はぷにんぐいんざコンビニ

「まあ、直也様! こんな所でお会いするなんて奇遇ですわ!」
「美夏ちゃん……僕らはきっと運命の赤い糸で結ばれているに違いないな……」
「直也様……」
「……なんて俺が言うとでも思っていたのか?」
「あらあら」
 それでも悪びれた様子もなく、ころころと笑うのは、山中=ローラン美夏。
 遠くから見れば、ふりふりドレスを着たフランス人形。
 近付いて見れば、ちょっとおしゃまな小学生。
 しかしその実態は、れっきとした高校生らしい。
 どうして「らしい」が付くのかというと、今でも信じがたいからである。
 ちなみに俺は伊藤直也、普通の大学生。
「でも本当にこんな所でお会いできるなんて……わたくしはとても幸せですわ♪」
「俺は力一杯不幸だけどな」
「……と、ところで今日はアルバイトですの?」
「そうだよ……っていうかさっき、俺がレジに立っている目の前を素通りして、そこでおにぎりとサンドイッチを物色してなかったか?」
「き、気のせいですわ」
「そしてその後、向かい側のパンの棚を物色した後、その足で飲み物を選んでからここに来ただろ」
「ああ、直也様ったら……そんなにわたくしの事を見つめていらっしゃったなんて……」
「………」
 美夏ちゃんの言葉にげっそりとしながら、それでも俺は大きく息を吸って、力の限り大きな声で言った。
「っていうか、今何時だと思っているんだよ!」

 そう。
 これまでの描写でどれだけの人がわかってくれただろうか。
 今、俺がいる場所。
 それはコンビニのレジの内側である。
 そして美夏ちゃんはレジの向こう側。
 普通にコンビニの店員がお客さんと向かい合い、精算をしているような状況である。
「何時って……あら、もうすぐ十二時ですわ」
「あら、じゃないだろ! まったく……子供はもう寝る時間じゃないのか?」
「ま、まあ、それは置いといて……」
 目の前にある物を両手で持ち上げてどけるような仕草をする美夏ちゃん。
 それはそれとして、話しながらも手はきちんと精算業務をしているから、俺もなかなかのもんだ。
「あ、それと肉まんひとつ下さいな」
「………」
 ピッ。
 バーコードリーダーが小さな電子音を上げた。
 蒸し器から肉まんをひとつ取り出し、袋に入れる。
「六百八円になります」
「……おごっていただけませんの?」
「いつどこで誰がおごるなんて言った?」
「はぅ、残念ですわ」
 とか言いながら、美夏ちゃんの手は財布から五百円玉一枚と百円玉一枚と十円玉一枚を取り出していた。
「はい、お釣り二円」
 俺が差し出したお釣りを受け取り、美夏ちゃんは大切そうに財布にしまう。
「あ、そうですわ。偶然の再会を祝して、一緒にお茶でも飲みませんか?」
「……俺、バイト中なんだけど」
「それは残念……あ、それでは今、ここでお茶しませんか?」
 と言ってさっき買ったばっかりの缶コーヒーを開けようとする。
「いいからさっさと帰れ」
 犬とか猫でも追い払うように、しっしっと手を振る。
「……残念ですわ……それではまた後日……」
 そう言って大人しく立ち去る美夏ちゃん。
 ところが店から出る前に、崩れるように倒れてしまった。
「美夏ちゃん!」
 慌てて駆け寄る俺。
 その小さな身体を抱えるようにして抱き起こす。
「美夏ちゃん、大丈夫か!?」
「ああ、直也様……」
「どうしたんだよ、一体……しっかりしろ!」
「直也様……ああ、わたくし、もうダメですわ……」
「美夏ちゃん!」
「ぐう……すやすや……」
「………」
 寝ていた。

