ポンコツ☆ラブストーリー

1日目2日目3日目4日目5日目座談会あとがき


●1日目
 目が覚めた。
 少し離れたところに白い天井が広がっている。
 身体を起こして視線を移動する。
 白いパイプベッドの上に自分の身体が横たわっていて、布団が掛けられている。
 なんか病院っぽい雰囲気。
 視線を横に向ける。
「す〜、す〜、す〜……」
 何故か巫女装束の女の子がイスに座ったまま寝息を立てていた。
 ご丁寧に鼻提灯付きときたもんだ。
 ……っていうか、何故に巫女さん?
 俺が不審そうに見つめる視線が刺さったわけではないだろうが、鼻提灯が割れて巫女さんは目を覚ました。
「あ……えっと、気が付いちゃいました?」
 巫女さんは俺の枕元にあったナースコールのボタンを押す。
「すみませ〜ん、誰か来て下さ〜い」
 ……マイクは付いてないと思うけど。
 っていうか、この子、誰?
 それよりも俺、どうしてこんな所にいるの?
 え〜と……確か……学校の帰りに本屋さんで立ち読みして……ぶらぶら歩いていて……。
 あ、そうだ。
 この子が歩いていたんだ。
 きょろきょろと周りを見て……なんか危なっかしいな……とか思ってたら、すーっと吸い込まれるように車道に出そうになって……。
 え〜と、それからどうしたんだっけ……?
 思い出せないなあ……。
 などと考え込んでいると、ガチャッと音がしてドアが開いた。
 白衣を着た、いかにもお医者さん、って感じのおっさんが入ってくる。
「え〜と、後藤正太郎君だね?」
「後藤……正太郎……?」
「……違うのかね?」
「……ああ、そう、それ、俺の名前。確かそんな感じ」
「はっきりしたまえ、はっきり」
「すみません、ちょっと頭がボーっとしてるんで」
「……まあ、仕方ないか……今の気分はどうだね?」
 見ると、カルテらしい紙とボールペンを持っている。
「え〜と、十二時間くらいぶっ続けで寝たみたいに頭がボーっとしてます」
「うむ、それじゃあ吐き気がするとかは?」
「ええと、ありません」
「どこか痛いところは?」
「ありません」
「頭痛が痛いとか腹痛が痛いとかはなし……っと」
 ……大丈夫か? このおっさん。
 布団から腕を引っ張り出し、肩をぐるぐると回してみる。
 うん、絶好調。
 他にもいくつか質問があって、適当に答えた。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
「なんだね?」
 お医者さんはカルテから目を離さずに答える。
「俺、どうしてここにいるんですか?」
「この子が……」
 言って、ボールペンで巫女さんを指す。
「車にひかれそうになったのを、君がかばって代わりにひかれたんだよ」
「ああ、やっぱりそうなんですか」
「外傷はなかったけど、意識もなくてね……この病院で精密検査をしたんだよ」
「はあ……」
 お医者さんはまたカルテに何やら書き込んでいる。
「どこにも異常なし……残念マルっと」
 ……残念なのか?
 いろんな意味で無傷で良かった気がする。
「ああ、帰っていいよ」
「へ?」
「異常ないから帰っていいよ……それとも、ここに残って身体を張って医学に貢献したいかね?」
「……いえ、速やかに帰らせていただきます」
「よろしい」
 カルテを脇に抱えて、お医者さんは部屋を出ていく。
「あの、保険証は明日にでも持ってきた方がいいんですか?」
「別にいいよ、保険が下りるような治療はしてないから」
「………」
「……そうだな、二、三日中に持ってきてくれればいいよ」
「はあ」
 何だか……生きて帰れる事を神様かなんかに感謝した方がいいのかも知れない。

 病院を出た。
 例の巫女さんがひょこひょこと後ろを付いてきていて、病院を出たところで話しかけてきた。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「その節は本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいのやら……」
「ああ、気にしなくていいよ、怪我もなかったし」
「わかりました! それじゃあ、全然気にしない事にします!」
「………」
 確かにそうなんだけど……何かが違う気がする。
「とにかく、これからは車に気を付けてね」
「はい。気を付けます」
 そして女の子と別れた。
 あ、そうだ、名前聞くの忘れてた。
 その事に気付いたのは、ずっと向こうで手を振る巫女さんの姿が豆粒みたく小さくなってからだった。
 あと、電話番号とスリーサイズも聞くの忘れてた。
 ……まあ、あまり期待できそうにないからスリーサイズはどうでもいいけど。

 家の前に着いて、俺は立ち止まった。
 陽はとっぷりと暮れている。
 祐子の顔を思い出すと、気が重くなる。
 でもまあ、自分の家の玄関の前で突っ立ってても仕方がない。
 意を決してチャイムを押す。
 ピ〜ンポ〜ン。
 ………。
 待つ事しばし。
 ズダダダダダダダダ……ガチャッ。
 すさまじい足音の後、ドアが開いた。
「正太郎……」
 出てきたのは予想通り、祐子だった。
 予想外だったのは、泣き腫らした瞳と呆然とした表情。
「ただいま……ごめん、遅くなった」
「い、今までどこ行ってたのよ……」
 祐子の目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
「おい、ちょっと待てよ。遅かったからって、泣くほどの事は……」
「連絡もなしに一週間も家を空けて!」
「へ?」
 俺が聞き返すより早く、祐子が泣き崩れて……。
 俺はただ立ち尽くして、泣き続ける祐子を見ていた。

 俺は後藤正太郎、高校二年生の十七歳。
 んで、この女が後藤祐子、俺の同い年の従姉妹で、その上、クラスメイト。
 ……え? 親はどうしたって?
 今は複雑な事情があって、祐子と二人で暮らしている。
 あれは俺と祐子が小学四年生だった頃だったかな?
 大手の商社に勤めている祐子の父親がニューヨーク支店長に昇進だとかで、祐子を俺の親父のところに預けていったんだ。
 以来、俺と祐子は兄妹のように仲良く……まあ、喧嘩するほど仲がいいとも言うし……暮らしてきた。
 そして俺達が中学三年になると、今度は考古学者をやっていた俺の親父が家を出て行った。
 何でも、アトランティス大陸に関する文献を探しにチベットの奥地に行ったらしい。
 行く先も目的も祐子の父親とは大違いだが、自分の息子だけならともかく、預かった弟の娘まで放り出して行ったのだ。
 しかも二人とも高校受験を控えた身だというのに。
 その上、家を出て行く時、何て言ったと思う?
 俺の肩を叩いて「祐子ちゃんに迷惑かけるなよ」だ。
 少しは実の息子を信用しろ!
 ……と、その時は思ったが、実際に二人になってみると、親父に文句言えない状態だったりする。
 で。
「ねえ、本当に何も覚えてないの?」
 遅い晩ご飯を食べる俺の向かい側に座って頬杖を突いた祐子が聞いてくる。
「覚えてない」
 祐子が作ってくれた肉じゃがを口に運びながら答える。
 うむ、相変わらずいい味である。
 ……ちなみにあの後、警察に行って捜索願いを取り下げてもらってきた。
 二人でひたすらに頭を下げて、ようやく晩飯にありついたところである。
 もぐもぐと口を動かしながら、新聞を開く。
 そこにある日付は、俺の記憶にある日付より一週間だけ進んでいる。
「確かに一週間、過ぎてるなあ」
 気分はプチ浦島太郎。
 そのうち、乙姫様が玉手箱とか持ってきてくれるだろうか?
 病院ではお土産とかもらわなかったけど。
「食べながら新聞読まないの!」
 祐子が新聞を取り上げる。
「あ、悪い」
 俺は短く謝って、食事に集中する事にする。
 いつもはテレビ欄しか見ない新聞を読むからこうなるんだ。
「正太郎、本当に怪我とかない?」
「ああ」
「具合、悪いとかは?」
「ないよ」
 どっちかっていうと、好調なくらいだ。
 警察行ったりして疲れてはいるけど。
 というわけで、晩ご飯もあっさり空になった。
「ごっそさん」
 手を合わせて頭を下げる。
 美味しいご飯を作ってくれる人に、感謝の気持ちを忘れちゃいけない。
 祐子が皿を重ねて台所に持っていく。
 俺は皿を洗う後ろ姿を眺めていたが、すぐに飽きて立ち上がる。
「それじゃ俺、悪いけど先に寝るわ」
「え? もう寝るの?」
「もう十二時、いつも寝る時間だよ」
「うん……」
 祐子の奴、何だか残念そうな顔してる。
 変なの。
 俺は自分の部屋のある二階へ上がっていった。

●2日目
「しょ〜たろ〜っ、起きなさ〜〜いっ」
 ゆっさゆっさ。
 む……なかなか心地よい揺すられ感……。
 しかし……目が覚めた。
 むくっとベッドの上に上半身を起こす。
 制服姿の祐子と目が合う。
「おはよ」
「おっす」
 噛み合わない朝の挨拶。
 俺のせいだけど。
「朝ご飯できてるから。早く下りてきて」
「おう」
 俺が答えると、祐子はさっさと部屋を出て行く。
 着替えの手伝いくらい、してくれてもいいじゃないか。
 ……いや、やっぱり遠慮しておく。

 一階に下りると、祐子がテーブルについて待っていた。
 朝ご飯は……俺の分だけ並んでいる。
 焼いたトーストと目玉焼きにコーヒーという、いつものメニュー。
「祐子、今日はどうした?」
「え?」
「いつも先に学校行くのに」
「うん、今日は一緒に行こうと思って」
「なんで?」
「あんたねぇ、一週間も行方不明になっていた自覚あるの?」
「ない」
「………」
 睨み付けられた。
「……悪かった。一緒に行こう」
「うん」
 今度はニコニコと嬉しそうな顔になる。
 変なの。

 というわけで、俺と祐子は並んで登校する。
 二人で登校なんて何年ぶりだろう。
 え〜っと……まあ、何年ぶりでもいいか。
 何だか知らないけど、祐子は嬉しそうな表情をしている
「ところで祐子」
「え? 何?」
「その包みは何だ?」
「これ?」
 祐子は通学カバンの他に大きな包みを持っている。
 それを掲げてみせる。
「そう、それ。弁当か?」
「う、うん」
「ずいぶん、でかいなあ。一人で食えるのか?」
「え? ええと……」
「あんまり食うと太るぞ」
「大きなお世話よ!」
 怒られた。
 それから学校に着くまで、祐子は赤い顔でちらちらとこっちをうかがっていた。
 変なの。

 教室へ向かう途中の廊下で、祐子の女友達Aと出会った。
「あ、おはよ、祐子」
「おはよ」
「祐子、今日は正太郎君と一緒なの?」
「うん、そうだけど」
 女友達Aは俺と祐子の顔を見比べて、にへら〜っと笑うと、祐子と並んで話しかける。
「祐子〜、あんたもついに観念したのね〜」
「……観念って何よ」
「またまたとぼけちゃって! ついに正太郎君と付き合う事にしたんでしょ?」
「違うわよ!」
「同い年で従兄弟同士で二人暮らしで、愛が芽生えないのは犯罪よ、犯罪! 前から怪しいとは思ってたんだけどね〜」
「だからそんなんじゃないってば!」
 あの〜、もしもし……。
「え? 何ですか? 祐子の彼氏さん」
「だから彼氏じゃないって。俺、一週間ぶりに学校に来たんだけど……」
「え? そうだったの? 知らなかった〜」
「………」

 祐子の女友達Aと別れて、そのまま教室に向かう。
「なあ祐子。女の子って、クラスメートが一週間ぶりに登校した事より、付き合う付き合わないとかの方が重要なのか?」
「私は違うわよ、少なくとも」
「世の中、夢も希望もないなあ」
「男子だって似たようなもんじゃないの?」
「絶対にそんな事ないって」
 ちょうど俺達の教室に着いた。
 戸を開けるなり、クラスメートの男子が声をかけてきた。
「おい! 正太郎! 聞いたか!? 転校生だって、転校生!」
「それがどうしたって」
「女の子だよ、もちろん」
「なにぃっ! 確かなんだろうな、その情報は?」
「おう! 間違いないぜ!」
 などと話していると、祐子が肘で突っついてきた。
 しまった、つい目先の話題に集中してしまった。
「あの……俺、一週間ぶりに学校に来たんだけど……」
「一週間ぶり? 別に珍しい事じゃないだろ?」
「そ、そうか?」
「それに! 一週間前にも会った野郎とまた会うのと、まだ会った事ない可愛い女の子と初めて出会うのと、どっちが男のロマンをかき立てると思う!?」
「………」
 転校生の女の子、いつの間にか可愛いって事になってるし。
 ……じゃなくて。
 納得して反論できない自分が悲しい。

 席に着く。
 ちなみに俺と祐子の席は隣同士。
 席替えの度にクラスが一致団結して様々に画策してくれるせいで、同じクラスになると一年中祐子と隣同士だったりする。
 どうして家にいる時も顔突き合わせてるのに、学校でも席が隣になるんだ?
「はあ……」
 俺がため息をつく。
「どうしたの?」
「いや、世の中には血も涙も男の友情も女の愛情もないと絶望に浸っているところだ」
「………」
「祐子、説得力なくてもいいから、一言くらい反論してくれ。シャレにならないから」
「わ、私は……そ、その……」
 祐子はごにょごにょと何やらつぶやいている。
 でも声が小さくて聞き取れない。
 すごく心配したわよ、と聞こえたような気もしたが、やっぱり声が小さくて聞き取れなかった。
 ……という事にしておく。
 ガラガラガラっと教室の戸が開いた。
「お〜い、席に着け〜」
 担任が出席簿をパンパンと叩きながら、声を上げる。
 自分の席に戻るために教室中が騒がしくなるが、すでに席に着いている俺はぼけーっと窓の外を見ていた。
 そして教室が静かになると、担任はお約束な台詞を吐く。
「よーしっ、今日からみんなと一緒に勉強する仲間を紹介するぞー」
 俺はちらっと視線を教壇に向けた。
 目が合った。
 そして驚いた。
「あーっ、正太郎さん! こんな所でお会いするなんて奇遇ですねーっ!」
 心臓が凍り付いた。
 教壇の上でぶんぶんと手を振る、巫女服の女の子。
 そしてクラスでただ一人、「正太郎」という名前を持つ人物にクラス全員の視線が集中する。
「何だ? 正太郎の知り合いか?」
「はい、そうなんですよーっ」
「よし、それじゃあ席は正太郎の隣にしよう。正太郎からいろいろ教わりなさい」
「はーいっ! わかりましたぁっ!」
 先生! どうしてそう、お約束に忠実なんですか!
 かくして。
 俺の右隣はいつも通り祐子、左隣は巫女服の女の子、という席が決定した。

