守護者−Gardian−

第4章「サファイアの少女」

 本来なら三日かかる行程を二日で突破して、俺は北の火山の遺跡に着いた。
 薄暗い洞窟の奥にある金属の扉。
 五年前はセリーナと二人で開けたそれは、今も変わらずにそこにあった。
 ひとつ深呼吸をすると、扉を開ける。
 軋む音ひとつ立てずに開く扉。
 そしてその先に広がる世界は……。
 五年前に来た時は、床も壁も天井も普通の石のブロックでできていた。
 しかし今は、守護者の部屋と同じサファイアの青色になっている。
 本来ならその部屋にしか届かない守護者の力が、遺跡全体に及んでいるのだろうか?
 もしそうだとしても、結局、俺のするべき事に変わりはない。
 意を決して、遺跡に踏み込んでいく。

 五年前に通った道を歩く。
 慣れ親しんだ通路を、完全に把握した道順をたどって進んでいく。
 北の火山の遺跡は広大で複雑な作りをしているが、目指す場所は五年前に最短の道順を地図で調べて通っている。
 途中のガーゴイルなどのモンスターも完全に破壊してある。
 順調に進めば……。
 しかしその時、俺の足を止めさせる光景が広がっていた。
 通路を塞ぐように、数人の男が倒れている。
 青い床に赤黒い血溜まりが広がり、鮮烈なコントラストが展開していた。
「………」
 その中には見知った顔もある。
 数日前に町を出た、カルーソー達だろう。
「また……セリーナに人を殺させちまったな……」
 俺は吐息と共につぶやく。
 ただの学者で、剣なんてろくに使えなかったセリーナ。
 そんなセリーナにこんな事をさせているのは、彼女を守ると誓いながらそれを果たそうとしない俺自身なのだ。
「だけど……カルーソー達はどうして?」
 辺りを見回す。
 壁にも床にも仕掛けらしい物はない。
 天井にあった。
 無数の青い錐のような物が天井から下がっている。
 これがカルーソー達を襲ったのだろう。
 確か五年前にはこんな物はなかったはずだが……。
 推測だが、セリーナが守護者になってからその力が遺跡全体に及び始めているのだろう。
 他にも知らない罠や、魔法で生み出したモンスターなどがいるかも知れない。
 しかし……。
「俺を止められるものなら止めてみろ」
 腰の剣を引き抜く。
 もう一度セリーナに会うと決めたのだ。
 五年前のように逃げ出したりはしない。
 俺の帰りを待つ人のためにも……。
 俺は今、前に進む。

