守護者−Gardian−
第2章「東の湖の遺跡」
翌朝、俺とフェリアは東の湖のほとりの遺跡に向かって出発した。
距離的には手頃で、朝早く町を出ればその日の夕方には遺跡の前に着く。
その日の昼前の事。
俺と並んで歩くフェリアが声を上げる。
「アリオス様〜」
「ん?」
「どうしてわたくし達は東の湖のほとりの遺跡なんですか?」
「………」
「どうせなら北の火山の遺跡とか、もっとレベルの高い遺跡でトレジャーハンターデビューを飾りたいなあと思いますわ」
「………」
どうやら昨日の夜、三人で酒を飲んだ席での会話の影響をしっかり受けているらしい。
ダインが北の火山の遺跡の難しさをさんざん話してたからなあ。
しかしその時話した単語しか出てこないのがフェリアの限界らしい。
「やめとけ。死にに行くようなもんだぞ」
俺がため息混じりに言うと、フェリアは妙に自信満々に答える。
「大丈夫ですわ。いざとなれば……」
「いざとなれば?」
「アリオス様が守ってくれますわ♪」
ぽかっ。
「うっ、痛いですわ……」
フェリアは頭を抱える。
「……でもこう見えてもわたくし、アリオス様がいなくなってからの四年間、人を雇って剣を教えてもらいましたから」
「まあ、実力のほどは遺跡に着いてから見せてもらおうか。泣いて逃げ出すような事にならないといいな」
「は〜い♪」
俺の皮肉など意に介さず、フェリアは元気に返事をした。
「うわ〜。真っ暗ですねえ」
フェリアが驚いたような声を上げる。
湖のほとりで野営して一夜を明かした後、俺とフェリアは遺跡の中に入った。
遺跡の内部は光が差し込まないため、頼りの明かりは手にした松明だけだ。
石を積み上げた壁は埃と土に覆われ、虫やら何やらが這い回っている。
「ううっ、何だか不気味ですねえ……」
「怖いか? 帰るなら今の内だぞ」
「こ、怖いわけじゃありません! 気味が悪いだけですっ!」
やけに力強く主張するフェリア。
まあ、遺跡に入ったばかりで音を上げられたら、いくらなんでも拍子抜け過ぎる。
……おっと、ちょうどいいところにゴブリンが現われた。
起源はドワーフなどと同じく土の妖精だと言われているが、今、俺達の目の前にいるのは小柄な体格で醜悪な顔の、薄汚れた妖魔である。
数は三匹。
武装は薄汚れた鎧らしき物と、どこで拾ったのか、錆びた短い剣。
ぎいっ、ぎいっと奇声を上げながらこちらの様子をうかがっている。
「おい、フェリア」
「はい、なんですしょう?」
「あのゴブリン三匹、お前が相手しろ」
「ええっ!? イヤですわ! あんな汚らしいのに近寄りたくありません!」
「いいからさっさと行け! ゴブリンも倒せないでトレジャーハンターになれるかっ!」
「ううっ、わかりました、行きますわ、行けばいいんでしょう?」
ぶちぶちと文句をつぶやきながら、フェリアはゴブリンに近寄っていく。
あまりにも無造作な足取りだったので、思わず、もっと注意しろ、と言いそうになった。
しかしそれより早く、ゴブリンがフェリアに飛びかかる。
フェリアの反応は早かった。
軽くバックステップしながら剣を抜き、そのまま一匹目のゴブリンを斬り捨てる。
一匹目が簡単に撃退されたにも関わらず、残りのゴブリンは果敢にもフェリアに襲いかかっていった。
さすがに今度は二匹同時の攻撃である。
しかし左右からの攻撃を、フェリアは一振りの剣を華麗に舞わせてさばいていく。
ほほう、と俺は感嘆の息を漏らした。
フェリアの剣の師匠がどんな人かは知らない。
しかしフェリアが一対二という状況でも戦える様子を見ると、かなり実戦的な教え方をしていたと思われる。
フェリアの自信にもまるっきり根拠がないわけではないようだ。
そうこうしている内に、フェリアとゴブリンとの戦闘も終わったようだ。
結果はもちろん、フェリアの圧勝。
「なかなかやるじゃないか」
戦闘が終わって息をついたフェリアの元に歩み寄って、俺は声をかけた。