 美夏ちゃんは揺すっても叩いても鼻をつまんで口を塞いでもお尻ペンペンしても起きなかった。
 仕方ないので奥の部屋に寝かせる事にした。
 深夜のコンビニのバイトは二人交代が基本なので、奥の部屋にはちゃんと布団なんかも用意してあるのだ。
「ふう……やれやれ」
 ようやく布団に寝かせ終えた。
 いくら美夏ちゃんが小学生みたいに小柄とはいえ、楽な仕事ではなかった。
「しかしこうして安らかな顔で死んで……じゃなくて眠っていると、やっぱり可愛い寝顔だよな、この子……」
 運ぶ時に足を持って引きずったため、寝顔は安らかでも後頭部はコブだらけかも知れないが、黙っている事にしよう。
 ついでに永遠にばれない事も祈っておこう。
「どうしたんだ? その子。お前の妹か?」
 そう言って美夏ちゃんの顔をのぞき込むのは、俺の今夜の相棒、丸川安夫だ。
 ビール樽のような腹と雪ダルマのような顔、そしてボンレスハムのような腕とフランクフルトのような両足を持ち合わせた男だ。
 短く言い直すと「脂肪の塊」である。
「妹? 冗談でもそんな事言うなよ」
 まあ、こいつは美夏ちゃんの本性を知らないからそういう事が言えるんだ。
 中身が外見と釣り合っているなら、こういう妹がいてもいいかも知れないけど。
「じゃあ……恋人とか?」
「……今、俺がお前の腹に出刃包丁を突き刺しているビジョンが浮かんだぞ」
「じょ、冗談だって」
「っていうか、もしお前を刺し殺しても、今のお前の発言をテープに録音しておけば、裁判でも無罪になれるよなあ……」
「直也……目がマジ……」
「冗談だって冗談」
 一瞬、殺意が芽生えたのは本当だけど。
「だけど……可愛い寝顔だよなあ、この子……」
 安夫は四つんばいになって美夏ちゃんの寝顔をのぞき込む。
 その光景は、幼い子供の寝室に忍び込んだ変質者その物だと、俺は思った。
「おい、美夏ちゃん起こすなよ」
「わかってるって」
 ……いや、よく考えたら起きて家に帰ってくれた方が面倒が少なくてすむのか。
「この子、お前とどういう知り合いなんだ?」
「なんか知らないけど、俺の事を追い回してくるんだ」
「ふうん」
 詳細に説明するのは面倒だと思っていたので、安夫があっさり納得してくれたのはありがたかった。
(作者注:詳しくは拙作「はぷにんぐふろむ落とし物」参照)
「ところでこの子、いくつなんだ?」
「さあ、よく知らないんだけど……確か高校生だって言ってたなあ」
「高校生?」
「ああ、とてもそうは見えないだろ?」
「高校生……という事は……」
「少なくとも十五、六ってとこじゃないか?」
「けっ。年増め」
 安夫は短く吐き捨てると、奥の部屋から店の方へと出ていった。
「………」
 何だ? 今の態度の急変は?
 でもとりあえず……美夏ちゃんの危機(?)は去ったらしい。