 そしてついに、守護者の部屋に着いた。
 そこに彼女はいた。
「……アリオス君?」
 五年前と変わらない姿で。
 変わらない声で。
 そこに立っていた。
「どこに行ってたの? 心配したんだから……あっ、私が心配しても仕方ないけどね。アリオス君の方が強いから」
 ほんの少し離れていただけのような口ぶり。
 俺にとっては長い五年という時間も、無限の寿命を持ったセリーナにとってはほんの数時間と変わらないのだろう。
「でも……アリオス君、ちょっと見ない間に大人になったね、うん」
 そう言うセリーナは五年前と変わらない。
 いつの間にか俺だけに時間が流れて、年上だったセリーナを追い越してしまっている。
 絞り出すように、俺は声を出す。
「……もう、終わりにしよう」
「え?」
 意外そうな、セリーナの声と表情。
 守護者になってサファイアの青色の身体になっても、その豊かな表情はそのままだった。
「ここで守護者になって、何人のトレジャーハンターを殺した? もう、こんな事は終わりにしよう」
「仕方ないのよ! あいつらは勝手に遺跡に入り込んで、荒らしていくのよ! 貴重な古代王国の遺跡なのに! それに……」
 眉を吊り上げて怒りを露わにしていたセリーナだったが、急に不安そうな顔になる。
「それに……ここは私とアリオス君が暮らす、私達の家なのよ?」
「………」
 俺は一瞬、返す言葉をなくす。
 揺れ動いた自分の心に、嫌でも気付かされる。
 俺は今でもセリーナの事が好きなんだ。
 五年前、セリーナが寄せてくれた信頼に応えたいと、本気で思っている。
 だけど……だからこそ、俺はこうしてここにいる。
 俺は首を左右に振って答える。
「もう、ダメなんだ……」
「……!」
 俺が剣を構える。
 セリーナが息を飲む音が聞こえる。
 サファイアの青色のセリーナの姿はひどく現実離れしているくせに、こういうところは普通の人間と変わらない。
 それがその度に俺の胸を痛くする。
「どうして……?」
 セリーナの震える声。
 背筋を嫌な感覚が走る。
 辺りを見ると、セリーナの周囲、床や天井から無数の錐のような物が生えてくる。
 そしてそのひとつひとつが俺の方を向いている。
「どうしてなのよっ!」
 セリーナが叫ぶ。
 青い錐が一斉に俺に襲いかかる。
「炎よ!」
 炎の魔法剣が一本目の錐を破壊する。
 続く二本目の錐は身体をずらしてかわそうとして……。
「ぐっ!」
 左腕を浅く切り裂かれた。
 守護者の生み出す錐といえど、攻撃の瞬間だけは直線的な動きになる。
 しかしセリーナの生み出した青い錐は、わずかだが軌道が逸れたのだ。
 そのために完全にかわしたと思っていた攻撃をかわしきれなかったのだ。
「ちっ!」
 一旦、距離を置いて体勢を立て直す。
 他の守護者にはあり得なかった錐の動きは、セリーナを取り込んだ守護者が特殊だったのか?
 それともそれ以外の理由があるのか?
 傷自体は浅く、大した影響はない。
 しかしこの先、いつもより大きめにかわさなければならない。
 その事が与える影響の方が心配だった。
 ……一旦距離を置いて剣を構え直した俺だったが。
 セリーナからの第三撃はなかった。
 錐は動かなくなっている。
「アリオス君、大丈夫!? ごめんね、アリオス君を傷付けるつもりはなかったのよ。ただ……ちょっと脅かしたかっただけで……」
 必死に許しを請うセリーナ。
「……いや、大した怪我じゃないよ」
 俺もバカ正直に答える。
「うん……良かった……ねえ、アリオス君、剣なんかしまってよ。私、やっぱりアリオス君とは戦いたくないよ……」
「………」
「そうしたら、また昔みたいに二人で一緒にいようよ。ねえ、そうしてよ。お願いだから……」
「………」
 俺は何も答えない。
 剣を構えたまま、ゆっくりと近付いていく。
「そう……なんだ……」
 セリーナの口から零れるつぶやき。
 無数の錐が退いていく。
「もう……ダメなんだ……」
 退いた錐が形を変えていく。
 不定形のアメーバ状になり、さらにこれから取るべき形を模索しているように形を変えていった。
 最終的に錐は二体の動物の形になった。
 ふたつの頭を持つ犬の魔物。
 地獄への門を守る番犬を勤める、ケルベロスという伝説の魔物だった。
 二体の青いケルベロスは、四つの頭の上にある八つの赤い瞳で俺を睨み付けている。
 普通の守護者が生み出すのは錐のような単純な形の物だけだ。
 それがセリーナはきちんとした生命体を象った物を生み出している。
 やはり特殊な守護者なのだろうか……?
 それにしても、ケルベロスという伝説の魔物を選ぶ辺りは、学者であるセリーナらしいところだった。
 ケルベロスが体勢を低くする。
 飛びかかるための予備動作だろう。
 問題は……。
 セリーナを取り込んだ守護者はその青い色が象徴しているように、水の力で作られている。
 それに効果的にダメージを与えるために炎の魔法剣を選んだのだが……。
 二体のケルベロスが伝説通りの力を持っているなら、その口からは炎を吐くはずなのだ。
「行って!」
 セリーナが叫ぶと、ケルベロスが飛びかかってきた。
 飛びかかってきたのは一体だけだ。
