はぷにんぐおんざダブルデート

「……というわけだからよろしく頼む」
「……は?」
 深夜のコンビニ。
 棚に入荷したばかりの新製品「博多名物、濃厚とんこつプリン」と「名古屋伝統の味、味噌煮込みプリン」と「横浜中華街の味、中華風プリン」を並べている時だった。
 まるで人間のような形をした脂肪の塊が馴れ馴れしく肩を叩いて話しかけてきた。
 しかもにやにやと笑っていたりもする。
「誰が脂肪の塊だ!」
 脂肪のくせに自らの存在を否定するとは生意気な。
 ……でなくて。
「えっと、なんの話だっけ?」
「だからデートだよ、デート」
「デート?」
「そうだよ」
「……いくらなんでも脂肪の塊とデートする趣味はないぞ」
「だから脂肪の塊じゃないっ!」
「仮にお前が人間だと認めるとしても、だ」
「お前に認められなくても、俺はまっとうな人間だ!」
「………」
 今の「まっとうな」という一言には納得しかねるのだけど。
 まあ、それはおいとくとして。
「少なくとも男とデートする趣味はないぞ」
「それについては俺も同意見だ」
 ……珍しい事もあるもんだ。
「だから美夏ちゃんだよ、美夏ちゃん」
「美夏ちゃん?」
 自然に美夏ちゃんの姿が頭に浮かんだ。
 フリルいっぱいの可憐なドレスに身を包んだ、フランス人形のような可愛らしい少女。
 だけどその手には凶悪なトゲの生えた鉄球があって、「直也様〜〜〜っ!」と声を上げながら走り寄ってくる。
「……俺は気付いたんだ」
 思わず浮かんだ映像に恐怖を覚えて頭を抱える俺をよそに、人間の形をした脂肪の塊、もとい、脂肪の塊のような人間は演説している。
「愛があれば年の差なんて、関係ないという事に!」
「………」
「そう! たとえ美夏ちゃんが理想の年齢よりずっと年上だったとしても!」
「………」
 言うまでもなく、俺達より美夏ちゃんの方が年下なんだけど。
「愛があれば! 見た目が理想の年齢に近ければ! それ以外の事は些細な問題に過ぎないという事に!」
「………」
 何かが間違っている気がする。
 いや、こいつの存在自体が間違っているのだから、言う事も間違っていないと間違いに違いないのだけど。
「というわけだからよろしく頼む」
「……は?」
「だ・か・ら! 美夏ちゃんとデートできるように取り計らってくれ」
「………」
 言葉が出てこない。
 なんで俺がそんな事しなくちゃならないんだ?
 そもそも……。
「なあ、その前にどうしても確かめておかなくちゃいけない事があるんだが」
「ん? なんだ?」
「お前、誰だっけ?」
「忘れるなあああああぁぁぁぁぁっっっっっ! 丸川安夫だあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!」

「……というわけですからよろしくお願いしますわ」
「……は?」
 朝の大学のカフェテラス。
 目の前では何故か、フリフリドレスを着た女の子が赤く染まった頬に手を当てて、恥ずかしそうに身体をくねらせている。
 どうして美夏ちゃんが俺の大学にいるのか?
 自分の高校には行かなくてもいいのか!?
 などという根本的かつ重大な問題はさておき。
「えっと、なんの話だっけ?」
「いやですわ。直也様ったら、聞いてなかったんですの?」
 不満そうに口を尖らせる。
 こちとらコンビニの夜勤明けで、今にも眠ってしまいそうなんだ。
 だけど美夏ちゃんはすぐに機嫌を取り戻したのか、再び恥ずかしそうに身体をくねらせ始める。
「実はわたくしの高校、もうすぐ開高記念日でお休みなんですの♪」
「……その日、俺の大学が開学記念日じゃないのは確かなんだよなあ」
「それでそれで、わたくし、以前から見たい映画がありましたので、直也様とご一緒できたらなあ、と思いましたので……」
 ……全然、聞いてないし。
 要するにデートのお誘いか。
 それよりもまず、大学の構内でフリフリドレスの見かけ小学生の女の子が身体をくねらせれている異常な光景に目を留める事もなく通り過ぎていく人々にも問題があるんじゃないか?
 ……あまりにも毎日毎日の光景なので、今さらなのかも知れないけど。
「ねえ、直也様、聞いてますの?」
「え? ああ、聞いてるよ……」
 テーブルの上に身を乗り出す美夏ちゃんに、生返事を返す。
 その時だった。
 俺の脳裏に素晴らしいグッドアイデアが浮かんだのは。

