はぷにんぐあんだーざひとつ屋根

「というわけでしばらくの間、ご厄介になりますわ」
「はへ?」
 何の脈絡もない美夏ちゃんの言葉に、俺は間の抜けた声を上げた。
「何が『というわけ』なんだ?」
「もう! 直也様ったら本当はみんな分かっていらっしゃるのに! ですけど、そんなつれない態度も素敵ですわ♪」
 と言って、うっとりした表情でほっぺたに両手を当て、ぶりっ子ポーズな美夏ちゃん。
 フランス人形を思わせるフリフリドレス、本当は高校生なのに小学生にしか見えない美夏ちゃんに、とてもよく似合う仕草だった。
 とても困った事に。
「……久々の休みの日の昼下がりに、チャイムが鳴って出てみたら、美夏ちゃんとかなちゃんが立っていたというだけで、何が分かるっていうんだ?」
「………」
 美夏ちゃんからの反論の言葉はない。
 だけどおでこの両脇で両手の人差し指を立てている。
「……何やってるんだ?」
「テレパシーですわ」
「………」
 げんなりした。
「あの、直也様……」
 声は美夏ちゃんの後ろで苦笑いを浮かべていたかなちゃんだった。
 かなちゃんは山中家に仕えるメイドさんだ。
 美夏ちゃんと違ってちゃんと実年齢通り高校生に見えるし、性格もおしとやかで控え目だし、よく気が付くし、と、いいとこずくめである。
 ……この際、大の通販グッズマニアという事には目をつぶるとして。
「私達の荷物を見て、何か思い付きませんか?」
「荷物……?」
 服装は美夏ちゃんがフリフリのゴシックドレス、かなちゃんは清楚な雰囲気を引き立たてるメイド服。
 見慣れたいつも通りの服装だけど、荷物は見慣れない物だった。
 かなちゃんが引きずっているのは大きな旅行カバン。
「……旅行?」
「そうそう、三人で南の島でバカンスで、わたくしのせくしー水着ショットで直也様を悩殺ですわ♪ ……って、そんなわけありませんわ」
 一人で乗って自分にツッコミを入れる美夏ちゃん。
 確かに美夏ちゃんのつるぺた水着姿で悩殺というのは大幅に無理がある。
 その筋の人にはたまらないのかも知れないが、俺としてはかなちゃんの方が……じゃなくて。
「旅行じゃないとすると……」
 俺は美夏ちゃんの方も見た。
 美夏ちゃんはどういう訳か風呂敷包みを背負っている。
 しかも唐草模様だ。
 フランス人形みたいな美夏ちゃんに似合わない事、はなはだしい。
「……コソ泥?」
「そうそう、せっかく直也様が大学に行って留守になる時間帯を狙って……って違いますわ!」
 勝手に乗ってきて、勝手に憤慨する美夏ちゃん。
「コソ泥じゃないとすると……」
 腕を組んで考え込む。
 何故か美夏ちゃんは期待に瞳を輝かせて俺を見ている。
 擬音を付けるなら「わくわく♪」以外あり得ない。
 かなちゃんは穏やかに笑って俺を見ていた。
「……夜逃げ?」
「むむっ! ちょっと惜しいですわ!」
「直也様、まだお昼過ぎですよ」
 それぞれのツッコミ。
 という事は……。
「……家出?」
「ピンポ〜〜〜ン♪ 大正解ですわ♪」
 いや、最初から分かってたけど。
 それにしても、ただ家に入れるだけなのに、どうしてこんなに疲れるんだろう……?