 もう一体はセリーナを守るようにこちらを睨み付けている。
 飛びかかってきたケルベロスを、横に飛び退いてかわす。
 攻撃をかわされて着地したケルベロスの、片方の頭がこちらを向く。
 大きく開いた口の奥に赤い炎の塊が見えた瞬間、俺は後ろに飛び退いて距離を空ける。
 ケルベロスの口から炎が噴き出し、俺とケルベロスの間の空間を埋める。
「ちっ」
 俺は小さく舌打ちする。
 俺の剣とケルベロスの牙なら、間合いが広い剣の方が有利だ。
 しかし炎を吐くとなると、間合いの広さは逆転する。
 そして魔法剣は、炎を選んでケルベロスにダメージを与えるか、水を選んで炎を防ぐかどちらかしかないのだ。
 全く、水の身体のくせに炎の息を武器にするなんて反則だぞ……。
 ……水の身体? そうか、その手があったか。
 炎の息が途切れる。
 ケルベロスは低い体勢のまま、俺に走り寄ってくる。
 俺はケルベロスの間合いと飛びかかるタイミングを狂わせるべく、横に移動する。
 低い体勢から、ケルベロスは俺の足許を狙って飛びついてきた。
 後退しながら剣を振ると、炎の魔法剣はケルベロスの左側の頭の目の辺りを浅く切り裂く。
 それなりのダメージになったのか、左側の頭は小さく悲鳴を上げる。
 しかしそこからのリアクションは早かった。
 苦しげに首を振る左側の頭はそのままに飛びかかってきたのだ。
 右側の頭が大きく口を開き、俺の首を狙う。
 俺はとっさに剣を跳ね上げ、水平に構えて攻撃を防ぐ。
 剣に噛み付いたまま、ケルベロスは後ろ足を地面に付く。
 これで俺もケルベロスの右側の頭も動くに動けない体勢になる。
 しかしその頃には左側の頭がダメージから回復していた。
 左側の頭が口を開くと、喉の奥に赤い炎がのぞく。
 すぐ目の前の熱気が俺の肌を焼き、汗が噴き出すのを感じる。
 その炎が口の中から噴き出した瞬間、俺の全身は一瞬で焼き尽くされてしまうだろう。
 俺は空いていた左手で腰のナイフを引き抜くと、叫ぶ。
「水よ!」
 そして両手を交差させて、水の魔法をまとったナイフを口の中に突き込む。
 ケルベロスの口の中で炎と水がぶつかり、たちまち水蒸気が溢れ出る。
 俺の手を食いちぎらんとしてか、ケルベロスの顎がわななく。
 しかし最初からダメージを与えるためではないから、縦に突き込んだナイフは支え棒になって、顎を閉じれなくしていた。
 右側の頭が口を開き、息を吸い込む。
 右手の剣も解放された。
 今だ!
 自分自身の身体をもぎ取るようなつもりで、倒れ込みながらケルベロスの炎から逃げる!
 いくつかの計算があった。
 セリーナが二体のケルベロスを作りながら、片方しか動かさなかったのは何故か?
 片方しか動かさなかったのではなく、動かせなかったのではないか?
 守護者がケルベロスのような、複雑な形と動きを持った物を生み出した例はない。
 恐らくセリーナにも二体のケルベロスを動かす事は出来ず、牽制という意味と、一体目が倒された時、すぐに動かせるようにしたかったのだろう。
 そして片方のケルベロスの制御に集中して、もう片方のケルベロスとの位置関係を失念するのではないか?
 水の身体で作られたケルベロスは、炎の攻撃に弱いのではないか?
 そして同士討ちは少なからずセリーナを動揺させるのではないか?
 少しの間、ケルベロスの制御を忘れるくらいに……。
 炎から逃れた俺は床で一転すると、すぐに床を蹴った。
 未だ動けないケルベロスに肉薄する。
 炎の魔法をまとった剣を跳ね上げる。
 助走の勢いを充分に乗せた剣は、ケルベロスの左側の頭を切り飛ばす。
 頭上で返し、振り下ろされた剣はそのまま右側の頭を切り落とす。
 これで一体目のケルベロスは倒した!
 しかしこの時、二体目のケルベロスが動き出している。
 ふたつの口が大きく開き、それぞれの喉の奥に赤い炎の塊がのぞいている。
 予想済みだ!
「水よ!」
 後ろに飛び退きながら、水の魔法をまとった剣を一閃させる。
 剣は炎を切り裂き、水蒸気がもうもうと立ち込める。
 俺は床に降り立つと、剣を構えて様子をうかがう。
 もうケルベロスの炎の射程からは外れている。
 さて、これからどうするか、だ。
 一体目のケルベロスを倒したといっても一時的な物だ。
 守護者の生み出した物はある程度の時間をかければ元通りに復活する。
 その前にケリを付けないと……。
 目の前の水蒸気の壁が揺らぐ。
 戦士の本能に従って、剣を突き出す。
 手応えがあった。
 しかしそれは敵を切り裂いた手応えではない。
 固い物に当たり、跳ね返された手応えだ。
 水蒸気を突き抜けて、ケルベロスが飛びかかってきた。
 剣も押し返され、俺は後ろの壁に背中を叩き付けられる。
 ケルベロスは俺の身体にのしかかり、喉元を切り裂かんと迫ってくる。
 辛うじてそれを防ぐのは、片方の口に押し込まれた俺の剣。
 その喉の奥には炎が生まれているのだろう、剣がまとった水の魔法と相殺して、水蒸気が漏れている。
 剣が喉に突き込まれているにも関わらず、水の魔法剣ではケルベロスを貫く事はできない。
 なんとか俺の喉元に食らいつこうとしてか、ケルベロスがもがく。
 その度に前足の鋭い爪が俺の身体に傷を付けていく。