 それから数日後。
「先日は娘がお世話になりました」
「はあ……」
 紋付き袴姿の、いかつい顔の中年男性にいきなりそう切り出されて、俺は少し困ってしまった。
 いや、いきなり、という表現にも少なからず語弊があるだろう。
 この中年男性はまず店に入るなり、レジの目の前のガムや飴が並んだ棚を物色し、その中からのど飴をひとつ選び、さらにレジの前を横切ってシーチキンマヨネーズといくらのおにぎりとチキンカツサンドを手に取り、さらに奥の方に進みながらメロンパンとチョコクロワッサンを鷲掴みにし、その足で190mlの缶コーヒーと500mlのペットボトルのコーヒーのどちらを選ぶかで悩み、悩みに悩んで190mlの缶コーヒーという苦渋の決断を下した後、お菓子のコーナーに新製品がないかをチェックした結果、何もない事がわかって、がっくりと肩を落としながらレジまで歩いてきた、というわけなのだ。
「あ、申し遅れました。私、山中=ローラン美夏の父親です」
「はあ、どうも……」
 丁寧に頭を下げられても、かえってこっちが困ってしまうのだが……え? 何? 美夏ちゃんの父親!?
 それが一体、何をしに……。
 頭がパニックになりそう。
 とりあえずレジでも打っておくか。
 ピッ、ピッ、ピッ……。
「あ、これもお願いします」
 美夏ちゃんの親父さんはどこからともなく小さめの、それでも一抱えもある段ボール箱を重そうに取り出した。
 どうやら小包らしい。
 最近のコンビニは、小包の受け付けや公共料金の支払い、コンサートのチケットの予約などなど、さらに便利になってきている。
 もっとも、バイトの身には余計な仕事が増えて面倒なだけだが。
 とりあえず伝票にちょろちょろっと書き込んで、奥にしまう。
「先日、娘が朝帰りをしましてな」
「はあ……」
 あ、この間の事か。
 美夏ちゃんが深夜十二時近くに店に来て、十二時ちょうどになると同時に眠ってしまった、あの時の事だな。
 美夏ちゃん談。
「わたくし、十二時ちょうどになるとどこでも眠ってしまう体質ですの」
 という事らしい。
 結局、朝になるまで起きなかったんだ。
「それで娘に問い質してみたところ、この店とあなたの名前を自白しましてな」
 自白……?
「それで今日、こうしてご挨拶にうかがったのです」
「はあ……」
 ご挨拶、とか言われても、嫌な予感が暗雲のようにむくむくと胸に沸き上がってくるだけだ。
「それはそうと、美夏ちゃんのお父さん」
「うむ」
「ちょっと失礼な事かも知れませんが、よろしいでしょうか?」
「うむ、構いませんよ」
「美夏ちゃんと全然似てませんね」
「余計なお世話だっ! 人が気にしている事をっ!」
 地団駄踏んでわめき散らす美夏ちゃんの親父さん。
 ……気にしているのか?
「でも非常識な時間にやってくるのは美夏ちゃんとそっくりですね」
「失礼なっ! 私は美夏よりは常識的な時間に来ておりますっ!」
「そうですね。確かに相対的に……一時間くらい美夏ちゃんより常識的ですね」
 時計を見ると、ちょうど十一時を指していた。
 っていうか事態を悪化させてどうするんだろう、俺。
「そうそう、ちょっとここにハンコ押してもらえますか?」
 そう言いながら、美夏ちゃんの親父さんは何やら懐から書類を一枚、取り出して広げる。
「ええと、ハンコ……いや、持ってません」
「そうですか、それじゃあ拇印で結構です」
「はあ……」
 差し出された朱肉に親指を押し付けて、その指を書類に……。
「ちょっと待てぇっ!」
「は? どうかしましたか?」
「この書類、婚姻届とか書いてないか!?」
「いやあ、よくご存じで」
「『よくご存じで』じゃないっ!」
 危ない危ない。
 もう少しで本当に拇印押すとこだったぞ。
「何を隠そう、正真正銘、間違いなく本物の、美夏とあなたの婚姻届です」
「だからどうしてそんなもんにハンコ押さなくちゃいけないんだよ!」
「美夏が自白したところに寄れば、美夏とあなたは相思相愛雨あられ。すでに将来を誓い合った運命の出会いだとか」
 何だか言いたい事がわかるようなわからないような。
 でもひとつわかった事は、美夏ちゃんと親父さんに常識的な事を要求しても、無駄だという事か。
「というわけで、ちゃっちゃとここにハンコを」
「やめろっちゅうにっ! 大体、俺と美夏ちゃんはそんな仲じゃないって!」
「ふっ」
 意味もなく遠くに視線を移す美夏ちゃんの親父さん。
「あなたが照れる気持ちもわからなくはないが」
