカネ
カップに魔法瓶の水筒から 一杯の液体を注ぎ 崖に向かってパッと撒く
崖下へと消える飛沫が夕日を受けて 一瞬 虹を生む
その虹は夕日に向かって立っている3人に気付かれることなく消える

 アカネ「先輩・・・・姉さんの紅茶出来ました 飲んでください
     わかってます? 今日 先輩の誕生日なんですよ
     いつまで私を待たせるつもりですか?」

         おはよう 目覚めは眩しくて悲しい          *

ガサガサと広場の入り口側の茂みが騒ぎ 作業ツナギの男登場

 男  「ここは危ないから立入禁止なんだけどな?
     上の虎縞ロープが見えなかった?」
 副部長「すみません・・・すぐに離れますから少し待ってください
     ここは・・・・私達の思い出の場所なので」
 
 男  「日が暮れたらすぐ暗くなると言うのに
     そんな軽装で日の暮れた山道を戻るつもりか?
     上まで連れて帰ってやるから さっさと用事を済ませろよ」
 副部長「お手数かけます」

ツカツカと男に歩み寄るアカネ カップに紅茶を注ぎ男に差し出す

 副部長「何?」
 Lim「アカネちゃん?」

 アカネ「飲んでください 姉さん為に淹れた紅茶です 飲んでください・・・・・
     ・・・・先輩」

 副部長「え?」
 Lim「トライ?」

カップをアカネから受け取る男

 男  「よく・・・・わかったな」
 アカネ「わかります」
 男  「そうか」

カップの紅茶を飲み干す男

 男  「甘味と旨味がよく出ているいいお茶だ」

         さよなら 許せない僕たちの弱さがよかった      *

 副部長「どうして? 相殺した筈じゃ?」
 男  「みちすがら話すよ 暗くなると山道は危ない」

一同退場

山道:アカネ Lim 副部長 男(BGMは継続)
夕暮れの山道を登る一同

 Lim「トライはもう帰って来たのね だから私は消えずにすんだ」
 男  「Limには見透かされていると思ってたんだけど・・・・」
 Lim「私は・・・私がもうトライを必要としてないから
     私が消えなかったんだと思ってた」

 副部長「あなたが帰って来れるなんて納得出来ない」
 男  「相殺か・・・・」
 副部長「あなたは神様を超えていたって事?」
 男  「まさか・・・・1人じゃなかったって事さボク達は
     何百世代も重ねたボク達の総和は1人の天上人にまさって
     相殺してなお・・・生き残れた」
 
 『あははは おかげでボク達はボロボロさ』
 『もう数えるほどしか残ってない』
 『何もできないよぉ・・・・茜も連れていけないよぉ』
 『でもいいさ 最後のボクは残った』 
 『神様を利用してボク達を始末した?』
 『してやられたね あははは』 
 『あははは』

 Lim「トライは消える前に帰って来てたんですね」
 男  「5年ぐらい前になるかな?」
 アカネ「先輩は今 何をしてます?」 
 男  「上の電波塔の職員をやってるよ それと普通免許もとったんだよ」
 Lim「なんかねぇ・・・トライらしくないって言うか
     普通にサラリーマンしているトライなんてねぇ」

 男  「おーい 昔だって普通に高校生してたんだけどぉ」
 副部長「それもそうね 見た目普通な・・・・
     そして組織の中で獅子心中の虫になるのがあなたね」

 Lim「トライこれからどうするの?」
 男  「はぁ・・・キャンプ場に置いてある私の車でみんなを送って行くつもりだけど」
 Lim「そうじゃなくって! アカネちゃんをこれからどうするの?」
 男  「次の休みにアパートから自宅に引っ越すよ」
 Lim「それだけ?」
 男  「それだけ」
 Lim「まったく・・・私の事なんて気にしなくていいのに
     愛してるよ とか 一緒になろうとか 言ってあげればいいのに」
 
 男  「年上に向かってそういう事 言うかね?」
 Lim「年上って言ったってトライはトライじゃない
     それで、今日で21歳 それとも22歳?」
 男  「21・・・・」
 Lim「じゃ 5年前の誕生日過ぎてから帰って来たのね」
 男  「そんなところだな」

