二人の英雄・第2部「フィルスーン解放軍編」

第1話「新天地にて」

 ラティスは目を覚ました。
 そこは真新しい木の臭いと柔らかな陽射しに包まれた空間だった。
 首を巡らせると、まだぼやけた視界の中に小さな女の子の顔が飛び込んできた。
 女の子は驚いた顔で目を瞬かせていたが、ラティスと目が合うと、我に返って可愛らしい声を上げる。
「お姉ちゃ〜〜〜ん! 目を覚ましたよ〜〜〜っ!」
 すると女の子の後ろの方からぱたぱたと足音が聞こえてきて、一人の女性が現われた。
 女性、とは言っても、年はラティスよりひとつかふたつくらい上といったところだろうか。
 腰まで届きそうな長い栗色の髪を、首の後ろで無造作にまとめている。
 それからラティスはすぐ近くにいる小さな女の子の方に視線を戻す。
 こちらの女の子は赤毛を顔の両脇で三つ編みにしている。
 ラティスが見ているのに気付くと、そばかすの浮かんだ顔がにこっと笑った。
 二人を見比べて、ラティスはようやく思い出した。
 村が焼け落ちる中、鷹獅子騎士団のナフィースに襲われていた女性がいて、自分が助けたのがこの二人である事を。
 女性が女の子の隣に膝をついて、手を伸ばしてラティスの頬にそっと触れた。
「おはよう……っていうにはちょっと遅い時間だけどね。良かった。このまま目を覚まさなかったらどうしようって思ってたんだから」
 そこでようやくラティスは自分の身体がベッドの上に寝かされている事に気付いた。
 身体を起こそうとして、全身に激痛が走り、短く声を上げた。
「まだ寝てなきゃダメよ! 身体中を怪我してるんだから! ええと……」
「……僕の名前だったら、ラティス」
「ラティス……ね。憶えとくわ。とにかく今はまだ安静にしていて」
「ああ……ところで……えっと……」
「私はルティーナ、この子がリアナ」
 そう言って、ルティーナはリアナという名前らしい女の子をぎゅっと抱き締める。
「この子ったらね、ラティスの事、心配してずっとあなたの看病してたんだから」
「えへへ……心配したんだよ、ラティスお兄ちゃん」
「そうか、ありがとう」
 ラティスは左手を伸ばそうとして……包帯だらけだったので途中でやめた。
 代わりに右手を上げて……こちらはまだマシだった……リアナの頭に乗せた。
 リアナは嬉しそうに目を細める。
「……で、ルティーナ、ここはどこなんだ?」
 ラティスが聞くと、ルティーナは隠す素振りも見せずに答える。
「ここはフィルスーン解放軍の野営地よ」
「………」
 つい先ほどまで敵軍としていた軍隊の名前が返ってきて、ラティスは黙り込んだ。
 考えてみれば当たり前だ。
 あの辺りの勢力といえば、鷹獅子騎士団とフィルスーン解放軍しかいない。
 それからルティーナとリアナが賑やかに話をするのを聞きながら、ラティスは疲労が抜けきっていなかったのだろう、少しずつ眠りの世界に足を踏み入れていった。
 確かに今は見知らぬ敵軍の中にいて、明日をも知れぬ身かも知れない。
 だけど今ここで自分が助けた二人の少女が無事な姿で声を弾ませている様子に、確かに幸せを感じるラティスだった。

 それから数日が過ぎて、ラティスがようやくベッドから身体を起こせるくらいには回復した頃だった。
 ルティーナがラティスの枕元にやってきて、行った。
「ラティス、今日はフォルトさんの所に行くから」
「………」
 フォルト……フィルスーン解放軍のリーダーの名前だ。
 いつかこの日が来るとは思っていた。
 ラティス自身の処遇を決める日が。
「リアナ。私とラティスは出かけてくるから。お留守番、お願いね」
「は〜い♪」
 元気な返事が返ってきた。

 しばらくぶりに家の外に出ると、そこは森の中だった。
 木々の隙間を抜けて陽光が降り注ぐ中を、ラティスはルティーナの肩を借りて歩く。
 時折、働いている人や荷物を運んでいる人とすれ違い、手を休めて冷やかされた。
 その度にラティスは真っ赤になり、ルティーナは笑顔で冷やかしを受け流した。
 だけど……ラティスは思う。
 ここは鷹獅子騎士団に追われ、生まれ故郷を失った人達の集まりのはずだ。
 それなのに、この人達は幸せそうに笑っている。
 悲嘆に暮れる様子は少しも見られない。
 いい村だ。
 そう思った。