「私、河島春奈っていいます。よろしくお願いします」
「あ、どうも」
 さっき自己紹介したばっかりじゃん。
 黒板の真ん中にフルネームを大書するという、転入生のお約束通りな儀式で。
 ツッコミを入れても意味がないから言わないけど。
「早速で申し訳ないんですけど、教科書を見せてもらえないでしょうか?」
 そう言って、机を移動してくっつける。
 隣同士といっても、机と机の間にもうひとつ机が入るくらいの隙間があるのだ。
 ……どうでもいいけどこの子、声が高い上に大きいから、クラス中に聞こえるんだよなあ。
「ああ、いいよ」
 俺は答えて、カバンの中から教科書を……。
 カバンの中の教科書を……。
 カバンの中には教科書が……。
「あのあの、正太郎さん、どうしたんでしょう?」
「………」
 俺は答えない。
 ただ黙って、反対側の隣の祐子を見る。
 春奈も状況を飲み込んだのか、俺と一緒になって祐子を見る。
「………」
 祐子は何も言わない。
 ただ呆れたようにため息をつく。
 かくして。
 祐子も机を移動させて、三人で一冊の教科書を見る。
 三人でクラス中の、暖かかったり冷ややかだったりする視線を集めて。
 授業が始まった。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
 四時間目の終了のチャイムが鳴った。
「ふい〜〜〜っ、終わった〜〜〜っ!」
 俺は机に突っ伏す。
 この解放感!
 まさにこのために学生やっていると言っても過言じゃないね!
 ……すっげー後ろ向きな青春だなあ。
「ね、ねえ、正太郎……」
 祐子が話しかけてくる。
 だけど、どういうわけか顔を赤くして、指を胸の前でもじもじと動かしている。
「今日は……学食に行くの?」
「どうすっかねえ」
 ちなみに昼飯は、俺はその場の気分で学食に行ったり購買でパンを買ったりだが、祐子は自分で作った弁当というパターンだ。
「それがどうかしたのか?」
「う、うん……実は……ね、今日は……そ、その……」
「………」
「わ、私……お、お弁当……作ってきたんだけど……」
「弁当? ……いつも作ってきてるじゃないか」
「そ、そうじゃなくて……」
「しょーたろーさーんっ!」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
 耳許で春奈の声。
 思わず祐子と一緒に悲鳴を上げてしまった。
「い、いきなり耳許ででっかい声出すな! 死ぬほどビックリしたぞ!」
「正太郎さん、私、今日はお弁当、持ってきてないんですよ」
 ……聞いてないし。
「それで学食なり購買なりに案内していただきたいと」
「ああ、わかったわかった……祐子、お前は弁当なんだよな?」
「う、うん……」
「それじゃ俺達、学食行ってくるから。お前は一人寂しく弁当広げるなり、友達と姦しくするなりしてくれ」
「え? あ、あの……」
「春奈、行くぞ」
「はいっ! どこまでも正太郎さんについて行きますっ!」
「……とりあえず学食まででいい」
 などと話しながら、俺と春奈は教室を出て行った。

「とりあえずここが購買だ」
「うわぁ、すごい人だかりですねえ」
「まるで極楽から垂れる蜘蛛の糸に群がる地獄の亡者のようだろ?」
「はいっ、まさしくその通りです」
「こうなりたくなかったら、昼休みのチャイムと同時に教室を出なくちゃいけない。わかったか?」
「はいっ、肝に銘じておきますっ」
 どうしても謎なのは、混むのは最初からわかりきっているのに、どうして朝のコンビニでパンを買っておかないか、だ。
 かくいう、俺もその一人だけど。
「というわけで、今度こそ学食に行くぞ」
「はいっ! お供します!」

「くぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ! おいしいですねぇっっっ!」
 俺の前にはカレーうどんをすする巫女服の少女が一人。
 白い巫女服にカレーが飛んだら大変だろうな、などと思うのだが。
 ちなみにここの学食、値段は安いが味も値段相応、という感じだ。
 学生さんは金がないので、それでも非常にありがたい存在である。
 ちなみに俺が注文したのは醤油ラーメン。
 やっぱりラーメンの王道は醤油味だよな?
「ところで春奈さんや」
「はい、何でしょう?」
「この間、春奈が車にひかれそうになったところを俺が助けたよな?」
「はい、そうですよ」
「それから病院で目を覚ますまでの一週間、何かあったかな? その間の記憶がないんだよ」
「何言ってるんですか、正太郎さん」
 春奈がちょっと怒ったような顔をする。
 何となく、子供を叱るような感じの口調だけど。
「私が正太郎さんに助けられたのは昨日の事ですよ?」
「え?」
 学校の帰りに本屋さんで立ち読みして……あれって昨日だったのか?
 一週間前じゃなくて?
 ……何が何だかわからなくなってきた。
 どっちが正しいのだろう?
「しょ〜たろ〜さ〜ん、ラーメンのびちゃいますよ〜」
「え? あ、ああ……」
 春奈の呑気な声で、俺は我に返って食事を再開した。

 昼休みが終わって、最初の授業は体育。
 しかも長距離走だったりするので、さっきからずっとグラウンドをぐるぐると回っている。
 ……つまんねーっ。
 ドッチボールだったりすると、それなりに楽しめるんだけどなあ。
「しょ〜たろ〜さ〜んっ! がんばって下さ〜いっ!」
 見ると体操服にブルマ姿の春奈がぶんぶんと手を振っている。
 ちなみに女子は走り幅跳び。
 グラウンドの隅っこに固まってわいわいとやっているのだけど。
 ……グラウンドを一周する度に、春奈が大声で俺の名前を呼んで、ぶんぶんと手を振ってくれる。
 そしてあちこちでくすくすと失笑が漏れて、祐子は……あ、いた。
 顔に手を当ててため息をついてる。
 最初はこっちも小さく手を振ってやっていたのだが、だんだんとバカらしくなってきたので、いつの間にかやめてしまった。
 ……って、あれ? 俺って何周したっけ?
 気が付くと、男子生徒は全員、走り終えて一カ所に固まってる。
 呆然とした表情で俺の方を見ている。
 あれ? 何で俺一人だけ走っているんだろう?
 っていうか、もう何周も走っているはずなのに、全然疲れていない。
 とりあえず残り半周してみんなの所に戻って……。
 あれ? 足が勝手に動く。
 弧を描いているトラックには沿わないで、真っ直ぐに走っていく。
 うわぁっ! ちょっと待てっ!
 止まれぇぇぇっっっっっ!
 俺の叫びも虚しく、俺の身体はテニスコートのフェンスに激突した。
 バタッと大の字に倒れて、ようやく止まった。
 視界いっぱいに広がった空が青かった。

「正太郎! 大丈夫!?」
「正太郎さん、大丈夫ですか?」
 祐子と春奈が駆け寄って呼びかけてくる。
「ああ、何とか生きてる……イテテ……」
 う〜、思いっ切り鼻ぶつけた。
 少し遅れて体育の先生とその他大勢が集まってくる。
「正太郎さん、立てますか?」
「……いや」
 今度は足が動かない。
 一体、何がどうしたんだ?
「正太郎さん、保健室に行きましょう。祐子さん、手伝って下さい」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
 というわけで。
 何が何やらうやむやのままに、俺は保健室に連れて行かれる事になった。

 ドサッという音と共に、俺の身体は保健室のベッドに放り出される。
 祐子と春奈も力尽きたのか、俺の後を追うようにベッドに倒れ込む。
「あう〜〜〜っ、疲れたです〜〜〜っ」
「正太郎、もうちょっとダイエットしなさいよ〜」
 祐子も春奈も力尽きてとろけてるし。
「俺は高校生男子の標準体重だ! ……って何でお前らが運んできたんだ? 男子がたくさんいたのに」
「………」
 黙り込む祐子。
「……そういえば何でかしら?」
「お前なあ……」
「う、うるさいわねえ! 慌ててたのよ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる祐子。
 こいつ、いつも落ち着いていて勉強もスポーツも家事もできるくせに、ちょっとトラブルかなんかがあって慌てると、途端にだらしなくなるんだよなあ。
「うう〜〜〜っ、二人とも喧嘩はやめて下さ〜〜〜いっ」
 春奈が涙目で訴えてくる。
 喧嘩っていうほどの事じゃないんだけどなあ。
 いつもの事だし。
「……正太郎、足、まだ動かないの?」
「ああ」
 一体、俺の身体に何が起こったのやら。
 ともあれ、祐子と春奈の手も借りて、苦労して布団に入る。
 あとは……保健の先生が来るまで待つだけだな。
「祐子さん、正太郎さんの事は私に任せて、教室に戻って下さい」
 春奈が俺のベッドの近くにイスを引っ張ってきて言う。
「え? い、いいわよ。私が残るから」
 言って、祐子は春奈から目を逸らす。
「い、一応……私……ほ、ほら、従姉妹だし……」
 何でもっとこう、堂々と言わないかな、こいつは。
「祐子、さっさと教室に戻ってくれ」
「で、でも……」
「授業でやった事を後で教えてもらわなくちゃいけないからな。春奈に頼むより安心だ」
「正太郎さん、それじゃ私がバカだから授業に出ても仕方がないみたいじゃないですか〜」
「………」
 春奈の学力は知らないけど、祐子は間違いなく成績いいからな。
 まあ……確かにあまり勉強できそうに見えないけど。
「……わかったわ、正太郎……春奈、正太郎をお願いね」
「は〜い、わかりました〜っ」
 春奈が元気よく答えると、祐子は笑って保健室を出て行った。
 ドアが閉まると、春奈は俺の方に向き直った。
「正太郎さ〜ん、きっと祐子さんも私の事、バカだと思ってますよ〜」
「………」
 こいつ、本当に成績悪いんだろうな、きっと。
「あ、そうだ。こうしてる場合じゃなかったんですよ」
 春奈はひとつぽんと手を叩いた。
「正太郎さ〜ん、ちょっと失礼しますよ〜」
 春奈は身体を乗り出して、顔を近付けてくる。
 片方の手を俺の首の後ろに回して……。
 おい、ちょっと待て。
 でもこっちは抵抗できなくて……。

 ガチャッとドアが開く音で目が覚めた。
 ドアのところに祐子が立っている。
「あ、正太郎……起こしちゃった?」
「ん? ああ……」
 知らない内に眠っていたらしい。
 寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こすと、春奈もベッドに突っ伏して眠っていた。
「授業、終わったのか?」
「うん」
 祐子は笑って、三人分のカバンを見せる。
 重かったろうな、と思ったが、よく考えたら俺のカバンは軽いので大した事ないかも。
「保健の先生、来た?」
「いや、来てない……と思う」
 しっかり眠っていたからな。
 でも来ていたら、俺を起こしていくだろう、きっと。
「足は? 大丈夫?」
「えっと……おお、動く動く」
 布団がもそもそと盛り上がる。
 ……でも別にいけない事をしている訳じゃないぞ。
「どうするの? 帰る? 一応、保健の先生に看てもらう?」
「帰る」
 俺は即答した。
 こんなところで黄金一粒より貴重な青春の一秒を無駄にしたくない。
 ベッドから降りると、その時の衝撃で春奈も目を覚ました。
「ふえっ? ……あっ、正太郎さんに祐子さん、おはようございます」
 ぺこっと頭を下げる。
「春奈、帰るぞ。足も治ったみたいだし」
「あ、は〜い」
 春奈がのんびりとした返事をした。

 途中で春奈と別れた後、俺と祐子は近所のスーパーに入った。
 もちろん、晩飯の材料の買い出しである。
 ちなみに朝は祐子の担当、昼は各自勝手に、夜は交替で、というのが我が後藤家の体制である。
 で、今日の晩ご飯は俺の担当だったりする。
「正太郎、今日は何作るの?」
「そうだな……よし、カレーにしよう」
「それはわかってるわよ。火曜日はいつもカレーだもの」
 悪かったな、レパートリーがカレーとシチューとチャーハンの三種類しかなくて。
「カレー、ビーフにする? それともチキン?」
「……どうしよう?」
 しまった。そこまで考えてなかった。
「考えといてよ……えっと、ジャガイモもニンジンも足りないから……」
 祐子はひとパックいくらのジャガイモやニンジンを手に取って見ている。
 いい物が見付かったのか、俺の持ったカゴに放り込んでいく。
「正太郎、重くない?」
「いや……これくらいいつも持ってるだろ?」
「うん、そうだけど……」
「………」
 何かこう、時々歯切れが悪いなあ。
 そうこうしている内に、肉売り場に着いた。
「どれにするか決めた?」
「う〜ん……祐子は何がいい?」
「あれ? 私の好きなのでいいの?」
 自分で決めるのが面倒なだけです。
「え〜っとねえ……自分で作るならシーフードとかもいいんだけど……」
「材料が多いのは却下」
「でしょ? あ、この豚肉、安くていい感じ」
 そう言って豚肉をカゴに放り込む。
「これで終わり?」
「今日の分は、ね。他にも買ってくから」
「おう」
 また店内を回って、あれやこれやとカゴに放り込んでいく。
「なんかいーよね、こういうのって」
「え? 何?」
 何かいい物でも売ってたのか?
 すごく嬉しそうだし。
「こうやって二人で買い物するの。何かこう……幸せって感じしない?」
「……そうか? いつもの事だろ?」
「う……そうなんだけど……」
 昨日から変だよなあ、こいつ。
 突然浮かれてみたり、もじもじしてみたり、怒ってみたりとか。

