二人の英雄・第1部「鷹獅子騎士団編」

第5話「黄昏色の夜から」

「もぬけの殻……だな」
「……そうだね」
 気の抜けたような声でつぶやいたシェリナに、ラティスはやはり気の抜けたような声で答える。
 二人の目の前に広がっているのは、人っ子一人いない、小さな家が並ぶ景色だった。
 ラティスとシェリナは部下に指示して、村の様子を探った。
 それぞれの家は綺麗に手入れされているようだったが、主な家財道具の類は持ち去られている。
 つい最近までここに住んでいたが、家財道具を抱えて逃げ出したようだった。
 しかも、充分な余裕を持って、だ。
「これもきっと、反乱軍の手引きがあったんだろうな」
「ああ」
 ラティスはうなずいた。
「だけど……きっと見事な手際だったんだろうな」
 そう思わせる明確な理由はなかったが、混乱もなく荷物をまとめて村を出て行く人達の姿が目に浮かんだ。
 事前に心構えなり準備なりができていたんだろうか?
 だとしたら……この村の人達は、いつか自分達の家を追われる日を想像しながら、毎日を過ごしていたのだろうか?
 あの日、故郷の村で自警団に入り、剣の腕を磨いていた頃の自分は、そんな日の想像を受け入れるのが恐くて、そうしていたのだろうか?
「ラティス、敵を誉めてどうするんだ?」
「敵を誉めるのは悪い事じゃないよ。実際に見事な……」
 そう反論しかけて、シェリナの笑顔に気付いた。
 からかわれていた。
 そう気付いて、ラティスはムキになりって反論しかけた自分に苦笑を漏らした。
「まあ、それはそれとして、だ」
「……逃げるのか?」
「本来の任務に戻るだけだよ」
 この村の人々から、反乱軍の逃走経路に関わる情報を手に入れる。
 それがラティスらに与えられた任務だった。
 しかし当の村人達はとっくに村から逃げ出している。
 こうなった以上、この無人の村を探して、手がかりを見付けなくてはいけないのだが……。
「到底、見付かるとは思えないけどな」
「そうだね。だけど手がかりがないという事を確認するのも任務の内だ」
「わかった」
 ラティスとシェリナは無人の村を歩き始める。
 そして予想通り、何も得る物なく鷹獅子騎士団の野営地に戻ってきたのは、ほんの数刻後の事だった。

 ラティスが鷹獅子騎士団に入団してから一年の月日が流れた。
 鷹獅子騎士団はいくつもの反乱軍を倒し、転戦を重ねてきたが、ラティスはいつもはアークザットの従卒、たまには小さな部隊を率いる隊長、という日々を過ごしていた。
 一方、多少の変化があったのは鷹獅子騎士団の紅一点、シェリナとの関係だった。
 一度は斬り合いにまで険悪化した二人の仲だったが、今ではお互いにからかったり助け合ったりと、修好状態にあった。
 元々、二人とも同世代で特に親しい仲間がいなかったので、二人の仲は際立って見えた。
 何かと二人を一緒の任務に就けたりと地道な努力を続けてきた、某副将が残念がるのは、二人が未だ恋愛関係には至っていない、という事だった……。
「フィルスーン解放軍、か……」
 鷹獅子騎士団の野営地へ戻る途中、ラティスは馬上で小さな声を漏らした。
 それを聞き付けたシェリナが口を開く。
「どうした? ラティス?」
「うん……ちょっとね。フィルスーン解放軍……だったよね?」
「ああ」
 フィルスーン解放軍。
 鷹獅子騎士団がつい先ほどまで戦い、開戦してすぐに逃げ出した反乱軍の名前がそれだった。
 彼らはこのフィルスーン地方一帯を勢力圏として、庶民から憎まれる地方貴族や裕福な商人の屋敷や隊商を襲い、奪った食糧や金銀財宝を貧しい庶民に配っていた。
 そのため、庶民からは義賊として親しまれ、エルラザ帝国政府や軍部からは盗賊として憎まれていた。
「そのフィルスーン解放軍の首領っていうのが、フォルトだったよな?」
「そうだ」
 元は在野の学者で、晴耕雨読の生活を送っていたという以外、素性の知れない男だったが、その知識と機転は確かな物だった。
 フィルスーン解放軍とフォルトの名前が知られるようになって以来、何度も貴族や商人、エルラザ帝国軍を相手にしながら、一度も被害らしい被害を出していない。
「問題はこれからどうするか、なんだよなあ」
「ああ」
 逃げ出したフィルスーン解放軍を探すのは時間がかかる。
 一方で他にもいくつかの反乱軍がそう遠くない場所で活動している。
 そちらも放っておくわけにはいかない。
「しかし……」
 シェリナが言った。
「敵軍にろくに被害を与える事ができずにそのまま引き下がるのか?」
「………」
 ラティスは口をつぐんだ。
 アークザットはどうするつもりなんだろう?
 逃げ出したフィルスーン解放軍に固執するのか?
 それとも後回しにして他の反乱軍に当たるのか?
「まあ、私達が気を揉んでも仕方がないけどな。決めるのはアークザット将軍だ」
「………」
 シェリナは気楽だったが、ラティスはそうもいかない。
 アークザットに追い付き、共に戦いたいと願う少年にとって、アークザットの考えは最大の関心事だ。
「おっと、ラティスにとっては他人事じゃなかったな」
「……わかってて言ったのか? シェリナは」
「もちろん」
 シェリナが小さく声を立てて笑い、ラティスも表情を緩める。
 二人はそうして鷹獅子騎士団の野営地に戻ってきた。