「……で、なんでこうなるんですか?」
 と、言うのは美夏ちゃんちのメイドさん、かなちゃん。
 清楚なメイド服がよく似合う、ちょっと大人しめの女の子である。
 だけど今風の服を着た人の多い商店街に、その服装は少しも似合っていない。
 俺とかなちゃんが並んで歩く少し先には、フリフリドレスのちびっ子、美夏ちゃんと、ボディラインに沿って変形したアニメキャラのTシャツが眩しい、歩く脂肪の塊……もとい、丸川安夫。
 それなりに仲良さそうに、おしゃべりなどしながら歩いている。
 だけど……。
「どう見ても幼女誘拐犯と誘拐された女の子……」
「な、直也様、そんな事ないですよっ」
 ちょっと慌ててかなちゃん。
「じゃあどう見える?」
「え、えっと……」
 細い指を顎に当てて考え込むかなちゃん。
「変態オタクと買ってきたばかりの等身大ポップ?」
「……大して変わんないじゃん」
「そ、そうですか?」
 シュンとうなだれるかなちゃん。
 そんな仕草も何だか可愛かったりして。
 ちなみにどうしてこう、美夏ちゃんと丸川安夫がデートしていて、その後を俺とかなちゃんが付けているのかというと。
 美夏ちゃんがあんまりデートして下さいな、デートして下さいなとうるさいから、とりあえずその場はOKしといて、いざ当日になると急用が入ったと言って、代わりに丸川安夫をデートの相手役に立てたわけである。
 こうすれば俺は美夏ちゃんとデートせずにすむし、丸川安夫は美夏ちゃんデートできて喜ぶし、美夏ちゃんも見たい映画を見に行ける、と。
 グッドアイデアじゃないか! 諸君!
 ……諸君って誰?
 でも二人の様子が気になって後を付けていたら、同じく後を付けていたかなちゃんに出会った、というわけである。
 これぞタナからボタモチ!
 素晴らしきかな役得!
 これもきっと日頃の行ないがいいからだね!
「……でもひどいですよ、直也さん」
 あら? でもかなちゃんは唇を尖らせている。
「私、てっきり美夏様と直也様がデートする物だとばっかり思ってましたのに」
「………」
「直也様、美夏様がどういう気持ちで直也様をデートにお誘いしたのか、少しでも考えてみましたか?」
「え、えっと……見たい映画があったから?」
「違いますっ。映画に付き合うだけなら、私でも務まります。それなのにどうして直也様をお誘いしたのか、考えてみましたか?」
「うっ……」
 確かにそう言われるとちょっとくらい悪い事したかなあとか思わないわけでもないような気もしないでもないけど……。
 いや、だけどそもそも美夏ちゃんに付きまとわれて迷惑しているのは俺の方であって、むしろ精神的慰謝料とか請求してみてもいいかなあとか思ってるし……。
「へい! そこのメイド服の彼女! そんなダサイ男なんか捨てて、俺専属のメイドさんにならないかい!?」
 すこん。
 かなちゃんが手にしたおたまがナンパ男のおでこを直撃する。
「うっ! きつい返事だねえ、彼女。確かに給料払うほど稼ぎないけどっていうか俺の方が給料もらいたいくらいだけど……」
 ぐわん!
 今度はかなちゃんのフライパンがナンパ男の顔面を強襲する。
 哀れ、ナンパ男は顔に丸いフライパンの跡を付けて撃沈した。
「……かなちゃん」
「はい、どうかしましたか?」
「そのフライパン、一体どうしたの?」
「え? ……あら、イヤだ、私ったらせっかく直也様と二人で歩いているのに、フライパンなんか持ってきて……」
 恥ずかしそうに顔を赤くして、フライパンをしまうかなちゃん。
 あのーっ、こういう場面とかそれ以前のお話で、どこにフライパンを隠し持ってきたんでしょう?
 しかも今、どこにしまったんですか?
 何だか見てはいけない物を見てしまった気分。
 ……えっと、脱線した。
 ええと、美夏ちゃんと脂肪の塊は……。
 いたいた。
 商店街の通りのど真ん中で、異様な色彩を放っている。
 すれ違う人は二人の半径五メートルから離れ、遠巻きに「警察呼んだ方がいいのかしら?」とひそひそ話をしている。
 そして二人はというと、そんな周囲の様子にお構いなしにおしゃべりしながら歩いている。
 それから……二人は立ち並ぶ店の看板を指差して何やら話し合った後、一軒の店に入っていった。
「……古野屋?」
 古野屋は言わずと知れた全国チェーンの牛丼屋である。
 旨い、安い、早いの三拍子そろった店であるが、普通は女の子を連れて行くところじゃないぞ。
「……大丈夫か? あの二人」
「古野屋ですか。美夏様の大好物です」
「そうなの?」
「はい。しかも必ずつゆダクで、玉子と味噌汁も忘れません」
「………」
 フリフリドレスの美夏ちゃんが古野屋のカウンターで牛丼を食べて、「とてもおいしいですわ♪」とか言ってる姿を想像してみる。
 ……う、いかん、夢に出てきそう。
 それは忘れて……もっと何か楽しい事を考えてみよう……あ、そうだ。
「……俺達もどこかでお昼にしようか」
「そうですね……あっ、でも、私達が別のお店に入っている間に、美夏様達が出てきたら……」
「う、確実に見失うな」
「そうです。何せ、旨い、安い、早いですから」
 ぐっと拳を握りしめて力説するかなちゃん。
 ……もしかしてかなちゃんも古野屋のファン?
 それはそれとして……ハンバーガーとかテイクアウトしてくればいいか。
 幸い、近くには有名どころのハンバーガーショップが軒を連ねている。
 渦巻き模様のカマボコのトッピングでお馴染みのマクドナルト。
 全品、照り焼きソースのメニューが好評のロッテリヤキ。
 そして軟弱な女性店員を廃し、男性店員の低音ボイスの接客で勝負するドスバーガー。
 どれを選んでも間違いないが、かなちゃんはどれが好みだろう?
「かなちゃん、この際、ハンバーガーでも……あれれ?」
 気が付くと、隣にいたはずのかなちゃんの姿がない。
 どこに行ったんだろう?
 まさかさっきみたいなナンパ野郎に誘拐されたとか?
 ううっ、かなちゃん可愛いから心配だよぉ。
 おーい、かなちゃんや〜い……あ、いたいた。
 エプロン姿にサンダル履きの近所の奥様方の人垣の中に紛れ込んでいた。
 俺は近寄っていって声をかける。
「かなちゃん、何かあったの?」
「あ、直也様、見て下さい、すごいですよ」
「どれどれ」
 人垣の中心にあったのは、包丁の実演販売だった。
 冴えない中年のおっさんが流暢に売り文句を並べ立てながら、手にした変な形の包丁でトマトやら食パンやら生魚やらカマボコ板やらをサクサクと小気味よく切り刻んでいく。
 TVショッピングなんかでもお馴染みの光景だった。
「へえ、本当に良く切れるんだなあ」
 俺が素直に感心していると。
「ええ、本当にすごいですよねえ」
 かなちゃんが明るく応じる。
 視線は実演販売に固定したまま。
「普通はあの包丁を使っただけじゃ、あんな風には切れませんよ」
 ざわざわっ。
 途端に周囲の視線が俺とかなちゃんに集中する。
 し、視線が痛い……。
 いかん、なんとかフォローしないと。
「そ、そうかなあ。かなちゃんの買ったのが、たまたま良くなかったんじゃないかな?」
「そんな事ないですよ。私、同じの持ってますから」
 ざわわわわっっっっっ!!!!!
 周囲の人垣が色めき立つ。
 口々に「やっぱりインチキだったのね」とか「買わなくて良かったわ」とか言いながら立ち去っていく。
 俺のフォローも虚しく……っていうか逆効果だったか。
 気が付くと、そこには俺とかなちゃん、そして実演販売のおっさんだけが取り残された。
 しばらく呆然としていた実演販売のおっさんだったが、気を取り直すとかなちゃんに食ってかかってきた。
「おいっ! そこのねーちゃん! なんて事してくれたんだよ! おかげで商売あがったりじゃねえか!」
 しかしかなちゃんは瞳を輝かせておっさんの手を取る。
「さきほどは素晴らしい技を見せていただいて、本当に感激しました!」
「は、はあ……」
「私も日々練習しているんですけど、なかなか……これからもがんばって下さい! 陰ながら応援してます!」
「え、えっと……」
 かなちゃんの勢いに押されて何も言えなくなる実演販売のおっさん。
 感激して何度も何度も頭を下げるかなちゃんを引きずって、俺はそそくさとその場を離れていった。