 やがてフォルトの家に着いた。
 ルティーナとリアナの暮らす家と変わらない、小さな家だった。
 ノックをしてラティスを連れてきた事を告げたルティーナに、中に入るよう促す声が返ってきて、二人は扉をくぐった。
 そこには三人の男がテーブルについて待っていた。
 その中の一人が声をかける。
「やあ、いらっしゃい……ラティス君、だね?」
「……はい」
「それじゃあそこに座って」
 と、空いている椅子を勧める。
 ラティスは素直に勧めに従った。
「ええと、それじゃあ揃ったところで始めようか」
「フォルトさん、ちょっと待って下さい!」
 もう一人の男が声を上げた。
「まだ関係ない者が残っていますが?」
 そう言って、視線をルティーナに向ける。
 視線を向けられて、初めはきょとんとした顔をしていたルティーナだったが、意味を悟ると形のいい眉を吊り上げた。
「ちょっとカルロス! 関係ないってどういう事よ! ラティスは私の命の恩人なのよ! 話を聞く権利くらいあると思うわ!」
「命の恩人? 本当にそう言えるのか!? そもそもこいつら鷹獅子騎士団の仕業だろ!? 俺達の村を焼いたのは!」
「……で、でも」
 さすがのルティーナも返す言葉を失う。
 カルロスと呼ばれた男は得意そうな顔をしていたが、やんわりとフォルトが口を挟む。
「カルロス君」
「は、はい」
「僕はルティーナ君の意見も聞きたいと思うんだけどね。ラティス君に助けられ、その後ずっと彼の看病をしていた彼女だ。僕やカルロス君より彼女にとって、より重大な問題なのは間違いないからね」
「………」
 今度はカルロスの方が沈黙する番だった。
 助けを求めるようにもう一人の男の方を見るが、こちらは興味なさそうに沈黙するだけだった。
「それじゃあ決まりですね。ルティーナ君、椅子が四つしかないので申し訳ありませんが……」
「………」
 しかしフォルトが言い終えるより早く、ずっと沈黙を守っている三人目の男が席を立ち、椅子をルティーナに勧めた。
「ありがと」
 ルティーナは勧められた椅子に素直に座る。
 椅子がなくなった男は、近くの柱に背中を預ける。
「……さて、と。すみませんね、話が脱線してしまって……まずは自己紹介から始めましょうか」
 ひとつ咳払いをしてから、フォルトが言う。
「初めまして、ラティス君。私がフォルト。一応、このフィルスーン解放軍のリーダーを務めさせてもらっています」
「………」
 にこにこと笑っている。
 フィルスーン解放軍という、曲がりなりにもひとつの軍隊には違いない組織のリーダーという雰囲気は少しも感じられない。
 元は在野の学者という話だが、そのままの印象だった。
「……俺はカルロス。フォルトさんの片腕を務めている。フォルトさんに代わって、軍の訓練や実戦指揮を担当している」
「………」
「いいか、少しでもおかしなマネをしてみろ。その首、叩き斬ってやるからな!」
「ちょっとカルロス! そんな言い方ってないわよ! ラティスは怪我人なんだから!」
「………」
 ルティーナに怒鳴られ、カルロスは黙り込んだ。
 勝ち誇って、ルティーナはラティスに笑顔を向ける。
 最後の男が口を開く。
「俺はブリンナー。役割は……まあ、カルロスと似たようなもんだ」
「………」
 そう言ったきり、ブリンナーは下を向いてしまった。
 もう話す事はないという意志が伝わってきた。
「えっと、僕はラティス……」
「……いえ、結構ですよ。大体の事はルティーナ君から聞きました。鷹獅子騎士団のラティス君」
「………」
「で、ラティス君の処遇ですが……」
「フォルトさん、俺は反対だ」
 いきなりカルロスが口を挟んだ。
「まだ私の意見を言っていないんですが……」
「お人好しのフォルトさんの意見はわかってる。だけど俺は反対だ。こいつは鷹獅子騎士団の一人。俺達の村を焼いた奴らの一人なんだぞ! 即刻、ここから追い出すべきだ!」
「カルロス! ラティスは私の命の恩人なのよ! 命の恩人を追い出すなんてひど過ぎるわ!?」
 ルティーナが口を挟む。
 しかし今度はカルロスも負けてはいない。
「命の恩人!? どうだか。それだって演技かも知れないんだぞ?」
「……演技? どういう事?」
「こいつが鷹獅子騎士団のスパイかも知れないって事だ。ルティーナを助けて信用を得て、俺達の中に潜り込んで内部情報を鷹獅子騎士団に伝える……今頃は鷹獅子騎士団がここを襲う準備をしているかも知れないんだぞ!?」
「………」
 ルティーナは返す言葉をなくす。
 助けを求めるように辺りを見回すと、ブリンナーが重い口を開いた。
「……俺はカルロスの意見には反対だ」
「どうしてだ?」
「知っての通り、鷹獅子騎士団は帝国軍の中でも精鋭揃いと言われている。その一員だったラティスがフィルスーン解放軍に加わわれば、力になりこそすれ、足手まといになる事はないだろう」
「確かにそれはそうだが!」
「………」
 ブリンナーは再び口を閉ざし、視線を床に落とす。
 自分の意見を言い終えて、それ以上、話す必要はないという態度だった。
「……みなさんの意見は大体わかりました」
 フォルトが場を治めるように言った。
「だけど一番肝心な人の意見をまだ聞いてませんね」
「………」
「ラティス君、まずは逃げ遅れたルティーナ君とリアナ君を助けてくれてありがとうございます」
「………」
「これからの事ですが、ラティス君の希望は? 鷹獅子騎士団に戻りますか? それともここに残りますか?」
「………」
 鷹獅子騎士団にはもう戻れない。
 事情がどうであれ、自分は上官であるナフィースを斬ってしまったのだ。
 レイバートならかばってくれるかも知れないが……。
 だからといって、まだフィルスーン解放軍という新天地に住み着く決断をするには早過ぎる気がする。
 少なくとも、つい先日まで敵として戦うつもりだった相手なのだ。
「……わかりません」
 そう答えるしかなかった。
 目の前にナフィースに襲われるルティーナとリアナがいて、先の事など考えずに行動していた。
 あの時、ルティーナとリアナを助けた事に後悔はない。
 どうあっても助けなくちゃいけないと、今でも確信している。
 だけど、子供の頃から憧れ続けてきたアークザットの元を離れる決断までしていなかったのは確かだった。
「正直、決めかねています。どうすればいいのか、どうすれば良かったのか……」
 考える時間が欲しい。
 切実にそう思った。
 今までは少しでも早くアークザットに追い付きたくて、少しでも早く時間が進めばいいと思っていた。
 だけど今は時が止まって欲しいとさえ思える。
 自分がどうすればいいか、見極めるまでの間……。
「じゃあ、こうしましょう」
 フォルトが言った。
「怪我が治るまでの間、ラティス君はここでゆっくりして下さい。身の回りの世話は……ルティーナ君、引き続きお願いします」
「はい! 喜んで!」
 ルティーナが元気よく言って、ラティスの顔を見てにっこりと笑う。
「その後は……ラティス君の好きなようにしてくれればいいでしょう。鷹獅子騎士団に戻ってもいいし、他に行ってもいいし……」
「………」
「ここに残ってもいいでしょう」
「フォルトさん! そんな簡単に……」
 激昂しかけたカルロスだったが、フォルトに手で制されて沈黙した。
「その代わり、戦場ではカルロス君の指揮下に入ってもらいます。そうすればラティス君を見張っていられるでしょう?」
「う……」
 カルロスは返す言葉をなくす。
 それを見て、フォルトはにっこりと笑った。
「これで一件落着ですね。みなさん、お疲れ様でした」