「このままでは……」
 徐々に体力を削り取られているのはこちらの方だ。
 すでに倒したケルベロスが復活する時間を稼がれてもまずい。
 現状を打開する方法は……。
 その時、ケルベロスのもう片方の喉の奥に炎の塊が生み出されているのが見えた。
 もう、ためらっている暇はない!
「炎よ!」
 ケルベロスの喉にくわえ込まれた剣がまとう魔法を、水から炎へと切り替える。
 炎の魔法剣がケルベロスの身体を貫き、剣先がケルベロスの背中から姿を見せる。
「ぐっ……」
 しかし押し殺しかねた声が漏れていた。
 剣を持つ手はケルベロスの口に押し込まれ、炎に焼かれるのを感じる。
 水の魔法剣で炎を相殺する事を諦めた、捨て身の戦法だ。
 ケルベロスはすぐには死ななかった。
 炎の魔法剣に身体を貫かれながら、素人の魔法使いが生み出した魔法みたいな炎をふたつの口から吐き出してのたうち回る。
 しばらくしてそれも終わり、俺はケルベロスの下から這い出した。
「けほっ……けほっ……」
 咳き込んで、肺の中に侵入してきた煤を追い出す。
 全身に浅い火傷と裂傷を負っていた。
 その中でひどいのは、剣を持っていた右手だった。
 ケルベロスの炎に直に焼かれ、ほとんど感覚がなく、辛うじて剣をぶら下げるので精一杯だった。
 でもまだ……戦える!
 セリーナを止められるのは俺だけなんだ!
 きっ、と視線を上げ、セリーナに向ける。
 二体のケルベロスは倒した。
 あとはセリーナ本体だけ……。
 その時、信じられない事が起きていた。
 本来、守護者は自分の本体までは自在に操る事はできない。
 あくまでも人間の五体に縛られる。
 それが……セリーナは違っていた。
 片方の腕が五つに分かれていた。
 それ以外の身体は今までのセリーナと同じなのに……奇妙な光景だった。
 石を遠くに投げるように、セリーナが腕を振り下ろす。
 五本に分かれた腕は真っ直ぐに俺に伸びて……かわす余裕なんてどこにもなかった。
 それぞれ俺の両手両足を切り裂き、腹に突き刺さる。
「げほっ……ごほっ……」
 内臓に傷が付いたらしい。
 吐き出した血が頬を伝い、熱い感触を残して滴り落ちる。
 セリーナの腕が俺の身体を締め付け、そのままセリーナの目の前まで運ばされる。
「……ごめんね、アリオス君……痛かったでしょ? でも、こうでもしないと話を聞いてくれないから……だからアリオス君が悪いんだから」
 霞む視界の先で、セリーナがすまなさそうな顔で俺を見ている。
「アリオス君、痛いでしょう? ……そんなに血を吐いているんだもん、痛いに決まってるよね?」
 俺の身体を心配して話しかける声は、五年前と変わらないセリーナの声。
 だけど……その姿はサファイアの青色の守護者。
 古代王国の魔法技術の粋を集めた至宝で……何人ものトレジャーハンターを葬り去ってきた。
 永遠に孤独な時を生きる、サファイアの少女。
 それはすでに滅び去った古代王国の亡霊で……俺がセリーナを大切に想う気持ちの亡霊で……セリーナが俺に寄せた想いの亡霊だった。
「でも、もう大丈夫だから。ここの守護者はね、一人だけじゃなくて、もう一人、人間を取り込めるの。そしたらその怪我だってすぐに治っちゃうんだから。
 それで……ずっと一緒に暮らそうよ。
 ここで、二人だけで、永遠に……。
 私の事、好きなんでしょう? わかってたんだから。
 私だってアリオス君の事……」
「……ごめん、セリーナ」
 手にした剣を通じて何かを貫く感触が伝わる。
「え?」
 セリーナが呆けた声を上げる。
 視線が下がって……自分の胸に刺さっている剣に気付く。
 古代王国の遺物のひとつで、かつて信頼の証に渡した剣。
「ごめん、セリーナ」
 血が失われて朦朧とする意識の中で、声を絞り出す。
「俺、セリーナが寄せてくれた信頼に応えられなかった。
 五年前、間違った道に進むセリーナを止めなくちゃいけなかったのに、それが怖くて逃げ出したんだ。
 この剣を受け取った、俺の責任だったのに……」
 セリーナの身体に亀裂が走る。
 亀裂が広がって……サファイアの青色が剥がれ落ちると、中から生まれたままの姿のセリーナが現われた。
「……そう、だったんだ」
 消え入りそうなセリーナの声。
 その頬には……セリーナが俺に初めて見せる、涙が伝っていた。
「アリオス君はずっと私の事、心配して……私のしていた事に胸を痛めていたんだ……。
 それなのに……それなのに……。
 いい気になって、浮かれていたんだ……」
 倒れてくるセリーナの身体を受け止める。
 ボロボロの心と身体に、それは決して軽くない重さだった。
 だけど……その重ささえ、俺の背負った責任の一部なんだ。
「ごめん、セリーナ。
 こんな形でしか君が寄せてくれた信頼に応えられなくて。
 でも……」
「………」
 君の幸せを願う気持ちは今も変わらないって……。
 そう言いたかった。
 そう言ってやりたかった。
 だけどその言葉を聞いてくれる人はもういなくて……。
 俺は膝をついて、セリーナの身体を横たえた。
 今、北の火山の遺跡の守護者が破壊されて、セリーナという名の少女が死んだ。
 誰にも伝えられる事のない、ただそれだけの出来事……。