「あ、出てきた出てきた」
 などとやっている間に美夏ちゃんと丸川安夫が古野屋から出てきた。
 二人とも古野屋の牛丼の味を満喫したのか、非常に満足そうな表情である。
 ……傍から見てると異様な光景だけど。
 そしてその二人の後を付ける俺とかなちゃんはお昼を食べ損ねてとても空腹である。
 ……ちくしょう。
 少し歩くと、いよいよ本日のメインディッシュ……もとい、メインイベント、映画館に着いた。
 ええと、今、放映中の映画は……。
「……美少女お手伝い戦隊メイドエンジェル?」
 今、全国の小さな女の子とごく一部の大きな男の子の間で流行のアニメだ。
 信頼できる(人格的に、ではなくその手の情報の精度だけは)情報筋によると、中学生の女の子五人組が色とりどりのメイド服に変身して戦うというストーリーらしい。
 深夜のコンビニバイトの時、丸川安夫からメイドエンジェルの素晴らしさを一晩中、延々と叩き込まれたのだが、朝になって覚えていたのはそれだけである。
「……終わったな」
 はあっと俺はため息をついた。
 いくらなんでもこんなオタク向けアニメを見せられて、美夏ちゃんが怒らないはずがない。
 そうすると美夏ちゃんと丸川安夫の仲も数時間で幕切れ、そして俺のささやかな休息の時も終わってしまうだろう。
 実に残念かつ悲しむべき事である。
 ……あ、だけどこの時、ついでに丸川安夫の一生が終わってくれたりすると、それはそれで幸せを感じたりするのだけど。
「あ、これ、 美夏様の好きなアニメですよ」
 と、かなちゃん。
「……マジで?」
「はい、毎週楽しみに見てます」
「………」
 忘れてた。
 美夏ちゃんは実際は高校生なのに見た目は小学生だけど、中身も小学生レベルだったんだ。
「直也様、今の内にお昼にしませんか? 私、もうお腹ペコペコなんですよ」
「そ、そうだね……それじゃあどこにしようか?」
 気を取り直して、俺はとりあえず目の前にある幸せを満喫する事にした。