 フォルトの家に来た時のように、ラティスはルティーナの肩を借りて家路を歩いていく。
 少し歩いたところで、ルティーナが声をかけてきた。
「変わった人でしょ?」
「え?」
「フォルトさん」
「ああ、そうだね」
 軍人らしくなく、少しも威張ったところがない。
 みんなの意見をよく聞いて、上手くまとめる。
 アークザットは部下の意見は聞いても参考にとどめ、最終的には鶴の一声で決めてしまうようなところがあったが、それとは対照的だった。
 それでも二人ともそれぞれの組織を上手くまとめ上げ、欠かせない存在となっている事に違いはない。
「フォルトさんが元は学者だったのは知ってる?」
「ああ、それくらいは」
「ふ〜ん。さすがは鷹獅子騎士団、勉強してるんだね」
 感心して見せてから、ルティーナは話を続ける。
 フォルトはこのフィルスーン地方の、とある村の外れで暮らしていた。
 帝都から離れた田舎という事もあって、豊富な知識を持つフォルトは近隣の村に住む人から様々な相談を持ちかけられ、信頼されていた。
 そんな時、ある村の村長が相談を持ちかけてきた。
 その村では自警団を作っていた。
 しかし小さな山賊相手にはそれで充分でも、本格的な組織として統率された反乱軍相手では太刀打ちできない。
 単純に兵力を増やそうと思っても、傭兵を雇うような余裕はなかったし、いざという時にあてになるとも思えなかった。
 そこでフォルトが提案したのが、周辺の同じような事情の村と連携を取る事だった。
 普段から共同で訓練して、お互いの村が危ない時は協力して戦えば心強い。
 その提案に飛び付いた村長は、早速、近くの村を回って交渉にあたった。
 他の村でも同じような悩みを抱えていたらしく、提案はすぐに受け入れられた。
 順調に思われた自警団による共同軍。
 ところが、思いも寄らぬ問題があった……。
「……ちょっとラティス、聞いてるの?」
「え? ……あ、ああ」
「もう! ちゃんと聞いてくれないなら、やめるわよ?」
「ごめんごめん。ちゃんと聞くから」
「そう? じゃあ許してあげる」
 こほん、とひとつ咳払いをしてからルティーナは続ける。
 フォルトの提案にはひとつ、重要な問題があった。
 それは誰が軍の指揮を執るのか、という事だった。
 当たり前だが自警団に所属している者にはそれぞれの出身の村があり、いざという時、自分の村を優先させて判断を誤る恐れがあった。
 それに別の村の人間の下風に立つのを嫌う者も少なくなく、作戦に支障を来す可能性があった。
 軍の指揮官はそれぞれの村から中立の者でなくてはならない。
 しかもどの村からも信望の厚い人物が望ましい。
 そんな贅沢な条件を満たす人物など、とてもいそうにない。
 しかし、一人だけいた。
「……フォルトさんだったんだ」
「正解! 最初は断ろうとしたんだけど、そもそも共同軍は自分のアイデアだったから、断われなかったんだって。
 だから今でも忙しい時は、『本来なら世俗の事は忘れて静かに暮らしているはずなのに!』ってぼやいてるわよ」
 くすくすと笑って言うルティーナ。
 だけどそれが笑い話になっているという事は、フォルトがぼやきながらもきちんと仕事をして、みんなの信頼を得ているからだろう。
「共同軍に参加する村も少しずつ増えていって、ただの自警団の集まりからフィルスーン解放軍という組織ができてきたけど……フォルトさんは相変わらずね」
「……そうか」
 ラティスは小さくつぶやく。
 元は自警団だったんだ……。
 いつしか森の中に夕陽が降りてきていた。
 道に二人の影が長く伸びていた。

