この小説はLeafより発売されたWindows95用ゲーム「ToHeart」をもとに作成されています。
 ゲーム中のテキストから引用した文章、あるいは改変された文章が含まれています。


髪を切る日

 二時間目の休み時間、私、神岸あかりは自販機の前で浩之ちゃんを見かけた。
「浩之ちゃん」
 駆け寄って、声をかける。
「ジュース飲んでるの?」
「見りゃわかるだろ」
「あ、また、カフェオレだ」
「いいだろ、好きなんだから」
「……」
「なんだよ、お前も買って欲しいのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど…」
 二人でそんな事を話していると、
「あ」
 浩之ちゃんが声を上げた。
 その視線の先を追ってみると、
「来栖川さんだ…」
 私達の目の前を、来栖川先輩が通りかかった。
 純日本風な真っ直ぐな直毛に、先端にちょっとブローがかかった髪。
 風にさらさらと揺れていた。
 綺麗な髪……うらやましいな。
 浩之ちゃんは、軽く片手を上げてにっこりしたけど、
「……」
 来栖川先輩は確かに浩之ちゃんの方を見たのに、無表情のまま何も応えず、素通りして行った。
 中庭の方……誰かと待ち合わせでもしてるのかな?
 来栖川先輩の背中を見送った後、
「やっぱりきれいな人ねぇ」
 私が言うと、
「へえ、やっぱ、同性のお前から見ても綺麗なのか、あのお嬢様は」
 ちょっとだけ驚いた風に、浩之ちゃんが答える。
「うん。すっごく綺麗だと思うよ。あのつやつやした長い髪の毛とか、うらやましい」
「うらやましいか」
「うん」
「そうだな、たしかに綺麗な髪の毛だよなぁ」
 浩之ちゃんは来栖川先輩が歩いていった方を見ながら言う。
 私は浩之ちゃんの横顔をじっと見つめる。
 だけど浩之ちゃんはきっと私の視線に気付かない。
「…浩之ちゃんもそう思う?」
「そりゃな。男ってのは、やっぱ長い髪の毛に憧れるもんだしな」
「そうなの?」
「なかにはショート好きってヤツもいるけど、そんなヤツでもやっぱ、綺麗な長髪にはグッとくるもんだ」
「ふうん…」
 なんとなく自分のお下げ髪を触りながらうなずく。
 子供の頃からずっと続けてきて、馴れ親しんで気にも留めなくなった髪型。
 だけど……。
 しばらくうつむいて地面を見て、思い切って口を開いた。
「浩之ちゃんは、ストレートの髪って好き?」
「おう」
「ブローがかかってる髪は?」
「おう、好きだ」
「長い髪は好き?」
「おう」
「ショートは?」
「好きだ」
「もう…。じゃあ、どういう髪形が好きなの?」
「そうだな。綺麗で、可愛けりゃ基本的にはなんでもオッケーかな」
「…それじゃ、わかんないよ」
 だけど……きっと浩之ちゃん自身もわかってないんだろうな。

「ただいま」
 家に帰って、台所にいるお母さんに声をかけた後、私は階段を上って二階にある自分の部屋に入った。
 カバンをベッドの上に放り出し、机の上の鏡をのぞき込む。
 鏡に映る、私自身の顔。
 二本のお下げ髪が垂れている。
 こんな子供っぽい髪型、中学生だってやってる子はいないと思う。
 ……いいのかな、私。
 こんな髪型のままで。
 こんな私のままで。
 これからもずっと浩之ちゃんの隣にいて……いいのかな?
 ふと気が付くと指がお下げ髪を触っている。
 そして浩之ちゃんが同じようにするのを思い出している。
 だけど二時間目の休み時間、浩之ちゃんの視線が追いかけていたのは……。
 私はひとつ首を振る。
 やっぱりダメだよ。こんな気持ちのままじゃ。こんな私のままじゃ。
 このままじゃきっと、浩之ちゃんの隣にいられなくなる日が来ちゃうから。
 私は急いで着替えをすませ、
「ちょっとでかけてくるから」
 まだ台所にいたお母さんに声をかけて家を出た。

 近所の美容院に入った。
 三十分くらい待たされた後、私の番になった。
「どのような髪型になさいますか?」
 美容師さんが聞いてくる。
 少しだけ考え込んでから、私は答えた。
「短く切って下さい」
 はさみが通る。
 切られた髪が落ちていく。
 子供の頃から続けてきた、この髪型。
 今までずっと浩之ちゃんと一緒の時間を過ごしてきて、それと同じだけの時間をこの髪型と一緒に過ごしてきた。
 はさみが通り、髪が落ちていく。
 その度に浩之ちゃんと過ごしてきた時間が、浩之ちゃんと一緒の思い出が……そして私の中の浩之ちゃんが切り落とされて、消えていくような……。
「あの……お客様……どうかなさいましたか?」
「え?」
「……泣いてましたから」
 鏡を見る。
 鏡に映った私の頬に、涙の雫が伝っていた。
「いえ……大丈夫ですから。続けて下さい」

「行ってきま〜す」
 翌朝、朝ご飯の片付けをしているお母さんに声をかけて、私は玄関のドアを開けた。
 春の風が吹き抜ける。
 朝の陽射しと一緒になって私を包み込み、切ったばかりの髪を優しく揺らす。
 風に揺れた髪が頬をくすぐる、慣れない感触。
 今までのお下げ髪の時は、こんな感触は感じた事がなかった。
 そうだよね、きっと。
 私が髪を切ったのは、浩之ちゃんを好きな私を切り落として消してしまうためじゃなくて、今までよりもっと浩之ちゃんを好きな私になるためだよね?
 道路の先に浩之ちゃんの背中を見付けた。
 私は小走りに駆け出していく。
 追い付き、隣に並んで、今までの私より明るい笑顔になって、私は言った。
「おはよう、浩之ちゃん」

髪を切る日 了


あとがき

 ど〜も、wen-liです。
 「髪を切る日」いかがだったでしょうか。
 今回のタイトルは槇原敬之「No.1」のカップリング、「髪を切る日」からとってみました。
 小説中でも「髪を切る日」の歌詞をマネした表現があったりします。
 いい歌なので、ぜひ一度聞いてみて下さい。

 主人公にとって、あかりは妹のような存在でした。
 しかしあかりが髪型を変えたのをきっかけに、主人公はあかりの事を一人の女の子として意識するようになります。
 じゃああかりにとって髪型を変えるという事はどういう事だったんだろう、と考えてこの小説を書いてみました。
 この小説を読んで、あかりの事をもっと好きになってくれたら、それが一番嬉しいです。

 ちなみに短いぞー、とか、引用するなー、とかいう文句は言わない約束です。
 まあ長く書けばいいというものでもないし……。
 そもそもゲーム中では「髪型を変えた」のであって、「髪を切った」わけではないような気もしますが……あんまり気にしないで下さい。

 感想お待ちしてます。
 でわでわ。


 ご意見、ご感想は「私にメールを送る」または「私の掲示板」でお願いします。
 トップページに戻る