 ……というわけであっさり食事も終わり、今は皿洗いタイム。
 皿を洗うのは俺。
 祐子はテーブルについたまま、皿を洗う俺を見ている。
 う〜む、やっぱり皿が少ないと洗うのも楽だなあ。
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「お皿洗い終わったら、正太郎の部屋に行っていい?」
「何でまた?」
 部屋、片付いてたっけ?
 あ、待てよ? エロ本とエロビデオはちゃんと隠してあったっけ?
「正太郎、六時間目出なかったじゃない。教えてあげようかと思って」
「……俺がそんなもん、やると思ったか?」
「思ってなかったけど……やっぱりやらないんだ」
 残念そうにため息をつく祐子。
 何だか俺が悪いみたいだが……いや、実際に俺が悪いのか?
 ともあれ、許せ祐子。
 俺の部屋は危険物を厳重に隔離して安全を確保しない限り、女の子を入れるわけにはいかないのだ。
 ……お前も女の子だからな、一応は。
「おし、皿洗い終わり!」
 最後の皿をカゴに入れて、俺は声を上げる。
 祐子はイスから立って、冷蔵庫を開ける。
「……つまみ食いは太るぞ」
「正太郎じゃないんだから。明日のお弁当の準備よ」
 いや、わかってたけど。
 毎日毎日、マメだねえ、本当。
 ……さてと、俺は部屋に戻って、ゲームでもやるか。
「あ、正太郎」
「ん?」
「Hな本とかビデオ、隠さなくてもいいから」
「………」
 読まれてるし。

 部屋に戻ってエロ本やエロビデオを苦心して隠していたら、俺が一週間行方不明になっている間に返却期限が過ぎたレンタルビデオが出てきた。
 泣きたくなった。

●3日目
 翌朝、俺はどういうわけか今日も祐子と登校していた。
「……なあ、祐子」
「何?」
「その大きな包み、弁当か?」
「そうだけど」
「よく食うなあ、お前。昨日もあの大きな包み、一人で食べたのか?」
「一人でこんなに食べれるわけないじゃない」
「ふ〜ん」
 一人分じゃない……という事は……!
「……あ、やっぱりそうか! 良かったなあ、祐子!」
「な、何よ……」
「ようやくお前にも弁当を食べさせる相手ができたんだな!」
「……!」
 祐子の顔がたちまちゆでだこみたいに真っ赤に染まる。
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「まあまあ、大声出すなよ。俺は応援してやるから。で、相手は誰だ?」
「しょ、正太郎にそんな事言えるわけないじゃない!」
 祐子は一際大きな声で怒鳴ると、スタスタと早足で歩いていってしまった。
 お〜い、祐子さんや〜い。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 からかい過ぎた?
 もしかして俺っていじめっ子?
 ……学校着いたら謝ろう。

 教室に入ると、すでに祐子は自分の席に着いていた。
 俺の姿を見付けると、これ見よがしにそっぽを向く。
「………」
 すっかり嫌われてしまったらしい。
 ちょっと寂しかったりする。
 ふと教室の片隅で、数人の女の子が集まって話をしているのが見えた。
 俺と祐子の方を見ては、くすくすと笑っている。
 きっと「正太郎&祐子カップル、一日で破局」みたいな話をワイドショーばりにしているのだろう。
 それだけで気が滅入ってきたが、気を取り直して祐子に近付いていく。
「祐子」
「………」
 そっぽを向いたままの祐子。
 祐子が向いている側に回り込む。
 すると祐子は反対側を向く。
「………」
「………」
 また祐子が向いている側に回り込む。
 祐子は反対側を向く。
「………」
「………」
 なんかバカみたい。
「正太郎さ〜ん、祐子さ〜ん、おはようございま〜す!」
 脳天気な声はもちろん春奈、相変わらず巫女服。
「……あれあれ? お二人ともどうしたんですか? 雰囲気が真っ暗ですよ?」
「あ、いや、これは……」
「正太郎さんも祐子さんもダメですよーっ、夫婦喧嘩は」
『夫婦じゃない(わよ)っ!』
 俺と祐子の声が見事にハモった。
「え? 名字が一緒だから夫婦だと思ってたんですけど……違うんですか?」
「違うよ」
「じゃあ、ご兄妹でしたか」
『それも違う(わよ)っ!』
 やっぱり俺と祐子の声がハモる。
「ただの従兄弟だよ、イトコ」
「そうよそうよ」
 祐子もしきりにうなずいてる。
「あら、そうでしたか。これは失礼しました〜」
 春奈は自分の席に着く。
 それを見届けてから祐子の方を見ると、祐子はくすくすとおかしそうに笑っていた。
 だけど俺と目が合うと、すぐにそっぽを向いてしまった。

「正太郎さ〜ん、教科書見せて下さ〜い」
 一時間目が始まる直前、春奈が言ってきた。
 次の授業は古典。
 定年退職寸前の古典の先生は、授業が始まると一人だけ古典の世界に入り込んで、生徒がどんな状態になっても気付かない事で有名だ。
「ほれ」
「え? あれ?」
 俺にいきなり教科書を手渡されて、春奈は戸惑う。
 そんな春奈をよそに、俺はノートを広げて机の上に立てる。
「お前に教える事はもう何もない」
「え? あ、あの、正太郎さん?」
「俺の事は置いて先に行け。さあ、その教科書を持って、己の道を突き進むがいい」
「うう、正太郎さぁん……あなたの尊い犠牲は忘れません……」
 教科書を胸に抱き締める春奈。
 なんか本当に涙目になってるし。
「というわけで、俺は俺で己の道を突き進む事にする」
 俺は机の上で組んだ腕を枕にするようにして、頭を乗せる。
「………」
 顔が右を向いたので、呆れた祐子と目が合う。
 でも俺は負けない。
 目を閉じると、すぐに睡魔が訪れた。

 一時間目が終わった。
 二時間目の英語の先生はサボっている生徒を見付けるのに命をかけているから、こちらも全身全霊の力を振り絞って起きていなくちゃいけない。
 身体を起こすと、祐子と目が合った。
「おはよう、祐子」
「……おはよ」
 俺がさわやかに朝の挨拶をすると、祐子はすごく嫌そうに返事をする。
「………」
「………」
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「私に何か用?」
「いや」
「そう……」
 祐子は正面を向く。
「………」
「………」
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「私の顔に何か付いてる?」
「いや」
「そう……」
 祐子はまた正面を向く。
「………」
「………」
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「さっきからすごく気になってるんだけど」
「うん」
「なんでずっとこっちを見てるの?」
「………」
 ちっ、勘づかれたか。
 いや、絶対にばれるって。
「さっきから首が動かないんだ」
「バカねえ、一時間目、サボって寝てるから寝違えるのよ」
「………」
 返す言葉もない。
 だけど変なんだよなあ。
 首を動かすと痛い、とかじゃなくて、まるで動かない。
「………」
「………」
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「ずっと見られてると気が散るんだけど。何とかならない?」
「ならない」
「………」
 二時間目の英語の先生が入ってきた。

「こらっ! 正太郎! 授業中によそ見するな!」
 というわけで授業中、俺は当てられまくった。
 しかし黒板に答えを書くように言われて席を立つと、狭いわけでもないのに身体を横にして歩き。
 答えを書く時も身体を横にするのでキザっぽくなり。
 教科書を読む時も同じように芝居がかって見えた。
 その度に教室中が大爆笑して、祐子は真っ赤な顔をひたすら教科書で隠していた。
 何故か春奈だけ拍手喝采してたけど。
 というわけで。
 俺以外の連中がちゃんと勉強できたか疑問な一時間だった。

「祐子さ〜ん、聞いて下さいよ〜、正太郎さんったらひどいんですよ〜」
 二時間目の終わりのチャイムが鳴るなり、春奈がかわいそうなくらいに泣き出しそうな声を上げる。
「正太郎さん、授業中に私が呼んでも、ちっともこっちを向いてくれないんですよ〜」
「………」
 そりゃそうだ。
 なんぼなんでも黒板に背を向けてまで春奈の顔を拝みたくない。
「正太郎、本当に何とかならないの?」
 祐子が聞いてくる。
「お? 心配なのか?」
「心配よ。ずっとこっちを見られてると、授業に集中できないし」
 ……ちっともありがたくない。
 まあ、こっちだって心配して欲しかったわけじゃないけど。
「おかしいのは頭の中だけだと思ってたのに……」
 とかかなり失礼な事を言いながら、祐子は俺の左側に回り込む。
 ……ちなみに俺の顔から見て左側であって、身体は祐子と向かい合っている。
 祐子は俺の右頬に手を触れながら、じろじろと俺の首を見る。
「腫れてるとかはないみたいだけど……」
 頼むからしゃべらないでくれ。
 息が頬とか耳とかにかかってくすぐったい。
「あ」
 祐子がらしくもなく、間の抜けた声を上げた。
 少し身体を乗り出せばキスできそうな距離で祐子と目が合う。
「………」
「………」
 あ、治った。
 でも首は動かない。
 正面を向いただけだ。
「ど、どーなってんのよ、この首は……」
 祐子が頭を抱えている。
 とりあえず、これで祐子に文句を言われないし、まともに授業できるようになったな。
 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
 お、三時間目の開始のチャイムが鳴った。
「正太郎さん、こっちも向いて下さいっ」
 ぐりっ。
 春奈が俺の顔を左に向ける。
 当然、俺と春奈が向かい合う事になる。
「………」
「私、にらめっこ得意なんです。負けませんよ!」
 ……それは絶対に嘘だろ、もう笑ってるし。
 とか思ってると、何故か後頭部に突き刺さるような視線が!
 その方向……祐子か!?
 祐子が見ているのか!?
 しかし振り返って確かめる事はできない!(物理的に)
 祐子がさっきまで抱いていた感覚を俺も感じながら。
 三時間目が始まる。

 首は昼休みになる前に、自分でも気付かない内にきれいさっぱり治っていた。
 謎。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
 昼休みのチャイムが鳴った。
「正太郎さ〜ん。今日はお弁当、作ってきたんですよ〜。一緒に食べましょう〜」
 どよどよどよ!
 にわかに教室全体がざわめく。
 たちまちクラス中の視線が、脳天気な笑顔で弁当箱らしき包みを頭の上に掲げる春奈と、イスに座ったまま凍り付いた俺と祐子に注がれる。
「まさか正太郎君と春奈が急接近とはね〜」
「あら、私は最初からあの二人、いい感じだと思ってたわよ」
「ううん、きっと春奈ちゃんの横恋慕よ」
「注目は彼氏を取られた祐子の行動よ」
「きっと正太郎君を巡って、愛と略奪でスリリングなサスペンスよ」
 と女子どもは無責任に騒ぎ立てるし。
「俺だったら祐子の方がいいな。まともだし」
「いやいや、春奈ちゃんも意外と人気あるぞ、マニアックに」
「でも見た感じ、祐子の方が胸でかいぞ」
「いやいや、胸がない方がいいっていう奴も少なくないらしいぞ」
「うわっ、変態」
「巫女さんってところもポイント高くないか?」
 男子は男子で無責任に盛り上がるし。
 しかしこの騒ぎを静めたのは、騒ぎを起こした張本人の、続く一言だった。
「祐子さんの分も作ってきたんですよ〜。一緒に食べましょう〜」
 ざわざわざわ。
「なんだ、三人一緒なんだ。つまらないわね〜」
「いやいや、二人の女の子を一度に相手にするのも……」
「あ、そのコロッケおいしそ〜。ちょうだいちょうだい」
「早く食堂行こうぜ、食堂」
「天気いいから中庭行こうよ」
「ヤキソバパン売り切れる〜っ!」
 あっという間に注目はそれぞれの昼飯に移っていった。
「と、とりあえず……屋上にでも行くか」
「そ、そうね」
「わ〜い、屋上屋上♪」
 というわけで。
 俺達三人は教室から逃げ出した。

 屋上に着いた。
 この学校の絶好の昼飯ポイントのひとつなのだが、どういうわけだか、ここを使う人は滅多にいない。
 たぶん、それは屋上へのドアにかかった「立ち入り禁止」の札のせいだろう。
「はい、どうぞ」
「お、ありがとう」
 春奈が差し出した弁当箱を受け取る。
 う〜む、女の子のお手製の弁当なんて初めてだ。
 ちょっと感慨深かったりして。
「はい、祐子さん」
「ありがと」
 祐子も弁当箱を受け取る。
 さて、と。
 それではフタを開けて、と。
 パカッ。
「………」
「………」
 俺と祐子は凍り付いた。
 弁当箱の隅から隅まで敷き詰められた、白く輝く米粒。
 そしてその真ん中に誇らしげに鎮座するのは、日本伝統の味、保存食の定番中の定番、梅干し。
 それはこの日本から絶滅して久しい、幻の日の丸弁当だった。
 どこから見ても日の丸弁当で、徹底的に、完膚無きまでに、骨の髄まで日の丸弁当と呼ぶべき日の丸弁当だった。
「………」
「………」
「いただきま〜す♪」
 両手を合わせてお辞儀をして、春奈が元気な声を上げる。
 箸でご飯の一部をつかみ取り、口許に運ぶ。
「………」
「………」
「うん、今日もとってもおいしく炊けました♪」
「………」
「………」
「あの〜、お二人とも食べないんですか?」
「え? あ? も、もちろん食べるよ!」
「ご、ごめんね、ちょっと考え事してたのよ!」
 慌てていかにも嘘くさいごまかしを言った後、俺と祐子は、いただきます、と小声で言って、弁当に箸をつける。
 ぱくっ、もぐもぐ……。
「………」
「………」
「ど、どうですか? おいしいですか?」
 春奈が身体を乗り出して、いかにも興味津々といった表情で聞いてくる。
 擬音を付けるなら「わくわく」で決まりだろう。
 で、肝心の味の方だが……。
 水加減を間違えて硬いとか柔らかいとか、あるいは火加減を間違えて焦げているとか、そういう事はない。
 確かに欠点はないが、逆に飛び抜けて素晴らしい物があるわけもない。
 米は噛めば噛むほど味が出るという。
 せっかくだから実践してみたが、やはりただの白飯は白飯。
 白飯は白飯以外の何物でもなかった。
「………」
「………」
 無言のまま祐子の方を見る。
 目と目が合う。
 言葉を交わすまでもなく、俺達はお互いに同じ思いを抱いている事を確信した。
「………」
「………」
「あ、あの、正太郎さん、祐子さん? 二人とも黙り込んでどうしたんですか? もしかしてお口に合わなかったんですか?」
「え? ……そ、そんな事ないよ! なあ、祐子?」
「う、うん、すごくおいしいわよ!」
「わあっ♪ お二人に喜んでもらえて私も嬉しいですぅ♪」
 そして。
 春奈はこの上なく幸せそうな表情で、俺と祐子は生きる事に疲れ切った表情で……日の丸弁当を食べた。