 ラティスは野営地の一角、アークザットらが会議に使う天幕に入った。
 会議用の机を囲んで、アークザットと三人の副将がラティスを出迎える。
「ご苦労だったな、ラティス」
 微かに目を細めてアークザットが労をねぎらう言葉を発した。
 短い一言だったが、ラティスが英雄と尊敬する男の言葉である。
 ラティスは胸が躍るのを感じた。
「さて、早速、報告を聞かせてもらおうか」
「はい」
 ラティスは答えた。
 しかしそれに続く報告は短い。
 村には人影ひとつなかった事。
 周辺の森にも反乱軍が潜んでいる様子はなかった事……。
「………」
 アークザットは渋い顔で考え込んでいるようだった。
 三人の副将も同様である。
 予想していた状況なのだろう。
 四人とも驚いた様子はなかった。
 会議が始まる。
 レイバートはあくまでもフィルスーン解放軍を追撃する事を主張する。
 反乱軍と一戦交えながら、ろくな損害を与える事もできずに逃げられてしまった。
 鷹獅子騎士団は噂ほどではなかったと他の反乱軍が勢いづくだろう。
 安全な王都で高見の見物を決め込む貴族どもも失笑する事だろう。
 鷹獅子騎士団の武威を天下に知らしめるためにも、徹底的にフィルスーン解放軍を追撃して壊滅させるべきだ。
 対してウェインは慎重論を唱えた。
 フィルスーン解放軍が逃げ込んだと見られるのは森の奥。
 騎兵を中心とする鷹獅子騎士団に地の利はない。
 戦って勝てるとしても、予想される損害と時間は少なくない。
 フィルスーン解放軍にこだわって労力を費やすくらいなら、他の反乱軍を先に片付けた方が効率的ではないか?
「フィルスーン解放軍を見逃しては、他の反乱軍や貴族どもの物笑いの種になるだけだぞ!」
「そうでしょうか? フィルスーン解放軍にいつまでも時間をかけてはそれこそ鷹獅子騎士団の鼎の軽重を問われる事になります」
「時間はかけない。所詮は反乱軍だ。すぐに見付け出して、この俺が叩き潰してやる!」
「先日の敗走の手際の良さ……フィルスーン解放軍を侮るべきではないと思います。それに我々の実力を知らしめるためにこそ、速やかに他の反乱軍を撃破すべきだと思います」
 二人の論争は白熱したが、結局は平行線だった。
 もう一人の副将、ノークトはたまに控え目に、二人に質問を出してはいるが、自分自身の意見は口にしない。
 決めかねているというよりは、どちらでも決定した方に従うつもりのようだった。
 そしてアークザットはというと、ただ腕を組んで黙っている。
 しかし二人の論争に耳を傾けているわけではないようで、自分の考えをまとめているようだった。
 しばらくして、アークザットが重い口を開いた。
「……フィルスーン解放軍への追撃はしない」
「………」
「………」
 アークザットの一言に、天幕の中は水を打ったように静まり返った。
 その一言は意見の表明ではなく、提案でもなかった。
 絶対的な、決定事項の伝達だった。
「ウェインは情報を分析して、手近な反乱軍を挙げてくれ。相手が決まり次第、直ちに出発する」
「はい」
 短くウェインが了解の旨を伝える。
 アークザットはさらに言葉を続ける。
「しかし! このままフィルスーン解放軍を放置しておくわけにもいかない!」
「………」
 アークザットは一同を見回す。
 彼に答えたのは沈黙だった。
「そのために……彼らが放棄した村を焼く」
「将軍!」
 鋭い声を上げたのは三人の副将ではなかった。
 今まで会議に参加していなかったラティスだった。
「どうしてそんな事をするんですか!? 鷹獅子騎士団は無力な人達を守る軍隊ではなかったんですか!?」
「村は無人だ。村人の血を流すような事はない」
「ですが! あの村を故郷だと思っている人達がいるんです! そんな苦し紛れの作戦のために、それを焼き払ってしまうんですか!?」
「ラティス! 落ち着け!」
 割って入ってきたのはレイバートだった。
「もう作戦は決まったんだ! 将軍はお前の意見は求めていない!」
「ですが僕は……」
「レイバート、もういい」
 アークザットが静かな声で言った。
 ラティスを真っ直ぐに見つめて、続ける。
「確かにお前の言う通りだ。これからこの鷹獅子騎士団は、自分達のちっぽけなプライドを守る苦し紛れの作戦のために、本来なら守るべき人達の村を焼き払う」
「………」
 アークザットの視線がラティスの心を射抜く。
 いつもは敵軍の志気をくじき、味方を奮い立たせる鋭い視線。
 それが今は寂しく、疲れた様子で、ラティスの胸を痛くした。
「だけどな……俺だって本当はこんな事、したくないんだ……」
「………」
 何も言えなかった。
 辛そうなアークザットの言葉に、何も答えられなかった。
 初めて見せるアークザットの本心に、ラティスは応えられなかった。
 やがてアークザットの声が会議の中断と休憩を告げた。
 息苦しくなり、とてもこの場にはいられないと思ったラティスは、行く先も決めずに天幕を出た。