「照れてない照れてない」
「美夏はそれはそれは目に入れても痛くないほどに可愛がっている、愛しい愛しい大切な愛娘」
「はあ……」
「それに引き替え、あなたはどこの物とも知れない馬の骨」
「はあ……」
 まあ……確かにそういう事になるんだろう。
 言い方は悪いけど。
「そんな美夏の言う事とあなたの言う事、私がどちらを信じるかは自明の理。さあ、臆する事なくこの辺にハンコなどひとつ」
「誰がするかあぁっ! っていうかその大切な娘と馬の骨をひょいひょいと結婚させるなっ!」
「あ」
 ポンとひとつ手を打つ美夏ちゃんの親父さん。
「そういう考え方もありますな」
「普通はそうとしか考えないっ!」
「まあ、それは置いといて」
 目の前にある物を両手で持ち上げてどけるような仕草をする美夏ちゃんの親父さん。
「置いとかないのっ!」
 美夏ちゃんの親父さんがどけた物を持ち上げて、元に戻す。
「まあ、そんな事言わずに」
 再び目の前にある物を両手で持ち上げてどける(以下略)。
「ダメですっ!」
 さらに美夏ちゃんの親父さんがどけた物を(以下略)。
「むう、最近の若者には珍しく、根性があるようですな」
 三度、目の前にある物を両手で(以下略)。
「ええい、いい加減にしろっ!」
 力一杯怒鳴ったところで。
「あの〜すみませ〜ん。まだですか〜」
 見ると美夏ちゃんの親父さんの後ろに別のお客さんが待っていた。
「あ、どうもすみません。どうぞどうぞ」
 美夏ちゃんの親父さんがよけて、代わりに別のお客さんが俺の前に立つ。
 え〜と、雑誌が一冊、ピッ、缶コーヒーと、ピッ、スナック菓子がひとつ、ピッ。
 代金を払って、お釣りを受け取って、お客さんは帰っていった。
「ありがとうございました!」
 ふうっ。
「ところで婿殿」
 早速、美夏ちゃんの親父さんが話しかけてきた。
「誰が婿だ、誰が」
「美夏のどこが気に入りましたか?」
「………」
 気力が萎えて言葉を組み立てる事ができなかったので、代わりに殺意を込めた視線でにらみ付けてやる。
「は、ははははは……そんな恐い顔しなくても……ところで婿殿、子供は何人くらい?」
「………」
 気力が萎えて言葉を組み立てる事ができなかったので、代わりに物に穴でも開けられそうな視線でにらみ付けてやる。
「は、ははははは……冗談ですよ、冗談……」
 懐から取り出したハンカチで冷や汗を拭う美夏ちゃんの親父さん。
「まあ、美夏もふしだらで……じゃなくて、ふつつかで非常識な娘ですが……親バカという奴で、そんなところがかえって可愛らしく思えてくるものですが……」
 まあ、非常識、というところは大いに同意するところだけど。
 親父さんといい勝負じゃないだろうか。
 この親にしてこの子あり、の生きた見本だろう。
「先妻がいなくなって以来、あの子には苦労をかけっぱなしですが……」
「動くな」
 誰かの声が聞こえてきた。
 見ると、帽子にサングラス、ガーゼのマスクで完全に顔を隠し、厚手のジャケットを着たいかにも怪しげな男が、美夏ちゃんの親父さんの後ろに立ち、そのこめかみに拳銃を突き付けていた。
 どうやらコンビニ強盗らしい。
 っていうかいかにも「私はコンビニ強盗です」って感じだった。
 生まれて初めて見たぞ。
「動くとこのおっさんを撃つからな」
「………」
 動きたい。
 そんな事を言われると余計に動きたくなる。
 必要があろうがなかろうが、そんな事はどうでもいい。
 とにかく動きたい。
 とりあえずコンビニ強盗が美夏ちゃんの親父さんを撃ってくれれば、拳銃の弾が一発減ってくれる。
 ついでに俺が直面している厄介事がひとつ減ってくれる。
 っていうか後者の方がメインだったりする。
 そんな俺の切実かつささやかな幸せと人道上の罪悪感という些細な問題を天秤にかけて、前者の方に大きく傾いたからといって、誰が俺の事を責められようか。
 いいや、誰もできるはずがない。
 っていうか、ぜひとも撃ってもらいたいくらいだ。
 レジの有り金全部渡せば、それで撃ってくれるだろうか?
 しかし俺が自分自身の慎ましやかな幸せについて熟考する時間も長くは続かなかった。
 助けが来たのである。
「直也様っ! 危ないですわ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
 叫び声と一緒に、助けはやってきた。
 直径二メートルの、巨大な鉄球が。