 ふう、食べた食べた。
 と、言いたいところだが、たくさん食べたような物足りないような、複雑な気分だった。
 何せたっぷりの白いご飯と一粒の梅干ししか食べていないのだ。
「正太郎、今はどこも悪くないの?」
「え?」
 昼飯が白いご飯と梅干しだけだからといって、身体がおかしくなるとは思えないが。
「ほら、昨日の体育の時と今朝と、色々あったから」
 なんだ、そっちの事か。
 確かに昨日といい今日といい、俺の身体は何だかおかしい気がする。
 心当たりといえば……。
「春奈、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「俺が春奈を助けてから病院で意識を取り戻すまでの間に、何かあった?」
「え?」
 俺が記憶を失っている間、そこに原因があると思う。
 心当たりはそれしかない。
 で、それを知っている人がいるとすれば、春奈しかいないのだが。
「何かって……例えばどんな事でしょう?」
「どんな事なんだろうなあ」
 何があったら走っている足が止まらなくなったり、横に向けていた首が動かなくなったりするんだろう?
 俺の方が聞きたいくらいだ。
 でも……。
「正太郎、近い内に病院、行ってこない?」
「……俺、病院嫌いなんだけど」
「好き嫌い言ってる場合じゃないでしょ?」
「まあ、確かに……」
「正太郎が運び込まれた病院じゃなくて、別の大きい病院に……」
「そそそそそそれはダメですダメです!」
 突然、春奈が俺と祐子の間に割って入る。
「最近は大学病院とかでも医療ミスとか人体実験とかニュースでやってるじゃないですか! 死にに行くような物です!」
 ……医療ミスはたまに聞くけど人体実験は聞かない気がする。
「それより、正太郎が運び込まれた病院の方が疑わしい気がするけど……」
「そんな事ないです! それにそれに……えっとえっと……ほら、お金とか時間とかもいっぱいかかりますよぅ」
 今にも泣き出しそうな顔で、必死に俺を病院に行かせまいとする春奈。
 しかも顔には冷や汗がいっぱいだ。
 怪しい、怪しすぎる。
 春奈は何か重要な事を知っていて、それを必死に隠そうとしている。
 きっとそれは冷酷かつ残虐非道な犯人にたどり着く手がかりに違いない。
 犯人はこの中にいる!
 ……でなくて。
 頭をひとつ振って、妄想を追い払う。
 こほんとひとつ咳払いをすると、春奈にハンカチを渡している祐子と、借りたハンカチで冷や汗を拭いている春奈がこっちを見る。
「……春奈、何を隠している?」
「し、知りません! 私、何も知りません!」
 ガシャッと音を立てて、春奈の背中がフェンスに当たる。
「俺が春奈をかばって車にひかれた後、意識が戻るまでの間に何があった?」
「何もありません! 何もありません!」
 怯えた表情で首を左右に振る春奈。
 一歩、詰め寄ると春奈の巫女服の襟元を掴み上げる俺。
 短く悲鳴を上げて表情を強張らせる春奈。
「本当に何も知らないのか?」
「は、はい……」
「どうしても吐かないなら、その強情な口じゃなくて身体に聞くしかないようだな」
「い、いや……お願いだから乱暴な事はやめて……」
「安心しろ、痛いのは最初だけだ。その内、病み付きになってお前の方からせがんでくるようになるさ」
「そ、そんな……」
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 というのは真っ赤なウソで。
 妄想の世界から帰ってくると、祐子と春奈がきょとんとした顔で俺を見ている。
 俺はひとつ咳払いをすると、改めて問い質す。
「本当に何もなかったのか?」
「はいっ! ありません! 何もありません!」
 ゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいな動きで何度も何度もうなずく春奈。
「……それとも春奈が俺の身体に何かしたのか?」
「してません! 何もしてません!」
 ううむ、らちがあかない。
 どうしようかと悩んでいると。
「もう、正太郎ったら。春奈がそんな事するわけないじゃない」
 至極もっともな事を言って、祐子が漫才師よろしく俺の肩の辺りを手の甲で叩く。
 ごとっ。
 足許で妙な鈍い音がした。
 三人の視線がそろって足許に向けられると……そこに落ちていた物は……。
「きゃあああああっっっっっ!」
「祐子さん! 何もありません! 何でもないんです!」
 悲鳴を上げる祐子。
 俺の足許に落ちていたそれを慌てて拾い上げて俺の肩に取り付け、少しも説得力のない事を言う春奈。
 俺はひとつため息をついて、言う。
「なあ、春奈さんや」
「はい、何でしょう……」
「祐子のツッコミで外れて落っこちた俺の左腕を拾ってくっつけてくれたのはいいとして、その拍子に落っこちた右腕もくっつけてもらえると嬉しいんだけど」
「は、はい! すぐに!」
 春奈はすぐにそれを実行してくれた。
 カシャッと音がして、俺の右腕は元通りになる。
「………」
「………」
「………」
 ウソも冗談も通じない沈黙が晴空の下の屋上に訪れる。
 今のはどういう事かな? と春奈に問い質すより早く。
 昼休み終了のチャイムが鳴った。

 放課後、俺と祐子は春奈の家まで行く事になった。
 理由は……言うまでもなく、俺の身体に何があったのか、詳しく教えてもらうためである。
 というわけで、春奈の後ろを少し離れて俺と祐子は並んで歩いているのだけど。
「正太郎さ〜ん♪ 猫ですよ〜♪ 猫さんがいますよ〜♪」
 妙にはしゃいでいる春奈を見て、俺と祐子はため息をついた。
 いや、特別はしゃいでいるわけじゃなくて、いつも通りなんだろうけど。

「ここが私の家ですよ〜」
 春奈が嬉しそうに言う。
「……普通の家だな」
「そうね」
「神社とかじゃないんだ」
「そうね」
 何となく小さな声で話し合う俺と祐子。
「早く入らないと置いてっちゃいますよ〜」
 春奈は一人でさっさと家の中に入る。
 なんぼなんでも家の前に置き去りにされたのでは悲し過ぎるので、俺と祐子は上がらせてもらう事にした。

 俺と祐子は春奈の部屋に通された。
「適当に座って下さい〜。あ、今、おやつを持ってきますね」
 春奈はぱたぱたと部屋を出て行く。
「……普通の部屋だな」
「そうね」
「和室じゃないんだ」
「そうね」
 適当にピンクのカーテンがかかっていたりぬいぐるみとかが置いてあって、普通の女の子の部屋らしい感じだ。
 かえって祐子の部屋の方が女の子の部屋らしくないかも知れない。
 ここ数年、入ってないけど。
 この部屋で巫女服の春奈がぬいぐるみなんかに抱き付いているのを想像すると……。
 可愛いのは確かなのに、違和感があるようなないような、複雑な光景だった。
 ぱたぱたと足音が近付いてきて、春奈が戻ってきた事がわかった。
「お待たせしました〜〜。はい、召し上がれ」
 春奈が持ったお盆には三枚のお皿。
 そしてお皿の上にあったのは……。
「……するめ?」
「あっ、お茶も煎れてきますね♪」
 春奈がまたぱたぱたと足音を立てて部屋を出て行く。
「……せめてビールか日本酒でもあればなあ」
「………」
 祐子が睨んでる。
 ごめんなさい。
 未成年の飲酒は法律で禁止されています。
 そうしていると、春奈が戻ってきた。
 お茶を配ると、俺達と向かい合うように座る。
「焼き立てでおいしいですよ〜」
 笑顔で俺と祐子にするめを渡すと、あちちっ、とか言いながら、するめを裂き始める春奈。
 とりあえず……食べるか。
 俺がするめを裂き始めると、祐子も俺に習ってするめを裂き始める。
「ああ、そうだ。春奈ってどうして巫女の服着てるの?」
 祐子が何気ない話題を振る。
 さすが祐子、ファッションの話から始めるとは女の子らしい。
「前の学校、私服で登校できたんですよ」
「いいなあ。そういうとこ、最近多いみたいだけど……友達もそういう服だったの?」
「色々でしたよ。例えば……メイド服とかブルマとかスクール水着とか裸エプロンとかぶかぶかの男物ワイシャツとか……」
「………」
「………」
 どういう学校だ? それは。
 とても想像できない……あっ、いかん! ついつい頬の筋肉の緊張が弛んでしまう!
「ちなみに女子校ですから。正太郎さんは入れませんよ」
「………」
 表情でばれたのか、春奈にそんな事を言われてしまった。
 祐子は……呆れた顔でため息をついていた。
 しくしく……。
 ……で、何で巫女服なんだろう?
 説明になってないし。
「で、いよいよ本題に入るけど……」
 俺が強引に話題を逸らすと。
「ふへっ?」
 するめを食べて口をもごもどとさせながら、春奈が答える。
「ああ、しゃべるのは口に何も入ってない時でいいから」
「はひ」
 春奈がうなずく。
 さて、俺も食べるか。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
 どうしてこう、するめを食べると無口になるんだろう?
 いかん! このままでは話が進まない!
 春奈の口が止まるのを待って、俺は言う。
「食べるのは後にして、話を先にしないか?」
「ええっ!? するめは焼き立てが一番おいしいのに!」
「いつまで経っても話が進まないだろ?」
「ううっ、そうですね……」
 春奈はうなずいたが、目は物欲しそうにするめを追っている。
 なんだかなあ。
「あれは一週間ほど前の事でした」
 春奈が言う。
 やっぱり昨日の昼休みの話はウソだったのか。
「その時、この町に引っ越してきたばかりの私は、初めて一人で出歩いていました」
 春奈は深刻そうな表情と声で話している。
 ……ちっとも似合わないけど。
「初めてのこの町は何もかも新鮮で……はしゃぎすぎていたんでしょうね……気が付くと右も左もわからない場所で……」
 ううむ、わかる気がする。
 引っ越した事はないけど、いつもの道から少し外れてみただけで、別の町に来たみたいに感じた事は何度もある。
「右も左もわからなくて……」
 春奈が言う。
「ついでにどこが歩道でどこが車道かもわからなくなって……」
「……もう二度と外に出るな、お前」
「そんなあ。外に出ないとするめが買いに行けないじゃないですかぁ……」
「まず最初に心配するのがするめかっ!」
「他に心配する事はないの!?」
 俺と祐子が呼吸ピッタリにダブルでツッコミを入れる。
「で、でも……梅干しはたくさん買っても日持ちするし……お米は電話一本で配達してくれるし……他に心配する事なんて何もないじゃないですかぁ!」
「………」
 なんか力説してるし。
 日の丸弁当とするめだけで生きてるのか? この子は。
「っていうか、学校にも行かないつもりか?」
「………」
 春奈が目を丸くする。
「……あ」
 そしてぽんと手を打つ。
「すっかり忘れてました」
「お前なあぁぁぁぁぁっっっっっ!」
 思わず俺らしくもなく叫んでしまった。
 まあ、確かに学校行かなくても生きていけるけど。
「……あのさあ、話が逸れまくりなんだけど」
 祐子が常識的な事を言う。
 実に貴重な意見だ。
「で、ふらふら町を歩いていて、車にひかれそうになって、俺に助けられた、と」
「はい、そうです」
 春奈がうなずく。
「でも正太郎さんは私の代わりに車にひかれて、重傷を負いました」
 春奈は言った。
 そう、確かに言った。
 重傷を負った、と。
「……でも、一週間後には無傷で意識が戻るんだよな?」
「ええ、そうです」
 春奈は涼しい顔でうなずく。
 重傷を負って? 一週間後には無傷?
 どう考えてもおかしかった。
 ちょっとした骨折でも完治までには一ヶ月程度かかる。
 重傷で? 一週間意識を失って? そして一週間後には跡形もなく完治?
 そんな事があるはずがない。
「正太郎さんが病院に運び込まれた時点で、回復は絶望的な状況でした」
 春奈はそれからちょっと小首を傾げつつ。
「あ、正太郎さん、簡単な説明と詳しい説明、どっちがお好みですか?」
「……とりあえず簡単な方を」
「簡単に言うと、無事だったのは脳とそれ以外の一部、というところです」
「………」
 はひ?
「絶望的なまでに破壊された正太郎さんを助ける事ができる唯一の方法は、機能を失った部位を機械で補う、いわゆるサイボーグ技術しかないと判断され、そしてそれは実行されました」
 春奈の声が、どこか遠くから聞こえた。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。

 気が付くととっくに陽が暮れた町を、俺と祐子は並んで歩いていた。
 サイボーグ技術。
 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になって、気が付くと家路についている自分がいた。
 あの後の話で覚えているのは、あの医者が春奈の伯父で色々と口裏を合わせていたという事くらいだ。
「正太郎、やっぱりショックだった?」
「ん? ああ……」
 隣を歩く祐子に問いかけられて、曖昧な返事を返す。
「なんつーか……実感湧かないなあ」
 昨日の体育の時の足の異常、今朝の首の異常、そして昼休みの腕の異常。
 それ以外には自分の身体の変化を感じる事はない。
 例えばこうやって歩いている足も、腕やら肘やらを回してみても、指一本一本を順番に動かしても、その感覚は十七年間付き合ってきた後藤正太郎の身体と何ら変わらない。
 いっそ機械の身体になった、という言葉の方がウソに思えてくる。
「祐子、お前はどうだ?」
「え? う、うん……よくわからない」
「そう……だよなあ」
 そりゃそうだよなあ、一緒に暮らしている従兄弟がサイボーグになって帰ってきた、だなんて。
「……俺さ、とりあえず普通に振る舞うから」
「うん……私もそうする」
 不器用で、妙な会話だった。

 いつもより少し遅い時間に家に着くと、祐子はすぐに晩飯の支度をしてくれた。
 テーブルに着いた俺と祐子の前には土鍋がひとつずつ。
「どれどれ……おっ」
 フタを開けてみると、香ばしい味噌の匂いが漂ってきた。
 箸を入れてみると、味噌のスープの中からうどんが出てきた。
「味噌煮込みうどん。この間、テレビでやってたんだ」
「へえ〜」
 確か名古屋名物だって聞いた事があるような。
 食べてみる。
 む、味噌の味が染み込んだうどんがなかなか旨い。
「どうかな?」
「うん、バッチリだ!」
 ぐっと親指を立てて感想を表現する。
「これならすぐにでも店を出せるな、うん」
「もう、大げさよ」
 とか言いながら、祐子もまんざらではないようだ。
 うどんをすすりながら、「うん、いい感じ♪」と嬉しそうに笑っている。
 何かって言うと、テレビで見ただけの料理に挑戦する心意気がすごいよなあ、うん。
 でも口に出して誉めると、「じゃあ今度はカレーとシチューとチャーハン以外の料理を食べさせてね♪」と言われるのが目に見えてるから、絶対に言わないけど。
 などとやっている内に、土鍋はあっという間に空になった。
「ふう、旨かった」
 食べ終わると、全身がぽかぽかと暖かい。
 今度はぜひ、冬の寒い日に食べたいなあ。
「正太郎、まだ食べれる?」
「ん? まだ残ってるのか? なら食べるけど」
「うどんはもうないけどね。その代わり……じゃ〜ん♪」
 祐子が出したのは、何の事はない、ただの茶碗一杯の冷やご飯だったりする。
 ただの冷やご飯……これをどうやって……。
「あ、わかった」
 俺は祐子から冷やご飯を受け取ると、それを味噌煮込みうどん改めただの味噌鍋の中にぶちまけた。
 祐子を見ると、出来の悪い生徒の珍しい正解を誉めるように笑っていた。
 一粒で……もとい、一鍋で二度おいしい味噌煮込みうどん。
 気に入ったぜ!