 小さく水音が上がった。
 夕暮れの川面に波紋が広がり、消えていく。
 天幕を出た後、どこをどう歩いたのだろう?
 ラティスはいつの間にか川に小石を投げ込んでいる自分に気付いた。
「ラティス……」
 後ろから声がかかった。
 振り返ると、鷹獅子騎士団の紅一点、シェリナが立っている。
「ラティス……話は聞いた……大丈夫か?」
「……何が?」
「え? ……あ、いや、大丈夫ならいいんだ。うん」
 納得した風でもないが、無理に何度もうなずいて見せるシェリナ。
「……それで将軍からの命令を伝えに来たんだが」
「アークザット将軍が?」
「ああ。ナフィースが……例の村を焼き払いに行ったのは知ってるか?」
「……いや」
 ラティスが知っているのは、村を焼き払う事に決まったところまでだった。
 その役目を誰かが請け負い、出て行った事までは知らなかった。
「それからしばらく時間が経つんだが、まだ帰ってこない。お前が様子を見てきて、すぐに陣に戻るように伝えて来てくれ、という事だ」
「………」
 正直、気が向かない。
 さっきのやり取りが胸に重くのしかかり、呼吸するのさえ辛かった。
 だけど……。
「……わかった」
 ラティスは立ち上がった。
 命令なら……それがアークザット将軍の命令ならなおさら、拒むわけにはいかない。
「行ってくるよ。将軍にもそう伝えてくれ」
「……なあ、ラティス」
 シェリナが言った。
「……私も付いて行っていいか?」
「……え?」
 ラティスは泣き出しそうな瞳で自分を見上げるシェリナに気付いた。
 ああ、そうか。
 ようやく気付いた。
 シェリナが自分の事を心配してくれている事に。
 心配させている自分に、ようやく気付いた。
「……将軍の命令は? シェリナも行くように言っていたのかな?」
「いいや……」
「だったら、僕一人で行ってくるよ」
「……わかった」
「ああ、それと……」
 ラティスは手を伸ばして、シェリナの頭に乗せた。
「ごめんな、心配させて」
「……バ、バカ! 誰が心配してるなんて言った! お前の事なんかを……」
 シェリナは大きな声を上げたが、すぐに小さくなって消えていく。
 ちょっとからかうような事を言って、シェリナが怒った風に照れて……。
 ただそれだけの事なのに、ラティスは胸が軽くなったような気がした。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ああ……」
 ラティスは笑って言った。
 シェリナも笑ってそれに応える。
 だけどそれは両方が両方とも、お互いを思って無理に作った笑顔だった。
 小さくなっていくお互いの姿に手を振って、ラティスは陣地を離れていった。