フェリアは得意になって胸を反らす。
「これくらい当然ですわ」
「そうだな。確かに当然だな。わざわざ誉める事もない」
「ううっ、ちょっとくらい誉めてくれてもいいと思いますよ〜」
しょんぼりするフェリア。
それからフェリアは思い出したように顔を上げる。
「あっ、そうでした。剣をキレイにしないと」
フェリアはきれいな布を取り出して、剣を磨き始める。
「ううっ、だからゴブリンなんか斬りたくなかったんです〜」
そう文句を言うフェリアの横顔を、俺は目を細めて見ていた。
薄暗い松明の明かりの下で、俺は地図を見ている。
自分自身での探索や、他のトレジャーハンターの情報を元に作られた地図である。
それによれば、もうすぐ誰も足を踏み入れてない領域に入るわけだが……。
目の前の部屋には、彫像が並んでいた。
コウモリの羽根を持った悪魔の彫像がそれぞれに台座に乗って二列に並んでいる。
俺はそれを見て、フェリアに声をかけた。
「フェリア、ここでひとつ問題」
「え? いきなりなんですか?」
「遺跡の中で遭遇するモンスターを三つに分類すると、どうなる?」
「三つ、ですか? ええと……」
あごに指を当てて考えるフェリア。
しばらくして答えが見付かったのか、ぽんとひとつ手を叩く。
「わかりましたわ! ええと、ゴブリン、コボルド、オーガー……の三種類です」
「………」
ぼかっ。
「うわっ、痛いですぅ」
「誰がモンスターの名前を三つ挙げろって言った!?」
「ううっ、それはわかってたんですけど……」
「わかってたんなら言うなっ!」
俺は一際大きな声で怒鳴る。
「いいか。三つの分類っていうのはだな。まずひとつめの分類は、本来は遺跡にいないモンスターだ」
「……それがどうして遺跡にいるんですか?」
「遺跡の外から入ってきて、住みかにするんだ。本来は自然の洞窟に住むゴブリンやコボルドがこの分類に当たる」
「なるほどなるほど」
「で、ふたつ目は、古代王国の高度な魔法技術で作られたモンスターだ」
「と、言うと?」
「石像や、あるいはただの石材、時には人間の死体などに魔法をかけて、モンスターにしてしまうんだ。
どうして遺跡にこの手のモンスターが多いかというと、食事を与える必要もなく、破壊されるまで半永久的に動くからな。
遺跡を守らせるには都合がいいわけだ」
「ふむふむ……では三つ目は?」
「三つ目は……『守護者』だ」
「守護者?」
「そうだ。性質としてはふたつ目の、魔法で作られたモンスターに似ているが、根本的に大きな違いがある。
それは無生物を魔法で動かすのに対し、守護者は巨大な魔法装置に人間を取り込ませた物なんだ」
「………?」
「遺跡の中にいるモンスターの中では一番厄介だ。
まずそれぞれ千差万別で、決まったパターンとか類型とかがない。
魔法で作ったモンスターと違って人間を取り込んでいるから、知能もはるかに高い。
単純な戦闘能力も他とは比べ物にならない。
はっきり言って、遺跡の主人とでも呼ぶべき存在だ」
「はあ〜……それじゃアリオス様、ひとつ質問があるんですけど」
「なんだ?」
「どうして今、そんな事をお話になるんですか?」
「うむ、いい質問だ」
俺はひとつうなずく。
そうこうしている間に、いつの間にか彫像が動き始めていた。
軋んだ音を立てて、表面に降り積もり、固まっていた埃だか汚れだかが割れて崩れ落ちる。
「この部屋にある彫像は多分、ふたつ目の分類に当たる、ガーゴイルだ。動かないと思って安心していると痛い目に遭うから、注意しないとダメだぞ」
「もう遅いですぅぅぅっっっ!」
フェリアの悲鳴を合図にしたように、俺達の頭上からガーゴイルが飛びかかってきた。
俺とフェリアはそれぞれ飛び退いて攻撃を避ける。
そして着地してすぐに地面を蹴った。
ガーゴイルは鋭い爪を持った腕を突き出して迎え撃つ。
しかしそれくらいは予想済みだ!