 数日後の明け方、ボロボロの身体を引きずって、俺は町に戻ってきた。
 酒場の前に着くと、入り口のドアを開ける。
 夜になると賑わう酒場も、朝早い時間のため、閑散としていた。
 そんな中に、ふたつだけ人影があった。
 一人はカウンターの中にいる、酒場の主人。
 もう一人は……入り口の様子が見やすい、カウンター席に着いていた。
 カウンター席にいた少女が立ち上がる。
 その拍子に椅子が動いて小さな音を立てて、静かな酒場にやけに大きく響いた。
 少女は……何も言わずに出て行った俺を責めるでもなく、無事に帰ってきた俺に感激の涙を流すでもなくて……ただ優しく微笑んだ。
「……お帰りなさい、アリオス様」
 その言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなった。
「ただいま……フェリア……」
 答えたが、それが限界だった。
 こちらに走り寄ってきたフェリアに抱き付いてすがりつくと、こらえきれなくなって涙が溢れ出してきた。
「うっ……ううっ……うわぁぁぁぁぁ……」
 俺が漏らす嗚咽が、薄暗い酒場に響く。
「アリオス様……」
 フェリアの手が髪を撫でる優しい感触を感じながら、俺は五年前にセリーナの許を離れて以来、初めて涙を流した。
 トレジャーハンターが集まる小さな酒場で。
 俺の初恋が終わりを告げた。