 自分の部屋に戻って、ベッドに横になる。
 サイボーグ……かあ。
 実感沸かないなあ、そんな事言われても。
 十七年間付き合ってきた自分の身体と比べて違和感がないし、さっきの味噌煮込みうどんだっておいしく食べられた。
 そうだよな。
 きっとそれでいいんだよな。
 機械の身体になったって、俺は俺なんだ。
 機械の身体だと気にすれば、きっと生身の身体と違う事になるし、気にしなければ生身の身体と何も変わらないんだ。
 気にしないでいつも通りに寝よ、寝よ。

●4日目
 朝、習慣になりつつあるが、祐子と一緒に登校する。
 祐子は今日も弁当が入っているらしい大きな包みを持っている。
 あれ? 昨日の弁当ってどうなったんだろう?
 問い詰めてみようか?
 と思ったが、昨日はあれでひどく怒らせたから、やめておこう。
 君子、危うきに近寄らず……。
 そういや、昨日はあの後、いつの間に仲直りしたんだっけ?
 ………。
 まあ、別にどうでもいいんだけど。
 喧嘩するのも仲直りするのもいつもの事だし。

 教室に入ると、すでに春奈が来ていた。
 でも自分の机にうつぶせになって、寝息を立てている。
 しかも鼻提灯付き。
 ……何のためにこの時間に登校してるんだろう?
 などと頭を悩ませていると、鼻提灯が割れて春奈が目を覚ました。
「はへ? ……あ、正太郎さん、おはようございます」
 深々と頭を下げる春奈。
「あ、おはよ」
 短く適当な挨拶を返す。
「そういや春奈さんや」
「はい、なんでしょう?」
「俺の身体って、機械の身体なんだよな?」
「そうですよ」
「俺の身体を作ったのって誰なんだ?」
「は〜い♪ は〜い♪」
 春奈が両手を大きく振って元気に返事をする。
「……祐子、今日、宿題出てなかったっけ?」
「えっとね……英語と現代文、出てるわよ」
「ああ、すっかり忘れてた。見せてくれ」
「もう、たまには自分でやりなさいよ」
「正太郎さ〜ん、聞いて下さいよ〜」
 春奈が後ろから両肩を掴んで揺さぶってくる。
 仕方ないので振り返る。
「何か用か?」
「ううっ、正太郎さん、ひどいですよ〜自分から話しかけといて無視するなんて〜」
 ちっ、ばれたか。
「えっと、何だっけ? 俺の身体を作ったのは……」
「は〜い♪ 私で〜す♪」
「そっか、春奈が作ってくれたのか」
「はい、すごいでしょ♪」
「……だからポンコツなのか。よく壊れるし」
「うわっ、ポンコツなんてひどいですよぅ。世界最先端の技術を注ぎ込んだのに〜」
「世界最先端でもポンコツはポンコツだ」
「あ、わかりました♪ 世界最先端のポンコツロボットですね♪」
「認めるな!」
 何だかかなり不毛な言い合いをしている気がしてきた。
 こほん、とひとつ咳払いをしてから。
「ところで春奈さんや、そろそろ本題に入っていいかな?」
「本題と言いますと?」
「この機械の身体って、普通の人より強いとかそういう事はないのか?」
 言ってみてから、後頭部に視線を感じる。
 ちらっとだけ振り返ってみると、呆れた目でこちらを見ている祐子と目が合った。
 そんな目で見なくてもいいじゃないか。
 機械の身体で百万馬力は、男の永遠のロマンなんだから。
「最大出力だと普通の人の十倍くらいのパワーが出るんですけど……」
「お、それはすごい」
「でも関節を中心とした部品の耐久性に対する影響が大きいので、リミッターで普通の人くらいのパワーに抑えてます」
「そうか、残念」
「はい、私も残念です」
「んじゃ、目からビームとか胸からミサイルとかは?」
 言った瞬間、後頭部に感じていた祐子の視線が冷たさを増し、痛いくらいになった。
 いいじゃん! 目からビームは男の夢なんだから!
「ごめんなさい……ぜひ付けたかったんですけど、予算と技術の都合で……」
 うわっ、そんな泣きそうな顔にならなくても……と思ったら本当に泣いてるし。
「もう少し技術が進歩したら必ず付けますから! あと何年か我慢して下さい!」
 俺の身体にすがりついて、必死の表情で訴えてくる春奈。
 ……何か祐子の視線とクラス中の視線が痛い。
「あ……いや……そんな無理しなくていいから……」
「正太郎さん……ごめんなさい……私……私……」
 しまいには俺の胸に顔を押し付けて泣き出すし。
 おおっ、とか、すげー、とか、ひゅーひゅー、とか、外野から余計な声が聞こえてきて、さらにはカメラのフラッシュまで焚かれるし。
「春奈……もういいから、座って座って」
「ううっ、正太郎さん……優しいんですね……」
 まだ鼻をグスグス鳴らしている春奈を席に着かせる。
 ふう、授業の前から疲れてしまった……あ、そうだ、宿題。
「祐子、宿題、見せてくれよ」
「知らないわよ。春奈に見せてもらえば?」
「………」
 なんかそっぽ向かれてるし。
 お〜い、祐子さんや〜い。
 俺、何か悪い事したのか?
「正太郎さん……」
 反対側から消え入りそうな声がかかる。
 振り返ると、泣き腫らした目で春奈が見ていた。
「どうしても、と言うんでしたらロケットパンチ……肘から先が飛んでいく奴でしたら、すぐにでも付けられますけど……」
「……ああ、その話はもういいから」
「はい……わかりました。残念です……」
 ロケットパンチってあれか?
 発射した後は自分の腕を拾いに行かないといけない、あれか?
 そんなみっともない物、付けられるか!?
「正太郎さんがロケットパンチを発射するところ……見たかったのに……ううっ……」
「………」
 隣の春奈がボロボロと大粒の涙をこぼしているのを見て、俺もいろんな意味で泣き出しそうになった。

 昼休みになった。
 というわけで、今日も俺達三人は屋上に避難して昼飯を食べている。
 ずずず〜〜〜。
「ああ……平和ですねえ」
 青い空を見上げて、感慨深そうに春奈がつぶやく。
 ずずず〜〜〜。
「そうだなあ……平和だよなあ」
 俺も何となくうなずく。
 ずずず〜〜〜。
「こうしていると……アフガニスタンでアルカイダ兵を追い回していた日々がウソみたいです」
 ずずず〜〜〜。
「……ウソみたいって言うか、きれいさっぱり大ウソだろ、それは」
 ずずず〜〜〜。
「あ、やっぱりばれちゃいました?」
「バレバレだっつーの」
 ずずず〜〜〜。
 何が楽しいのかよくわからんが、ニコニコと笑う春奈。
 確かに平和だなあ、世の中。
「ちょっとちょっと! 二人とも和まないでよ!」
 突然、祐子が大きな声を上げる。
「んな事、言われてもなあ」
「そうですねえ」
 ずずず〜〜〜。
 はあっと祐子はひとつ長いため息をつく。
「だからって……だからって……カップラーメン……」
 そう。
 今日の昼飯は春奈が持ってきたカップ麺詰め合わせだったりする。
 ちなみに祐子が食べているのはカップラーメンじゃなくて、大きなおあげが嬉しいカップうどんだったりする。
「祐子……」
「何よ?」
「カップ麺が嫌なら、代わりに食べてやってもいいぞ」
「誰も食べないなんて言ってないわよ!」
 ずずず〜〜〜。
 怒鳴られた。
「ううっ……何が悲しくてこの晴空の下、青春真っ只中の高校生が三人も集まってカップラーメンをすすらなくちゃいけないのよ」
 青春真っ只中って……お前、本当は年ごまかしてないか?
「祐子さぁん、そんなに嫌わなくてもいいじゃないですか」
「そうだそうだ」
「う、裏切り者ぉ!」
 祐子が泣きながら叫ぶ。
 裏切り者って……俺が悪いのか?
 カップ麺は世界百四十カ国で年間八十二億食が消費され、忙しい人だけでなく、飢餓や貧困で苦しむ世界中の人を救っているんだぞ。
 俺が味方しないで誰が味方するっていうんだ!?
「祐子さん……」
 悲しそうな顔で、春奈が言った。
「いくら安さにつられてまとめ買いしたら、知らない内にちょっとだけ賞味期限を過ぎたカップ麺だからって、そんな言い方はひどいです!」
「ひどいのは春奈よ!」
「人を残飯処理に使うな!」
 俺と祐子のツッコミが絶妙なコンビネーションで春奈に炸裂した。

 午後の授業と放課後をすっ飛ばして、自宅。
 エプロン姿の俺(クラスの女子には見せられない)は、台所に立って、華麗なフライパン捌きを披露している。
 ……と言っても、俺の数少ないレパートリーのひとつ、チャーハンを作ってるだけだけどな。
「正太郎、チャーハンできた?」
「ん? もうちょいだけど?」
「できたら、次はこれ」
 そう言って祐子が差し出すのは、冷凍ギョーザ。
「お、気が利くなあ」
「でしょでしょ?」
 言いながら、祐子は冷凍ギョーザのパックを開けている。
 そうこうしている内にチャーハンもできた。
 フライパンから皿に移す。
「正太郎、先に座ってて。ギョーザは私がやっとくから」
「お、サンキュー」

 てなわけで食卓にあるのはチャーハンとギョーザ。
 食べるのは俺と祐子。
「ねえ、正太郎」
「ん?」
「春奈ってさ……可愛いよね?」
「………」
 突然、何を言い出す?
 ……いや、待てよ。
「ねぇ、正太郎、どうなの?」
「ん? ……あ、そうかそうか。お前の言いたい事はよくわかった」
「え?」
「いやあ、今までどうして祐子に男ができないのか不思議だったんだが……ようやくわかったよ。安心しろ、俺はそういう趣味にも理解があるつもりだから」
「な、何よ? どういう事?」
「何って? お前、春奈の事が好きなんじゃないのか?」
 スパン!
 何故かテーブルの上にあった鍋敷きが俺の顔を直撃する。
「……私、真面目に話してるんだけど?」
 文脈的に今のは絶対……。
 祐子の激しく吊り上がった目。
 ……いえ、何でもございません。
 わたくしが悪うございました。
「で、春奈の事、どう思ってるの?」
「どうって……確かに可愛いよなあ……一緒にいて楽しいし」
「でしょ?」
 ……でも楽しい以上の迷惑を覚悟しなくちゃいけないよなあ。
「で、祐子は何でそんな事聞くんだ?」
「え? えっと……それは……」
 あ、真っ赤になってるし。
 ちょっと可愛かったりして。
「安心しろ、祐子の方が気が利くし、料理も得意だし、春奈よりずっと実用的だ」
「……それって誉めてるの?」
「そう聞こえないか?」
「全然」
「そうか。おかしいなあ」
「………」

●5日目
 翌朝、やっぱり俺と祐子は一緒に登校していた。
 隣を歩く祐子を見ると、やっぱり通学カバンの他に大きな包みを持っている。
 ……何か昨日よりも大きくなってないか?
 気のせいかも知れないがそんな気がする。
 祐子の奴、なかなか謎が多い女だ。
「ちょっと正太郎、どうしてそんな難しい顔してるの?」
「え? ……あ、いや、何でもない」
「変なの」
「………」
 誰のせいだと思ってるんだ。
 しくしく。

 教室に入るとすぐ、春奈が駆け寄ってきた。
「正太郎さん! 正太郎さん! 見て下さい!」
 学校全体まで響きそうな声を上げながら、春奈が何やら数枚の紙を押し付ける。
 方眼紙に鉛筆で細かい線やら字が書き込んである。
「正太郎さんの腕に取り付けるドリルアームの設計図です! 今度のおこづかいが入ったら、すぐにでも制作に取りかかれます!」
「いらん」
「うわっ、そんなひどいです……」
 途端に泣き出しそうな顔になる春奈。
「やっぱりドリルより太陽剣とかの方がいいんですか?」
「却下」
「ど、どうしてですか!?」
 なんか春奈の奴、本気で驚いた顔だし。
 そんなもんぶら下げて登校できるか! と怒鳴りたいのをこらえつつ。
「あ、いや……春奈の貴重な小遣いをそんな事に使わせるわけにはいかないし……」
「うう……そんな事って言い方はないと思います……」
「……本当は喉から手が出るほど欲しいんだけどなあ……他ならぬ春奈のためだ。涙を飲んで我慢する事にしよう」
「正太郎さん……やっぱり正太郎さんは優しい人なんですね……」
 ……春奈のこづかい程度の金額で作ったドリルを使って、爆発とかしたらイヤだし。
 感激して泣いてる春奈を見ると、自分がとても悪い奴のように思えてくるけど。
 振り向くまでもなく、後ろで祐子がため息をついているのを感じた。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
 四時間目終了のチャイムが鳴った。
 さて、と。今日の昼飯はどうしようか?
「正太郎!」
 うわ! びっくり!
 見ると祐子がいつもの謎の包みを提げて立っていた。
「祐子……いきなりでかい声出すなよ……」
「今日はお弁当作ってきたんだけど! 食べてくれるわよね!?」
 ……何で祐子の奴、こんなに気合い入りまくりなんだ?
 なんか怖いから、あんまり顔を近付けないでくれ!
 助けを求めるように春奈を振り返ると……。
「………」
 物欲しそうな目で俺と祐子を見ていた。
「あ、もちろん春奈の分もあるわよ」
「わ〜い♪ だから祐子さん、大好きです♪」
 うわっ、春奈の奴、祐子に抱き付いてるし。
 ざわざわざわっ!
 クラス中の男子がざわめく。
 でも女子の方は静かだったりする。
「さて、と。今日も屋上へ行こうか、二人とも」
 まだ抱き合ったままの春奈と祐子を押して、今日も逃げるように教室を後にした。