「炎よ!」
腰の剣を引き抜くと同時に叫ぶ。
その瞬間、俺の愛用の、異国風の幅広の曲刀の刀身は炎に包まれる。
そして炎に包まれた刀身は石でできたガーゴイルの腕を溶かし、両断する。
続く第二撃は、ガーゴイルの頭から胴体を縦に両断し、完全にガーゴイルを沈黙させた。
一方、フェリアは……。
積極的に攻撃して、剣を叩き付けてはいるのだが、効果はない。
当たり前だ。
あんな細身の剣で石でできたガーゴイルを切れるわけがない。
案の定、押され始めている。
普通にダメージを与える事ができれば決して後れを取らないのだろうが……。
「きゃっ!」
フェリアが悲鳴を上げる。
ガーゴイルの攻撃を剣で受け止めたのはいいが、勢いを受け止めかねて壁に背中を打ち付けている。
「フェリア!」
叫び、俺は走り出す。
その俺を狙って、右から左から、あるいは上空から、別のガーゴイルが襲いかかる。
左からの攻撃は、サイドステップで間合いを狂わせてかわす。
距離が近くなった格好の右のガーゴイル。
待ち構えていたように、爪を突き出してくる。
身体をひねって攻撃をかわし、剣を胸に突き立てる。
その時には上空からの攻撃が間近に迫っている。
左手を伸ばして右のガーゴイルの首元を掴み、突き立てた剣と共に支点にしてガーゴイルの身体を頭の上に持ち上げる。
右の奴の身体を盾にして上空からの攻撃をやり過ごすと、ふたつのガーゴイルの身体は放り出して、再び走り出す。
フェリアに迫るガーゴイルの背後まで駆け寄ると、地面を蹴って飛び上がり、頭上まで振り上げた剣を……。
「はあっ!」
気合いの声と共に振り下ろす。
剣はガーゴイルの身体を縦に両断する。
ガーゴイルの身体は左右に分かれて倒れて……まるでフェリアまでの道を開けたようだった。
「アリオス……様……?」
フェリアは自分が助かった事よりもまず、俺の剣技に驚いているようだった。
「フェリア、怪我はないか?」
「は、はい……大丈夫ですわ」
「よし、こいつらは俺が片付けるから。ちょっと待ってろ」
俺はガーゴイルどもに向き直る。
仮にも「銀光のアリオス」などと呼ばれた俺だ。
ガーゴイルごとき物の数ではない。
「さて、と……この俺に喧嘩を売った代償……高く付けてやるからな」
結果は……火を見るより明らかだった。
「終わったぞ、フェリア」
「は、はい……」
俺はまだ壁にもたれて座り込んでいるフェリアに声をかけた。
返ってきたフェリアの声は、ぼーっとした感じの物だった。
もちろん、ガーゴイルは全て倒した後の事である。
今はもう、かつてガーゴイルだった石像のかけらが散らばっているだけである。
「あの、アリオス様」
「ん?」
「どうしてわたくしの剣では歯が立たなかったんでしょう?」
「お前なあ……普通の剣で石が切れると思うか?」
「………」
「ガーゴイルを倒すには、もっと重い剣か戦斧……あるいは魔法を使って攻撃するか、だな」
「でもアリオス様は……」
「俺のは魔法剣だ」
魔法で生み出した炎などを直接ぶつけるのが、普通の攻撃魔法だ。
それに対して俺の使う魔法剣と呼ばれる技は、魔法で生み出した炎などで剣を包み込む事で、剣に魔法の威力を加えるのだ。
普通の攻撃魔法のように使う度に消耗する事もなく、また隙もなく攻撃する事ができる。
俺が数少ない一匹狼のトレジャーハンターとして名を馳せる事ができるのは、この魔法剣に拠るところだ。