 街道を挟む初夏の草原には、優しい風が吹いていた。
 雲ひとつない晴空を見上げながら悠々と歩いていると。
「アリオス様〜〜〜早くして下さ〜〜〜い」
 少し先でフェリアが大きく手を振っている。
 そんなに急がなくてもいいのに。
 それでもゆっくり歩いている俺を待ちかねたのか、フェリアは戻ってきた。
 俺の腕に両腕を絡めて、嬉しそうに俺を見上げる。
「えへへ……」
「嬉しそうだな、フェリア」
「はい! だってアリオス様が一緒なんですもの。それだけでわたくしは幸せですっ」
 元気な声で答えるフェリア。
 ……単純な奴だなあ、最初からわかってたけど。
 北の火山の遺跡から戻ってきた後、俺は一週間ほどフェリアと一緒に町でぶらぶらしていた。
 あんな事があった後、今さら遺跡に潜るつもりにもなれなかった。
 しかしそんな暮らしを続けていると、資金が不足してくる。
 好むと好まざるに関わらず、そろそろ手近な遺跡を探さなきゃなあと思っていた時だった。
「アリオス様、もしよろしかったら、わたくしの実家に行きませんか?」
 と言い出したのはもちろん、親に心配かけている自覚のない家出娘、フェリアである。
「……実家?」
「はい。そうです」
「実家じゃなくて自宅だろ。こっちには引っ越しじゃなくて家出で来てるんだから」
「う……確かに……」
 などという微笑ましいやり取りの後、結局、フェリアの家に厄介になる事にした。
 フェリアも一度は家に帰らないといけないし、俺も一人でいるよりはいいだろう、と思ったのだ。
 フェリアの父親の、人懐っこい笑顔とそれ以上に押し付けがましい親切ぶりを思い出す。
 どちらかというと、フェリアの家の暖かいを通り越して馴れ馴れしいというか厚かましい雰囲気は苦手だが、今はそれもいいかな? とか思っている。
 そしてその後の事は……実は何も決めていない。
「そういや、フェリア」
「はい?」
「お前、トレジャーハンターになりたかったんだよな?」
「え? ……ああ、はい。でも、もういいですよ」
「そうなのか?」
「はい。だって、アリオス様と一緒にいたかったからトレジャーハンターになろうと思っただけですから」
「………」
 脳天気な笑顔で答えてくれる。
 フェリアらしい。
 思わず苦笑いが漏れた。
 だけど今はそんなフェリアの笑顔が、俺の気持ちを救ってくれる。
「それじゃあ……その後は好きなようにすればいいのか」
「はい、そうですね……あ、でも……」
「でも?」
「ひとつだけ。わたくし、ずっとアリオス様と一緒ですから。それだけは譲れませんよ?」
「ああ、わかったよ」
 腕にしがみついたフェリアの頭をひとつ撫でてやる。
「さて、ちょっと急ぐか。もたもたしてると野宿する羽目になるからな」
「え? ……あっ、ちょっとアリオス様〜〜〜! さっきまでもたもたしてたのはアリオス様なのに! ああんっ! 待って下さいよ〜〜〜!」
 走り出した俺を、フェリアの賑やかな声が追いかけてくる。
 柔らかな陽光の下で……。
 俺とフェリアの、新しい物語が始まる。

守護者−Gardian− 完


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「守護者−Gardian−」いかがだったでしょうか。
 この小説は、元々はホームページ掲載用に書いた物ではなく、某ゲーム会社のスタッフ募集に応募するために書いた物です。
 もろに落ちましたけど(泣)。
 というわけでホームページ掲載用に転用。
 ついでに5万ヒットが近かったので、便乗してみました。

 ちなみに最初はHシーンもあったんですが、ホームページ掲載のために削除。
「ああっ! ここで何もしないなんてお前、男じゃねえ!」
 とか思う場面が第3章くらいにあったら、そこがHシーンのあった場所です。
 一人で悶々として下さい(笑)。

 応募用という事で、シリアスとギャグを適当に混ぜて、後は勢いに任せて無難に書き上げました。
 基本に忠実というか定番通りというか、悪い言い方をすれば面白味のない、ありがちな普通のお話です。
 でも個人的にはいい台詞とかシーンとかもあって、それなりに気に入っています。
 っていうか、少なくともお前のとこの作ってるゲームよりはずっとまともなお話だろ!
 見る目あるのか! ボケエッ!
 などと思っているのはここだけの内緒です。

 でわでわ。


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