 今日も屋上は快晴。
 三人、並んで座って祐子お手製の弁当を広げる。
 とりあえずでっかく「LOVE」とか書いていない事に安心する。
 まあ、そんな弁当を祐子が作るはずもないけど、などと思いながら弁当を食べる。
「ねえ、正太郎……おいしい?」
 心なしか抑え目の声で祐子が聞いてくる。
「ああ、うまいよ」
「良かった♪」
 何故かすごく幸せそうな顔になる祐子。
「……でも祐子の作った物ならいつも食べてるじゃないか」
「そ、そうだけど……お弁当は初めてじゃない」
「あれ? そうだっけ?」
 確かに……記憶にないなあ。
「もう、せっかく作ってあげたのに甲斐がないんだから……」
 口ではそう言ってるくせに、顔は幸せそうな祐子。
 変な奴……。
 だけどまあ、祐子の気持ちもわからないでもない。
 一昨日が日の丸弁当、昨日がカップ麺と来たら、さすがに危機感を覚えるだろう。
 さすがに面と向かってそう言えないから、三人分の弁当を作ってきたんだろう。
「くぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜! 祐子さんのお弁当、おいしいですねえ!」
 本気で感涙を流しながら、春奈が言った。
「正太郎さん、正太郎さん! これ、何ていう食べ物なんですか!?」
「それか……ただのタコさんウインナーじゃないか」
「そうですか! タコさんウインナーというんですか! 生まれて初めて食べました! 春奈は一生、この味を忘れません!」
 ……一体、どういう食生活してるんだ? 春奈の家は。
 確かに祐子の弁当はうまいが、、ここまでわかりやすく感激するほどの物ではないと思うのだが。
「正太郎さん、正太郎さん! これは何ですか!?」
 春奈の質問攻めが続く。
「ああ、それは……」
 半ばうんざりしながら答えていると、祐子が「何で正太郎に聞くのよ、私が作ったお弁当なのに……」とつぶやくのが聞こえた。
 そんな事は春奈に聞いてくれ。
 きっと春奈と祐子で俺を挟んで座ってるから、距離の近い俺に聞いているだけだと思うけど。

 昼飯が終わると、俺達はすぐに教室に戻った。
 春奈が「正太郎さん、将棋やりましょう、将棋」と言い出したので、仕方なく向かい合わせに座って将棋を始める。
 当たり前だが祐子が余ったので、女友達Aと二人でおしゃべりを始める。
「え〜と……じゃあ槍さんをこちらに」
 正確には香車って言うんだけど。
 みんな槍って言うんだよなあ。
「それじゃ馬をこっちに」
 正確には桂馬……以下略。
「え? え!? そ、それじゃあ……う〜ん……」
 春奈が腕を組んで考え込む。
 耳を澄ませたわけじゃないけど、隣の祐子と女友達Aのおしゃべりが聞こえてくる。
「ねえねえ、祐子ぉ。最近、正太郎君と春奈、仲良くない?」
「うん……でも私と春奈も仲良いわよ」
「この際、あんたは関係ないの! 問題は正太郎君と春奈なんだから!」
「う、うん……」
 二人とも、なんの話をしているんだか。
 思いっ切り聞こえてるんだけど。
「正太郎さん! 思い切ってこっちをこう動かします!」
「それじゃあこれをこうで……飛車いただき」
「うわっ! 待った! 待ったです!」
 さっさっさっと駒を戻す。
 春奈が再び長考モードに入ったので、また祐子と女友達のおしゃべりが聞こえてくる。
「きっとあの二人、このままだと愛が芽生えるわね!」
「え!? ウソでしょ!?」
「ウソじゃないわよ! 春奈にとって正太郎君は命の恩人なんでしょ?」
「う、うん……」
「春奈、いっつも正太郎君に付きまとってるじゃない。きっと気があるに違いないわ」
「そ、そうかな……」
「それに春奈、結構男子の間で人気あるのよ!」
 マニアックな奴に、だけどな。
「正太郎さん! これをこうでいきます!」
「本当にそれでいいのか?」
「はい! 武士に二言はないです!」
「それじゃあ角いただき」
「待った! 待ったです!」
「さっき、武士に二言はないって言わなかったか?」
「う……でも私、武士じゃないです……」
 なんだかなあ。
 結局、駒を戻して春奈は長考モードに。
「祐子もダメよ。正太郎君が従兄弟で幼なじみで同居してるからって油断してると、春奈に取られちゃうわよ」
「べ、別にいいわよ。正太郎と付き合ってるわけじゃないし……」
「だけど正太郎君もかわいそうねえ。春奈を家に連れ込んでも、祐子がいるんじゃ大きな声でできないじゃない」
「で、できないって何がよ!」
 ……女二人、何を仲良く話しているのやら。
 だいたい祐子の女友達Aも、すぐ誰と誰が付き合ってるって決め付けるからなあ。
 この間までは俺と祐子を恋人扱いしてたし。
 無視しよ、無視。
「こっちをこうすると飛車が取られるから……でもこれがこうだと角が取られて……うう……どうしましょう……?」
 春奈は何やらつぶやきながら、まだ考え込んでいた。
 どうでもいいけど春奈、将棋弱すぎ。

 昼からの授業も終わり、放課後になった。
 チャイムが鳴り終わるなり、祐子が春奈のところに歩いていく。
「ねえ春奈、これから用事ある?」
「いえ、何もありませんよー」
「ちょっと話があるんだけど付き合ってくれない?」
「は〜い、お供しますよ〜」
 それから祐子は俺を振り返る。
「正太郎、悪いんだけど今日は先に帰ってくれる?」
「いいけど……買い物とかないのか?」
「あるけど私が行くから気にしないで」
「ああ、わかった」
 俺が答えると、祐子は春奈を振り返る。
「それじゃ春奈、行こうか」
「は〜い」
 そうして祐子と春奈は教室を出て行った。
「………」
 俺は一人教室に取り残される。
 ……寂しい。
 だけどなあ、祐子。
 このままおめおめと家に帰る後藤正太郎だと思っていたのか?
 女二人で内緒話……なんかミステリアスな雰囲気で楽しそうじゃないか!
 せっかくだから後をつけるぜ!

 二人が向かった先は中庭だった。
 内緒話をする場所の定番と言えば中庭! というのが定説だけど、この学校の中庭も内緒話のために作られたんじゃないかというくらい、人目に付きにくい場所になっている。
 俺は植え込みに隠れて二人の様子をうかがう。
 ううむ、探偵とか刑事っぽくて燃えるシチュエーションだぜ!
「ねえ春奈……」
 話しかける祐子の顔は、何故だか知らないけど真剣その物だった。
「はい、なんでしょう?」
 対する春奈はのほほんのんきモード全開だった。
「春奈は……正太郎の事、どう思ってるの?」
「どうって? どういう事ですか?」
「だから……好きとか嫌いとか、そういう事よ」
「ああ、そういう事ですか」
 春奈はぽんっとひとつ手を叩く。
「私、正太郎さんの事、大好きですよ」
「!」
 春奈がそう言った瞬間、祐子の表情が露骨に変わった。
 しかしそれは一瞬の事で、すぐに笑顔を作る。
 少し、無理のある笑顔だったけど。
「そう……やっぱりそうなんだ……」
「祐子さんも正太郎さんの事、好きなんですよね?」
「べ、別に……好きじゃないわよ! あいつの事なんか!」
 隠れて聞いているこっちまでドキッとする強い声。
 無邪気な笑顔を浮かべていた春奈も、さすがに曇った表情になる。
「でも祐子さん、いつも正太郎さんと仲良しじゃないですか」
「そう……だけど……ただ従兄弟同士で一緒に暮らしているだけで、好きとか嫌いっていうのとは関係ないのよ」
「……え? そうなんですか?」
「そ、それに……あいつ、半分ロボットじゃない……」
「祐子さん!」
 春奈がらしくもなく、強い声を上げる。
「そんな……そんな言い方ってないと思います……正太郎さんだって好きでロボットになったわけじゃないんですから」
「そ、そうだけど……」
 祐子がうつむく。
 二人の間に重い沈黙が流れたが、祐子の一言がそれを打ち破る。
「ごめん、春奈……話はそれだけだから……」
 そう言って祐子は逃げるようにその場を走り去る。
 俺の隠れた植え込みの近くを過ぎていったが、俺には気付かずに行ってしまった。
「何考えてるんだ? あいつ……」
 思わずつぶやきが漏れる。
「あ、正太郎さん。こんなところでかくれんぼですか?」
「うわっ!」
 祐子には見付からなかったのに、春奈には見付かった。
 意外なようなちょっとショックのような。
「祐子さん、なんか変ですねえ。私、正太郎さんも祐子さんも大好きなのに」
「………」
 はあっとため息をつく俺。
 ぽんと春奈の頭に手を乗せる。
「春奈、お前、将来きっと大物になるぞ」
「え? どういう意味ですか?」
「わからなくていい」
「はあ……」
 いつも元気はつらつな春奈らしくなく、ため息とも返事とも取れない声を漏らす。
「あ、そうだ。この間、おいしいお団子屋さん見付けたんですよ。正太郎さん、一緒に行きませんか?」
「団子か……そうだな、行くか。春奈、道案内頼むぞ」
「はい、わかりました!」

 家に帰ってきた。
 もちろん、団子を買ってきて、だ。
 考えてみたら、春奈と二人で街を歩いたりして、デートっぽい雰囲気がないわけでもないような気がしないでもないのだけど。
 祐子に話したらどんな顔するだろう?
 ちょっとだけ考えてみて、今さらそんな事を気にする付き合いでもない事を思い出す。
 チャイムを押す。
 ピ〜〜〜ンポ〜〜〜ン。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 返事がない。
 祐子の奴、まだ帰ってきてないのか?
 仕方ないのでポケットから鍵を引っ張り出して、ドアを開ける。
「ただいま〜〜〜。祐子〜〜〜。まだ帰ってないのか〜〜〜?」
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 やっぱり返事はない。
 っていうか、靴もないからまだ帰ってないんだろう。
 買い物が長引いているんだろうか?
 まあ、その内、帰ってくるだろう。
 玄関からリビングに移動する。
 二階まで上がるのも面倒だったので、カバンをその辺に放り出して、ソファに座る。
 テーブルの上のリモコンを取って、テレビを付ける。
「……と言っても、この時間、ろくな番組やってないんだよなあ」
 ひとりごとを呟いてみても、なんか虚しい。
 何年か前のTVドラマとニュースしかやってないし。
 そろそろ帰ってきて支度しないと、いつもの時間には食べれないんだけどなあ。
 ごろっとソファに横になる。
 祐子が帰ってくるまで寝てよ。
 どうせもうすぐ帰ってくるだろう。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。

 目が覚めると、晩飯の時間を少し過ぎていた。
 腹が減ったから目が覚めたのか?
 素晴らしい腹時計の精度。
 当然、祐子はまだ帰ってきていない。
 ……遅い。
 学校の用事があるとか友達の家に行くとか、帰りが遅くなる時は間違いなく、そう言ってくれる祐子なのに。
 今日に限っては何も言ってない。
 俺が食事当番の時なら別にいいけど、祐子が食事当番の時だと困るなあ。
 代わりに作ってやるのもシャクだし。
 腹減ったなあ……。
 あ、そうだ。
 さっき買ってきた串団子があるんだっけ。
 身体を起こし、テーブルの上に置いてある包みを開ける。
 包装紙の中から出てきたビニールのパックには、六本の串団子が入っている。
 餡とごま餡と醤油だれのが二本ずつ。
 ちゃんと祐子の分も買ってあるから、残しておいてやれば問題ないだろう。
「それでは、いただきま〜す」
 両手を合わせて拝んでから串に指をかける。
 そしてふと、思う。
 この串団子、晩飯を食べてしばらくしてから祐子と二人で食べるつもりで買ってきた。
 もしここで自分の分を食べてしまうと、晩飯後には祐子は一人で食べる事になる。
 それでいいのか?
 なんか悔しくないか?
 祐子が一人で食べているのを脇で見るのは。
 というわけで、串から指を離してパックを元に戻す。
 ついでに包装紙も元に戻す。
 よし、偽装工作終わり。
 ちょっと包み方が怪しいが、よく観察しなければわからないだろう。
 ……まあ、別に一度開けた事がばれたからって、どうにかなる物でもないけど。
 さて、団子を食べるのはやめたところで……。
 他に何か食べる物はないかな?
 リビングからキッチンに移り、戸棚を漁る。
 ……ない。
 こういう時に限って、ポテチとかスナック菓子の類が何もない。
 きっと祐子、スナック菓子も買ってくるつもりなんだろうけどなあ。
 ……っていうか祐子、今、何やってるんだろう?
 ちゃんと買い物は行ったのかな?
 祐子も腹減らしてるんだろうか?
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 そうだよな。
 帰ってきたばかりで晩飯の支度するのも大変だろうし。
 さらに祐子が帰ってきて、さらに晩飯の支度が終わるまで待つのも嫌だし。
 ここは一丁、俺が晩飯を用意しといてやろう。
 大体、俺がこんなに腹を減らしているのに電話の一本も寄越さない祐子が悪い。
 より深く深〜く悪い事したなあという気分にさせるためには、俺が晩飯の支度を済ませて待っている事が望ましい。
 自分の分には手を付けないで待っているとパーフェクトだ。
 というわけで、冷蔵庫を開けてみる。
 材料は……材料は……。
 ……どうやら俺の数少ないレパートリーである、カレーとシチューとチャーハンを作れる材料はないようだ。
 カレー粉もシチューの元もないし。
 大体、この魚という食材はどうやって料理すればいいんだ?
 とりあえず焼けば食べれるのか?
 味付けとか全然わからないぞ。
 野菜だって、ジャガイモとニンジンとタマネギしか切った事がない俺に、何を要求しようというのだ?
 あとは……祐子が朝、タイマーをセットしておいた炊き立てご飯が電子ジャーの中にある。
 これなら……。
 いかん、ふりかけご飯くらいしか思い付かない。
 これじゃ春奈の日の丸弁当と同レベルじゃないか。
 これはいかん。
 断じていかん。
 大体、そんな物用意したって祐子に呆れられるだけで、反省させる事はできないじゃないか。
 仕方ない、反省させるというプランはこの際、諦めて……。
 あ、確か、カップ麺もあったよな。
 これならお湯だけ沸かしておけば、祐子が帰ってきてすぐに食べれる。
 いい考えだ。
 文句言ってきたって帰りの遅い祐子が悪いんだから。
 それにカップ麺は世界百四十カ国で年間八十二億食が消費される……。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 でも祐子、あんまりカップ麺が好きじゃないんだよなあ。
 味が嫌いなわけじゃなくて、手を抜いているような感じが好きじゃないんだって。
 学校のマラソン大会とか遠足とかで疲れて帰ってきたって、カップ麺で済ますような事は一度だってなかった。
 疲れていたって、祐子はいつだってちゃんとした料理を作ってくれてたんだ。
 それでもカップ麺が買い置きしてあるのは、夜中に急に腹が減った時とか、そういう時のためなんだよなあ。
 ……もう一度探してみよう。
 何か俺でも料理できそうな物はないか……。
 あった。
 スパゲティだ。
 これなら俺でも何とかできそうだ。
 袋に作り方も書いてるし、祐子が料理しているのを後ろから見た事もある。
 ……ちなみにその時のメインの目的はつまみ食いだったけどな。
 もちろん、すぐに見付かって怒られたけど。
 あと、問題は具と味付けだな。
 ナポリタンとかミートソースとかカルボナーラとかペペロンチーノとか、そういう感じにしとかないと。
 いくら「スパゲティ作っといたぜ!」と言い張っても、素のスパゲティだけだと悲しすぎる。
 カップ麺の方がはるかにマシだ。
 というわけで、今度は具になりそうな物を捜索する。
 ……あった。
 ミート缶。
 缶切りで開けて鍋に移して火にかければ、それだけでミートソースができる。
 確かこれもお歳暮かなんかの残りだったよなあ。
 祐子はいつも挽肉から自分で作るから。
 できればミートソースも自分で作りたいところだが、さすがにそれは無理っぽい。
 とりあえずパスタ初挑戦という事で、ミートソースは缶でも大目に見てくれ。
 それでもカップ麺よりはマシだよな、祐子?
 さて、祐子がスパゲティに使ってた鍋はどれだっけ……。