 滅多に使わないテーブルを引っ張り出し、コーヒーを煎れる。
 本当は紅茶とかの方がいいのかも知れないけど、我が家にはそんな優雅で典雅な飲み物など装備していないので、コーヒーで我慢だ。
 人数分のコーヒーを煎れて戻ってくると、かなちゃんは行儀良く正座して待っていて、美夏ちゃんはベッドの端に座って行儀悪く足をぶらぶらさせていた。
 一人暮らしのワンルームは、急に賑やかなような窮屈なような感じになった。
 かなちゃんが控え目に砂糖とミルクを入れ、美夏ちゃんが盛大に砂糖とミルクを入れるのを見届けてから、切り出す。
「美夏ちゃん、どうして家出なんかしたんだい?」
「………」
 俺はできるだけ優しく言ったつもりだったが、美夏ちゃんはすねたように唇を尖らせる。
 どうしたものかなあと思ったら、助け船が差し出された。
「美夏ちゃん、旦那様と喧嘩なさったんですよ」
「喧嘩?」
「はい」
 それはまあ、穏やかな話じゃないなあ。
 だけどあの似た者親娘が喧嘩なんて考えられない……はずはちっともないじゃないか。
 むしろ喧嘩しまくりのような気がする。
「で、どうして喧嘩に?」
「『その時プロジェクトが動いた〜敗北者たち〜』って番組、知ってますか?」
「ああ、国営放送でやってるやつだね」
 確か中高年に人気の番組なんだよなあ。
 国内外の、日本人が関連して失敗したプロジェクトを紹介する番組だ。
 この不景気に苦しむ中高年のサラリーマンの同情を集め、話題になっている。
「旦那様はその番組を毎週楽しみにしているんですけど、美夏ちゃんが欠かさずに見ている『美少女お手伝い戦隊メイドエンジェル』と同じ時間なんですよ」
「ふむふむ」
「いつもは美夏ちゃんが『メイドエンジェル』をビデオで録画して、旦那様が『その時プロジェクトが動いた』を見るんですけど、昨日の夜は旦那様の帰りが遅くなるので、『その時プロジェクトが動いた』の方を録画予約してたんですけど……」
「……けど?」
「美夏ちゃんが勝手に予約を解除して、『メイドエンジェル』を録画してしまったんですよ」
「………」
 全面的に美夏ちゃんが悪いじゃん。
「お父様が悪いんですわ! わたくしが毎週『メイドエンジェル』を毎週録画して永久保存しているのを知ってて、予約していくんですもの!」
 そう言って、ぷいっとそっぽを向く美夏ちゃん。
 ……子供だなあ。
 それは身に染みて分かってたけど。
「……美夏ちゃんの気持ちは分かるけど、楽しみにしていた番組を見れなかったお父さんの気持ちも分かってあげないと」
「………」
 美夏ちゃんは返事をしない。
 そっぽを向いたままだった。
 さて、どうしたもんかねえ。

「それで直也様、お願いなんですけど……」
 ちょっと申し訳なさそうな感じで、かなちゃんが言った。
「もしよろしければ、こちらに泊めていただけないでしょうか? 美夏ちゃんが……」
 かなちゃんが視線を向ける。
 その先では、美夏ちゃんがふくれっ面でそっぽを向いていた。
「……ご覧の通りですので」
 苦笑するかなちゃん。
 確かにテコでも動かなさそうなオーラを漂わせている。
 ……仕方ないなあ。
「一晩くらいならいいよ」
 快くそう答えると。
「本当ですか!?」
 声はかなちゃんじゃなくて美夏ちゃんだった。
「え? あ、うん……」
「直也様、愛してますわ〜〜〜っっっ!!!」
「むぎゅっ」
 飛び付いてくる美夏ちゃんをかわす事などできるはずもなく。
 顔に美夏ちゃんをへばり付かせたまま、俺は床に倒れ込んだ。