 アカネ「先輩 背中いいですか?」
 男  「いいけど・・・なに?」

ピト 男の背中に張り付くアカネ

 男  「あのぅ アカネさん 歩けないんですけど・・・
     暗くなる前にキャンプ場に戻らないと危ないんですけど」

男の背中に張り付いたまま動かないアカネ

 副部長「仕方ないわね 暗くなる前に戻らないと危ないんでしょ?」
 Lim「”背中いいよ”って言っちゃったもんね ちゃんと背中を貸して上げなさい」

 男  「はぁ・・・・アカネをおぶって登るのか・・・・」

恨めしそうに山道を見上げる男 背中にアカネを張り付けたまま持ち上げる
男の背中でアカネが鼻を鳴らす

 アカネ「先輩の匂いがする・・・・・」
 Lim「アカネちゃん よかったね」

淋しそうに微笑むLim

         ふたりにはありふれた優しさ             *
         花のように恋のように移ろう             *

 
次の日曜 私の家の前 路地:(BGMは継続)
路地に止まっているミニバン
ミニバンから荷物を降ろして家に運び込んでいる アカネと男

 アカネ「先輩の荷物ってこれだけ?」
 男  「あのさ ”先輩”はもうやめてくれないかな?」
 アカネ「じゃぁ・・・・どう呼べば?」

上目使いで男を見上げるアカネ

 アカネ「・・・あなた」
 男  「う・・・・・”先輩”よりはましか 若奥様」
 アカネ「うぅ・・・」

赤面して俯くアカネ

路地を歩いて茜登場 引っ越し荷物を運び込んでいる2人を目に留める茜

 茜  「アカネちゃん その方はどなたですか?」

男と茜の視線が交差する

 アカネ「この人は・・・・その・・・私の許婚・・・・」

赤面したまま答えるアカネ

 茜  「許婚・・・・アカネちゃん あなたもあの人の事を忘れてしまったんですね
     ここは・・・・あの人の・・・・家なのに・・・」

そんな茜の様子を切なそうに見つめている男

 茜  「失礼します・・・・」

茜 逃げ出す様に退場

 アカネ「茜の事・・・これでよかったの?」
 男  「ああ 聞かれてまで隠すつもりは無いけど 私から話すつもりも無いよ
     茜が私の正体に気が付かないのならそれでいい」
 アカネ「あなた・・・」

アカネの頭を抱き寄せる男

         低い雲 風を待つ静けさ もう聞こえない       *

雨の空き地:ピンクの傘をさした茜(BGMは継続)

降りしきる雨の中 私を待ち続ける茜
足下に置かれていた真新しい紙コップに茜は気付かない
紙コップの中で淡い琥珀色が雨垂れに波紋を踊らせている

この空き地の・・・・茜の気付かない・・・・所で・・・・・

         両手には降り注ぐかけらをいつまでもいつまでも抱いて *
         最後まで笑ってる強さをもう知っていた        *

 ONE本編 茜シナリオへ 終幕 

*出典:PCゲーム「Kanon」より 「Last regrets」


〜 あとがき (ろ)〜

ううぅ 「礎」の表シナリオ無事終了・・・・感無量でし
Limルートは隠し(裏)シナリオになるので表は茜シナリオで完成です

消えると言う事に対する3つ目の解釈・・・・「帰っては来たんだけど、その事に誰も気付かない」
消える以前に帰って来ていたから タイムパラドックスの典型的なパターンかな
で・・・・元ネタはPS版「輝く季節へ」のなつきシナリオで
浩平のONE(たった1つの大切なモノ)を崩さずに終わらせるにはどうするかな?

と考えていて・・・・浩平は帰って来た なつきと出会う前にそして
影からなつきをずっと見守り続けている
いずれ別人としてなつきの前に姿を現して・・・・ってラストかな

テーマはKanonと同じ少女のジュブナイル(成長物語)でし
ラブストーリーも苦手だけどジュブナイルも苦手でし・・・・・・
アカネの成長 人並みの欲を持ってくる事
悪く言うと素直ないい子がだんだん我が儘な悪い子になってくる
でもね・・・それがアカネの成長なんですよ

でぇねぇ 私的にはギリギリ18禁にはなって無いと思うんだけど
この判断は管理人さんにお任せします

次回予告 礎:Limルート「刹那と永遠(とわ)の物語」 灯(TOMOSHIVI)

ちゃんちゃん


※管理人追記
 私的には非18禁でOKという事で。
 18歳未満の方が楽しめるかどうかは別かも知れないけど。

 でわでわ。


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