 夕刻。
 暗い森の所々に、赤い焚き火が揺らめいていた。
 それぞれ数人が集まって、焚き火を囲んでいる。
 ラティスもそんな中の一人だった。
 すぐそばにはリアナがいて、膝を抱えながら退屈そうに身体を揺らしている。
 ルティーナは今は炊き出しの夕食を配っていて、ラティスとリアナは彼女が来るのを待っているのだった。
 ラティスは顔を上げて、周りを見た。
 笑顔があった。
 焚き火を囲む人達も、炊き出しの夕食を配る人も受け取る人も、等しく笑顔が絶えなかった。
 鷹獅子騎士団に追われ、住み慣れた故郷と家を失った。
 今、手にしている食事だって豪勢とはほど遠いし、量だって充分というには少し足りない。
 それでもみんな笑っていた。
 明日をも知れない身なのに、そんな事を気に止める風もなく笑っていた。
 そんな光景を、ラティスは知っていた。
 彼が生まれ育った故郷。
 一度はアークザットに救われ、自警団を結成したものの、虚しく滅んでいった村。
 一年と数ヶ月前まで、ラティスもここと同じような場所で暮らしていた。
 ここと同じように、裕福とはほど遠くても、明日をも知れない身でも、自分達が幸せだと知っている人達が集まっていた場所。
 そして……何よりも守りたくて、でも守り通せなかった大切な場所。
 自分はどこにいるべきなのだろう?
 そんな事を思う。
 フォルト達、フィルスーン解放軍の面々。
 立場として、正規軍に属さない軍隊である彼らは反乱軍になる。
 数日前までラティスが属していた鷹獅子騎士団とは、正反対の立場であった。
 だけど彼らが守っている物は、今までラティスが守ろうと思っていた物だった。
 正反対の立場で、同じ物を守っている……。
「お待たせ〜」
 ルティーナの元気な声が聞こえてきた。
 見ると、お盆に三つの木の椀を抱えて立っている。
 それをラティスとリアナに配り、自分の分を抱えて座る。
 木の椀の中身は大きく切った野菜がたくさん入ったスープだった。
「ラティスの分は大目に盛っておいたから。たくさん食べてね」
「ありがとう」
「みんなには内緒だからね」
「ああ、わかった」
「お姉ちゃん! ラティスお兄ちゃんばっかりずるいよ〜」
 リアナが可愛らしく口を尖らせる。
「ラティスは怪我人だから、たくさん食べて栄養付けないとダメなのよ。ほら、リアナもニンジンたくさん入れといたから、残さず食べなさい」
「ううっ、ニンジン嫌いなのに〜」
「ダメよ、ニンジン食べないとラティスお兄ちゃんに嫌われちゃうわよ。ね、ラティス?」
「えっ!? お兄ちゃん、本当?」
「………」
 いきなりルティーナとリアナの視線が集まってきて、ラティスは返答に困った。
「えっと……リアナの事、嫌いになったりしないよ」
 リアナの泣き出しそうな顔が耐えられなくてそう答えかけた。
 しかしリアナがパッと花が開くように笑顔になったのに対し、ルティーナの眉が吊り上がってくる。
「……で、でもきちんとニンジンも残さずに食べると、リアナの事、もっと好きになるかもね」
「お兄ちゃん、本当!?」
「ああ」
「じゃあ、がんばって食べる!」
 勢いよくスプーンを動かすリアナ。
 ラティスとルティーナは思わず顔を見合わせて笑った。