「あ、直也様にかなちゃん」
「うわっ、なんでこんな所に! ……じゃなくて……やあっ、美夏ちゃん! こんなところで偶然出会うなんて、奇遇だねっ!」
 思わず上がりかかった悲鳴を抑え込んで、俺は引きつった笑顔を浮かべる。
 なんだか文法が間違ってるっぽい台詞が微妙に美夏ちゃんっぽいけど気にしないように。
 もちろん俺も気にしないからな。
「ところで直也様、どうしてこんな所に?」
「うっ……」
 まさか古野屋のライバル、京都風の薄味で勝負する、なか兎から出てきた瞬間に美夏ちゃんとバッタリ出会うなんて考えていなかったから、とっさに言い訳が浮かばない。
 ちなみに、なか兎の主力商品、親子丼の「親子」が何なのかは、誰も知らない永遠の秘密なのだ。
「と、ところで美夏ちゃん、楽しみにしていた映画はどうでした?」
 かなちゃんが助け船を出してくれる。
「うっ……窓口で『小学生ですね?』と聞かれて怒って映画館を飛び出してしばらくぶらぶらしていたからまだ映画を見てないなんて内緒ですわ」
 ……全部自分で言ってるし。
 なるほど、だからまだ映画を見ているはずの時間なのにここにいたわけか。
「……で、どうしてここにいるんですか?」
「うっ……」
 美夏ちゃんの無邪気な笑顔に、俺は言葉を詰まらせる。
 ちっ、まだ忘れてなかったか。
 かなちゃんも困り果てた表情で黙っている。
 まさか急用っていうのが真っ赤なウソで、様子が気になって後をつけてました、なんて言えるわけないし。
「……で、どうしてここにいるんですか?」
「………」
 そんな俺とかなちゃんの後ろめたい心情とは裏腹に、美夏ちゃんは無邪気な笑顔で詰め寄ってくる。
 しかし美夏ちゃんはぽんと手を打つと、満面の笑顔を咲かせた。
「あっ、わかりましたわ! 直也様、用事が早く終わったので、急いで駆けつけてくれたんですね!?」
「うっ……」
 美夏ちゃんの、純粋で裏切る事を知らない笑顔が俺を見つめる。
「やめろ、美夏ちゃん……俺をそんな目で見るなぁっ!」
「な、直也様……?」
「そんな目で見られたら……なんか美夏ちゃんを騙してひどい事しているみたいじゃないかっ!」
「実際にしてるんですよっ! 初めから言ってたじゃないですかっ!」
 かなちゃんがらしくもなく大きな声を上げて割って入ってくる。
 と、思ったら。
「おいっ! 直也っ!!」
 さらに割って入ってきたのは、生意気にも日本語をしゃべる脂肪の塊だった。
「誰が脂肪の塊だっ! っていうかそんな事はどうでもいい!」
「何っ!? とうとう自分が脂肪の塊だと認めたか!?」
「認めてないっ! ……で、なんでお前がこんな所にいるんだ!? ……そうか! わかったぞ! 美夏ちゃんの事を俺に譲ると言いながら、やっぱり美夏ちゃんを忘れられなくてウジウジと後をつけていたんだな!? そうだろ!」
 ……あのう、誰も譲るなんて言ってないんですけど。
 確かにデートのお膳立てはしたけど。
「しかし! お前には美夏ちゃんは譲らないぞ!」
 うわっ!
 脂肪の塊が掴みかかってくる!
 しかし!
「直也様に何をするんですのぉぉぉぉぉっっっっっ!?」
 美夏ちゃんの巨大鉄球が振り下ろされ、その手が俺の襟首を掴まえるより早く、脂肪の塊は撃沈されたのだった。
 ……そういやこいつ、なんて名前だっけ?