「ああ、そうだ。晩ご飯はどうしよう?」
 顔から美夏ちゃんを引きはがすと、冷蔵庫をのぞき込んだ。
「さて、これだけの食材を使って、何を作るかが問題だが……」
「……キレイさっぱりスッカラカンの空っぽですわ」
「………」
 猫みたいに襟首をつまんで、美夏ちゃんを遠くに放り出す。
 それでもベッドの上なのがせめてもの慈悲である。
 緩やかな放物線を描いた美夏ちゃんは、ベッドの上で数度バウンドし、最後は枕に顔を突っ込んだところで止まった。
「ちょっと失礼しますね」
 そう言ってかなちゃんが俺の隣にしゃがみ込む。
「……本当に何もありませんね」
 苦笑するかなちゃん。
「あ、いや、一人暮らし始めた頃は色々やってたんだけど……」
「大変ですよね、一人で何もかもやるとなると。面倒になる時もあるんでしょうね」
「まあね」
「あ、申し訳ありません、私ったら、一人暮らしした事もないのに偉そうに言っちゃって」
 可愛らしく舌を出して、おどけてみせるかなちゃん。
 ……考えてみたら、普通に高校に通いながらメイドさんもやってるかなちゃんの方が大変なような。
 一人暮らしっていう奴は、自分さえ我慢すればいくらでも手が抜けるわけだし。
「私、買い物に行ってきますか?」
「え? でも……」
「私達が勝手に押しかけてきたんですから、晩ご飯は私が作りますよ。直也様は美夏ちゃんとゆっくりくつろいでいて下さい」
「………」
 それはそれでとても身の危険を感じるのだけど。
「……あの、直也様?」
 かなちゃんが首を傾げて俺の顔をのぞき込んでくる。
 息が届く距離にかなちゃんの顔があって、慌てて離れた。
「……あ、いや、何でもないよ」
 頭を振って、血が上った顔を冷まそうとしてみる。
「そうだな。お願いしようかな」
「はい。腕によりをかけて美味しいご飯をごちそうしますね」
 にっこりと笑うかなちゃん。
 それからもう一度冷蔵庫の中身を確認したり、調理道具や調味料を調べたりしている。
「………」
 ふと美夏ちゃんの方を振り返った。
 見ると勝手にテレビ台の下のテレビゲームを引っ張り出して、ゲームを物色している。
「………」
 頭が痛くなった。
「あ、直也様、これで遊びませんか?」
 美夏ちゃんが選んだのは、今話題のレースゲーム「農道バトル」だ。
 イナゴの大群が稲を食い荒らす様まで完全再現したリアルな3Dグラフィックと、耕運機によるドリフトバトルが熱い。
「………」
 かなちゃんの方を見た。
 調味料その他のチェックを終えたのか、珍しい来客のために靴で一杯になった玄関で靴を履いているところだった。
「それじゃあ行ってきますね」
「あ、かなちゃん、ちょっと待って」
 俺は言った。
 何も考えず、気が付くとそう言っていた。
「俺も行くよ」
「え? で、でも……」
「いいからいいから。美夏ちゃん、留守番頼むよ」
「は〜〜〜い♪」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔のかなちゃんの背中を押しながら美夏ちゃんに声をかける。
 予想外に返ってきた快い返事にちょっと不安を感じながら、俺とかなちゃんは部屋を出た。

「……直也様、本当に良かったんですか?」
 近所のスーパーへと向かう道すがら、かなちゃんが声をかけてきた。
「え? 何?」
「美夏様の事ですよ。一人で放っておいて良かったんですか?」
「いいんだよ」
 いつまでかは分からないけど、しばらく美夏ちゃんの面倒は見なくちゃいけない。
 それならせめて今くらい、かなちゃんと二人きりになるくらいの役得があってもいいんじゃないかと思うんだけど。
「それにかなちゃん、一人だと大変かなと思ったんだけど」
「私でしたら大丈夫ですよ。そんなにたくさん買うわけではありませんし」
「そっか……もしかして俺、邪魔だったのかなあ。荷物持ちくらいはできると思ったんだけどなあ……」
 心底残念そうな声を出すと、かなちゃんは慌てて否定する。
「い、いえ! 直也様に来ていただけるのはとても助かるんですけど……えと、あの、初めて行くスーパーですし……直也様と一緒の方が楽しいですし……」
 顔を赤くして、かなちゃんがうつむく。
 うう、可愛いなあ、かなちゃんのそういうとこ。
 これだけでも美夏ちゃんを一人で放置するという危険を冒してまで、買い物に付き合った甲斐があると言えよう。
 ……本当は他にも用事があるんだけど。
 知られたら確実に美夏ちゃんが暴れるから、絶対に知られちゃいけない。
「……だけど家に帰って直也様の部屋がめちゃくちゃになってたら、どうしましょう?」
「………」
 涼しい顔でさらりと言ったかなちゃんの言葉に、俺は凍り付いた。
 今は忘れていたい事を思い出してしまった。
 もしそうなった時は、かなちゃんと買い物に出たから俺だけは無事だった、と思う事にしよう……。