「わたくしもその魔法剣、使えるようになりたいですっ」
「バカッ、普通の魔法よりも難しいんだぞ。簡単に覚えられると思うか?」
「うっ……わたくし、剣の修行ばかりしていて魔法はさっぱりです……」
頭を抱えるフェリア。
「お前みたいなバカにも、いい方法があるぞ」
「え!? どうするんですか!?」
「魔剣、だよ」
古代王国の遺跡から希に見付かる、魔剣。
今は失われた古代王国の高度な魔法技術で生み出された魔剣は、永遠に褪せる事ない魔力を与えられた剣である。
誰でも魔法剣と同等の効果を発揮できるのだが……。
その効果故に、トレジャーハンターや商人、王侯貴族だけでなく、騎士なども競って魔剣を求めるため、魔剣は目が飛び出るほどの高価で取り引きされる。
絶対数も決して多くないので、はっきり言って買い求めるのは非常に困難である。
「うう……お父様にお願いすれば、買ってもらえるでしょうか?」
「まあ、難しい相談だろうな」
いくらラルヴァさんが裕福で一人娘を溺愛していると言っても、それでも二の足を踏ませるくらい魔剣は高価なのだ。
それだけでなく、いくら大金を積んでも、物が滅多に見付からない。
魔剣とはそういう物なのだ。
「ちなみにこれも魔剣だけどな」
「え?」
俺は左の腰に、いつも愛用している異国風の幅広の曲刀を提げている。
そして右の腰にはいくつかの装飾と古代王国の文字が刻まれている以外はごく普通の、真っ直ぐな短めの小剣を提げている。
曲刀は普通の剣だが、小剣の方は古代王国の遺跡から見付かった魔剣である。
「ええっ!? そうだったんですか!?」
「ああ、滅多に使わないけどな」
「それ、わたくしに下さい!」
「やだ」
「じゃあ、売って下さい!」
「ダメ。これはある人から譲り受けた大切な剣だからな。いくら大金を積まれたって売れないな」
「うう……ケチ……」
目に涙をためて、ぐすぐすと鼻をすするフェリア。
「さあ、次の部屋に行くぞ」
「は〜い……」
渋々と返事をして、フェリアは立ち上がった。
しばらく歩いていると、行き止まりの部屋にたどり着いた。
砂色をした石造りの壁に囲まれた部屋で、家具とか装飾品の類は一切ない。
唯一、部屋の真ん中に五メートル四方程度の砂の池があるのが、特徴らしい特徴になっている。
「……アリオス様、行き止まりですから戻りましょうよ」
「ああ、すっかり忘れてた。この遺跡のはまだ残ってたんだ」
フェリアの訴えには答えず、俺はつぶやいた。
迂闊だった、と舌打ちする。
俺が睨み付ける先で、砂の池が微かに波打って蠢き始めている。
「……砂の中に何かいるんですか?」
「中にいるんじゃない。あの砂もこの部屋も、奴その物なんだ」
「奴?」
「そう……あれがこの遺跡の『守護者』だ」
守護者。
ひとつの部屋全体を巨大な魔法装置として、その中に人間を取り込んだ、永遠の命を持つ存在。
その力はあらゆるモンスターをはるかに凌駕し、高い知能も併せ持つ、まさにトレジャーハンターにとって最大の脅威。
そして……魔法技術の一部となり果てた、哀れな存在。
俺とフェリアが見守る中、砂が盛り上がっていく。
徐々に形を変え、左右に腕が生え、首の部分がくびれ、頭が形作られて……そいつは人間の形になった。
およそ性別や年齢などの個性を感じさせるような凹凸を持たないそいつは、子供が作った泥人形にも似ていた。
そしてそいつは……口らしい部分もないくせに、言葉を話し始めた。