 その後、俺達は美夏ちゃんの手でしばき倒された脂肪の塊を引きずって、近くの公園まで来た。
 俺と美夏ちゃんはこの意識を失った脂肪の塊が雑踏に揉まれ、塵芥になって自然に帰っていくのに任せようと提案したのだけど、かなちゃんが強硬に反対したので中止になったのである。
 で、脂肪の塊をベンチに寝かせて、かなちゃんが天使のような優しさで膝枕をしているのである。
 ……羨ましいぞ、畜生。
 ちなみに俺も近くのベンチに座っていて、美夏ちゃんは俺にまとわりついているのである。
 ……だけどまあ、ちょっとは悪い事したかなあとは思っている。
 俺の事を好きだと言っている美夏ちゃんにはもちろんだけど、この脂肪の塊……でなくて、丸川安夫にも。
 こいつはこいつなりに純粋に美夏ちゃんの事が好きで……純粋か?
 不純の塊じゃないか、こいつの存在自体。
 純粋だろうが不純だろうが、犯罪には違いないけど。
 で……ともかくこいつは美夏ちゃんの事が好きで、こういう結果になるのは明白だったのに、二人がデートするように仕向けたんだから。
「はあ……」
「直也様、どうしたんですの?」
「なんでもないよ、美夏ちゃん」
 心配そうに俺を見上げる美夏ちゃんの頭に手を乗せると、美夏ちゃんは無邪気に笑う。
 ともかく……ここにいる全員が不幸にならない方法ってないのかなあ。
 らしくもなく、そんな事を考えた。
「……なかなか目を覚ましませんねえ」
 かなちゃんの白い手が丸川安夫の額に触れる。
 ……前言撤回。
 こいつが不幸になるためなら、俺はどんな苦労だって惜しまない。
「う……」
 その時、丸川安夫が目を覚ました。
「あっ、気が付きましたか?」
 かなちゃんがにこっと笑う。
 ……羨ましいぞ、畜生。
「………」
「大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
「………」
「本当に申し訳ありません。うちの美夏様がひどい事をしてしまって……」
「………」
「あ、あの、どうしたんですか? 黙ってしまって……」
 ちょっとおろおろするかなちゃん。
 それも何だか可愛らしかったりして。
 ……羨ましいぞ、畜生、脂肪の塊の分際で。
 その時、やっと丸川安夫の口から言葉が漏れた。
「お……」
「お?」
「俺はメイドさんも好きなんだあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
「もう二度と出てくるなあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
 そして俺の鉄拳と美夏ちゃんの鉄球とかなちゃんの中華鍋の一撃が丸川安夫に炸裂して……。
 今度こそ丸川安夫を完全に沈黙させた。
 ちゃんちゃん。