 スーパーに着いた。
 ガラガラという程ではないけどちょっと寂しい感じもする店内を、かなちゃんが先に歩き、すぐ後ろをカートを押した俺が付いていく。
「直也様、今日の晩ご飯は何になさいますか?」
「え? う〜ん……」
「特にご希望がないのでしたら……カレーはどうでしょう?」
「うん、いいねえ」
「じゃあカレーで決まりですね。良かった、美夏様も大好物なんですよ」
「………」
 何となく騙されたような悔しいような気分。
 メニューが決まったとなると、タマネギやらジャガイモやらの食材が次々とカゴに投入されていく。
 ……なんか量が多いような。
 三人しかいないのに、そんなに食えるのか?
 っていうか我が家にある鍋だと入りきらないような。
 そんな俺の心配をよそに、かなちゃんはにこやかに笑って振り返る。
「なんだか二人でこうして買い物してると……新婚夫婦みたいですね」
「!」
 かなちゃん、意外に大胆発言。
 内心のドキドキを抑えつつ。
「そそそ、そうかな?」
「夢なんですよね、結婚したら旦那さんとこんな風に買い物するの」
「!」
 ますます大胆発言。
「ま、まあ俺で良ければいつでも」
「そうですね。美夏様にヤキモチ焼かれないくらいにお願いしますね」
「………」
 一気に現実に引き戻されたような。

 支払いを済ませてスーパーを出た。
 どうしてこんなにたくさん? 
 何て思っちゃうくらい大量の買い物袋を、俺もかなちゃんも両手に提げているのはどうしてだろう?
 というのはこの際、気にしない事にして。
「あ、かなちゃん、ちょっと待って」
 俺はそう声をかけると、近くの公衆電話の所に行った。
 財布を取り出して中を探る。
「え〜と、テレホンカードは……」
「直也様」
 かなちゃんの声に振り返ると、開いた携帯電話を俺に見せていた。
「美夏様のお父様に、ですよね?」
「え? あ、うん……」
「はい、どうぞ」
 そう言って俺の耳に携帯電話を押し付ける。
 プップップッと小さな発信音が聞こえてきた。
「やっぱり美夏様とお父様には仲良くしていてもらいたいですからね」
 にっこりと笑うかなちゃん。
 かなわないなあ、と思いながら、俺は電話が繋がるのを待った。
 ……本当は美夏ちゃんを追い出したいだけ、何ていう本音はお互いのためにも永遠に秘密にしておこう。

 電話が繋がった。
「あ、もしもし。美夏ちゃんの……」
『美夏は……美夏は無事なのか!? せめて声だけでも聞かせてくれ!』
「はへ?」
『金か? 金が欲しいのか!? 頼む! 美夏の命はやるから、身代金だけは助けてくれ!』
「誘拐じゃない上に、美夏ちゃんの命と身代金が逆なんだけど」
『……何? 誘拐じゃない、だと?』
「うん」
『そうかそうか、安心したよ……ちえっ』
「………」
 しっかり聞こえてるんだけど、舌打ちの音。
「……まあ、とりあえず美夏ちゃんは俺の家にいるんだけど」
『おお、やっぱり婿殿の所に行ってたか』
「誰が婿殿だ、っていうか、わかってたのか?」
『他に行くところもなさそうだし』
 なるほど。
「だったら話は早い。さっさと迎えに来てくれ」
『どうして?』
 美夏ちゃんの親父さんは言った。
『話は聞いているだろう? 悪いのは美夏だ! なのにどうして私の方から頭を下げて迎えに行かなくちゃならない!?』
「確かに百パーセント美夏ちゃんの方が悪いな」
『そうだろ! だから私が迎えに行く必要はない! ふーんだ!』
 ……子供か、お前は。
「確かに悪いのは美夏ちゃんだけど、あんた美夏ちゃんの父親なんだろ? だったらそっちが大人にならなきゃ、治まる物も治まらないだろ?」
『う……む……』
「……あ、迎えに来るのは明日の朝にしてくれよ。その方が美夏ちゃんも落ち着いてるだろうし、今日の夕飯は三人でカレーなんだから」
『かなちゃんのカレー、いいなあ……じゅる』
「『いいなあ……』じゃなくて……ちゃんと迎えに来ないと、美夏ちゃんがこれからもずっと俺の家に居座る事になっちゃうぞ? それでもいいのか?」
『……それはそれでいいかも♪ 婿殿の所だし♪』
「とにかくちゃんと迎えに来い! いいな!」
 つい携帯電話をアスファルトに叩き付けたくなったけど、かなちゃんの携帯なのを思い出して、踏みとどまる。
 通話を切ってからかなちゃんに携帯を渡す。
 くすくすと声を抑えて笑っているのがちょっと気になった。
「ありがと。これで丸く収まるかな」
「美夏様も旦那様も素直じゃないですけど、お互いに大切に思ってますから。きっと大丈夫ですよ」
「そうだな……じゃ、帰ろうか」
「はい」
 荷物を持ち直して、並んで歩き始める。
「そういえば美夏ちゃんの親父さん、どこにいたんだろ? 今かけた番号って会社の番号?」
「いえ、携帯電話ですよ」
「ふ〜ん……周りが結構騒がしかったんだ」
「この時間だったら会社だと思いますよ」
「……大丈夫かな? 大声でとんでもない事をしゃべりまくってたけど」
 もちろん俺じゃなくて美夏ちゃんの親父さんが、だけど。
「大丈夫ですよ。いつもの事ですから」
「……いつもの事?」
「ええ、だから大丈夫です」
「………」
 大丈夫なんだろうか、山中家の将来は……?