 燃え上がる炎の隙間を縫うように、ラティスは乗馬を駆る。
 何の罪もない村人の家を焼く炎は高く燃え上がり、夜空を赤く染め上げる。
 まるで時間を引き戻したような、黄昏色の夜だった。
 こんな夜空を、ラティスは前にも見た事があった。
 半年前、故郷の村を焼き尽くした炎。
 どうしてもそれを思い起こさせる。
 そして故郷と故郷の人々を失った、あの胸の痛みも。
 もう二度とこんな思いはしたくないと、ずっと思っていた。
 誰にもこんな思いはさせたくないと、ずっと思い続けてきた。
 だから鷹獅子騎士団に入った。
 幼い頃、自分の村を救ってくれたアークザットの元で、自分も無力な人々を守るために戦いたいと思った。
 だけど今は……。
 確かにこの村は無人だ。
 村人を傷付ける事はない。
 だけどこの村を焼いたのは鷹獅子騎士団なんだ。
 ここに帰りたいと思う人がいる村を、アークザットの指示で焼いているんだ……。
 開けた場所に出た。
 村の広場だった場所だろう。
 そこで探していた人を見付けて、ラティスは叫んだ。
「ナフィース殿!」
 ラティスの声に、男……ナフィースは剣を下ろして振り返った。
 三十代前半の、冷たい目つきの男である。
 ナフィースは自分の部下らしい男達と一緒だった。
 ラティスは近寄って、馬から飛び降りた。
「やあ、ラティスか」
 ナフィースはにやにやと笑って言う。
「ナフィース殿、将軍からの伝令だ。すぐに陣地に帰投するように」
「……ちっ、もうお終いかよ。ようやく面白くなってきたところだってのに」
「ナフィース殿!」
「ああ、わかってるよ。将軍の命令には逆らえないからな」
 答えて、ナフィースは部下に指示を出し始める。
 その時、ナフィースらの身体の陰に隠れていた物がラティスの視界に入った。
「……ナフィース殿」
「ん?」
「これはどういう事だ?」
「ああ、こいつらの事か」
 二人の人がいた。
 一人は若い女性、といっても、ラティスよりひとつかふたつ年上だろう、女性だった。
 もう一人は十歳くらいの少女。
 女性は少女をかばうように抱き締めて、煤けて汚れた顔を持ち上げてラティスとナフィースらを睨み付けている。
 この二人が何者か?
 そしてナフィースらが二人に何をしていたのか?
 それは誰の目にも明らかだった。
「この二人は逃げ遅れたんだろうな、きっと。家の中に隠れて俺達をやり過ごそうとしたんだろうが……」
 そこに火をかけられて飛び出してきたところを、ナフィースらに捕まったのだろう。
「……武器を持たない者を傷付ける事は軍律違反だぞ!」
「おいおい、固い事言うなよ。こいつらは反乱軍の手先なんだ。大人しそうな顔して、本当は反乱軍に食糧を提供して見返りに反乱軍に守ってもらってるんだよ」
「だからって……」
「ああ、確かに俺のやっている事は軍律違反だよ。だけど俺達が黙っていれば鷹獅子騎士団の悪評につながる事もないじゃないか」
「!」
「なあラティス、もっと大人になれよ。どうせバレやしない。少しくらいいい目を見たって罰は当たらないさ」
「……将軍は……将軍はこの事を知っているのか……?」
「薄々勘づいているだろうさ。だけど俺みたいな奴だって、鷹獅子騎士団の役には立っている。少しばかりの火事場泥棒くらい、目をつぶってくれているのさ」
「貴様……」
 あまりの事に、ラティスは目がくらみそうだった。
 怒りが身体中の血流を加速させ、頬に熱さを感じさせる。
 いつの間にか、手は腰の剣を握っていた。
 痛いほどに強く剣を握った手は白くなっている。
「おっと、怒ってるのか? お前、アークザットに憧れているんだろう? だったらその剣から手を放せよ。将軍と同じようにしないと……」
「貴様ぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
 ラティスが叫ぶ。
 剣光が走った。
 ナフィースの顔が薄ら笑いを貼り付かせたまま、正常な人体にはあり得ない角度に傾いていく。
 血が勢いよく噴き出し、炎に照らされた地面を濡らして赤く染め上げる。
「………」
「………」
 沈黙が焼け落ちていく村の一角を支配する。
 たった今、この場で起きた事を誰もが理解できなかった。
 ナフィースの身体が地面に倒れると同時に、事態は展開した。
「反逆だーっ!」
 最初に混乱から立ち直った男が叫んだ。
 しかし実際の行動はラティスの方が早かった。
 戦士としての本能と抑え切れない衝動に突き動かされて、頭の中は混乱したまま、ラティスの身体は動いていた。
 剣が走り、数人の男に手傷を負わせる。
「逃げるぞっ!」
「う、うん……」
 ラティスはまだ混乱している女性の腕を掴み、自分の馬の方に連れて行った。
 女性と少女は予想より軽く馬の背に乗り、ラティスも続けて馬に跨る。
「待てっ!」
「逃がすなっ!」
 怒号に抜剣の音が続く。
 四方から同時に繰り出される剣を、ラティスは続けざまに弾き返す。
 しかし全てを防げるはずもない。
 幾つかの剣はラティスの身体を傷付ける。
 血は派手に出たが、致命傷には遠く及ばない。
「きゃあっ!?」
「かすり傷だ! それより、頭を低くして!」
「は、はいっ!」
 ラティスは馬を走らせる。
「おいっ! 何事だ!?」
「ラティスがナフィースを切った!」
「逃がすなっ! 殺せっ!」
「いや、捕まえるんだっ! 捕まえて将軍の前にひざまずかせろ!」
 様々な怒号が飛び交う。
 ラティスの行く先を数人の鷹獅子騎士団の騎士が待ち受ける。
 それぞれが構えた剣が村を焼く炎を照り返し、ラティスの目には松明を構えているようにも映った。
 最初の攻撃を、ラティスは剣で弾き返した。
 しかし別の方向からの、次の攻撃は剣では防げない。
 鎧の手甲で受け流す。
 出血にはつながらないが、強い痺れが腕に残った。
 骨が折れるか、打撲したかも知れない。
 続く第三撃は後ろから襲ってきた。
 鎧の隙間を縫い、ラティスの脇腹に浅く刺さった。
「ぐっ!」
 ラティスは悲鳴を押さえ込む。
 幸い、馬が前に進んでいるおかげで、身体を深くえぐる前に剣が抜けてくれた。
 今は鷹獅子騎士団の包囲網を抜けて、無事に逃げ延びるのが第一目標である。
 馬が走るのに任せて、ラティスはその場を切り抜けた。
「だ、大丈夫ですか?」
 女性が声をかけてくる。
「大丈夫……」
 その後に続く、「だけど……」という言葉は飲み込んだ。
 これ以上話すと、声が震えているのがバレて余計な心配をかけてしまう気がした。
 それに。
 ラティスは顔を上げる。
 視線の先で、さらに鷹獅子騎士団の騎士が待ち受けている。
 余計な事を話している暇なんて、どこにもなかった。