 巨大な鉄球はコンビニ強盗を巻き込み、お弁当コーナーを壊滅させていた。
 もちろん、当然のように美夏ちゃんの親父さんもしっかりと巻き込んで。
 そしてその鉄球には鎖が付いていて、その鎖をたどっていくと、入り口の自動ドアの前で仁王立ちした美夏ちゃんがいた。
「直也様っ! ご無事ですかっ!?」
 美夏ちゃんは半分、体当たりするように俺の身体に飛び付き、抱き付いてきた。
「うぅ……えぐっ、わたくし、とても心配しましたわ……もう少しで直也様が撃たれるところだったと思うと、胸が張り裂けそうですわ……」
「美夏ちゃん……ごめんな、心配かけて」
「うぅっ、直也様〜〜〜〜〜っ」
 美夏ちゃんはついに泣き出してしまった。
 感動的な名場面……なんだろうな、きっと。
 美夏ちゃんがどういうわけか、レジの上にちょこんと正座したよくわかんない格好で俺に抱き付いている事とか、撃たれそうだったのは俺じゃなくて美夏ちゃんの親父さんだとか、そして当の親父さんは美夏ちゃんの鉄球の下敷きになっているとか、そういうどうでもいい、些細な事さえ忘れてしまえば。
「ううっ、美夏……」
 鉄球の下からソンビ……もとい、美夏ちゃんの親父さんが這い出してきた。
「あら、お父様」
 美夏ちゃんは言った。
「お父様もいらしてたんですの?」
「………」
 美夏ちゃんの親父さんはばったりと倒れてしまった。
「っていうかよく生きてましたね」
 俺が言うと、
「はっはっはっはっはっ、慣れてますから」
 今度は復活した。
 慣れてどうにかなる問題なのか?
 まあ本人が幸せなら、他人が口を挟む問題ではないが。
「ところで美夏」
「はい、お父様」
「うっ、げほっ、ごほっ」
 美夏ちゃんの親父さんはいきなり血を吐いた。
 ……マネをした。
「ああっ、お父様っ! 大丈夫ですか!?」
 でも倒れそうな父親の身体に抱き付いて支える美夏ちゃん。
「というわけで私はもうダメだ」
「お父様……」
「だからこれはお前に託す」
「こ、これは……」
 げ。俺と美夏ちゃんの婚姻届だ。
 この騒ぎで忘れていなかったとは、恐るべし、美夏ちゃんの親父さん。
「ふっ、思えばお前と直也殿の仲に反対した事もあった」
 ……いつどこにあった? そんな事。
「しかし今になってみると、お前とラブラブな直也殿に嫉妬して……たとえお前が直也殿を愛そうと、父と娘の間に何も変わりはない事に気付かなかった、私がバカだったよ」
 ……いつどこで俺と美夏ちゃんがラブラブになったんだ?
 初耳だぞ。
「お父様……お気持ちはありがたいですわ。でも……でも無理ですわ、そんな事……」
「なあに、もう私に気兼ねする必要はないんだ……二人で幸せになって……ううっ、げほっ、ごほっ……ハァハァ……ただ心残りなのは……お前のウエディングドレスと……孫の顔を拝めない事だけだ……」
「そんな事……そんな事おっしゃっても、無理ですわ!」
「直也殿……娘をお願いします……どうかこのバカな父親の願いを……」
「だってわたくし……わたくし、まだ十五歳ですもの! 十六歳にならないと結婚なんてできませんわっ!」
「………」
「………」
 訪れた、重い重い沈黙。
「………」
「………」
「………」
 美夏ちゃんの親父さんはいきなり立ち上がると、びしっと片手を上げてポーズを決めた。
「それでは後は若い二人に任せて、年寄り連中は退散しますっ! それじゃあっ!」
「自分の娘の歳くらい覚えておけぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!」
 珍しく俺と美夏ちゃんのコンビネーションがバッチリと決まって。
 美夏ちゃんの親父さんはお空の星になりました。
 めでたしめでたし。