 とりあえずスパゲティはゆで上がった。
 味の方は……まあ、それなりに。
 初めてにしては上出来じゃないかな。
 ミートソースもすぐに温められるようにしたし。
 あとは祐子が帰ってくれば万事OKなんだけど……。
 まだ帰ってきてないんだよなあ。
 マジで遅い。
 どうしたんだろう?
 友達の家に行ったとか、そういう用事じゃないよなあ。
 祐子だったら絶対に連絡をくれるはずだから。
 じゃあなんだろう?
 事故に遭ったとか?
 それならすぐに家に連絡が来るはずだ。
 でも俺の時は全然なかったみたいだし。
 まさか祐子まで車にひかれそうになった春奈をかばって、今頃改造手術の真っ最中とか!?
 いや、まさかそんな事はありえない……と思いたい。
 あとは……事故とかじゃないとすると……家出とか?
 そういや最近、祐子の奴、なんか変だったなあ。
 悩みでもあるんだろうか?
 朝、一緒に学校行こうと言ってみたり、俺の分まで弁当作ってきてみたり……まあ、その他色々と。
 悩みがあるんなら、どうして言ってくれなかったんだろう?
 俺にも言えないような悩みだったんだろうか?
 それとも俺なんかハナからあてにされてなかったんだろうか?
 小さい頃からずっと兄妹みたいに一緒に暮らしてきて、あいつの事はなんでも知っているつもりでいたけど……本当はただそれだけの事で、何もわかってなかったのかも知れない。
 はあっと深くため息をつく。
 さっきから祐子の事ばっかり考えてる。
 ちょっと帰りが遅いだけなのに。
 みっともないなあ。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 そういや俺も一週間、家を空けてたんだっけ。
 その時は祐子も、今の俺みたいに心配したんだろうか?
 帰りの遅い俺がどこで何をしているか想像して、勝手に怒ったり勝手に不安になったりしたんだろうか?
 帰りの遅い俺に食べてもらう料理に頭を悩ませたりしたんだろうか?
 いつも一緒にいて、それが空気や水みたいにごく当たり前になっていたから。
 祐子がいない事があるなんて考えもしなかった。
 祐子がいない隙間を埋めるように祐子の事ばかり考えている自分がいるなんて、想像もしなかった……。
 ああ、そうか。
 ようやく思い当たった。
 どうして今までこんな簡単で当たり前の事に気付かなかったんだろう?
 自分のバカさ加減に呆れて、思わず笑いがこみ上げてくる。
 ああ、そうか。
 そうなんだよ。
 俺、祐子の事が好きだったんだ。
 祐子と一緒にいる自分しか知らなかったから気付かなかったけど……俺、祐子の事が好きだったんだ……。

 ピ〜〜〜ンポ〜〜〜ン。
 チャイムが鳴った。
 祐子か!?
 俺は慌てて立ち上がると、廊下を全力でダッシュして玄関に行く。
 鍵を開けるのももどかしく、ドアを開ける。
「祐子!?」
「残念でした〜〜〜。私です〜〜〜」
 その脳天気な声は……。
「なんだ、春奈か」
「うわっ、なんだなんてひどいです〜」
「あ、悪い悪い……でもちょうど良かった。話したい事があったんだ。上がってくれよ」
「は〜い、お邪魔します〜」
 俺がリビングまで案内すると、春奈はぱたぱたと付いてくる。
 ソファに座ってもらってから、はたと気付く。
「ああ、お菓子とかなんもなかったんだ」
「それなら私、持ってきましたよ。手ぶらだとあれだと思って」
 春奈はそう言って、パックに入ったせんべいを差し出した。
「お、サンキュー……せんべいならお茶の方がいいな」
「はい、やっぱりせんべいにはお茶ですよね!」
 せんべいを皿に移してテーブルに置き、お茶も煎れる。
「そういや春奈、家に来るのは初めてだよな?」
「はい。クラス名簿で住所を調べたんですよ」
「そっか……で、なんか用でもあったのか?」
「ちょっとお話ししたい事があったんですけど……正太郎さんもお話ししたい事があるって言ってましたよね?」
「ああ」
「それじゃ正太郎さんの方からお先にどうぞ」
「いいのか?」
「はい♪」
 春奈の天真爛漫な笑顔。
 少しだけ、救われたような気持ちにさせてくれる。
「実はなあ……春奈にはあんまり関係ない事だけど……」
 そこまで言って、俺は軽く息を吸い込む。
「俺……祐子の事が、好きみたいだ」
 はっきりと、言った。
 ああ、そうだ。
 俺は祐子の事が好きなんだ。
 口に出して、誰かに聞いてもらって、自分の気持ちがはっきりした気がする。
 俺は祐子の事が好きで……だから帰りが遅い祐子をこんなにも心配しているんだ。
 そして春奈は嬉しそうにニコニコと笑っている。
「やっぱりそうでしたか。お二人はお似合いだと思っていたんですよ」
 本当に意味がわかっているんだろうか?
 まあ、誰かに話して自分の気持ちをはっきりさせたかっただけだから、無理に春奈にわかってもらう必要はないんだけど。
「でも……祐子は俺の事どう思ってるんだろうな」
 そう、それが問題だった。
 俺の気持ちははっきりしているのに、祐子が俺の事をどう思っているのかはわからない。
 下手すると、今の幼なじみで従兄弟同士の関係が気まずい物になってしまう。
「大丈夫ですよ」
 春奈が言った。
「祐子さんもきっと、正太郎さんの事が好きに決まってますよ」
「そうだな……そうだといいよな……」
 春奈に言われても、信用していいんだが良くないんだか。
 ここ最近は祐子が何を考えているんだか、わからない時があるし。
「きっと祐子さん、戸惑ってるだけですよ」
「そうなのか?」
「ええ。わかりませんか?」
「う〜ん……」
「男の方にはわからないかも知れませんね、女の子の気持ちは」
「………」
 そういうもんだろうか?
 春奈に言われても説得力があるようなないような。
 とりあえず今の俺に反論できないのは確かだ。
「……でも祐子は何に戸惑ってるんだ?」
「正太郎さんがロボットになった事に、ですよ」
「………」
 そういや今日の放課後、そんな事言ってたな。
 でもこればっかりはどうしようもないんだよなあ。
「正太郎さん、ちょっと耳を貸して下さい」
「え? 何?」
「大きい声じゃ言いにくい事ですから」
 春奈が俺の隣に移動して、そっと耳打ちしてくる。
「……という事ですよ、きっと」
 話し終えて春奈が俺の隣から離れる。
「そうなのかなあ」
 言われてみるとわからなくもないけど。
「きっとそうですよ。祐子さんに話せば気持ちは伝わりますよ」
 でも自信満々の春奈を見ていると、本当にそうかも、と思えてくる。
 まあいいや。
 とにかく祐子に告白する。
 もう気持ちは決まっているんだから。
「そういや、春奈も話があるって言ってたよな?」
 そのためにわざわざ家まで来たんだから。
「あ、そうでした。忘れるところでした」
 ぽんっと春奈はひとつ手を叩く。
「実は私の家にこんな物が届いていたんですよ」
 そう言って春奈は巫女服の袖から折り畳んだ紙を取り出し、俺に差し出す。
「……見ていいの?」
「はい。ぜひ見ていただきたいんです」
「それじゃ……」
 受け取った紙を広げる。
 え〜と、なになに……。
「脅迫状。
 後藤祐子の身柄は預かった。
 返して欲しければ後藤正太郎の動力炉を持って三丁目の公園まで来い。
 ユニバーサル総合機構」
 俺は何も言わず、渾身の力を込めて春奈の頭をぶん殴った。

 俺と春奈は夜の町を並んで歩いている。
「考えてみれば、祐子を探す手間は省けたんだよなあ」
 代わりに祐子を助け出す手間が増えたけど。
「うう〜、頭が割れるように痛いですぅ」
 春奈はまだ頭を抱えている。
 自分の作ったロボットに殴られたんだから自業自得である。
「だけどまあ、この身体のせいでさんざんだなあ」
 祐子は俺がロボットになった事に戸惑っているらしいし、その上、何者かにさらわれてしまったし。
「正太郎さん、後悔してるんですか?」
 いつになくシリアスな表情の春奈。
「え? 何?」
「ロボットの身体になった事に、ですよ」
「………」
「正太郎さんは私の命を助けて大怪我を負い、機械の身体になりました。
 だからそのせいで指一本動かなくなったとしても、好きな女の子に嫌われたとしても、みんな私の責任なんです」
 特殊な能力がなく、本人にも気付かれないような身体を目指したのも、機械の身体のために何かひとつでも変わる事がないようにと思ったからだと、春奈は付け加える。
「だから……正太郎さんには何一つ、後悔する事があって欲しくないんです」
 それは私の後悔でもあるから。
 呟くような、春奈の声。
「春奈……」
 そっか。
 春奈の命は俺が助けた命だから。
 そのせいで俺が幸せになれなくなったら、春奈の命までウソになっちまうんだ。
「……後悔なんかしてないよ」
 決して大きな声ではなかったけど、俺ははっきりと言った。
「……本当ですか?」
「ああ、本当だよ」
 考えてみたら、俺が祐子を助けに行けるのも、祐子が好きだって思える事も、みんなこの身体のおかげなんだ。
 春奈がくれた、この身体のおかげなんだ。
 だから……春奈にも笑っていてもらわないと。
「絶対に祐子を助けような」
「はい♪」
 春奈が笑って答える。
 本当にいい顔で笑うな、こいつは。
「……そういや、俺の動力炉が狙われているんだっけな」
「はい、そうです」
 漫画じゃないんだから、ご飯で機械の身体が動くわけないんだし。
 機械の身体には別の動力が必要なんだよな。
「それってなんなんだ?」
「超高密度原子炉です。燃料はウラン」
「もし故障なんかしたら……」
「半径数キロに渡って死の灰が降り注ぎます♪」
 俺は何も言わず、渾身の力を込めて春奈の頭をぶん殴った。