「……汝、何を求める者か?」
「俺達はトレジャーハンター……そう言ってわかるか?」
「……理解する。以前にもそう名乗る者がいた」
「だったらわかるか? この遺跡にはお前が守るような物は何も残っていない」
「……汝の言葉は理解できる。しかしそれは正しくない」
「何を守る? ここに何が残っている?」
「我を我たらしめた、主の意志……」
そう守護者が言った瞬間、床から砂の錐が生えてきた。
「フェリア、来るぞ!」
「きゃあっ!」
一直線に伸びて襲ってくるそいつを俺とフェリアはジャンプしてかわす。
錐はそのまま床にめり込んで、姿を消していく。
「アリオス様ぁ、逃げましょうよぉ……」
フェリアが半分、涙声で訴えてくる。
しかし俺はにべもなく。
「ダメだ」
と短く答える。
「あいつら守護者はな、それぞれの遺跡を守るために人間としての命を捨てて、あんな姿になったんだ」
「そ、それがどうしたって言うんですか!?」
「それを俺達トレジャーハンターが遺跡を荒らして、あいつらの存在価値を奪っておいて……そのまま知らんぷりなんて好き勝手が許されると思うのか!?」
俺は叫び、腰の剣を抜く。
「さあ来い! お前の死に場所はこの俺、銀光のアリオスが決めてやる!」
「よく言った! 命短き者よ!」
守護者も俺に答え、叫ぶ。
「その大言の罪、汝が命を以て購うべし!」
守護者の周りの床と地面から、無数の錐が伸びてくる。
「行け!」
守護者が叫ぶと、それは一斉に俺に襲いかかってくる。
「風よ!」
砂でできた錐は元の魔力を断たない限り、剣で切ってもすぐに錐の姿を取り戻してしまう。
ただの砂に戻すには魔法剣の力が必要だ。
俺が一本の錐をかわすと、錐はそのまま床にぶつかって砕け、砂の姿に戻る。
しかし視界の端で砂が錐の姿に再生して足許から俺を狙うのを確認すると、風の魔法をまとった剣で錐を破壊し、今度こそただの砂に戻った。
さらに次々と襲いかかってくる砂の錐をかわし、剣で破壊する。
自分自身の設置された空間にいる限り、守護者の力はほとんど無制限に等しい。
しかし唯一の制限は、その無制限の力を制御するのがただの人間という事だ。
人間の脳は四本の手足を中心とした身体を動かすように出来ているに過ぎない。
それを大幅に広げて、例えば無数の錐を動かせるようになったところで、同時に制御できるのはせいぜい数本でしかないのだ。
だから人間の身で守護者の攻撃をかわす事も、至難の業ではあるが決して不可能ではない。
俺は次々と襲いかかる攻撃を剣で叩き落とし、砂が舞い上がる中を、守護者の本体に向かって進んでいく。
そして守護者まであと一歩というところまで肉薄した時だった。
首筋から頭にかけて、嫌な感覚が走る。
その正体を知る暇もなく、俺はとっさに判断していた。
「炎よ!」
「水よ!」
守護者と俺の叫びが重なる。
守護者の手の中に生まれた炎を、とっさに切り替えた俺の水の魔法剣が打ち消す。
炎の魔法を使ってくる事も、その対抗として水の魔法剣を使おうと判断した事も、全く根拠のない勘だったが、それは見事に的中した。
辺りに水蒸気が立ち込め、お互いの姿をかき消す中を、俺は砂の錐の追撃をかわしながら距離を置く。
「魔法剣か……なかなか面白い曲芸だな……」
守護者が言う。
「……されど曲芸では我は倒せぬ」
「ふん、存在自体が曲芸みたいな奴に言われたかないね」
俺は毒づく。
しかし……どう攻めればいい?