 幾人の鷹獅子騎士団の騎士を斬り捨てただろう?
 幾人の鷹獅子騎士団の騎士から、いくつの傷をその身に受けただろう?
 気が付くと、ラティスは鷹獅子騎士団の包囲網を切り抜けていた。
 村は今も燃え続けている。
 変わらず夜空を黄昏色に照らし続けている炎が、ラティスにはこうなる事を防げなかった自分を責めているように思えた。
 あの夜。
 半年前、故郷の村をなくした日の夜。
 こんな夜が二度と訪れない事を願って、ラティスは鷹獅子騎士団に入った。
 幼い頃、自分の村を救ってくれたアークザットの元で戦う決意をした。
 だけど今は半年前と同じように、黄昏色の夜から逃れようと、ひたすら馬を走らせている。
 逃げて、どこへ行こうというのだろう?
 憧れるアークザットの元を離れて、黄昏色の夜から逃げ出して、どこへ行こうというのだろう?
 ラティスにはわからない。
 ナフィースが許せなくて、女性と少女を助けた事が正しかったのかどうか。
 自分がアークザットに憧れて鷹獅子騎士団に入り、目指してきた物の意味も、今はわからなくなっていた。
 ラティスは馬を走らせ続ける。
 黄昏色の夜から逃げて、どこへ行こうというのだろう?
 アークザットの元から逃げた彼を、何が待つというのだろう?
 彼が向かう先には、ただ深い闇に包まれた夜の森が広がっている。
 黄昏色の夜が明けた朝にラティスを待つ物を、この時の彼はまだ知らなかった……。