 それから数日後。
 俺は何となく美夏ちゃんを連れ出して、何となく二人で河原に座って流れる川を眺めていた。
 隣に座った美夏ちゃんがすりすりと身体をすり寄せてくるが、何となくそのままにしていた。
「ところで美夏ちゃん」
「はい」
「美夏ちゃんのお母さんって……」
 その先が言いづらくて、俺が言葉を濁していると、
「はい。とても元気ですわ」
 ケロッと明るい返事が返ってきた。
「………」
「………」
「はい?」
「だから、殺しても死なないくらいに元気ですわ」
「いや、この前、美夏ちゃんのお父さんが『先妻がいなくなって……』とか言ってたんだけど」
「わたくし、お父様の後妻の娘なんですけど」
「………」
 あの親父、紛らわしい言い方しやがって。
 確か「先妻がいなくなって以来、あの子には苦労をかけっぱなしですが……」って言ってたよな?
 いかにも意味ありげな言い方なのに、実際には美夏ちゃんにはきちんとお母さんがいて、かつ美夏ちゃんが生まれた後は「先妻がいなくなって以来」という事だから矛盾はしないのだが……。
 全く、あの親父ときたら。
 あ、ちなみに、美夏ちゃんはお母さんがいなくなった後、あのひねくれた親父に男手ひとつで育てられて可愛そうだなあ、とか、それならこんなひねくれた性格に育っても仕方ないなあ、とか、同情したりなんかしていないからな。
 さらにそういう理由で、今日、美夏ちゃんを河原に連れて来て、デートのマネ事をしているわけでは、断じてないからな。
 本当だぞ。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。
 本当だからなっ!
「ところで直也様」
「なんだ?」
「わたくし、十六歳になったら、直也様と……うふふっ♪」
「………」
 とんだヤブヘビだったろうか。
 何となく空を見上げてみる。
 一面の、どこまでも果てしなく広がる青い空。
 だけど俺に残された時間が決して長くはない事を、ただ一人、俺だけが知っていた。

