robot

 その部屋に流れるのは、多くの書物の放つ独特の臭気と、時間が埃のように降り積もり、堆積していった空気。
 そしてその空気に同化したようなアンティークな家具と、その中のひとつであるデスクの上に資料を山積みにして、書き物をする私。
 微かな空気の振動。
 それは密かに、しかし確かに私の鼓膜を揺らし、この部屋の静かな空気の流れに溶け込みながら消えていく、控え目なノックの音。
 デスクに下ろしていた視線を上げ、部屋に入るようにうながす私。
 ノックの音と同じように控え目な返事があり、部屋に入ってくる一人の娘。
「失礼します……お父様、コーヒーが入りました」
「そうか……ありがとう」
 机の上の資料の隙間を探すようにして、コーヒーを置く娘。
 いや、そこはコーヒーを置くために、自然にできた空間。
「お仕事ははかどっていますか?」
「ああ、順調そのものだよ」
「それは良かったですね……でも根を詰めるのもほどほどにして下さい。身体を壊しては元も子もありませんから」
「気を付けるよ」
 コーヒーカップから立ち上る湯気と豊かな香り。
 このコーヒーの芳香のように、いつもと変わらないやり取り。
 そしてそんな日常に投げ込まれる、ささやかな小石。
「……お前が生まれて、もうすぐ一年になるな」
「はい、そうですね」
 お盆を胸に抱え持って、うなずく娘。
 娘の様子を、髪の毛一筋の揺れでさえ見逃すまいとしながら、そんな素振りひとつ見せない私。
「そこでお前の誕生日にプレゼントをあげたいのだが……何か欲しい物はないか?」
「欲しい物……ですか?」
 ちょっと困った様子を見せる娘。
 しかしいつもの穏やかな笑顔に戻ると、返すのはいつもと同じ返事。
「……いえ、欲しい物はありません」
「そう言うと思ったよ。私はどうしてもお前にプレゼントをあげたいんだが……」
「それなら、お父様が自分でお選び下さい。お父様に選んでいただいた物が、私にとっては一番嬉しいです」
「お前はそう言うが……その言い方は、お前の一番欲しい物をプレゼントしたいという私の気持ちを、無にしていないか?」
「………」
「お前が今、自分の欲しい物を言うのは決してわがままじゃない。私のためだと思って言えばいいんだ」
「……ですが……」
「やっぱり欲しい物はない、か? それなら、私にして欲しい事でもいい」
「………」
「確かに私だって叶えられない事もあるが……」
「……それなら……ひとつだけ……」
 うつむいて、消え入りそうな声で言う娘。
「ひとつだけ……たったひとつだけ、私は願った事があります」
「………」
「お父様にも叶えられない事かも知れませんが……生まれてからただひとつだけ願った事だから……私はそれを伝えます」
 黙って娘の言葉を待つ私。
 ゆっくりと顔を上げて、真直ぐに私を見据えて言う娘。
「私は……私は人間になりたい」
「……………」
 娘の言葉に、呆気に取られて言葉をなくす私。
 しばらく頭の中を整理し、ようやく紡ぎ出された言葉。
「……お前は今の環境に不満があるのか?」
「いえ、お父様は本当の娘のように私に接してくれます。私はお父様の側にいられるだけで幸せです」
「……それじゃあ、お前自身の事が理由か?」
「いえ、違います」
 真直ぐに私を見据える、娘の視線。
 「人間になりたい」と言った時から変わらない視線。
「私は……お父様に作っていただいた私の身体は、表面上は人間と何ら変わりません」
「そうだ。お前の身体には私の長年の研究成果の全てが注ぎ込まれている。外からでは絶対に人間と見分けがつかない」
 金属で作られた頑強な骨格と、それを動かす超伝導モーター。
 それらの金属光沢を覆い隠すのは、人間のそれを培養して作られた、人間のそれ以上のきめ細かさと純粋な白い輝きを持つ皮膚。
 人間の五感を模して作られた五種類のセンサーと、そこから得られた情報を元に動かされる、複数の処理演算ユニットを組み合わせたコンピューターと、それを制御する膨大な規模のプログラム。
 人間以上に人間らしい表情。
 人間以上に人間らしい動作。
 人間以上に純粋な心と、合理的な思考……。
 私の長年の研究成果の結晶であり、そして同時に半導体と金属で構成された芸術品である彼女。
 その芸術に与えられた題名は「人間」。
 彼女のために注ぎ込まれたありとあらゆるハードウェア、ソフトウェア技術は、最後の一原子までもただひとつの目的を達成するための物。
 人間以上に人間らしい存在。
 それが彼女。
「……それなのに、お前は『人間になりたい』と言う」
「……………」
「何故だ? お前ほど人間らしい存在など、他にはいないというのに……」
「……………」
 うつむき、押し黙る娘。
 その苦しげな表情でさえ、感情を担当するコンピューターとプログラムの働きにより、顔を形づくる人工筋肉と人工皮膚の動きによる産物。
 そもそも「人間になりたい」と言った事でさえ、高度なコンピューター技術とプログラムの産物。
「……………」
 やがて、ゆっくりと顔を上げる娘。
 そして彼女が初めて「人間になりたい」と言った時と同じ、私を真直ぐに見据える視線。
「それでも……私は人間になりたい」
「……………」
「理由は……自分でもわかりません。おかしいですよね? 自分でもわからないなんて……それでも、それでも私は……」
「いや……」
 胸の奥深くから込み上げる歓喜に声を震わせながら、私は言った。
 これまでの長年の研究が……いや、私がこの世に生を享けたその理由が報われた、それは瞬間だった。
「それが……それが人間という事だよ」

robot 了


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「robot」いかがだったでしょうか。
 今回はロボット物です。
 でも短くてよくわからないお話です。
 っていうか書いた私もよくわかってないかも(こらこら)。
 でもそういうお話を書きたかったのでまあいいか。

 ロボット、と一口に言っても、いろんな種類のロボットがいます。
 ひとつは自動車や飛行機の延長上にある、人間の道具としてのロボット。
 有名なところではTVアニメのガンダム。
 人型の巨大な機械です。
 そしてもうひとつ、機械でできた人間のようなロボット。
 ToHeartのマルチとか、この小説に出てきた奴とかですね。
 冷たい機械の身体の中に、人間以上に純粋な心を持つ存在です。
 でもこの後者のタイプのロボットって、マンガや小説に出てくると一種の詐欺みたいな物なんですよね。
 読んでる方は、「こいつはロボットなのに、なんて人間らしい奴なんだ!」とか思ってても、書いてる方はロボット書いてるつもりなんかなくて、最初から人間のつもりで書いているんですから。

 それはさておき、前者のタイプは科学で作られた人間のための道具であり、後者は科学に翻弄される人間という言い方もできます。
 前者は人間の科学に対する憧れ、科学が切り開く明るい未来の象徴であり、後者は発展しすぎた科学に翻弄される人間の姿を描いているのかも知れません。
 「ロボット」という言葉に、どこか懐かしい響きを感じるのなら……それは科学の進歩が当たり前の世の中に、あなたが生きているからかも知れません。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


 ご意見、ご感想は「私にメールを送る」または「私の掲示板」でお願いします。
 トップページに戻る