はぷにんぐおんざダブルデート 了


第四話完結記念座談会

wen-li「座談会の前に作者からひとつ、注意事項があります。この『はぷにんぐシリーズ』のタイトルは正確な英文法に基づいているとは限りません。
    わざわざ英語の辞書を開いて『wen-liさ〜ん、間違ってますよ〜』などと報告しなくても構いませんので」
美夏「ちゃんと自分で調べればいいのに……」
wen-li「うるさい!」

かな「はい、wen-liさん、どうぞ」
wen-li「え? なになに?」
かな「直也様からの差し入れです」
wen-li「え〜と……『名古屋伝統の味、味噌煮込みプリン』?」
美夏「『博多名物、濃厚とんこつプリン』と『横浜中華街の味、中華風プリン』もありますわ」
wen-li「ぐわっ」
美夏「しかもコンビニ名物、賞味期限切れですわ」
wen-li「………」
かな「直也様から『美夏ちゃんとかなちゃんは絶対に食べるなよ、全部wen-liに食べさせるんだぞ!』と強く言われてますので、wen-liさんお一人でどうぞ」
wen-li「………」
美夏「wen-liさん、羨ましいですわ。直也様からの贈り物を独り占めなさるなんて」
wen-li「だったら美夏ちゃんに全部やるぞ」
美夏「心の底から辞退させていただきますわ♪」
wen-li「しくしく……」

美夏「wen-liさん! わたくし、とっても不満ですわ」
wen-li「何が?」
美夏「前回に引き続き、今回も出番が少ないですわ!」
wen-li「まあまあ、そんな事で怒るなよ」
美夏「怒りますわ! ただでさえどこかの誰かさんのせいで年に1回くらいしか出番がないのに……」
wen-li「うるさい! っていうか、本当にそんな事がどうでもよくなる重大発表があるんだから」
かな「それはなんですか?」
wen-li「ふっふっふっ、聞いて驚け!」
美夏「普通は『驚くな』ですわ」
wen-li「驚かないのは無理だって事だ! いいか! 二人ともよく聞け!」
かな「どきどき……」
美夏「わくわく……」
wen-li「次回! はぷにんぐシリーズ最終回!」
かな「ええっ!?」
美夏「ほ、本当ですの!?」
wen-li「ウ・ソ♪」
かな「………」
美夏「………」
wen-li「や〜い、ひっかかった、ひっかかった♪」
かな「………」
美夏「………」
wen-li「あのう、二人ともどうした黙ったままなの?」
かな「………」
美夏「………」
wen-li「おおい、二人とも黙ったままどこに行くんだよう〜」
かな「………」
美夏「………」
wen-li「お〜い、私を置いてかないでくれ〜!」
かな「………」
美夏「………」
wen-li「………」


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 はぷにんぐシリーズ第4話「はぷにんぐおんざダブルデート」いかがだったでしょうか。
 前回のあとがきで「第4話までしばしのお別れ!」とか書いておきながら1年以上間が空いてしまい、反省している作者です。
 今回もいつも通り……っていうかいつも以上にいい加減なお話ですが、一応、第2話の丸川安夫氏、第3話のかなちゃんの登場を受けての第4話です。
 ……なんていうか、それだけ。

 というわけで。
 次回、第五話までしばしのお別れ!
 ……だといいな。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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