はぷにんぐいんざコンビニ 了


第二話完結記念座談会

美夏「1億2千万の読者のみなさま、こんにちは! みんなのアイドル、山中=ローラン美夏ですわ!」
wen-li「なんかこのホームページ、まだ3万ヒットしてないんだけど……」
美夏「いつもの恒例行事ですわ」
wen-li「ま、なんでもいいけど……えっと、作者のwen-liです」
美夏「ところでwen-liさん、第1話からずいぶんと間が空いてしまいましたけど……」
wen-li「いやあ、危うく続編の予定自体をすっかり忘れて……」
美夏「………(すちゃっ)」
wen-li「ごめんなさい。仕事が忙しかったのと、別の小説に手こずっていたのが原因です」
美夏「ところで今回、私の出番が少な目だったように思うのですが」
wen-li「新キャラが二人もいたからね」
美夏「お二人はまた出てくるんですの?」
wen-li「さあ、美夏ちゃんはどうなると思う?」
美夏「わたくしに聞かれても……」
wen-li「ちなみに直也の友達の丸川安夫。あれはモデルがいてね」
美夏「はいはい」
wen-li「特定の人じゃないんだけど……私の周りはああいう人ばっかりだから」
美夏「……wen-liさん」
wen-li「はい、何でしょう」
美夏「お友達はきちんと選んだ方がよろしいかと」
wen-li「そんな事したら、友達いなくなるって」
美夏「………」
wen-li「冗談だよ、冗談」
美夏「はあ……それでは今回の第2話目ですけど……苦労したところとかあります?」
wen-li「苦労……ねえ。あれかな。今回は第1話より短くなりそうな気がしてね」
美夏「はい」
wen-li「がんばって伸ばしたんだよ。直也と親父さんが対峙しているシーン」
美夏「はい、あれは手に汗握るシーンでしたわ」
wen-li「??? そうだっけか? まあいいけど……その気持ちたるや、子供をさらわれた母親が誘拐犯からの電話を取って、隣の刑事さんに『奥さん、逆探知するのでできるだけ話を長く!』って言われているみたいでした」
美夏「……よくわかりませんけど。わたくし、そういう経験がないので」
wen-li「それもそうか」
美夏「ところでwen-liさん、次回作の予定は?」
wen-li「………」
美夏「wen-liさん?」
wen-li「えっ?」
美夏「わたくしの話、聞いてましたの?」
wen-li「えーと、なんだっけ。あ、次回作ね。次回作は」
美夏「次回作は?」
wen-li「書かないとダメ?」
美夏「……(すちゃっ)」
wen-li「わっ! 冗談だよ、冗談っ! ちゃんと考えてあるってっ!」
美夏「で、どんな感じですの?」
wen-li「ふっふっふっ、次回も新キャラ登場、しかも読者さん待望の女の子だっ!」
美夏「おおっ!」
wen-li「女の子が登場する以上、美夏ちゃんのライバルになる事、必至っ!」
美夏「す、すごいですわっ!」
wen-li「しかし美夏ちゃんにとっては、ライバルというよりは親友といった方がふさわしいかも知れない」
美夏「ふむふむ」
wen-li「いや、親友よりももっと深い……そう、姉妹のような、といっても過言ではない間柄かも知れない」
美夏「これは謎が謎を呼ぶ展開ですわっ!」
wen-li「それとも友達というよりは、もっと冷め切った、ドライな関係かも知れない。それはたとえていうなら……」
美夏「あの……wen-liさん……」
wen-li「いやいや、あるいは……え? 何? 美夏ちゃん」
美夏「わたくし、何が何だかわからなくなってきましたわ」
wen-li「そーか、そーか……え〜っと……(今までの自分の発言を読み返す)」
美夏「………」
wen-li「………」
美夏「………」
wen-li「なあ、美夏ちゃん。どれが正しいと思う?」
美夏「無責任に発言しないでくださいなっ! えいっ!」
 げしっ!
wen-li「ぐはっ!」
美夏「それではみなさま、『私はここにいます。』ではわたくしの美しいイラストを大募集中ですわ! ごきげんよう!」
wen-li「………(死亡)」


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 はぷにんぐシリーズ第2話「はぷにんぐいんざコンビニ」いかがだったでしょうか。
 今回は美夏ちゃんの親父さん登場という事で、こんな感じに仕上がりましたが、みなさんの感想はどんな感じでしょうか。
 最近思うのは、この直也と美夏ちゃんの設定って、続編を書くのに非常に不向きな気がするんです。
 何も考えずに「シリーズ化します」みたいに宣言して、結構困っていたりして。
 というわけで短編連載を志すみなさん、この愚かな先達の二の舞にならないように注意してください。

 ちょっと趣向を変えて「正しい短編連載の書き方講座」など。
 なんといっても主人公が同一でたくさん話を書く時に困るのが、話の中心になるメインテーマ。
 第1話「はぷにんぐふろむ落とし物」では、「落とし物」から全てが始まりますが、第2話ではそれは使えません。
 これは非常に悪い見本です(泣)。
 で、単刀直入にどうすればいいか、というと。

方法1 事務所を開く。
 主人公が探偵事務所とか霊媒事務所とか何でも屋とか、事務所を開いていれば、お客さんが仕事と一緒に話のネタを持ってくるという寸法です。

方法2 旅をする。
 さあ、話のネタを思い付かないあなた、私と一緒に旅に出ましょうっ!
 そして共に手を取り合い、話のネタを探しましょう!
 じゃなくて。
 主人公が旅をして、行く先々で事件を解決していくというパターンです。

 こんな感じでしょうか。
 さあ、みなさんもレッツトライ!

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


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