奴の砂の錐をかわすには風の剣が必要だ。
しかし攻撃しようと近付けば炎の魔法が待ち受けている。
それを防ぐには水の剣が必要になる……。
いや、さっきと違い、今度は相手の手の内がわかる。
砂の錐は風の剣で防ぐとして、炎の魔法は魔法剣を使わず、自力でかわせばいい。
そう方針を決めて。
「風よ!」
俺は風の魔法剣に切り替えて、再び守護者に挑む。
数本の砂の錐を切り払った時だった。
視界の端に、砂の錐以外の動く物を捉えた。
「フェリア! やめろ! 戻れ!」
俺は叫んでいた。
しかしフェリアは俺の声に気付かなかったのか、気付いてあえて無視したのか、立ち止まる事なくそのまま走っていく。
守護者はフェリアの存在に気付いていない。
砂の錐も全て俺に向かっていた。
フェリアを遮る物はなく、守護者のすぐそばに着いた。
「やあっ!」
「ぐあっ!」
フェリアが気合いの声と共に剣を一閃させる。
剣は守護者の左腕、肩に近い辺りを切り裂いた。
切り落とされた左腕は砂に戻り、床に落ちて広がる。
守護者の生み出す錐は魔法でないとすぐに元に戻ってしまうが、本体は元は人間の身体であり、普通の剣でもダメージを与える事が出来る。
とはいえ、それは時間をかければ再生できる物であったが。
「この、小娘がぁっ!」
守護者が吠える。
完全に見下し、相手と見なしていなかったフェリアから不意打ちを食らい、しかも少なからぬ痛手を被ったのだ。
守護者の怒りが爆発した。
俺の前に立ち塞がっていた砂の錐が一転して、フェリアに襲いかかる。
フェリアは果敢にも、一本目の錐を切り裂く。
しかし魔法のかかっていないフェリアの剣では砂の錐にダメージを与える事は出来ない。
砂の錐はフェリアの剣に切り裂かれたそばから再生し、何事もなかったようにフェリアの右肩を切り裂く。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げ、フェリアが倒れる。
切り裂かれた右肩からは血が尾を引き、手から離れた剣が床に落ち、悲しげな金属音を立てて床を跳ねる。
残りの砂の錐が自分を狙っているのを見て、フェリアは表情を強張らせて……。
「フェリアぁぁぁっっっ!」
地面を蹴り、宙を舞う。
右手の剣を縦横に振り回す。
砂の錐を次々と切り払う。
風の魔法をまとった剣に切られて魔力を無効化され、砂の錐はただの砂に帰っていく。
俺はフェリアの元にたどり着き、床に足を付けた。
その瞬間だった。
「ぐあっ!」
背中に熱い感触が走り、悲鳴を上げてしまった。
ほとんど切り払ったはずの砂の錐、それが一本だけ残っていたのだ。
「アリオス様っ!」
倒れそうになった俺を、フェリアが支える。
「アリオス様っ、大丈夫ですか!?」
フェリアの泣き出しそうな顔が見える。
きっと怪我を負った俺より、それを心配するフェリアの方がひどい顔だったろう。
肩越しに振り返ると、守護者の本体がいた。
表情どころか凹凸さえない顔なのに、何故か嗜虐性に満ちた笑みを浮かべているように思える。
どうしてだろう? 表情が見えなくても、その心の内は伝わる物なのだろうか?
それが魔法の従属物になり果てた人間の心であっても……。
「終わりだ! 命短き者よ!」
守護者が吠える。
「炎よ!」
その手に魔法の炎が浮かぶのが見える。
そして別な方向では砂の錐が、肉食の大型蛇を思わせる動きで鎌首を持ち上げている。
俺の一振りの剣では、二方向からの、それも無効化するには別の属性の魔法剣を使わなければならない攻撃を、同時に防ぐ事は出来ない。
そう守護者は考えたのだろう。
砂の錐が襲いかかる。
俺は右手の剣で砂の錐を切り払う。
錐が砂に戻っていき、宙に舞って視界を遮る。
舞い上がる砂埃の向こう側で、守護者は自分の勝利を確信していたはずだ。
しかし……気付いただろうか?
砂埃の向こう側で、自分の勝利が崩れ去っていく事に。
俺の左手にフェリアの剣があって、水の魔法をまとったそれが自分の生み出した炎の魔法を無効にしてしまった事に。
そして……気付いただろうか?
砂埃に続いて水蒸気まで舞い上がった向こう側で、最後の砂の錐を切り払った俺の剣が翻って今度は垂直に振り下ろされる事に。
風の魔法をまとった剣が、恐らく数百年に渡ってこの遺跡の最深部に君臨していた守護者を縦に両断し、その活動を永遠に停止させる事に。
いずれにせよ、守護者の断末魔の表情からは怒りも驚愕も諦めも達観も、何一つ知る事は出来なかった……。
守護者−Gardian−第2章「東の湖の遺跡」 了
第3章「今だけのさよならを」へ続く
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