 俺のアパートに着いた。
「ふう、良かった。無事みたいだ」
 ほっと安堵のため息を漏らす俺。
「とりあえず部屋の外までは被害は及んでいないみたいですね」
「………」
 そして俺のひとときの安心をさり気なく妨害するかなちゃん。
 鍵を開けて、頑丈だけが取り柄の安っぽいドアを開ける。
「ただいま〜」
 声をかける。
 返事はない。
 室内の様子をうかがう。
 破壊された形跡は見当たらない。
 異常は何も……いや、あった。
 ベッドの下から、フリフリスカートのおしりが突き出していた。
「何やってんだ? 美夏ちゃん?」
「わっ!」
 慌ててベッドの下から飛び出してくる美夏ちゃん。
 俺とかなちゃんの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「……直也様、人が悪いですわ、帰ってきたのでしたら声をかけていただければ良かったのに」
「いや、声かけたんだけどな。ところで何やってたの?」
「男の方はベッドの下にえっちな本を隠しておく事が多々あると風の噂に伝え聞いた物ですら、もしかしたら直也様も、と思いまして捜索してましたわ」
「………」
 美夏ちゃんの天使みたいな笑顔と、話している内容がちっとも合っていない。
「安心しろ、美夏ちゃんには絶対に見付からない所に隠してあるから」
「ぶう」
 頬を膨らませる美夏ちゃん。
「なるほど……美夏ちゃんには見付からない所、ですか……」
 ……ところでかなちゃん、どうして美夏ちゃんだと背が届かないような高い棚を見ているんですか?

 かなちゃんが料理をしている間、手持ち無沙汰になった俺と美夏ちゃんはゲームを始めた。
 テレビ画面の中では俺と美夏ちゃんのマシンがデッドヒートを繰り広げている。
「むむむ〜〜〜っっっ!!! ちょこざざいなーーーっっっ!!! ですわーーーっっっ!!!」
 俺の隣でヒートアップして咆哮を上げる美夏ちゃん。
 あまり力を入れ過ぎてコントローラーを壊さないかとちょっと不安。
 そして俺はスピーカーから流れるリアルなロータリーサウンドを堪能しながら悠々と美夏ちゃんの少し前にマシンを走らせる。
 ちなみにロータリーサウンドといっても、世界でただひとつ、某国内メーカーだけが生産しているヴァンケルユニットの奏でるエンジンサウンドの事ではない。
 何と言っても今プレイしているのは「農道バトル」だ。
 北国の農道には欠かせない、除雪ロータリーのエンジンサウンドである。
 そして対戦相手の進路妨害になるように道路脇の雪を飛ばすのが熱い。
 一見すると簡単かつ卑怯そうな除雪ロータリーだが、運転と並行して雪を飛ばす方向も操作しなくちゃいけないので、意外と上級者向けなのだ。
 ……雪のステージじゃないと使えないのが難点だけどな。
「むきききき〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!! もう一回! もう一回ですわっ!」
 ただひたすらエキサイトする美夏ちゃん。
 ふと振り返ると視線の先でかなちゃんが料理をしている。
 気になるのは、レストランの厨房でしか見れないような、ひたすら巨大な鍋である。
 さっき見た時には、あれ一杯にカレーが煮込まれていた。
 あんなに大量に、誰が食べるんだろう?
 いや、ここには三人しかいないわけだから……何日かかる?
 っていうか、かなちゃんがここに来た時には、あのカレー鍋より小さい旅行カバンしか持ってなかったと思うんだけど……。
 色んな意味で不安になってくる。