二人の英雄・第1部 完
第2部へ続く


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「黄昏色の夜から」いかがだったでしょうか。
 今回は第1部の最終回という事で、急展開のお話になっています。
 鷹獅子騎士団を離れた、我らが主人公、ラティス君。
 彼を待ち受ける人達、戦いはどんな物になるのでしょう。
 乞う、ご期待! という事で。

 区切りがいいので、「二人の英雄」の構想とかについて簡単に解説を。
 「二人の英雄」で一番最初にあったイメージは、英雄と呼ばれる男と、彼を追いかける少年でした。
 言うまでもなく、アークザットとラティス君の事です。
 アークザット将軍のモデルは、ロードス島戦記のカシュー王です。
 ラティス君が憧れるのに相応しい、自分にも周りの人にも厳しく、己の道を突き進んでいく強い人というイメージです。
 今回の第5話ではほろっと弱い一面を出してみましたが、いかがだったでしょうか?
 ラティス君のモデルはというと、銀英伝のユリアン君です。
 そのまんまなので書く事ないです。
 3人の副将はというと、汎用キャラなので特にモデルとかはいません。
 今ひとつ影が薄い3人です(特にノークト)。
 実は最初の構想の時点では、第1部では女性キャラはいませんでした。
 最初はアークザットの奥さんというのも考えたのですが、どうもしっくり来ない。
 第2部にはいるのに、このままではイカン! という事で登場したのがシェリナです。
 鷹獅子騎士団の紅一点、第1部で男性読者のハートをがっちりキャッチ! という役割を持っているくせに、色気と可愛げと女の子らしさに欠けたキャラですが。
 いざ書いてみるとなかなか楽しくて、個人的にはかなり気に入ってます。
 急ごしらえのキャラをどう使おう? という事で頭を悩ませた結果が第4話だったりします。

 というわけで次回以降の話をします。
 第2部は「フィルスーン解放軍編」で、鷹獅子騎士団を離れたラティス君がフィルスーン解放軍に拾われ、そこで自分の進むべき道を模索しながら、新たな戦いが始まる事になります。
 女性キャラも当社比2倍に増え(っていうか二人)、男性読者も目が離せない展開になります。
 ……などと期待を煽りながら、次は外伝を書こうと思っています。
 これはこれで乞うご期待! という事で。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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