 一ヶ月が過ぎた。
 すっかり傷が癒えたラティスは、一人馬を走らせて、人気のない小高い丘まで来た。
 そこで馬を下り、剣を抜く。
 剣を正眼に構え、大きく息を吸い込む。
 そして……気合いの声と共に、力強く踏み込む。
 振り下ろした剣を、しかし最後まで振り抜く事はなく、下からすくい上げるような突きの攻撃に変化させる。
 続けて剣を横に振り払った後、軽く飛び退いて体勢を立て直す。
 今度は低目に、相手の太腿の辺りの高さを薙ぎ払い、さらに斜めに剣を跳ね上げ、最後に真っ直ぐに振り下ろす。
「ふう……」
 ひとつ息をついて、剣を鞘に戻す。
 今は……今は、アークザットの事は忘れよう。
 幼い日の憧れと、胸の中に焼き付いた英雄の姿は今も変わらずに残っている。
 それを捨て去る事は永遠にできないのかも知れない。
 だけど……だけど今、自分が守るべき物は、目の前に存在している。
 確かな優しさと温もりでラティスを包み込んでくれる。
 もう二度と、失ってはならない。
 かつて守り切れなかった人達と居場所を……今度こそは守り抜かなくはならないのだ。
 今はその事だけを考えていよう……。
 ラティスは再び剣を抜いた。
 誓いを立てる神も、君主も、今の彼にはいない。
 だからこの剣に誓う。
 陽光を照り返し、白銀に輝く剣を……ラティスは天高く掲げた。

二人の英雄「新天地にて」 了
第2話「エステー川の戦い」へ続く


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「新天地にて」いかがだったでしょうか。
 第1部の最後で鷹獅子騎士団を離れたラティス君、第2部からは心機一転、フィルスーン解放軍での戦いが始まります。
 でも今回はフィルスーン解放軍の面々の顔見せという事で。
 戦闘シーンもなくて盛り上がりに欠けるお話でごめんなさい。
 次回からは真面目に(?)戦争やっていく予定ですので。
 乞うご期待!

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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