「いただきま〜〜〜す、ですわ♪」
 なんだかおかしな言葉遣いの美夏ちゃんの声で、夕食が始まった。
 ちなみに美夏ちゃんのカレーだけ甘い甘い特別仕様なのか、俺やかなちゃんのカレーとは見るからに色が違う。
「直也様、どうですか?」
「うん、おいしいよ」
「くすっ、そう言ってもらえると嬉しいです。まだまだありますから、お代わりして下さいね」
 まだまだ……というか、食べきれないくらいの量よりさらに何倍も作ってあるような……。
「ずいぶん大きな鍋だからなあ」
「カレーは大きな鍋でじっくり煮込んだ方がおいしいんですよ」
 だからって限度という物が……残ったらどうしよう?
「一食分ずつに分けて冷凍しておくと便利ですよ」
 入るかな? 冷蔵庫、小さいからなあ。
「空っぽでしたから、大丈夫ですよ」
「………」
 返す言葉もないし。
 とりあえずカレーが残った時の事は後で考えればいいとして。
「美夏ちゃん、ちょっといいかな?」
「はい、福神漬けですわ」
「ありがとう……じゃなくて!」
 福神漬けは福神漬けでもらっておくけど。
「明日の朝、美夏ちゃんの親父さんが迎えに来るからな」
「はへ?」
 スプーンを口にくわえていたので、変な声を上げる美夏ちゃん。
「今、何て言いましたの?」
「だから! お泊まり会は明日の朝で終わりだから、食べ終わって寝るまでの間に荷物をまとめておけって話だよ!」
「………」
「……そんな泣きそうな顔するなよ」
「うう、直也様、わたくしの事が嫌いになったのですね? あの日……永遠の愛を誓い合った時の想いはとうに冷めてしまっていたのですね……?」
「………」
 永遠の愛なんて誓っていないし。
 両手で顔を覆って泣いている美夏ちゃんの肩を叩く。
「え〜と、そうじゃなくて……ほら……」
 指の隙間から、泣いていない美夏ちゃんの目が見えた。
「また、会えるから」
「………」
「だから大丈夫」
「そうですわね♪ たとえ今、ひとときの別れだとしても、わたくし達はまた再会できますわね♪」
 また食事を再開する美夏ちゃん。
 スプーンを持ってカレーをかき込む。
 それはもう、素晴らしいくらいの勢いで。
「………」
 ああ、これだからいつも泥沼にはまっていくんだと、わかってはいるんだけど。

 トントントントントン……………。
 目が覚めたのは、いつもの騒々しい目覚まし時計のベルではなく、リズミカルな包丁の音のせいだった。
 身体を起こすと、台所に立っているかなちゃんが振り返った。
「あ、おはようございます、直也様」
「………」
「あの、直也様?」
「……あ、うん。おはよ、かなちゃん」
 いかん、ちょっと見とれてた。
 だっていいじゃないか、新婚さん夫婦みたいで。
 今朝だけの事とはわかっているけど、ついつい感動しちゃいました。
 ……だからこの際、かなちゃんの手にしている包丁に星形の穴がいっぱい開いてるとか、他にも怪しげな調理器具がたくさん並んでいるとか、そういう事はキレイさっぱり忘れるという方向で。
「朝ご飯、もうすぐできますから」
「ああ……悪いね。支度してもらっちゃって」
「気にしないで下さい。私達がお世話になっているから、これくらいしないと。それに料理、好きですから」
 いいなあ、かなちゃんは。
 それに比べて美夏ちゃんは……。
 被っていた毛布をめくると、美夏ちゃんが出てきた。
 昨晩はベッドを美夏ちゃんとかなちゃんに譲り、俺は一人、毛布にくるまって床で寝ていた。
 なのに毛布をめくると美夏ちゃんが出てきた。
 寝ぼけてベッドから落っこちて潜り込んだのだろう。
 目が覚めた時に目の前に美夏ちゃんの寝顔があったらドッキリだったろうが……。
 どうしてうつぶせの上に、足と頭が逆さまなんだろう……?