 三丁目の公園に着いた。
 ブランコや滑り台がある普通の児童公園だけど、今は夜中なので子供の姿はない。
 代わりにあるのは……。
「祐子……」
「正太郎……」
「今のお前の格好、すごく恥ずかしいぞ」
「う、うるさいわね!」
 今時、巨大な十字架にはりつけなんて……まるで一昔前の特撮ヒーロー番組じゃないか。
 やった人の非道さとかよりも、むしろ哀愁を誘う光景である。
 で、祐子の足許には三人の女の子の姿。
 それぞれ……なんだか怪しい服装をしている。
「ふっふっふっ、のこのこ現れたわね。河島春奈に後藤正太郎!」
 女の子の一人……看護婦さんの格好をした女の子が言う。
「逃げ出さなかった事は誉めてやろう!」
 二人目の女の子……こっちは婦警さんの格好である。
(作者注:警察官および海上保安官に似た服装は総理府令で禁止されています。よい子の皆さんはマネしないでね♪)
「しかし我々の前では飛んで火に入る夏の虫!」
 三人目、大きな羽根を背負った天使っぽい格好の女の子が言う。
「………」
「………」
「………」
 そしてしばしの沈黙の後、三人は円になって何やら話し合っている。
 やった! うまく言えたよ! 感激! とかいう声が聞こえてくる。
「……なんなんだ? こいつら」
「私の前の学校のお友達です」
 俺の何気ないつぶやきに春奈が答える。
「ああ、納得」
 それだけで納得してしまう自分がちょっと悲しい。
 三人はまだ円陣を組んで感動に浸っている。
 このままだといつまで経っても話が進まないので、あまりお近付きになりたくない人々だけど声をかける。
「おい! お前らが……ユニ……なんだっけ?」
「ユニバーサル総合機構、ですよ。正太郎さん」
 カンニングペーパー……もとい脅迫状を見ながら春奈が助け船を出してくれる。
「ああ、サンキュー……やい! そんな感じの奴らか!?」
「そんな感じって何よ何よ!」
 ナース服が怒ってるし。
「ユニバーサル総合機構、略してUSOよ!」
「USO……ウ、ウソだ!」
「ふっふっふっ、そんな驚くほどの事でもない」
「……あ、いや、USOってローマ字でウソだろ」
「………」
「………」
「………」
 また沈黙する三人。
「ああっ! どうしてそれを!」
「誰よ誰よ! 絶対にばれないって言ってたのは!」
「だからSUOにしようって言ったのに!」
 今度は仲間内で口論が始まる。
「みなさんとっても仲良しさんでうらやましいです」
「………」
 春奈が心の底から嬉しそうに言って、俺は今すぐに帰りたくなった。
「春奈、こいつらって何する集団なんだ?」
「えっとですねえ、みんなでカラオケに行ったり、ウインドーショッピングしたりするんですよ。とっても楽しいですよ」
「………」
 ただの女子高生じゃん。
 っていうか、春奈も前の学校の時はこいつらの一員だったのか?
「春奈! そんな事言ったら一日中遊んでるみたいじゃないの!」
「そうよ! 他にも宿題の見せっことか忘れ物の貸し借りとかもやったじゃない!」
 ……まあ似たようなもんだな。
「あとは……世界征服!」
「……の計画!」
「そう! その場のノリと気分と成り行きで!」
 ……大丈夫か? こいつら。
 別に大丈夫じゃなくても困らないけど。
 とりあえず祐子を助け出して……ぷぷっ……ダメだ、はりつけになってる祐子の恥ずかしい姿を見たら、笑いがこみ上げてくる!
「そこっ! 何を笑ってるのよ!」
 あ、ごめんごめん。
 じゃなくて。
 とにかく祐子を……くくっ……祐子を助けないと!
「おまえらなあ、世界征服は俺達のいない所でやってくれ。祐子は返してもらうぞ」
 ずんずんと歩いていく。
「そうはさせないわ!」
 予想通り、女の子三人がそれを阻む。
「てやーっ!」
 ナース服の跳び蹴り!
 軽く身体を動かしてかわすと、女の子は見事に自爆する。
 うわっ、痛そ。
「次は私の番よ!」
 続けて婦警の制服が突進してくるが、かわすとそのままブランコに激突して沈黙した。
 残りは天使っぽいコスプレ少女のみ。
 そいつはうめくように言う。
「こ、こいつ……強い!」
「……お前ら弱いんだよ、冗談抜きで」
「う……」
「祐子、なんでこんな弱っちい奴らに捕まったんだよ」
「し、知らないわよ!」
 はりつけになった祐子が……くすくすっ……律儀に反論してくる。
 っていうか、こいつらもどうしてせっかく人質に取ったんだから、祐子の喉元にナイフを突き付けて脅迫とかしてこないんだろう?
 ……本当にやったら困るから教えてやらないけど。
「こ、こうなったら……」
「こうなったら?」
「戦略的転進よ!」
 言うが早いか、天使姿の女の子は素早く鎖をほどくと、祐子の身体を抱えて逃げ出した。
 ちょっと待てえ!
 どこにそんな力が……っと、ツッコミ入れてる場合じゃない!
 追いかけないと!

 祐子を抱えた天使姿の女の子は小さな橋にさしかかった。
 さすがに走り疲れたのか、天使姿の女の子の足取りはふらついてきている。
 そもそも祐子を抱えて走った事自体に無理があるというツッコミはさておき。
「ふえ〜。もうダメ〜」
 天使姿の女の子の身体が左右に大きく揺れて……。
 ちょっ、ちょっと待てえっ!
 ここまで走って疲れた身体に鞭打ち、さらに走るスピードを上げる。
 天使姿の女の子が倒れ、橋の欄干にもたれかかる。
 そして抱えられていた祐子の身体は……。
 俺は祐子までの最後の距離を、アスファルトを蹴って飛ぶように縮める!
「祐子ぉぉぉっっっ!」
「正太郎っっっ!」
 俺と祐子の声が交錯する。
 もう少しで……祐子の手に……届いた!
 辛うじて祐子の手を掴む。
 祐子の身体に引っ張られて、脇腹が欄干にぶつかる。
 機械の身体故に、痛みはない。
 しかし祐子の身体は俺の腕一本に支えられている状態だ。
 並の人間程度にパワーを抑えられているこの身体では祐子を引き上げる事などできない。
 それどころか腕の関節がミシミシときしんだ抗議の声を上げ始めている。
 ……もう少し! もう少しなのに!
 子供の頃に祐子と出会ってからずっと遠回りしてきた。
 ようやく祐子への思いに気付いて……それなのに、それなのに!
 動け! このポンコツ!
 ここで祐子を助けないと、機械の身体になってまで生きている意味がないじゃないか!
 しっかりしろ! このポンコツ!!
 そう心の中で叫んだ瞬間、頭の中でぷちっと小さな音がした気がした。
 俺の身体のパワーを抑えていたリミッターが飛んだ。
 根拠はなかったが、そう感じた。
 そして祐子の身体は軽々と引き上げらていく。
 俺の身体も勢い余ってバランスを崩し、反対側の欄干に座り込むように倒れる。
 どさっ。
「………」
「………」
 俺と祐子は何となく黙り込む。
 何故かっていうと……欄干に座り込んでいる俺の身体の上に祐子が覆い被さっているからだ。
 なんていうか……こう……気まずい気分。
 受け止めた祐子の身体が思っていたより華奢で……少しでも動いたら壊れてしまいそうな気がして……声をかける事さえ怖い気がした。
「しょ、正太郎……その……重くない?」
「い、いや……全然……」
「そ、そう……」
 良かった、と、この距離でも聞こえるか聞こえないかの小さな声が続く。
 良かったじゃなくて、よけないのか? と思ったが、口には出せなかった。
 俺の胸に押し付けられた祐子の顔は見えないけど、その髪からはシャンプーの匂いが伝わってくる。
 自分の心臓がバクバクいうのが聞こえてないだろうか? そんな事を不安に思ってみたりして……。
 ああ、そうだ。
 祐子にどうしても伝えなくちゃいけない事があったんだ。
「……なあ、祐子」
「な、何?」
 祐子が顔を上げる。
 赤く染まった頬に、泣き出しそうな、不安に押し潰されそうな顔。
 こんなに女の子らしい祐子、初めて見た。
 そして……こいつは俺が守っていかなくちゃいけないんだ。
 そう思う自分に気付いて、改めて祐子を好きになった自分の気持ちを自覚する。
「お、俺……俺さあ……その……」
「う、うん……」
「俺……その……ちゃんとできるようになってるらしいぞ」
「え?」
「機械の身体になったけど、あの部分は無事だったからそのままらしいんだ。だからちゃんとHできるから、祐子が心配するような事は……」
「バ……」
 祐子が上半身を起こす。
「バカーーーーーッッッッッ!!!!!」
 げしっ!
 祐子の右フックが至近距離から決まった。
「正太郎のバカッ! もう知らないっ!」
 祐子はずんずんと効果音が似合う勢いで歩き去っていく。
 お〜い、祐子さんや〜い……。
 小さくなっていく祐子の後ろ姿を、俺はただ見送るしかなかった。

 ああ、星がキレイだなあ。
 柄にもなく夜空なんか見上げている。
 っていうか、それ以外にできる事なんか何もなかった。
「正太郎さ〜〜〜ん! 大丈夫ですか〜〜〜」
 春奈の間延びした声が近付いてくる。
 手でも振ってやろうかと思ったが、それもできない。
「今、すごくおっかない顔の祐子さんとすれ違ったんですけど……何かあったんですか?」
「………」
「祐子さん、その時に『正太郎と末永くお幸せに!』って言ってたんですけど……正太郎さん、どうしましょう? 私と末永くお幸せになりますか?」
 本気なのか冗談なのかわからないけど、楽しそうな春奈。
 御免被る。
 そう答える気力もない。
「それと……正太郎さん、どうしたんですか? 座り込んだままピクリとも動かないんですけど」
「……首から下が動かない」
 さすがに答えないわけにはいかない。
「きっと首の配線が外れたんですね。すぐに治りますよ〜」
 春奈はそう言うと、よいしょよいしょと言いながら、欄干に寄りかかっていた俺の身体を寝かせる。
 そして何やら怪しげな器具を地面の上に広げ始める。
「なあ春奈……」
「はい、なんでしょう?」
「さっき、春奈が教えてくれた事を祐子に話してみたんだけど……」
「あ、そうなんですか」
「そしたら、力一杯、怒られた」
「………」
 春奈は腕を組んで考え込む。
「ど、どうしてですか? 女の子なら好きな人と一緒になって子供を作りたいって思うのは当然じゃないですか!?」
「………」
 そもそもそういう事を春奈に相談して、言う事を真に受けたのが俺がバカだった気がする。
 はあっとため息をついて、夜空を見上げる。
 キレイな星空だったけど……身体が一切動かない状態で、同じ空ばかり見続けていると、さすがにうざったくなってくる。
「ゆうこぉぉぉぉぉっっっっっ! かむばっ〜〜〜〜〜くっ!!!!!」
 俺の叫びは虚しく夜空に響き渡った。

ポンコツ☆ラブストーリー 了


なんとなく座談会

wen-li「『ポンコツ☆ラブストーリー』、お楽しみいただけたでしょうか? 作者のwen-liです」
春奈「そして私が……」
wen-li「今、ごく一部で話題沸騰のヒロインその2です」
春奈「うわっ、その2なんてひどいですぅ」
wen-li「だって本当の事じゃないか……じゃあ、なんちゃって巫女さん」
春奈「ううっ、なんちゃってって、なんですか!?」
wen-li「んじゃ、天才ポンコツ科学者」
春奈「すごいんだかすごくないんだかわかりませんよ〜」
wen-li「むむ、ワガママな……じゃあ妖怪するめ娘」
春奈「私、妖怪じゃないです〜」
wen-li「人間するめ娘」
春奈「はい! 私が人間するめ娘です!」
wen-li「ちょいと春奈さん」
春奈「はい、なんでしょう?」
wen-li「今の、怒るとこ」
春奈「え? そうなんですか? でも私、するめ好きだし……」
wen-li「………」
春奈「あ、そうだ。するめ持ってきたんですよ。食べましょう食べましょう♪」
wen-li「む、これはこれでありがたくいただく」
春奈「あと、wen-liさんは成人していると聞きましたので、ビールと日本酒も持ってきましたよ♪」
wen-li「いらん」
春奈「え!? どうしてですか?」
wen-li「酒は人間の理性を奪う悪魔の水だ。だから飲まない」
春奈「ダメですよー、好き嫌いは。酒は百薬の長っていうんですから。飲まないと身体に悪いですよー」
wen-li「……普通は逆じゃないか?」
春奈「そうなんですか?」
wen-li「そうなんです……とにかく本題に入ろう」
春奈「はいはい……えっと、このお話はこれで完結なんですよね?」
wen-li「そうです。続編等の予定はありません」
春奈「私、この後のお二人の仲がどうなるかとても気になるんですけど」
wen-li「どうもならないよ。適当に仲直りすると思う」
春奈「そうなんですか」
wen-li「そういう二人っていうのを書きたかったから……何だったら、春奈が傷心の正太郎君を慰めて急接近! とかいう展開にしようか?」
春奈「楽しそうですね♪」
wen-li「書かないけどな」
春奈「あらあら」
wen-li「引き際がいいところでやめておきます」
春奈「それじゃあ、裏話とかありませんか?」
wen-li「裏話ねえ……あ、そうだ。実はこのお話、一部に実体験を元にしたエピソードが入っているんだけど、わかるかな?」
春奈「え〜っと……あ! わかりました!」
wen-li「うむ、言ってみたまえ」
春奈「wen-liさん、実はロボットだったんですね!」
wen-li「そう! 実は私はロボットだったんだ!」
春奈「しかもドリルアーム標準装備ですね!」
wen-li「当然! 俺のこの手が真っ赤に燃えるぅっ!」
春奈「勝利をつかめと轟き叫ぶ!」
wen-li「ドリルでつかめるか! ボケッ!!」
 げしっ。
春奈「うわっ! 痛いですぅ! 作者のくせに登場人物に暴力をふるうなんて! 労働基準法違反ですぅ!」
wen-li「しかも元ネタがドリルじゃないし」
春奈「wen-liさんの方から振ってきたのに……」
wen-li「細かい事は気にしないように……本当は祐子が作ってた味噌煮込みうどんが実体験エピソードです」
春奈「そうなんですか?」
wen-li「小説書きながらテレビ見てたら、料理番組でやってたんだ。これは出すしかない! っていう事で」
春奈「………」
wen-li「ちなみに実生活の私は正太郎より料理ができません」
春奈「うわっ、生活無能力者ですねっ」
wen-li「お前に言われたかないわ!」
春奈「じゃあ二人合わせて生活無能力者コンビという事で」
wen-li「漫才師じゃないって……あ、そろそろお開きの時間だな」
春奈「あら、そうですね」
wen-li「今回は美夏ちゃんがいないから、痛い目に遭わずに済んだな。やれやれ……」
春奈「あ、そうだ。wen-liさん」
wen-li「ん?」
春奈「USOさんのみなさんに超高密度原子炉を持ってきたんですけど、どちらにいらっしゃるか知りませんか?」
wen-li「知らん! そんな物騒なもん、捨てちまえ!」
春奈「はい、そうします。えいっ」
wen-li「うわっ! その辺に捨てるな!」
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 ぼむっ。
wen-li「………」
春奈「………」
wen-li「というわけで、みなさんも原子炉の運用には気を付けましょう。wen-liからのお願いです」
春奈「私からもお願いしま〜す」
wen-li「お前が言うな!」


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「ポンコツ☆ラブストーリー」いかがだったでしょうか。
 「はぷにんぐ」を読み切りから連載に格上げして以来、欠けていたギャグな読み切り短編、ようやく書き上がりました。
 問題は気が付くと長くなって、1話なのに「はぷにんぐ」3話分の長さに匹敵する事はこの際、気にしないで下さい。
 でもまあ、楽しく書けたので良しとしましょう。
 いいのか?
 とりあえずこれだけ勢いに乗って楽しく書けたのは久しぶりです。
 何かっていうと、三人っていう人数が良かったと思います。
 一対一だと会話のパターンが限られますが、三人いると色々なバリエーションができますから。
 あとはロボットの設定が生かし切れなかったかな? と反省。
 まあ、楽しく書けたので万事OKという事で。
 みなさんにも楽しんでいただけると嬉しいです。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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