 フリフリドレスの美夏ちゃんにメイド服のかなちゃんと一緒に囲む朝の食卓は、ほかほかご飯とワカメのみそ汁、厚焼き卵に納豆が乗った、小さな折り畳みテーブル。
 食後はもちろん、熱いほうじ茶をのんでのほほんと。
 ……実に不思議な光景だった。
 ピンポ〜〜〜ン。
 チャイムが鳴った。
 きっと美夏ちゃんの親父さんだろう。
 美夏ちゃんを振り返った。
 らしくもなく硬い表情をしている。
「美夏ちゃん……」
「………」
「きっと美夏ちゃんの親父さんも美夏ちゃんと仲直りしたがってる。喧嘩した事を後悔している」
 ぽんと美夏ちゃんの肩を叩く。
「ほんのちょっと、自分の言いたい事を我慢して、相手の言葉を聞いてみればいい。それだけできっと大丈夫だから」
「直也様……」
 ピンポ〜〜〜ン。
 再びチャイムが鳴る。
 ……空気を読めない奴がいる。
 ピンポンピンポンピンポン……。
 さらに連続で鳴らしやがる。
 ピピピポ〜〜〜〜〜ン、ピピピポ〜〜〜〜〜ン……。
 しまいにゃリズムまで付けてるし。
 しかも「運命」、状況にあってるし。
「はいはい」
 仕方ないから開けてやるか。
 美夏ちゃんとかなちゃんを残して鍵を開けに行く。
 ガチャッ。
「おおっ! 元気だったか!?」
 鍵を開けるなり、美夏ちゃんの親父さんが飛び込んでくる。
「私が悪かった! 戻ってきてくれ!」
「あ、あの……旦那様……」
 美夏ちゃんの親父さんに両手を掴まれたかなちゃんが声を漏らす。
「私……じゃなくて……」
 ちらっと視線を横に向ける。
 美夏ちゃんが掴まれ損ねた両手を空中に浮かべていた。
「ん? ……ああ、美夏の事か」
 美夏ちゃんの親父さんは言う。
「美夏は直也君と二人っきりラブラブモードの方がいいんだ。それより! 私と家内じゃまともな食事にありつけん。頼む! 帰ってきてくれ!」
「少しは実の娘を心配しろ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!」
 そして。
 俺と美夏ちゃんとかなちゃんの合体攻撃が決まって、親父さんは撃沈した。

 結局、かなちゃんは再び駄々をこね始めた美夏ちゃんと親父さんを引きずって帰って行ってしまいましたとさ。
 そして俺はその後、一週間に渡ってカレーに不自由しなくなりました。
 めでたしめでたし。

はぷにんぐあんだーざひとつ屋根 了


第五話完結記念座談会

かな「こんにちは〜〜〜」
美夏「ですわ〜〜〜」
かな「………」
美夏「………」
かな「あれ? wen-liさんは?」
美夏「いませんわ」
かな「いったいどちらに……あ、いました!」
美夏「どうして机の下に……wen-liさん! そんなところでどうしたんですの!?」
wen-li「……ごめんなさい、二人に合わせる顔がありません」
かな「だからって、お尻を向けられても……」
美夏「これぞ本当に顔を隠して尻を隠さず、ですわ」
wen-li「……仕方ないから出てこよう。みなさま、お久しぶりです。作者のwen-liです」
美夏「本当に久しぶりでしたわ」
wen-li「そうだなあ。前回が2002年の9月、そして今回が2004年の4月。丸一年と半分も開いてしまいました」
美夏「wen-liさんには作者としての自覚が足りませんわ」
wen-li「返す言葉もありません。反省」
美夏「む、wen-liのくせになんだか殊勝ですわ。やりづらいですわ」
wen-li「全くもって恥ずかしい。穴があったら美夏ちゃんを埋めたい気分です」
美夏「素早く即座に前言撤回ですわ」

wen-li「ここで重大発表があります」
美夏「なんですの?」
wen-li「次回! はぷにんぐシリーズ最終回!」
かな「ええっ!?」
美夏「ほ、本当ですの!?」
wen-li「………」
美夏「なんて驚くはずありませんわ。大体、前回もやったネタじゃないですの」
wen-li「………」
美夏「あの……wen-liさん?」
wen-li「今回は本当です」
美夏「………」
かな「………」
美夏「え〜と……あの……」
wen-li「ここではなんですから、詳しくはあとがきで。この後すぐ!」
美夏「え? ええっ? さ、さようなら〜」
かな「さようなら……」


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 はぷにんぐシリーズ第5話「はぷにんぐあんだーざひとつ屋根」いかがだったでしょうか。
 いきなり重大発表の座談会でしたが。
 前々から決めていた事です。
 いい加減、ネタもなくなってきたし、掲載のペースも厳しい物があるし、今の内に完結という形にした方がキレイな形で終わるだろう、と思いましたので。
 あともう1話ありますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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